軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

264.5 雷神になる方法

「え!? マスターが……雷神に!?」

思いもよらない情報に、ティノは思わず瞠目した。

武帝祭の闘技場。マスターの偽物、クラヒ・アンドリッヒは悔しいが《雷帝》の名に相応しい力を誇っていた。

魔力コントロールの難しさで知られる雷の術式をあそこまで使いこなすとは、間違いなく超一流の術者だ。

もともと、雷の使い手である時点でそれは一流の証である。ハンターで換算するのならばレベル5はくだらないだろう。ティノの知る使い手ならば、アーク・ロダンやアーノルド・ヘイルが該当するが、アークの雷魔法もティノの知る限りあそこまで大規模ではなかったし、アーノルドの力は武器由来のものだ。あそこまで広範囲に連続で雷を落とすなど、《雷帝》を名乗るに恥じない実力だった。

翻って、本物のクライ・アンドリヒはどうだろうか?

マスターは強い。強く優しく、頭もティノでは想像できない程いいし、カリスマもあり、これまで功績だって申し分ない。トレジャーハンターの聖地ゼブルディアで若手ハンター最強と呼ばれるのも納得の実力者だ。

だが、雷を使っているところは見たことがない。闘技場で戦っていたのは替え玉らしいし…………撃たれたところは見たことあるけど。

しかしそんなティノに対し、目の前のルークお兄さまはマスターが雷神である事を疑っていないようだった。

ルークお兄さまはマスターの幼馴染である。ハンターになる前から親友だったらしく、付き合いの長さもティノとは比べ物にならない。

だから本来ならばルークお兄さまの言う通りなんだと思うところなのだが――もしかしてルークお兄さま、マスターが雷を操っているところを見たことがあるんですか?

訝しげな表情のティノに、ルークお兄さまは腕を組みもっともらしく頷く。

「前々から雷に撃たれていたし、そういう事だったんだな……」

えぇ…………そういう事、なんですか?

ルークお兄さまの態度はいつものことながら、自信に満ちあふれていた。マスターがよく困った顔をするくらいに問題児なのにファンが多いというのも、そういうところが理由なのだろう。ティノは断然ますたぁ派だが。

だが、それはともかくとして――そうはっきりと自信満々に言われると、なんとなく説得力があるような気がするから不思議だ。

確かに、雷というのは偶然撃たれるようなものではない。攻撃魔法ならばともかく自然の雷が落ちるなど一生に一度あるかないかだろう、操っていたと考える方がむしろ自然だ。そもそも、マスターは雷に撃たれても平然としていたし、それを考えればある程度の理は――。

思考の海に沈みかけるティノに、ルークお兄さまが同意を求めるように言った。

「それに、めちゃくちゃ格好いいだろ?」

「え!? ………………は、はい」

その突然の単刀直入な問いに思わず頬を染め下を向き、小さな声で答える。

もちろんだ。マスターが格好いいのは今更言うまでもない事だし、ティノはマスターファンクラブのメンバーでもある。最初に出会った時からずっと目で追っていたし、それがティノがハンターになった発端でもあるのだからノーなどと言うわけがない。

だが、それを加味してもマスターが格好いい事と雷神である事の間に因果関係はないだろう。マスターは神でも雷神でもどちらでも最高なのだ。掛け金もなんとかぎりぎり取り戻せそうなのだ。

そして、ルークお兄さまは満足げに頷いた。

「だよなー、雷のパワーを得て攻撃とか、最高に格好いい!」

「!? え? あ、はい。そうですね!」

ああ、なるほど……そっちでしたか……。いえ、わかっていました。わかっていましたよ?

そういえば、ルーダが言っていたのだが、《豪雷破閃》のアーノルドは雷の力を借りてレベル8宝物殿の幻影を両断したらしい。

ティノはアーノルドなど路傍の石程にも興味ないくらい圧倒的マスター派だが、アーノルドの力量については疑うべくもない。

そして、アーノルドが雷の力を借りられるのだから、マスターが雷の力を借りられないわけがない。ティノが雷の精霊だったら喜んで力を貸すだろう。そう考えると、やはり……雷神?

「ティノ、お前もやりたいよな!?」

「はい! もちろんです! ………………え?」

勢いのいい問いに思わず頷き、そして目を見開いた。

ルークお兄さまが機嫌良さげにばんばんティノの背を叩いてくる。

「だよな! 俺は、クライを見て新たな学びを得たッ! 雷の力を借りた一撃――このクライが昔、作ってくれたノートにもバッチリ載っていたその名は――『雷神剣』ッ! 明日の俺とティノは、今日の俺とティノよりも間違いなく強えッ!」

「え? ええ?」

は、話を一人で先に進めないでください! と言いたいところだが、言えない。

ティノは《嘆きの亡霊》ヒエラルキーの最底辺なのだ。お姉さまですら呆れ返るルークお兄さま相手に何をできようか?

