軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

265 帰ってきた日常

「うおわあああああああああああ、帰ってきたあああああああああああッ!」

帝都ゼブルディア。クランハウスの私室。

なんか、トアイザントから戻った時も似たような事やったな。既視感を抱きながらも、僕はその場で大きくぐるりと回転し、久々の慣れ親しんだベッドに背中から倒れ込んだ。

適度な反発を持った特注品のベッドが柔らかく僕を受け止める。

武帝祭。ただの観光だったはずの旅は散々な結果に終わった。

まるで重力が増したかのように身体が重かった。こちらに何か実質的な被害があったわけではないが(風評被害はあったけど)、強い疲労を感じる。

精神的にも肉体的にも――フランツさんから散々睨まれ、悪い狐には逆恨みされ、本来外に出たら大問題になる妹狐をなんとかごまかし、最後には九割九分自己責任とはいえ発動した大地の鍵を抑えきった。今の僕には休む権利があるはずだ。

決めた。僕は絶対に外に出ない。しばらくは何があろうと、絶対に私室から外に出ないぞッ!

幸い、ここには全てが揃っている。食事も持ってきて貰えばいいし、浴室だってある。磨くべき宝具も大量にある。

帝国は今後周辺諸国と交渉し、協力して狐撲滅に挑むらしい。集まっていたトレジャーハンター達にも依頼が持ち込まれたようだ。

僕にも協力要請が来たが、断固拒否した。ガークさん含む面々から睨まれたが、知ったことか、僕には他にやることがあるのだ!

部屋の入り口付近で呆れたような顔をしているエヴァに、固い決意を以て宣言する。

「エヴァッ! 僕はしばらく面会謝絶だッ! 国も商人もガークさんも、何か要請が来ても追い返してくれ! 僕には他にやることが、あるっ!」

「えぇ……やることってなんですか?」

「何もしないをするんだよ」

「それは…………哲学ですか?」

哲学じゃないよ。ただ頭の休息が必要なだけだ。まぁ疲れる程使っているかと言われるとかなり怪しいんだが……。

ベッドの上で重い身体をねじり、思い切り背筋を伸ばして肉体をほぐす。

クランマスターとして、そしてレベル8として、皆の前で情けない姿を晒すのは避けるべきだが、エヴァ相手ならば大丈夫。

ああ、駄目だ。武帝祭の反動が身体を蝕んでいる。今すぐにでもベッドと一体化してしまいたい。

早速、全身で情けなさを示す僕に、エヴァが深々とため息をつく。

「……わかりました。しばらくの間、お断りしておきます。…………ルークさん達が来たらどうしますか?」

「ルークぅ? ルーク達は通しちゃっていいよ」

というか、ルーク達はどうせ勝手に入ってくるし……押し入ってくる彼らを拒絶する手段なんてあるものか。

僕は、ルーク達に押し切られて、危険なハンターを、今もやってるくらいだよ! 流されるのには――慣れてる。

さっそくごろごろ転がりながら英気を養っていると、そこでふと、ベッドのすぐ隣――サイドテーブルの上に紙切れが置いてあるのに気づいた。

腕を伸ばし、それをつまみ上げる。二つ折にされた随分、古びた紙切れだ。武帝祭に出る前はこんなものなかったはず――。

中に書かれた文字を確認し、眉を顰める。

「なになに……『クー、見つからない』、か……」

「!? 手紙ですか? 留守中にここに立ち入った者が…?」

目を見開き詰め寄ってくるエヴァ。簡素な文章の書かれた手紙を置き、ごろごろ転がる。

「いや、これは別にいいんだよ。なるほど……うーん……」

「なんですか? それ?」

そりゃもちろん……エリザの置き手紙だ。クーとは僕のあだ名のようなものである。

エリザ・ベックは《嘆きの亡霊》唯一の外部加入メンバーにして、パーティ一マイペースな精霊人である。

役割は 盗賊(シーフ) 。二つ名は《 放浪(ロスト) 》。気性は精霊人とは思えないくらいおおらか(大雑把とも言える)で腕前も確かなのだが、二つ名の通り彼女にはあちこちふらりふらりと風の吹くまま気の向くままに放浪してしまうという困った性質があった。

パーティリーダーであり、彼女をパーティに推薦した僕もエリザと顔をあわせた回数はかなり少ない。

極め付きに厄介なのは、自分が放浪している自覚があまりないという事だ。この置き手紙に書かれた文言もそれを示唆しているが、僕は断じて何かを行う際にエリザを除け者にしようとした事はない。

