作品タイトル不明
266 帰ってきた日常②
《始まりの足跡》クランハウスのラウンジはゼブルディアのトレジャーハンターの中では有名だ。
トレジャーハンターというのは稼げる職業だ。特に一流ハンターの収入ともなると、一度のハントで一般市民の一生分の稼ぎを得ることも珍しくはない。
帝都でも屈指の若手ハンターが集まり豊富な資金により製造されたクランハウスは先鋭的で、若手のトレジャーハンターにとって一種の憧れとなっている。いかにも初心者向けに聞こえるクラン名と相まり、度々、登録したてのハンターの卵がトレジャーハンターという職に幻想を抱く理由となっていた。恐らく、このクランのマスターはそういった効果も考え、帝都の一等地にこのような巨大なクランハウスを建てたのだろう。
そして、もちろん、そんなクランマスターが見つけてきた副クランマスターについても、それまで表舞台に現れなかったのが不思議なくらいの敏腕だった。
「クランマスターはしばらく別件に集中したいので誰も取り次がないように、との事です。状況は理解していますが、お引取りください」
広々としたクランハウスのラウンジ。その中心に設置されたひときわ大きなテーブルの前に腰を下ろすガークに、《始まりの足跡》副クランマスター、エヴァ・レンフィードは事務的な口調で言った。
引退した後も一目置かれる協会支部長。泣く子も黙る元《戦鬼》を前に萎縮しない者というのは限られている。ましてや、それがろくにマナ・マテリアルを吸っていない一般人でとなると、帝都広しと言えどほんの一握りだろう。
エヴァ・レンフィードは優秀だ。あののらりくらりと状況を操ってみせる《千変万化》の右腕としてクランを切り盛りし、ここまで大きくしてきただけでも只者ではないという事がわかるが、ガークは彼女が時にクライを諫め、公私ともに支えてきたのをよく知っていた。
同時に、彼女は一度決めたら梃子でも動かないある種の頑固さを有している。必要な時はガークと共にクライを説得するが、取り次がないと決めたのならば脅されようが金を積まれようが絶対に取り次がない。恐らくそういう気質もクライが彼女を選んだ理由の一つなのだろう。
加えて、クライと違って彼女は理詰めでくるタイプだ。帝国の法や探索者協会の規約にも明るい。加えて相手がハンターでもない一般人ともなれば、探索者協会の権限も届かない。
既に連れてきた職員は皆諦めムードだった。もともと、ガークも暴力で脅そうなどとは考えていない。
ラウンジには《足跡》所属のハンターが大勢いる。相手が探索者協会の支部長だろうと萎縮しないハンター達が。もちろん、そんなハンター達がいなかったとしても、暴力で一般人を脅すなど言語道断だが。
「《千変万化》がもう少し働き者だったら、ゼブルディアも倍は発展してる」
「《千変万化》がもう少し働き者だったら、私が過労で倒れています」
ガークの軽口に、エヴァはにこりともせずに真剣な表情で言い切る。その様子に、ガークは小さくため息をついた。
今日ガークがわざわざクランハウスまでやってきたのは、武帝祭での事件についての進捗や確認をするためだった。
事が事だけにできれば対面で話し合いたかったが、今回は言伝でも問題はないだろう。何か事件が起こったわけでもない。
《千変万化》が会わないという事は、対面する必要なしと判断している事を意味している。相手がただのハンターならば無理をしてでも話をするべきだが、その神算鬼謀と異様なまでの洞察力、未来視に近い読みには実績があった。ゼブルディアも無視できない程の実績が。
武帝祭の事件から二週間。秘密組織、『九尾の影狐』の壊滅作戦はゼブルディアやガークが想像した以上にスムーズに進んでいた。
相手は徹底的な秘密主義を敷いている曰く付きの組織である。これまで帝国や探索者協会が密かに調査を進め、それでもほとんど情報を得られなかった相手だ。如何に各国一丸となって事の解決にあたったとしても、組織の構成員の名も活動拠点も何もかもが不明では、打てる手などほとんどない。
長期戦を覚悟していたガーク達だが、状況は予想外の進展を見せていた。
構成員の一部が情報を土産にゼブルディアに寝返ったのだ。その者は幹部ではなく、持ち込まれた情報も量・質ともにそこまで大したものではなかったが、これまで尻尾を掴ませなかった組織の構成員が離反するというのは大きな変化である。
「思えば、武帝祭の決着はあいつらしくなかった」
「…………」
ガークの言葉に、エヴァが黙り込む。
これまで《千変万化》は立ちはだかった組織や賊、幻影の尽くを、その人間のものとは思えない奇策で打倒してきた。今回の件についても、闘技場で狐面と相対したその姿は落ち着いていて、だからこそガーク達はあの時、すぐさま場内に立ち入らず静観していたのだ。
それが初動の遅れを招き、狐面を逃した事に繋がったのだが、これはそもそもおかしな話である。
そもそも、逃したくないのならば、逃走路に人を置けばいいだけだ。あの場にはルークやリィズなど、一騎当千の戦士が揃っていた。
闘技場は結界も張られており、逃走経路も限られている。クライならば、その程度の事に気づかないわけがないし、仮に自分の策に絶対の自信を持っていたとしても、普段のクライならば絶対に人を配置していただろう。ぎりぎりで狐面を捕獲できるだけの人数を。
ならば、どうしてあの時、クライは出入り口を封鎖していなかったのか? 前武帝や、会場に大勢いるハンター達をあてにしていたのだろうか?