「俺はクライの言葉から新たな学びを得たッ! そのための訓練メニューを思いついたんだ。クライは背中で語った――雷の力を借りるには、雷を体感すればいい、とッ!!」

「!?」

背中で語るって……それはルークお兄さまが勝手に読み取っただけでは? マスターは確かに頻繁に鬼だが、雷の力を借りるために雷を浴びろなどとは言わないはずだ。

小さくため息をつく。脳内に過るのは遠い過去の記憶――と見せかけて、つい数ヶ月前の記憶だ。

「ルークお兄さま、雷を浴びても雷の力は身につきません。雷を浴びて身につくのは――耐性だけです。私にはわかります、やりましたから」

バカンスでの、誘雷薬を飲んでのマラソンは本当に大変だった。今となってはいい思い出なのが不思議なくらいだ。蛙にされた事と比べたら大したことないですよ……。

ルークお兄さまは単純だが、馬鹿ではない。ティノの経験談からその訓練が誤りだと理解してくれれば、過去の体験も報われるというもの。

背中で語られずに直接聞いてきてください――。

思いを視線に載せて凝視するティノに、ルークお兄さまは目を細め、どこかハードボイルドな表情で言った。

「ああ、そうだな。知ってるよ、俺もやった事あるからな。だが、俺は思うんだ。あれは出力が足りていなかったのではないか、と」

「!? はい!?」

「莫大な力を身に宿すには莫大な力がいる。強力な魔法を使うのに大量の魔力を消費するように! 最強のハンターになるのに必要なのは――最強の雷だッ! 雷のエネルギーは、大自然の力は、俺とティノをさらなる高みに導くッ!」

「か、勝手に一人で導かれてくださいッ!」

思わず叫ぶ。相手がお姉さまだったら間違いなく折檻されるであろうツッコミも、ルークお兄さまはどこ吹く風。その瞳は強い意志と力への渇望にまるで炎のように輝いていた。

なるほど、滝に打たれて剣の腕が上がるわけだ。ルークお兄さま、さては――私の話を聞くつもり、ありませんね?

「雷神剣……今の俺に足りていない、範囲攻撃ッ! くくく……クライの驚く顔が目に浮かぶぜッ! そして、ティノ――お前は雷の力を身に宿し、人の域を超えた速度を得るッ! 雷の如き速度と激しさを兼ね備えた拳――その疾風迅雷の動きから付けられる二つ名は…………《雷影》ッ!」

「!! 《雷影》ッ!」

そのままですね、ルークお兄さまッ! しかし申し訳ないのですが、私はマスターに二つ名をつけてもらう計画で……そう、できればマスターの二つ名から一つか二つ、文字を頂けたらこの上なく幸せだろう。

まだ誰にも話したことのないそんな思いを飲み込み、なんとか巻き込まれないで済む方法を考える。

「…………でも……そのお……訓練なら、お姉さまと訓練した方がいいのでは? 私は、恥ずかしながら、まだまだ未熟なので」

「リィズはもう十分に速いッ! 一緒に訓練したら追いつけなくなるだろッ! 俺が考えた訓練なんだ、まずは俺がやるべきだッ! いいか? これは極秘の訓練なんだ。ネタバラシは模擬戦の後にやる。リィズに一個貸しだ」

駄目だ、この人……お姉さまの幼馴染だ。このままでは焦がされてしまう。

マスターはお姉さまの辞書に手加減という文字を少しだけ刻みつけてくれたが、ルークお兄さまの辞書にはそんなものはないだろう。

なんとか活路を探すティノに、ルークお兄さまは拳を強く握り言った。

「一緒に雷神になってクライに自慢してやろうぜッ! ティノ、お前は肉体に雷を貯めろ。俺は剣に雷を集める特訓をする。身につけた後に教え合えば、上達速度は倍だッ! リィズは肉体操作であの速度を生み出しているらしいが、心臓を操作して生み出した熱エネルギーよりも雷エネルギーの方が強いに決まってるッ! 大丈夫、ティノの懸念点もわかってる。雷がないところで使えないんじゃ意味がないって思ってるんだろ? だが、ウナギだって発電できるんだ、体内で発電すればいい! なんなら魔法を覚えてもいいし、腕をぐるぐる回して手回し発電みたいな感じでやってもいいんだ。道具はシトリーに頼めばきっと作ってくれるッ! 可能性は、無限大だッ! それに、すっげえ格好いいッ!」

何を言っているのか、全然わからない。

目が回り、冷や汗が流れ、心臓が激しく鼓動する。

ティノは混乱の余り辛うじて聞きとれた言葉を反芻した。

「自慢……ますたぁに、自慢? 自慢するの?」

瞬く間に栄光の階段を駆け上がったレベル8ハンター。そんな人に自慢できるようなものを、ティノはこれまで持っていただろうか?