僕が見つからないんじゃなくて、君がいなくなっているんだよ……。

まぁ、もしかしたら、あちこち好き勝手やっている《嘆きの亡霊》でやっていくにはそのくらい大雑把でなくてはならないのかもしれない。

しかし、エリザ……どこで何をやっているのだろうか? ルーク達とはそれなりに顔をあわせているらしいのだが、僕の中でエリザは割とレアキャラである。

隠れているわけでもなさそうだし、嫌われているわけでもなさそうなのだが、なにかとタイミングが合わない。

リィズ曰く、エリザは何より危機感知能力が高いらしく、そのせいでなかなか僕と会えないんじゃないかとか……どういう意味さ。

さて、手紙には一言しか書いていないが、エリザが留守中に部屋に入った理由については見当がついている。

身を起こすと、室内をぐるりと確認し、サイドテーブルの足元に箱が置いてあるのを発見する。無骨な木の箱だ。

ずしりと重い箱を苦労して動かし蓋を開けると、中にはよくわからないガラクタが大量に入っていた。

擦り切れた古いブーツに錆びついたコイン。刃のないナイフに、シンプルな金属の指輪。一見価値のなさそうなそれらは全て、宝物殿産の宝具だった。おそらくエリザが放浪した先で見つけた物だろう。もしかしたら中には店売りの品が含まれているかもしれないが、それはまあどうでもいい。

もともと、砂漠の精霊人には大地を愛し世界を旅するような性質があったらしい。森の精霊人は森から出ない事で知られているが、砂漠に住む精霊人はエリザ程ではなくとも、全員が旅人だと言う。

砂漠精霊人(デザート・ノウブル) は天性のハンターであり、優れた魔術的資質と精霊との親和性、柔軟な身体と鋭い勘で数々の魔境を巡り歩いてきた。現在も世界には人の手の入っていない自然が多く存在するが、彼女たちが立ち入る領域には宝物殿も多数含まれている。

僕がエリザと出会ったのも、とある砂漠の宝物殿だった。

エリザは腕利きで大雑把で勘が鋭く、生粋のハンターでそして――あまり物欲がない。

エリザ・ベックの目的は宝物殿に立ち入る事それ自体であり、中に存在する宝具や倒した幻影のドロップにはほとんど興味を示さない。もちろん、放浪するにも金は必要だから価値のありそうな物は拾っていたらしいが、ほとんどは放置だったそうだ。

それに待ったを掛けたのが僕だった。せっかく危険な宝物殿に入って、宝具も見つけたのに持ち帰らないというのはあまりにも勿体なさすぎる。

宝物殿で見つかる宝具のほとんどは二束三文のクズ宝具とはいえ、数が集まればそれなりの金額になるものだ。

かくして、僕とエリザの間には協定が結ばれた。

エリザが宝具を持ち帰り、僕がそれらを売り払い利益をエリザに渡す。手数料などは取っていないが、戦果の中に欲しい宝具が見つかった場合貰えるという約束になっている。誰も損をしていない契約だ。

パーティで活動した時の戦果はシトリーが管理しているので持ち込まれるのはソロで活動して得た分のみだが、回数が増えれば量もそれなりになってくる。

武帝祭での出来事は僕にとってもいい経験になった。

地面に突き刺しただけで広域に地震を起こすとは恐ろしい宝具もあったものだ。宝具コレクターとして、より一層宝具の知識を蓄えねばならないだろう。大地の鍵は壊れてしまったが、似たような宝具がないとも限らない。

次に大地の鍵が発動した時はすぐに止められるように練習しないと――。

そんな事を考えながら中身を漁っていると、その時、ガラクタの山の中に、黒い布に包まれた細長い物を発見した。

さっそく取り上げ、奇妙な模様が描かれた布を解く。

お、これは……剣型の宝具! 珍しいな。

「これこれ。これを探していた!」

意気揚々と鞘に納められた剣を持ち上げ、観察する。柄に黒色の宝石があしらわれたいかにもいわくありげな剣だ。ただし、大地の鍵のように儀礼用といった雰囲気ではない。

鞘に修められ、丁寧に布に包まれていたあたり、エリザも丁重に管理していたと見える。

後でルシアにチャージしてもらおう。

「………………程々にしてくださいね……」

ようやく戻ってきた日常に笑みを浮かべる僕に、エヴァが呆れたようにため息をついた。

§ § §

「はぁ!? 兄さんが、裏社会で指名手配されてる!?」

「完全に目を付けられたみたい……狐も組織内部で大騒ぎしてるし迂闊には動けないと思うけど……」

ルシアの素っ頓狂な声に、シトリーが困り顔で答える。

「まぁ、あれだけやればねぇ……《嘆きの亡霊》のリーダーってのもあるだろうし」

もともと、腕利きのトレジャーハンターは賊に狙われる事が多い。宝物殿の探索をメインの活動にしているハンターならばまだ恨みを買う機会も少ないが、《嘆きの亡霊》のように幾つもの組織を潰しているパーティならば尚更だ。

