作品タイトル不明
293 宝箱
「おかえりなさい、クライさん。教会は如何でしたか?」
「まあまあかな。行くのは久々だったけど、アンセムも相変わらず馴染んでいたみたいだし……」
クランハウス。クランマスター室に向かうために階段を昇っている途中でエヴァと出くわし、雑談をする。
皆が僕に妙な風評被害を被せてくるというのに、いつでも変わらないエヴァは本当に癒しだな。皆見習って欲しい。
「まあまあ……まぁまぁ? …………クライさん、まさか私が何も知らないとでも?」
「まぁまぁ」
いつも通り適当に宥めにかかる僕に、エヴァがいつも通り呆れたように小さなため息をつく。
しかし、アンセムは本当に凄い。あの大きさはハンターならばともかく教会の一員としては大変だろうに、しっかり教会の面々に馴染んで――内面は外見を凌駕するという事だろうか?
おまけに、アンセム曰く――あの黒騎士がペンダントから現れた事に気づいたのは僕達以外にも、何人もいたらしい。黒騎士がペンダントから出てきた話を神父さんにしに行ったところ、言われたそうだ。
つまり、目撃者全員が彼を責めずに口を噤んだという事である。柱折った事もお咎めなしだったし、前世でどれほどの徳を積めばそのような扱いを受けるのか……いつもやっていない事で嫌疑をかけられる僕としては本当に羨ましい。さも当然のようにルシアの上級攻撃魔法に巻き込まれるのは羨ましくない。
ちょっとアンセムを見習って僕も正直に生きようかな……正直に生きてるよ! 僕は何も知らないんだよ!
と、そこでエヴァがにこにこする僕を見て腑に落ちなさそうな表情をした。
「クライさん……なんか妙に機嫌よくありません?」
「あー……わかっちゃう?」
「………………なんで光霊教会が大騒ぎするような事件が起こったのに――」
別に事件が起こったから機嫌がいいわけではなくて――最後の最後で、お土産もらったからね。持つべきものは優秀な幼馴染の親友だな。貰ってばかりなので僕もいつか返したい。
「教会のごたごたは《 星の聖雷(スターライト) 》がなんとかするってさ。最近予言だなんだで騒がしかったけど、うまく収束に向かってる気がするね」
「………………」
続けざまに色々起こりすぎて疲れたよ。僕が活躍したからというわけでもないが、何分体力がないので近くで見ているだけでくたくただ。
と、そこで、エヴァがじーっと僕の顔を凝視しているのに気づいた。
怜悧そうな瞳に顰められた眉。まるで僕の顔に何か書いてあるかのような注目っぷりに思わず一歩後退る。
「な、なにか?」
「いえ………………別に。ただ、クライさんの表情を読んで売り買いしているので……最近は度重なる呪い騒動でめちゃくちゃですから。だいぶ帝都から逃げ出しましたよ。本当に、収束するなら……チャンスなんですが…………」
うーん……あまり深く触れない方が良さそうだな。副クランマスターがすっかり板についているので忘れがちだが、彼女は元大商会の商人なのであった。
帝都も最近は騒がしい。アカシャ騒動から竜の襲来を経て今回の予言と、短期間でトラブルが連続で発生すれば誰だって逃げたくもなるだろう。
「エヴァも逃げてもいいんだよ?」
僕も一緒に逃げるから。
半ば本気で出した言葉に、エヴァは目を丸くしてすっと右手の平を立てて見せた。薬指に見覚えのある指輪が嵌っている。
「逃げませんよ。結界指まで頂いたのに……覚悟はできています」
男前すぎる。僕は、結界指を十個以上つけてるのにその覚悟、できていないんだけど……。
まぁ、さすがに今回は打ち止めだろう……もうお腹いっぱいだ。共音石も返したし、今度こそダラダラするぞ。
ルシア達も諸々の騒動で予定が変わって時間が空くようだし、いっそ全員呼びつけてダラダラしようかな。
そこでエヴァが表情を戻し、予想外な事に予想通りの事を言った。
「そう言えば、リィズさんが来ていますよ。ティノさんと一緒にクランマスター室に」
「!! 全て…………僕のシミュレーション通りだな」
「随分上機嫌で…………そう。何かプレゼントを貰えるはずだとか……大丈夫でしたか?」
「くく…………いつもとは違う、寸分狂わぬ冴え渡った読み――自分の才能が、怖い」
全て手のひらの上かな? まさか神算鬼謀開花している?
