軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246 受け継がれる意志

一体何がどうしてどうなっているというのだ。

皇帝陛下との謁見は僕にとって甚だ不本意な結果に終わった。

精神的疲労のせいか重い身体を引きずるようにして歩く。楽しむだけのはずだった武帝祭観光には暗雲が立ち込めていた。

まさかこれは……また何か変な事件に巻き込まれるのだろうか? この世界はとかく危険が多すぎる。

もしかしたら僕のレベル8という立場が悪いのかも知れないが――いや、レベル8とか関係ないわ。昔からこんな感じだったわ。

顔を顰める僕と違い、隣を歩くシトリーは凄まじく機嫌がよかった。

表面上はいつも通りにこにこしているようにも見えるが、幼馴染で昔からシトリーと付き合いがある僕にとって一目瞭然である。鼻歌の幻聴が聞こえて来そうなくらい、今のシトリーは上機嫌だ。

「全く、何を考えてるんだか」

「身の程をわきまえたとてもいい判断だと思います!」

「………………」

「実験体123号も速やかに引き取って貰えましたし、これから状況がどう動くのかとっても楽しみです!」

最初にシトリーに錬金術師になればいいんじゃないとか何も考えずにアドバイスした奴はどこのどいつだ!

「私の研究がクライさんのお役に立てるといいのですが……」

シトリーの瞳は濁り一つなく澄み切っており、あまりに邪気がなかった。表情のせいか、いつもより数歳も幼く見える(ちなみに実際は昔からシトリーは大人びていたので、無邪気だった時期はない)。

研究がお役に立てるとって……まるで僕のために皇女の偽物を作ったみたいに言うのはやめて欲しい。

ルシアがいつもやっているようにシトリーをパンチしてやりたいところだが、さっきの反応を考えると多分喜んでしまうのでやめておく。

……もしかして最近、付き合いが足りてなかった? そのせいでシトリーの頭があまりにも錬金術師になってしまった可能性も?

「うーん……」

「何か悩みがあるなら、相談に乗りますよ?」

悩みがありすぎてまるで悩みのバーゲンセールである。その内の一つは君です。

まぁ、半分くらいは多分考えすぎなので放り投げるとして、目下最大の悩みは『大地の鍵』だ。

どうやら『大地の鍵』は恐ろしい兵器で、秘密結社の方の狐に狙われているらしい。道中、もう一本の『大地の鍵』を保有していた博物館が襲われていたのもなるほど、事情があったようだ。

だが、そこから先の理屈がわからない。

結局、『大地の鍵』は受け取り拒否されてしまったのだ。

危険だから返そうとしたのに、押し付けてくるなんておかしくない?

国で厳重に保管しておけばいいのに、頷いていたら結局僕が保管する事になってしまった。

いつだってそうなのだ。頷いていて良いことは何もないのだが、だがしかし殺気立ったフランツさん達に囲まれて首を横に振ることはできなかった。

自分たちで保管するよりレベル8の僕に預けておいた方が安全ってどう考えてもおかしいよ。ここにいる間だけで後々守るための準備ができたら返してもらうという事だが……僕には重責過ぎる。