武帝祭での事件は一定の落ち着きを見せた。倒壊した闘技場も片付けが進み、一見、日常が戻ったように見える。

だが、それは仮初のものでしかない。

恐るべき秘密組織の存在の露呈は大なり小なり大きな衝撃を与えた。

もともと、《嘆きの亡霊》には潰してきた組織の関係者から賞金がかけられていた。これまで襲撃者がそこまで多くなかったのは、あまりにも割に合わなかったからだ。

賞金が賭けられるのはトレジャーハンターにとって名が売れた証拠でもある。だから、そこまでは仕方ない。

シトリーが取り寄せた裏の手配書リストを眺めながらルークが眉を顰める。

「気合い入ってんなあ。一、十、百、千…………何すればこんなに懸賞金が掛けられるんだ。人を百人斬ってもこんなに上がらないのに。なんかコツでもあるのか?」

「うーむ……」

「もうちょっと頑張れば借金が返せちゃいますね……」

手配書にかかれていた金額は普通ではなかった。

裏社会で張り出される指名手配の賞金額は一般的な賞金首と異なり、買った恨みや消えて欲しいと考えている人間の数に比例している。高額の賞金が掛けられている者は大国の要人や、何世代も活躍してきたハンター一族など、死んだだけで各界に波紋を呼ぶような影響力の大きな者がほとんどだ。特に目立った生まれでもない一ハンターが、しかも一人も殺していないのにここまでの額の賞金が掛けられるのは前代未聞ではないだろうか?

懸賞金リストを眺めながら、リィズが目を丸くする。

「アークちゃん抜かれてんじゃん」

「さすが巨大組織ですねぇ……面子の問題もあるんでしょうが……まぁ、組織も余裕がないようなので――」

シトリーの調べによると、狐の内部は今非常に不安定だ。詳しい事はわからないが、内乱が起こっているらしい。おそらく、『大地の鍵』の発動は狐にとっても予想外だったのだろう。そして、『大地の鍵』を発動したのがあの狐面ではないという事を、組織は気づいていない。

ここで大事なのは実態ではなく、周囲からどう見られるかだ。

公衆の面前で、目論見を潰された。放置すれば舐められる。懸賞金をかけないわけにもいかない。この掛けられた莫大な賞金額は、そういう事だ。

まぁ、もともと《千変万化》は一部の者にとって仇敵でもある。

幸いなのは、このリスト自体が後ろ暗いものである点だろう。表舞台で活躍している高名なハンターなどが襲ってくる心配はない。

「いいなぁ…………クライ。つええ剣士、来るかな?」

「これほどの額だと、よほど自信がないと襲ってこないでしょうね……襲撃があるとしても、万全の準備をしてからくるかと……後、剣士は来ないと思います」

「はぁ……おかしな事するから……」

帝都ゼブルディアのレベル8ハンター、《千変万化》には様々な得体のしれない噂がつきまとっているが、唯一真実がある。

《千変万化》はこれまで多くの死線を潜り抜け、かすり傷一つ負ったことがない。

そこで、シトリーは立ち上がると、ぱんと手を合わせて言った。

「クライさんはしばらく部屋から出ないそうですが、しばらく護衛をつけましょう。それぞれ忙しいでしょうし、ローテーションで!」

「……シト、あんたが一番忙しいんじゃないの? 顔色悪くない?」

姉の言葉に、シトリーが自分の額に手の平を当てる。

ルークが思い出したようにぽんと手を打ち、面倒くさそうに立ち上がる。

「あぁ、俺も呼ばれてるんだった……まったく、ちょっと竜退治サボったくらいでごちゃごちゃ言いやがって――しゃーねえ、練習中の雷神剣を見せてやるか」

「私なんて、大事な試験欠席ですからね……推薦してくれた教授になんと言い訳すればいいか……」

「うむうむ」

「アンセム兄はいいよねぇ。上が特に干渉してこなくて……」

羨ましそうな顔のリィズに、アンセムは力強く頷いた。

「…………うむ!」