これだよ、これ! 今だけはハードボイルドを装うのも調子に乗るのも許されよう。僕の目は節穴だが、幼馴染の性格は知り尽くしているのだ。伊達に長く付き合っていない。
気味の悪いものでも見るかのような目をしているエヴァに言う。
「お願いがあるんだけど……もうすぐ下に、教会からベスト宝箱が来るはずなんだ。誰かに頼んで……そうだな、ラウンジに運んで貰っていいかな?」
「それは……構いませんが。宝箱?」
エヴァもあれを見たら驚くだろう。あそこまで宝箱っぽい宝箱は僕のハンター歴の中でもなかなか見たことがない。リィズもきっと大喜びだ。
しかし……まさか光霊教会の倉庫にあんなに沢山宝箱があるとは思わなかったな。どの事を言っているのか見当もつかないから選べとか言ってたけど、何がなんだかわからなすぎて笑ってしまった。
§
クランマスター室では、リィズがティノに絞め技をかけていた。きっと待っている間暇だったのだろう。
僕を見ると失神寸前のティノをぽいと放り捨て、飛び込んでくる。エヴァの言う通り、テンションが激高い。
「クライちゃあああああああああああんッ!」
「よーしよしよし、リィズ、よしよし!」
満面の笑顔のリィズを片手であしらいながら、床で伸びているティノを確認する。
髪が乱れているところをみると元は模擬戦でもやっていたのだろうか? 暇だからって他人の部屋で模擬戦をやらないで欲しい。
迂闊に叱るとティノに飛び火しそうなので、視線だけで一切悪びれていないリィズを責めていると、ティノの指先がぴくりと動き、あっさりと正気を取り戻した。
身を起こすとぶんぶん首を横に振り、僕を見て頬を染める。
「ますたぁ……いらしていたんですね! 情けないところを――」
「い、いや……ティノもよしよしよし」
昔と比べて、最近の後輩の頑丈さがやばい。精神的にもやばいし肉体的にもやばい。ますたぁとしては喜んでいいやら……リィズを止められない事を恥じるべきか。
ティノが頑丈さ特化でアンセムみたいに大きくなったらどうしよう。
リィズは起き上がったばかりのティノの腕を取ると、ぐいと僕の方に押し付けてくる。
「そろそろ私の護衛の番でしょお? 待ちきれなくて、ちょっと早いけど来ちゃったッ! 全力で頑張るね? ティーの事もこき使っていいからッ! まあ、あのラウンジでの襲撃以来、特におかしな動きはないみたいだけど――」
「…………あぁ、そんな話もあったなぁ」
「ますたぁ、つ、ついこの間の話ですよ!?」
そうか……日替わりで護衛替えるって奇襲対策だったか。
いや、あれ以来色々ありすぎて……さすがに霞むわッ! てか、爆破でふっとばされたガークさん、ピンピンしてたぞッ! どうなってるんだ、あの人。
…………ま、まぁ細かい事は置いておこう。久々に本当に冴えていたんだ。
目を輝かせ、待てをされた犬みたいにそわそわしているリィズちゃんに、厳かに言う。
「こほん、実はリィズに……渡したい物があるんだ」
「!!」
「ルーク達にばかりあげてリィズに上げないのは不公平だと思ってね」
「きゃー! クライちゃん、大好きッ!」
「お、お姉さま……はしたない、です」
リィズがぴょんと飛び上がり、背中から抱きつきすりすりしてくる。触れただけで汗ばみそうな熱い肢体。
こういう反応もなんとなく予想していたが、こうも喜ばれると嬉しいというかなんというか……宝箱に何入っているかわからないからな……空っぽでも大喜びだと思っていたが、こうも喜ばれると少し不安だ。
そしてティノの分を忘れていたのだが、ティノは特に不満はないらしい。それよりは頻りに僕の首元に鼻を押し付けてくるリィズを気にしている。
「今ラウンジに運んで貰ってるから――」
「きゃー! 楽しみぃ、早く行こっ! ねえ? 早くぅ!」
リィズが魔法のように一瞬で前に回り、腕を引く。笑顔が眩しくて心にくる。
これ……中身空っぽでも泣かないよね?
