軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

245 大罪人③

フランツさんの、そして皇帝陛下の冷たい視線が全身に突き刺さっていた。

一体何がどうなっているのか全くわからない。

どうやら持っていてはいけなかったようだが、わかりづらすぎる。

ちゃんと貴様が持っているわけがないのだがと前置きして欲しい。

しばし目をつぶり自分を落ち着かせると、状況のリカバリーを試みる。

「もしかしたら、ただのそっくりな宝具かも……」

「き、貴様は、私を、からかっているのか? んん?」

フランツさんがずいと僕の前に出てこちらを見下ろす。

皇帝陛下の近衛に任命されるだけあって、フランツさんはかなりの腕利きだった。顔も怖いし、アンセムほどではなくとも大柄だし、迫られると身体が勝手に土下座の姿勢をとってしまいそうだ。

だが、こんなところでそんな姿勢を取るわけにはいかない。僕はこれでも《嘆きの亡霊》のリーダーなのだ。情けないところを見せるにしても、限度という物がある。

こんなリーダーじゃあさては《嘆きの亡霊》は大した事ないな、ではなく、せめて《嘆きの亡霊》は腕利きなのにこんなへっぽこリーダーで大変だな、くらいにしなくては……。

……何も変わらない?

真剣な表情を作り、言う。

「誤解、しないで欲しい。からかってなんてないよ、僕だって時と場合は弁える。相手くらい選ぶ。僕は本気で言ってるんだ」

僕には見る目がないが、いくら見る目がなくても、腕利きと一般人の違いくらいはわかる。

近衛を任せられるほどの貴族というのはきっと相当なエリートだ。誰が、フランツさんを馬鹿にできようか。

「!??? ??? ???」

フランツさんが何故か、目を頻りに瞬かせ、僕を凝視する。顔色が青くなったり赤くなったり忙しい。

……んんん?

そこで、シトリーが力いっぱい手を叩いた。

「まぁ、冗談はさておきましょう。クライさんも、からかいすぎです」

「そうか」

そうか……?

僕は何がなんだか全くわからなかったが、もうお手上げだったので、一度大きく頷き思考をリセットした。

そこで、額を押さえながら平静を保っていた皇帝陛下が、フランツさんに言う。

「フランツ、話を進めろ」

「…………御意に」

そうだよ。話はまだ終わっていない。

フランツさんが説明してくれる。

「…………詳細は省くが、大地の鍵はとある文献によると非常に危険な宝具だ。だが、チャージに要する魔力が底なしで、今まで誰一人として成功しなかった事から、目立たぬように博物館に保管されていた。奴らは一体、どこであの宝具の情報を聞きつけたのか――もしも奴らがあれを使う術を見つけたとしたら――世界の危機と言っても、過言ではない」

「………………誰も、チャージできないの?」

「宝具の書によると、特殊な道具が、必要なのだ。人の手で扱えるような力の量ではない」

組み合わせで発生する宝具が片方だけ出てきたパターンか。ままある話である。

僕は脚を組んだ。

「……………………なるほど」

まずい。ルシアにチャージして貰ってしまった。

シトリーがきらきらした目で僕を見ている。尻尾をつけシトリーのポーションを連続摂取しながら必死にチャージするルシアの姿は記憶に新しい。

修行修行とぶつくさ呟きながらポーションを飲み干すルシアを見て、大変そうだなーとかのんきな感想を抱いていたのは余談である。

確かに、これまでで一番魔力を吸われたって言ってたな……。

その時、タイミングの悪さに半端な笑みを浮かべる僕に、フランツさんが地獄の底から響くような声で言う。

「ま、まさか…………貴様……チャージ、した、のか?」

「!? そんな事、言ってないじゃん!?」

「くそっ、そんなこれみよがしと、だらだら冷や汗かいて――私を、馬鹿にしてるのか!? ああ?」

よく通る怒声がびりびりと鼓膜を揺らす。

そんな事言われても――馬鹿になんてしていない。これは、馬鹿にしていないからこその答えなのだ。

フランツさんが伸ばしてきた腕を、シトリーがさっと手を伸ばし止める。

シトリーとフランツさんでは吸っているマナ・マテリアルの量が違うはずだが、後衛のシトリーと前衛のフランツさんでは能力の振り方が違う。

むっとしたように口を開きかけるフランツさんの腕を、遅れて横から伸びた白い小さな手が触れた。

手を延ばしたのは、シトリー特製の偽皇女だった。

シトリー特製…………シトリー、一回僕を守っただけで許されると思うなよ!