逃げ出した狐面に、クライらしからぬ穴のある策。そして、だがしかし大きく進展を見せた組織の調査。
そして、ガークは一つの答えにたどり着いた。
全てが――策の内だとしたら?
あの狐面を逃したところから、裏切り者がでるところまで、クライの予定通りだったとすれば、どうだろうか?
武帝祭で表に出てきたあの侵入者は組織でも幹部クラスだろう。本来ならば逃亡を許すなどありえない。
だが、それがもしも結果的にこちらの利になるとするのならば――《千変万化》は逃がす事を選ぶのではないだろうか?
盤石だった組織が揺らいでいる。そのきっかけが武帝祭の事件だった事は明らかだ。
世界を破壊しかねない宝具兵器の発動。あれはきっと、組織にとっても予想外だった。その結果、組織に見切りをつけた者が出てきた。
いくら相手が巨大組織だったとしても、複数国家を同時に相手できるような力はないだろう。怒れるラドリック・アトルム・ゼブルディア皇帝はもはや協力的ではない貴族を粛清する勢いだ。
武帝祭の事件の真相を知る者はほとんどいない。ガークも、帝国も、そして恐らく狐面の男ですら――真実を知るのはたった一人だけだ。
そこで、本日の来訪の目的の一つ、預かってきたものを懐から取り出し、机に置く。
エヴァの目が丸くなる。奇妙な模様の入った黒の石は最も有名な宝具の一つでもあった。
「フランツ卿から共音石を預かっている。あいつの秘密主義は今更だ。クライに渡して欲しい。狐撲滅の作戦は国主導で行う、まだどういう手を打つかは話し合いが続いているが――何かあったら連絡を入れて欲しい、と」
トレジャーハンターに頼り切りでは国の面目も立たないが、有効な手を放っておくわけにもいかない。
本来、貴族が一ハンターに直通の連絡手段を与えるなどありえない事だ。これはあの《千変万化》を嫌っていたフランツ卿が、帝国のために自らを殺し、出した折衷案なのだろう。クライも一歩間違えれば侮辱罪に問われていただろうに、相変わらずギリギリをついている。
エヴァはしばらくその宝具をじっと見下ろしていたが、やがて小さく頷いた。
「…………承りました。マスターに渡しておきます」
「これから帝都も…………騒がしくなるぞ」
その筋から、《千変万化》の首に多額の懸賞金が掛けられた事は聞いている。これまで散々賊と戦い撃退してきた《千変万化》だが、今回掛けられた金額は相手がたとえレベル8ハンターでも十分襲うに足る額だ。
もちろん、あの男がそう簡単に後れを取るとは思っていない。クライ・アンドリヒはかつてハンターになるために帝都に出てきた時とは違う。
彼は、強くなった。一見変わらないように見えるが、組織を立て、仲間を鍛え、信頼を得て――そして、『狐』との戦争が始まった以上、今の《千変万化》に敗北は許されない。
クライ・アンドリヒの敗北は士気の低下に繋がる。腕を組み、ガークが続ける。
「エヴァ、もしかしたら《千変万化》を狙う賊がクラン職員に危害を加える可能性もある。十分注意する事だ」
「それは…………今更、言われるまでもありません。ここにはハンターも詰めていますし、もともと、クランハウス建設時にマスターの指示で、上層階は襲撃を想定した造りになっています。一、二階で所属ハンターが戦っている間に逃げられるように、と。幸いまだ使われた事はありませんが――」
「…………なるほど。最初から考慮済み、か…………非戦闘員を雇う以上当然の配慮だが――よく考えている」
力ある者が力なき者の身になって考えるというのは、言葉で言う以上に難しい。探索者協会とて、職員の安全を完全に保てているとは言えない。
ましてやそこに金をかけるなど、金を出した所属ハンター達からの反発もあったろうに、普段何も考えていないように見えてしっかり指示を出すところは出している辺り、しっかりクランマスターをやっていると見える。
「護りは万全です。三階以上に力を入れた分、一、二階はそこまででもないですが――巻き込まれたらどうせ壊れるから、と」
「それは………………どうなんだ?」
そもそも、《始まりの足跡》はクランマスターの権限が弱いクランのはずだ。勝手に所属ハンターを迎撃戦力に含めるのは問題ないのだろうか?
