軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

245.5 ティノ・シェイドは応援したい

武帝祭。それは、最も誉れ高い武の祭典の一つ。

その時期、クリートには、各国から腕利きの武芸者が集まってくる。

魔導師、騎士、武道家、そして――トレジャーハンター。参加を許されるだけでも一流の証とされるその大会は、武芸を嗜む者にとって憧れの一つだった。

もしも、万が一優勝など果たしてしまったら、その名は千里に轟く事だろう。もしかしたら歴史に名が刻まれるかもしれない。

宝物殿から産出される強力な宝具により勢力が決まるこの時代、力とは価値であり、武帝祭はそれを示すのに格好だった。

初めて訪れるクリートは、ティノの想像よりも遥かに騒々しかった。

立ち並ぶ露店に、商人の呼び込みの声。屋根にはクリートの象徴である剣が描かれた旗が無数に上がり、屋外にも関わらず感じられる熱気にティノも気が引き締まる思いだ。

この時期、クリートには強者が集まる。出場者の仲間も応援に来るだろう。

人混みの中を歩いているだけでも、マナ・マテリアルを少なからず吸収した者たちの姿が何人も見える。中には、ティノをも上回る実力者も何人もいた。

だが、大会への出場者はそういった者たちよりも更に強いのだ。

ここで決まるのは武の頂点――武帝。実力をつければつけるほど、ハンターの道は進めば進むほど、世界の広さがわかる。

ティノは小さく息を吸うと、気合を入れて拳を握りしめた。

今回の武帝祭に、ティノは出場しない。実力も不足しているし、予選参加のオファーも来ていない。来るほどの実績も積めてもいない。

だが、敬愛するますたぁやお姉さまが出場するというのは、ティノが出場する事に等しい。

クリートには今回、《始まりの足跡》のメンバーも多数やってきている。クランマスターの栄誉の恩恵は少なからずクランにも降り注ぐ。

ティノは確信していた。

並み居る強豪もますたぁの神算鬼謀の下では平等に 塵芥(ちりあくた) 。

――今年の武帝祭で、ますたぁは伝説になる。

もちろん、お姉さまたちも惜しいところまではいくだろう。だが、ますたぁには勝てないはずだ。現にティノは、ルークお兄さまとお姉さまが模擬戦という名の殺し合いをしているのは何度も見ているが、ますたぁと模擬戦しているところは見たことがない。

ステージが違う事をわかっているからだろう。拳だけが戦いではないのだ、ますたぁと相対した時に、既に勝負は終わっている。

優勝はますたぁ。これはもう必定である。

最強のメンバーを集めた最強のクラン。そして、武帝祭で優勝したますたぁは近くレベル9に認定されるに違いない。

ティノは伝説の目撃者になるのだ。

ますたぁには手伝いは不要だと思うが、ますたぁの優勝のためならばティノはなんだってやるつもりだ。

武帝祭への出場を知ったその日から、ティノはより一層力を込めて修行をした。お姉さまはティノを放置していたが、ますたぁの応援に手は抜けない。後輩として、恥ずかしい姿は見せられない。

コツコツためたささやかな貯金も今日のために全部下ろしてきた。ティノに取れるあらゆる手段を使ってますたぁの敵になりそうな対戦者の情報も集めた。

情報を確認したますたぁの反応は凄く興味なさげだったが、それは自信の表れだろう。

何かできることはないか尋ねたティノに、ますたぁは露店で美味しいお菓子を探して持ってきてと言った。それもまた自信の表れだ。

頑張ってクリート中のお店を巡って美味しいお菓子を見つけて持っていったが不在だったのも、また些細な事である。ティノはまったく、気にしていない。

後で聞いたら、どうやらますたぁは油揚げを作っていたらしい。神算鬼謀……すさまじい。

そして、目下のティノの最大の目的は――ますたぁを人気トップの選手にすることだ。

武帝祭では、選手の人気は賭けのレートという形ではっきりと表示される。ますたぁに賭ける人が増えれば増えるほど、ますたぁに人気があるという事であり――それは、レートの低下という形で露になる。