予想外の横槍に、フランツさんの気勢が落ちる。

どうやら他の魔法生物と同様に僕を守るようインプットされているようだな。

このタイミングだ。

「まぁ、フランツさん、落ち着いて。確かにチャージはしたけど、してしまったのは仕方ないだろ」

「!? し、したのか……」

「大体、宝具があったらチャージをするのは当然だ。アーノルドだって、アークだって、《深淵火滅》だって、誰だってそうする! そう……トレジャーハンターならね!!」

「ひひ、ひ、開き、直るなッ!」

だから僕は悪くないよ。

悪いのは……そう、アーノルドとアークと《深淵火滅》――いや、全てトレジャーハンターの性が悪いのだ。

顔を真っ赤にするフランツさんに、必死に正当性を訴える。

「宝具のチャージは――違法じゃない」

「貴様は、国を滅ぼすつもりか!? 大地の鍵は一級指定の危険宝具だぞッ!」

「……そんな危険なものだなんて知らなかったんだよ」

新聞にだってその辺は書かれていなかった……が、フランツさんからの情報を鑑みるに、情報が統制されていたのだろう。

特定条件で危険な力を発揮する宝具というのは意外と多いので、よくある話だ。今回は(おそらく宝具の)文献で能力を知ったようだし――

「嘘つくなッ! 神算鬼謀の《千変万化》ッ! 未来予知に近い力を有し、帝国全土に情報網を持つ貴様が、知らぬ訳がないだろうッ! チャージ量がおかしい時点で、気づけッ! 貴様、いい加減にしないと、本当に監獄にぶち込むぞッ!」

「うわ……フランツさんの評価めっちゃ高い」

「ッ!! ――ッ!!! あああああああああッ!」

つい出てきてしまった本音に、フランツさんが顔を真っ赤にして叫ぶ。

大国のお偉いさんまでそんな荒唐無稽な噂を信じてもらったら困るよ……神算鬼謀も未来予知も情報網も何もかも合っていない。

というか、基本的に物事は僕の思い通りにはならないのだ。きっとルーク達がいなかったら僕はとっくに事故に巻き込まれて死んでいた(ルーク達がいなければ事故に合うような場所に行ったりしないなどとは言ってはいけない。僕は本当に運の悪い男である)。

情緒不安定なフランツさんに途方にくれていると、皇帝陛下が訝しげな表情を作った。

「しかし、あれは精霊人の魔術師百人でも充填できなかった品のはず。どうやって――もしや、補充用の宝具を手に入れたのではあるまいな?」

「…………え?」

目を見開くと、僕の表情を見た皇帝陛下は目元を押さえた。

「まさか…………本当に鍵を、手で、チャージしたのか。可能なものなのか。何ということだ…………」

「お父、様……」

ふらつく陛下に、本皇女様が寄り添う。

ふむふむ、なるほど…………あの武人としても知られる皇帝陛下が聞いただけで目元を抑えるような事態。どうやら、本当にまずい物のようだ。

僕は小さくため息をついた。

まったく、狐愛好会(仮)も、そんな危険な宝具をどこで手に入れたのか。今度ガフさんに出会ったら教えてやろう。

僕は宝具が大好きだ。集めるのも使うのも大好きだし、そのためならばシトリーに借金も辞さない。だが、僕にだって危機感くらいはあるつもりだ。

僕は腰の後ろ――適当な鞘につっこみ横に差していた『大地の鍵』を取り、フランツさんに差し出した。

「わかったよ。返すよ、そっちで保管していていいよ」

「ッ!?」

大地の鍵を見た瞬間、皇帝陛下が弾かれたように立ち上がる。

フランツさんが、大きく跳び上がり、皇帝陛下と皇女殿下を後ろに庇う。

シトリーが眼を丸くし、偽皇女殿下が小さな声で確かにキルキルと鳴く。

僕だけ置いてけぼりだ。

「え!?」

「こ、こら、陛下の前で、なんて真似――」

「渡すってば――」

差し出すが、フランツさんはまるで主に武器を向けられた護衛のように、背中に陛下をかばい、僕を睨みつける。

「こっちに向けるなッ! 陛下、念の為、部屋の外に! 狼藉者だッ!」

「!?」

あれよあれよという間に、部屋の外から騎士達がなだれ込んでくる。

皇帝陛下を室外に逃したフランツさんが叫ぶ。シトリーはこんな時でも変わらずマイペースに笑っている。

ちょっとまって、狼藉者ではなくない!?