一瞬そんな疑問が脳裏を過るが、ガークは大きく頷き自分を納得させた。
探索者協会帝都支部の長として言うべきではないかもしれないが、一般人が死傷するくらいならハンターに死ぬ気で戦ってもらった方がいいに決まっている。力ある者は弱きを守らなくてはならない。それは、探索者協会が設立された目的の一つでもある。
「何かあったら、いつも通り探索者協会まで連絡を。こちらも出来るだけの事をしよう」
「はい。その時は、よろしくおねがいします」
話を終え、立ち上がる。
ガークも暇ではない。まずは探協の職員や所属しているハンターの中に狐の手の者がいないか探さねばならない。考えるだけで頭が痛かった。そもそもガークが支部長を任されたのはそのカリスマとハンターとしての経験あってのものであり、細々とした調査などは得意ではない。
支部に戻った後の仕事の事を考え、大きくため息をついたところで、ふと入り口の方から聞き覚えのある声がした。
「あー、エヴァ、いたいた――今日来る予定のお客さんなんだけど……………げ、ガークさん!?」
「!? クライさん!?」
ラウンジの入り口から意気揚々と顔を出したのは、先程面会を断られた《始まりの足跡》のマスター、クライ・アンドリヒその人だった。
目と目が合い、沈黙がラウンジに広がる。連れてきた探協の部下たちも、現れたへらへらした笑みを浮かべるクライに、目を丸くしている。
別件に……集中? 誰も取り次がないように言われている? しかもこいつ、げって言ったか?
エヴァも困ったようにガークを見ている。面会を断った相手がへらへらしながら現れたら、如何に敏腕副クランマスターでもそんな表情にもなるだろう。
クライが眉を顰め、きょろきょろと周りを確認しながら近づいてくる。
「何? エヴァと話し合い中だった? 悪いけど、今日はこれから大事なお客さんが来る予定で――」
「…………」
俺が会いに来たのは、お前だ。
そう怒鳴りつけようとしたその時、ラウンジのガラスが盛大に弾け飛んだ。
ガラス片がきらきらと降り注ぐ。トレジャーハンターを引退して久しいとはいえ、ガークの動体視力は窓から飛び込んで来たものをはっきりと捉えていた。
とっさに構えを取る。
それは、一本の矢だった。長く太い金色の矢。
矢はラウンジの窓をまるで何もなかったかのように貫通し、ふらふらと近づいてきていたクライの額にまるで吸い込まれるように突き刺さる。
そして、いつも通り分厚い壁にぶつかったかのように弾かれた。
「!? な、何?」
何の痛痒も感じられないクライの声。
棒立ちのクライとは裏腹に、突然破られた平穏に、ラウンジにいたパーティのハンター達がすかさず戦闘態勢に入る。
「ッ!? 何だ!? リィズか!? ルークか!?」
「襲撃だッ!」
《千変万化》の絶対防御。
宝具コレクターであるクライ・アンドリヒが結界指を有している事は想定できるが、襲撃相手もそれは考慮している。
クライが落ちた矢を拾い混乱したように周囲を見回す。幻獣の首を吹きとばせそうな太い矢。その鏃は鋭利で――何か黒い箱のようなものが括り付けられていた。
結界指は強力で、それ故に対策も取られている。暗殺の基本は二撃必殺だ。
こういった際に矢にくくりつける物は相場が決まっている。《千変万化》も当然わかっているだろうが、ガークはとっさに一緒に来た部下達の前に立つと、警告の叫びをあげた。
「クライ、爆弾だ!」
「!? ガークさん、パス!」
「あぁ!?」
軽い声と共に、クライが振りかぶり、ガークに向かって矢を投げる。
完全に虚をつかれた、矢がくるくる回転しながら、床を滑り迫ってくる。クライがまるで予定調和のようなスムーズな動きで跳び、エヴァを庇うように体当たりする。
「あああああああああああッ!?」
まさか、客ってこれか!?
腕を組み防御の構えを取る。目の前が真っ白になり、熱と衝撃がガークの全身を吹き飛ばした。