賭け事の対象としては失格だが、賭け事なんてどうでもいい。

お姉さま達はますたぁを最強のパーティのリーダーにした。ならばティノは、ますたぁの評判を一気に広めるのだ。

もちろん、前情報もない状況から勝利を重ね名を広めるのもありではある。

だが、ますたぁは今回は頑張ろうかなと言った。ならば、ティノも全力を尽くす。

ますたぁはあまりにも自己の功績を喧伝しなさすぎだ、ますたぁの唯一の弱点は奥ゆかしい事だ。これは後輩としての精一杯の鼓舞である。

《千変万化》が武闘大会に出るのはこれが初めてのはずだ。だから、ティノは武帝祭を最高の晴れの舞台にする。

サプライズである。きっとますたぁも喜んでくれるはずだ。

当然、ティノは全財産をますたぁに賭けるつもりだ。だが、そんなものでは全く足りない。

ティノは、強豪ひしめくクリートをもう一度見回し、決意を新たにした。

「見ていてください、ますたぁ…………私がますたぁを最高にしてみせます」

§

とりあえず同じクランのメンバーからと、話をしにいったティノに、《始まりの足跡》所属パーティの一つ、《嵐撃》のスヴェン・アンガーは目を見開き、正気を疑うような目つきでティノを見た。

「はぁ!? クライに賭けろぉ!? 何いってんだ、お前。正気か!?」

「私は、正気ッ! スヴェン、貴方も《始まりの足跡》のメンバーならば、協力すべきッ!」

テーブルにばんと両手を叩きつける。ティノはお姉さまの弟子で、ソロ――つまり、孤高だ。クールキャラだが、久しぶりに熱を込めて説得にかかる。

スヴェン指揮する《 黒金十字(くろがねじゅうじ) 》は《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》ほどではなくとも、強力なパーティである。

安定して実績を積み重ねている、ある意味《嘆きの亡霊》とは正反対のパーティだ。当然、有する資産はティノの比ではない。

そして、《黒金十字》が全財産をかけたという情報が広まれば、恐らく他のハンターのパーティもそれに習うはずだ。

隣に座った《黒金十字》の新入り――ヘンリクが口を開きかけ、すぐに再び噤む。

そもそも、スヴェンはますたぁに招待され応援に来たのだ。賭けに参加するのはある意味――当然。

拳を握り胸を張るティノに、スヴェンは言った。

「全財産を賭けろって、だって、ティノ、お前…………クライ、負けてもおかしくないだろ?」

考えもしなかったその言葉に、思わず目を見開く。スヴェンを睨みつけ、威圧するように言う。

「!? それは……マスターの実力に、疑いがある、と?」

ティノの精一杯の低い声に、スヴェンは眼を細めて、言った。

「実力には、疑いはないな。実力には、な」

「…………」

沈黙するティノに、スヴェンの隣に座っていた 魔導師(マギ) のマリエッタが言った。

「冷静に考えて、ティノ! マスターは――誰かに試練を与えるためなら……誰かに勝ちを譲ってもおかしくなくない?」

た、たしかに――ッ。

ますたぁは凄い。強い。格好いい。奥ゆかしい。だが――試練の鬼である。

《千変万化》は如何なる名誉にも金銭にも靡かない。常に仲間のことを考えている。そして度々、ティノを地獄のような試練に叩き落とすのである。

これまで何度死ぬかと思ったか――。

「ティノ、クライに賭ける事だけが応援じゃないわ。よーく、考えて」

マリエッタの表情は完全にティノを慮ったものだった。きっとこれまでティノが何度も死にかけているのを見てきたからだろう。

だが、今回はますたぁは、頑張ると言ったのだ。僕も頑張っちゃおうかな―と、軽い感じで言ったのだ。

歯を食いしばり、スヴェンを睨む。

ならばティノは――それを信じるのみ。

敬愛するますたぁに疑いを抱くくらいならば、ティノは盲目でいい。

「いや……私は、マスターを、信じてる。私は――マスターに、全てを賭けるッ!」

「…………ティノ、お前……信じて報われた事あったか?」

「あるッ!!」

何も考えずに即答するティノに、それまで黙っていたヘンリクが恐る恐る、だがとんでもないことを言った。

「でも、ティノさん、マスターにお金貸してますよね? 返ってきたんですか?」

「もう頼まない」

これでは交渉にならない。くるりと踵を返す。

それに借金は今関係ない。そもそも、あれは貸したのではなく、あげたのだ! お金もちゃんと返ってきている。

………………シトリーお姉さまから。

「冷静に考えた方がいいぞ! ティノ、クライはきっとお前で、遊んでるッ!」

後ろから飛んでくるスヴェンの声が突き刺さる。

スヴェンは優秀だ。ますたぁの事も認めている。だからこそ、その言葉が凄く辛い。心が痛い。

ますたぁは優しい。優しいのだ。ティノにも優しくしてくれるのだ。

…………ますたぁ、言い訳できない自分が情けないです。

ティノは耳を塞ぐと、折れかける心を叱咤し、次のターゲットの《星の聖雷》を探す事にした。