そこで、シトリーが唇に指を当て、思案げな表情で言う。

「しかし、災厄を招く剣とは……色々使い所がありそうですね」

大地の鍵。帝国が保持している機密情報によると、それは広範囲を効率的に破壊するためのエネルギー兵器らしい。

アークの持つ宝具、『 歴史を拓く者(ヒストリア) 』は力を集約し解き放つことで恐ろしい破壊力を誇るが、大地の鍵は言わばそれの広範囲版だ。

宝具の文献によると、大地の鍵が発動した時、地は割れ、空は裂け、島は沈むという。

宝具は基本的に必要魔力に比例して威力が上がるから、僕の宝具を全チャージできるルシアがぐったりするほど魔力を要したというのも納得だ。

一点集中型ではないので幻影相手に使ったりなどは向いていないようだが、もしかしたら国を滅ぼすことすらできる、恐ろしい宝具である。

危険度で言うならこれまで僕が見てきた宝具の中でも間違いなくトップだ。

シトリーがにこにこしながら言う。

「なんなら、私が保管しておきましょうか?」

しかし、危険だからといってシトリー達に守ってもらうわけにもいかない。

彼女たちは――使う。間違いなく、使ってしまう。

リィズが、「へぇ、そんな危険なんだ。どうやって使うの? こう! こう! こんな感じ?」とか振り回している姿が目に浮かぶかのようだ。

そしてもちろん、今も目を静かに輝かせている妹の方に保管してもらうわけにもいかない。シトリーの株はもうストップ安であった。

幸い、大地の鍵はそこまで大きな宝具ではない。今回のように地味な鞘に収めて持ち歩けばあまり目立ったりしないだろう。一刻も早く向こうの準備が済むことを祈るだけだ。

そんな事を考えながら宿への道を歩いていると、人混みの中に見覚えのある壮年の男を見つけた。

僕がこの鍵を手に入れるきっかけにもなった、ガフさんだ。

今日は狐面の気分ではないのかお面は被っていない。こちらと目が一瞬確かに合うが、すぐに逸らされる。僕は手を上げた。

「おーい、ガフさん。こっちこっち!」

「!?」

ガフさんが目を見開きビクリと震える。それでも手を振り続けると、引きつったような表情で近づいてきた。

大柄なガフさんの威圧感は武帝祭に集まってきた戦闘狂達と比べても遜色ない。ずかずかやってくるガフさんに注目が集まる。

目の前まで来ると、ガフさんが声を潜めて言った。

「ボス、外での接触は――」

「いいところだった。この鍵なんだけどさ――」

「!? な、何故、その宝具を!? それは返却したはずで――」

??? …………どうしてガフさんが鍵を返却しようとした事を知っているのだろうか。

狐面愛好会の情報網かな?

ちょっと何がどうなっているのかわからなかったので、気を取り直して用件に入る。

「なんかわからないけど、戻ってきちゃって。それで、大事に保管してろって言われちゃったんだけど、預かってていい?」

「戻って……来た……? い、いや…………そ、それは……もちろんです、が……」

よかったよかった。皇帝陛下に持っていてと命令されたのだし、ガフさんに返却するわけにはいかない。

ガフさんが困惑したように目を瞬かせ、僕の顔を凝視している。

そこで、僕はぽんと手を打ち、懐から狐の仮面を取り出した。

「ああ、そうだ。ガフさん、これあげるよ」

「ッ!? !????」

予想外だったのか、ガフさんの顔が完全に凍りつく。

もともとこの仮面はドロップ品だ。貴重品なのだろうが、僕には価値がわからない。ならば、わかるガフさんに貰ってもらった方が仮面も幸せというもの。

ガフさんの手を取り、仮面を握らせる。無骨な手は冷や汗のせいかぐっしょりと湿っていた。豪胆な見た目をしているのに、意外と小心者なのだろうか?

「欲しかったんでしょ? ずっとタイミングを窺っていたんだ」

「そ、それは――だ、だが、俺はまだ、受け継ぐに足る、仕事が、中途半端で――」

混乱しているのか、支離滅裂な言葉だ。

僕はうんうんそうだねとばかりに頷き、ハードボイルドに適当な事を言った。

「いや……十分だッ! ガフさんは、これを受け継ぐに足るだけの才能を見せたッ!」

「!?」

今思えばこの仮面がきっかけでケチが付き始めたような気がする。僕は狐面愛好会と関係を持つべきではなかったのだ。

そうすれば大地の鍵も手元にはなかっただろうし、シトリーが偽皇女を作る事もなかった。ルークが無差別に人斬りになることもなかったし、才能がないのにハンターをやらされる事も、ティノがリィズに散々な目に遭わされる事もなかったに違いない。

「今後も狐面愛好会のために頑張って欲しい! その仮面も欲しがっている人が持っている方が幸せだ! 僕はただ偶然仮面を手に入れた男だけど、先代として、尽力を、期待しているよッ!」

「し、しかし――今後の指針や引き継ぎは――」

「指針……引き継ぎ――いや……これからは君が指針だッ!!!」

「!?」

目を限界まで見開き、絶句するガフさん。

僕はもう嫌だよ。少しでも柵から解き放たれたい。僕が何をしたって言うんだよ。え? 何もしてないのが悪いって? ハハッ……。

「………………後は何か困ったら、ソラに相談するといいよ。とりあえずは今やってる事を続ければいいんじゃないかな」

しばらく沈黙の末、全てをソラに押し付ける。

僕が偽物だと知りつつほんものほんもの言い張っていたんだから、そのくらい責任を取るがいい。

まぁ、でも……なんだろう。ガフさんは愛好会の上位メンバーのようだし、どうとでもなりそうな気もする。少なくとも何がなんだかよくわからない僕がトップに立つよりは健全だ。