先程の冴えとは一転、不安に押しつぶされそうな僕を見てティノはぽつりと言った。
「ラウンジ…………まだ修理済んでいないんじゃ……」
あぁ、そうだったな。完璧な宝箱を皆にも見せてあげようと思ってラウンジを指定したんだけど……半壊してる事、すっかり忘れてた。
§
いくらうちのクランハウスの修理になれた業者でも半壊したラウンジを短時間で修理するのは難しかったらしい。
名物だったラウンジはティノの言う通りまだボロボロだった。床には大きなひびが入り、テーブルも片付けられている。さすがに今の状態では憩いの場としての機能も果たせていないらしく、いつも大勢いるクランメンバーの姿もない。
だが、当のリィズにとってそんな事は関係ないようだった。
ラウンジの中心に堂々と置かれたそれに、目を輝かせ、喜色満面で浮かれた声を上げる。
「キャーッ! なにこれ、すごーい! 宝箱ッ!」
「宝箱ですね、お姉さま! しかもこれは…………宝物殿産では?」
「本物の宝物殿産でしょう。独特のインパクトがありますから」
エヴァのお墨付きに、ティノが少しだけ羨ましそうに僕を見る。
それは、あまり派手ではない、ベーシックな、だけど完全無欠の宝箱だった。
木製の本体に錆びた金属の枠。取り付けられた大きな南京錠。すっぽりリィズやティノが入りそうな大きさに、僕程度では持ち上がらない重さ。
その見た目は僕のイメージする宝箱そのものであり、恐らくトレジャーハンターでこの宝箱を嫌う者はいないだろう。解錠を担当する『盗賊』ならばなおさらだ。
宝箱は宝物殿に出現する物の中でも発見時に最も嬉しい物の一つだ。
宝箱というのは現代社会でも存在するが、宝物殿で極稀に出現する宝箱は箱自体が宝具であり、一つ一つ出現するその他の宝具と異なり、中に複数個の宝具が入った状態で発見される。
恐らく、宝が入っている箱という概念がマナ・マテリアルで再現された結果、そのような形になっているのだろう。宝箱から見つかる宝具はレベルが高いという説もあるし、実際に珍しい強力な宝具が幾つも納められた大きな宝箱を見つけ巨万の富を得た者もいる(ちなみに、稀に中身が入っていない可能性もある)。
宝物殿での宝箱の発見は全トレジャーハンターの夢と言ってもいい。
だが、同時に、宝箱には大きなリスクも存在する。大抵の宝箱には強固な鍵と、強力な罠が仕掛けられているのだ。
宝具の一種である宝箱は箱自体が頑丈なので、箱を壊して中身だけかすめ取る、なんて事もまずできない。それは、トレジャーハンターのパーティに優秀な解錠スキル・罠解除スキルを有する盗賊が求められる理由でもあり、開けられていない重い宝箱が市場に出回っている理由でもあった。
帝都には優秀なハンターが多数存在するのであまり見ないが、他所の国では開けられた宝箱よりも諦められた宝箱の方が多かったりするらしい。まぁ、トラップ解除失敗したら普通に死ぬからな……うちのパーティでも何回か死にかけたし。
アンセムから案内された教会の地下には大小、素材も見た目も違う宝箱が大量に保管されていた。どうやら信徒のハンターから寄付されたもので、無碍に扱うわけにもいかず、危険なので迂闊に開けるわけにもいかず、困っていたらしい。
その中から僕がチョイスしたベスト・オブ・ベスト宝箱がこれだ。木製鉄枠の宝箱は他に幾つもあったが、一番趣があってとてもそれっぽい。
中身が入っていなかったとしても、小物入れ……大物入れ? なんかにいいだろう。めちゃくちゃ重いけど。
「凄く格好いい宝箱でしょ? ひと目見た瞬間、ピンときたね。この宝箱だって!」
「やったあ! 宝箱を開けるなんて久しぶり! ほら、ティーもこっち来てッ!」
「え!? 私も、いいのですか!?」
ちょいちょい手招きされ、ティノが慌ててリィズの近くに行く。
本当にいいのか戸惑っているのが可愛いらしいが…………リィズは多分訓練のつもりだろうな。宝箱の解錠って本当に危険だから……。
エヴァの腕を軽く叩き、一緒にリィズ達から少し離れる。宝箱に仕掛けられたトラップは単発の物が多い。結界指があれば問題ないと思うが、念には念を入れた方がいい。
僕の隣につきながらエヴァが小声で尋ねてくる。
「……クライさん、あの箱の中、何入っているんですか?」
「………………何だと思う?」
「…………」
エヴァが真剣な表情で考え込む。答えは……知らないよ!