ますたぁは強い。強く優しく、頭もティノでは想像できない程いいし、カリスマもあり、これまでの功績だって申し分ない。ティノが勝っているのは借金の額くらいだ。

「そうだッ! 自慢する。そして、さらなる雷神を教えてもらうッ! 俺達が――雷神だッ! そしてティノも晴れて、俺達と一緒に宝物殿に行けるッ! そうだ…………一人増えれば攻撃が分散するからより激しい宝物殿に行けるッ!」

「ますたぁと、一緒の、宝物殿に……」

それは素晴らしい考えだ。もちろん、ティノがますたぁの攻略する宝物殿についていけるくらいの実力がある前提ではあるが、共に宝物殿を攻略できれば、それは経験的にも思い出的にも素晴らしいものになるだろう。それに、死地を共にくぐり抜ける事で深まる絆もあるはずである。

それは、これまで散々試練に叩き落され、お姉さまにしごかれ尚消え去っていない、ティノの夢である。

「そうだ! そして、ティノが剣技を修めれば、最高だ! リィズは剣やらねえからな! 剣を修めた雷速の盗賊を斬ったことのある剣士なんてきっといないぞッ! そしてもちろん、雷速で動けて剣も使える盗賊もティノ一人だ! クライも感心するぞ! べた褒めだッ!」

「!! あのますたぁが……べた褒め!?」

それは…………全く想像できない。あの相手構わず所構わず、敵を、クランメンバーを、ティノをどん底に叩き落とし平然としているマスターが手放しに褒めてくれるなど――。

あの、まだ試練は始まっていないよ(意訳)が口癖のますたぁに、褒めて頂ける?

もしかしたら、抱きしめて頭を撫でてくれて一緒にデートに行ったりして……頂ける?

「多少の訓練で雷神になれる上にクライを驚かせられるんだ、こんないい事はない。ティノ、やるな?」

「ッ……や…………やりますッ!」

「よし、じゃあ早速ルシアに雷を出して貰って――」

その言葉に、ティノはぎりぎりで正気に戻った。

ルシア……ルシアお姉さま!? あの帝都屈指の魔導師で知られたルシアお姉さまに、雷魔法なんて使われたらもしかしたら――今の私では消し炭になってしまうのでは?

言葉に込められた熱量が大きすぎる。マナ・マテリアルで情熱でも強化されているのだろうか?理詰めでくるシトリーお姉さまや反論を許さないお姉さまとはまた別の意味で恐ろしい。

大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。頭が冷え、冷静さが戻ってくる。

というか、そもそもやっぱりマスターは雷神ではないのでは?

クラヒ・アンドリッヒというあの男はどうやら随分思い込みが激しいタイプのようだし、何かの間違いではないだろうか?

あと、ルークお兄さま……デンキウナギは実はウナギじゃありません。

後、ついでにティノもウナギではないし、もちろんデンキウナギでもない。

そこで、部屋にルシアお姉さまが入ってきた。ムスッとした不機嫌そうな表情で、その手には見覚えのある杖を持っている。

ティノ達の会話を部屋の外で聞いていたのか、開口一番、きっぱりと言い切る。

「絶対出しませんから…………どうせ出したら兄さんかアンセムさんに落ちますし。全く、すぐに影響されるんだから――」

「大丈夫だ、俺はクライとアンセムと手を繋ぐ」

なるほど、それはナイスアイディアだ。だがそれはともかく、ルークお兄さまは真面目な顔で変な事を言うのはやめた方がいいと思う。

「その杖どうしたんですか?」

ルシアお姉さまが持っていた杖。それは、あのクラヒ・アンドリッヒが使っていたものだった。

ティノの問いに、ルシアお姉さまが大きくため息をつき、憂鬱そうな声で言う。

「兄さん――リーダーから押し付けられたんです。私はいらないって言ったのに、僕には必要ない。ルシアは雷のコントロールがよくないから持っておけって――」

「…………え……?」

僕『には』必要ない? ルシア『は』雷のコントロールが良くない?

………………もしやますたぁ……雷神ですか?

「私の、コントロールが悪いんじゃありませんッ! 兄さんがッ! 吸い寄せるからッ! 当たんないんですッ! もうッ!」

「あー、雷を吸い取るコツってあるのかな。アンセムはでかいからまだわかるんだけど……クライに聞いてみるか」

「私が、雷の魔法を使えない理由を聞かれるたびに、どれだけ困っているかッ! 兄さん、わかってるんですか!? 兄さん!! 使えないんじゃない! 使えるんです! 使えるんですけど、兄さんに落ちるから、使わないの! 苦手なのッ! シトが、対策の誘雷薬を作るためにどれだけ苦労したか! わかってるんですか! この! この! いちいち、ショックを受けるんじゃないッ! 私の方がショックなんだからッ!」

…………………よし、とりあえず、ますたぁは神。

ティノは自分に言い聞かせるように心の中で宣言すると、ぬいぐるみに八つ当たりしているルシアお姉さまとルークお兄さまに巻き込まれる前にそっと部屋を後にした。