ガフさんは無言でしばらく僕を見ていたが、やがて重々しく頷いた。

「謹んで――拝命致します。ボス」

よかったよかった。これで全て一件落着だ。後は周りをルーク達で固めて大地の鍵を守り、国の準備ができたら返還するだけだ。

悪い方の狐については全く知らないが、燃やす婆さんがきっと燃やしてくれるだろう。

「ボスは、これからどうするので?」

「そうだな……のんびり観戦でもさせて貰おうか」

クラヒやルーク、灯火達の活躍を、ね。ティノと一緒にポップコーンでも食べながら観戦させて貰おう。もともとそのために来たのだ。

本当だったら家に引きこもっていた方がいいのかもしれないが、あいにく護衛のいない状態で家に引きこもったところで僕は全く安全ではない。

ガフさんは僕の言葉に大きく納得したかのように頷くと、ここまでずっとニコニコしたまま黙っていたシトリーを見る。

「ところで、その隣の方は?」

そういえばシトリーと会うのは初めてだったか。なんと紹介するべきか――。

迷っていると。シトリーは満面の笑顔でパチンと手を叩いて言った。

「妻です」

これもう、叩かれたくて言ってるだろ。

§ § §

【クリート】某所。地下の一室に、狐面を被った人影が三人、集まっていた。

一人は細身の青年だ。決して巨大ではないが引き締まった体つきに、泰然として、しかし隙のない佇まい。その身からは強者が纏うような威圧感は感じられないが、その姿には自然とひれ伏してしまうような奇妙なカリスマがあった。

顔は白い狐の面で覆われているため、わからない。

この世界でも最も大きな秘密組織、【九尾の影狐】のトップの一人。ボスと呼ばれる男が、珍しく僅かに苛立ちを含んだ声で言う。

「もうこの辺りの勢力はガタガタだ。事は、起こせない」

対面した二人の狐面――腹心の部下は何も言わず、畏まったままボスの言葉を受ける。

「構成員は皆、指示通りという確信を持って、油揚げを揚げている。便利な手駒だった他の組織は他でもないうちに間引かれ、中枢は混乱状態。こともあろうに――他の白狐の介入まで疑われている事態だ。全く、度し難い」

情報網が特殊なのは理解していた。度の過ぎた秘密主義が時に齟齬を生むことも把握していた。だが、ここまでめちゃくちゃな事態は狐の歴史を省みても他にない。

一体どこで介入があったのか。何から介入があったのか。どういう手段か? 本当に内部に裏切り者がいるのか?

侵食されたのはこの近辺の狐だけだ、まだ組織自体が崩壊の憂き目に遭っているわけではないが、看過はできないし、このような状況で武帝祭に介入する事もできない。

タイミングが良かったのか、作戦の肝である大地の鍵は取り戻せたが、それだけで強行できるほど今回の作戦は軽くはない。まず必要なのは組織の立て直しだ。

大地の鍵が納められた箱を眺め、狐面の男が酷薄な声で言う。

「撤収する。だが、ただでは退かない」

このまま引き下がれば狐の名に傷がつく。

一体どうやってここまで組織を混乱に陥れたのかは不明だが、下手人は予想がついている。

レベル8ハンター、《千変万化》。そして、それに依頼を出したであろうゼブルディア帝国。

狐でもトップクラスの魔導師だった《止水》と《竜呼び》のラドリック・アトルム・ゼブルディア暗殺を完璧に防ぎ、退けた男。

狐と戦うために探協に呼ばれた事も調べがついている。今ここで潰さねば、今後も組織の敵として立ちはだかる事だろう。

もともと、レベル8ハンターを倒せる程の実力者は組織でも稀だ。これ以上人材を無意味に消耗させるわけにもいかないし、勝手を許すわけにもいかない。

手ずから潰す。晴れの舞台で。ゼブルディアにも報復する。

狐は執念深い。今まで裏社会でのみ知れ渡っていた名を、表の世界にも響き渡らせる。

「《千変万化》は私がやる。お前達は皇女を攫え。手段は選ぶな、武帝祭に狐の刻印を刻みつけてやろう」