今のところ発見されている宝物殿産宝箱の中身を外から覗く方法はたった一つ、虫眼鏡型宝具――『 宝現鏡(トレジャートレーサー) 』を使う事だけだ。
だが、そのあまりにも羨ましい宝具を発見したハンターはその存在を公にしたばかりに暗殺されてしまい、当の宝具も破壊されてしまった。それ以来、二個目の宝現鏡は見つかっていない。
リィズはウキウキしながら、錠前を確認していたが、すぐに不思議そうに言った。
「んー? クライちゃん、この鍵、かなりシンプルなやつだよ? トラップは………………んー……?」
リィズが宝箱をこんこんとノックし、持ち上げて底を確認する。めっちゃ重くて僕では持てなかったのに、リィズちゃんすごーい。力持ち!
マナ・マテリアルにより顕現した宝具の宝箱を開けるには知識だけではない、センスとスキルが必要とされるという。五感と第六感、全てを使い未知なる仕掛けに挑む彼女達は最もトレジャーハンターに相応しい存在なのかもしれない。
全方位から宝箱を観察すると、リィズは難しそうな表情で言った、
「んー、とりあえず開けてみよっか?」
「そうですね……爆発系トラップとかではなさそうな感じですし」
「…………ティー、解錠、譲ってあげる。宝箱を実際に開ける機会なんてなかなかないし、練習の成果をクライちゃんに見せてみろよ」
「え!? いいんですか!?」
ティノが目を大きく見開き、嬉しそうに言う。エヴァが意外そうな顔をしているが、リィズはこちらを見ながら得意げだ。
うんうん、そうだね! しっかり師匠やってるね! さっき絞め技かけてたけどね!
ティノは宝箱の前にぶら下がる錠前の前に跪くと、髪の中からピッキングツールを取り出し、慎重に鍵穴に差し込んだ。
リィズの言う通り、簡単なタイプだったのだろう。ものの数秒でかちりと音がして、錠が外れる。リィズを思わせる水際立った手腕だ。
だが、ここからだよ。解錠は重要だがトラップの解除は更に重要だ。命かかってるからね。
うまく解錠できた事にほっとしたのか、ティノが笑顔でお姉さまを振り返り、続いて僕を見る。どこかリィズに似た得意げな表情をするティノに、思わず手を振る。その時だった。
――それは、あまりにも静かで、あまりにも鮮やかで、あまりにも冗談のような手際だった。
解錠したばかりの宝箱が音もなく開き、ぴょんと飛び上がると、背を向けたティノに覆いかぶさり、丸呑みにし、元の場所に戻る。
その間、僅か数秒。リィズは反応できなかった。エヴァも反応できなかった。きっと、ティノ本人も何が起こったのかわからなかったに違いない。
「あ…………」
「え…………?」
リィズが目を瞬かせ、エヴァが呆けた表情のまま凍りつく。
「………………」
ティノと同じくらい鮮やかな手際だ…………じゃない! エヴァを離しておいて本当に良かった――でもない!
…………悲鳴すらしなかったんだけど、やばくない?
宝箱……じゃない? 魔物……? いや……宝具か? え?
…………そう言えば、たまに教会の倉庫で行方不明者が出るって言ってたな。だから僕を呼んだって――。
「ティノさんが…………食べられちゃった」
エヴァが、青ざめ、口元に手を当てて誰も口にしなかった事を呟く。いつか食べられると思っていたんだ……じゃない!
…………なんでこの国の人たち、皆やばいもの隠し持ってるの?
「え? ええ? ティー!? なにこれクライちゃんッ!?」
リィズが混乱したように叫ぶ。宝箱がばくんと背後からリィズを飲み込む。
「あ…………」
完璧な宝箱が蓋を閉じ、元に戻る。エヴァが呆然と僕を見る。ラウンジに静寂が訪れた。
二人でお腹いっぱいになったのか、宝箱は再び動く気配がない。あるいは後ろを向いたら動き出すのだろうか?
…………リィズ…………間違いなく僕の判断を仰いでたな……僕が持ってきた宝箱だから。
アクシデントに慣れているリィズがこんなにあっさりと食べられるなんて……戦ってよかったのに! いつもみたいに大暴れしてよかったのに!