「鍵に触るな! 発動したらこの国は終わりだ! 拘束しろッ!」

ええ……僕にどうしろって言うんだよ。

§ § §

やはり、人間界は最高だ。

人とは妹狐にとって、【迷い宿】の幻影にとって、下等種族であると同時に、愛すべき愚者である。

もちろん、それは簡単に化かせる相手に限られている。

狐の権能を全力で使っても化かせないあの『ききかんさん』などは、警戒すべき相手だ(もっとも、妹狐自身はもう知恵比べで負け攻撃できないが)。

だが、少なくとも、今このキッチンにそのような敵はいなかった。腕を組みうなずけばどこからともなくやってきた人間達がフライパンを振り、貢物を量産してくれる。

白い法衣を着た少女が、心配そうな顔で妹狐を見ている。人間の本心を引き出すのは妹狐の得意分野だ、既に状況は正確に把握していた。

どうやら、その少女は妹狐の母を神と崇める巫女のような立場の人間らしい。そんな人間がいるなど全く知らなかったが、愚かな人間のすることだ、妹狐には関係ない。

妹狐は今日も今日とて、存分に生まれ持った力を使い遅い青春を謳歌していた。化かした結果製造された油揚げを食すのは食欲と本能を満たす至上の喜びである。

どうやら目の前の者たちは秘密結社のメンバーで、重大な任務があるようだったが、そんな事、妹狐には興味はない。

化かす対象が増えるのだって、楽しんで解いていたパズルがちょっと難しくなったようなものだ。

と、その時、不意に扉が開く。

その時には妹狐の姿は――その男が崇める『ききかんさん』に変化していた。

眉を顰め、足音一つ立てずにやってきた男――ガフが考える最強の『ききかんさん』に化ける。

指先で、手近にあった油揚げを変化させて作った狐の仮面を弄びながら、泰然とした態度でガフに確認した。

「どうかしたのか」

「はい。任務は順調です、ボス。ですが、本部が奇妙な事を言っておりまして――」

目の前の男は、妹狐の姿が《千変万化》のものだと知らない。

賢き神狐の幻影として生み出され既に長い妹狐のIQは人間を遥かに超える。言語だって自在だし、下等種族を理解するなど簡単だ。

相手に違和感なく化けるのは圧倒的な知能無くして不可能。

隙などない。妹狐は胸を張ると、はっきり言った。

「……くだらんな。ボスはこの、ききかんだ」

「ききかん……?」

「だが、何が欲しいのかはわかっているよ。ほら、本部が欲しがるのならばくれてやれ。こんなもの、実はただの予備だよ」

妹狐は後ろにさっと手を伸ばすと、テーブルの上にあった熱々の油揚げを取り、それを一瞬でガフの求める物――熱々の『大地の鍵』に変えた。

放った大地の鍵をガフが慌てて受け取り、その熱に小さく悲鳴をあげる。

「ッ……何だ、これは――」

「ちょっと熱を入れすぎてしまった。持っていくといい。それで本部も満足するだろう」

ガフが一瞬、訝しげな表情をし、しかしすぐに礼をいい、部屋の外に出ていく。

やはり、人類は愚かだ。ガフは人間の中ではかなり強い方だとされているが、油揚げと宝具の区別もつかない。

確かに妹狐の幻は強力だし、場合によっては世界をも化かせるが、ある程度の力を持った強者が見れば破れるものでしかない。

時間が経てば違和感も強くなるだろうが、化かすとは相手が化かされた事に気づいて初めて完成するのだ。

妹狐は下等種族の愚かしさと自身の変化の精度に満足気に鼻から息をすると、空中に寝転がり、ぽちぽちとスマホをいじりだした。

……そういえば、あのききかんさんはまだ油揚げの包み紙を変えて作ったスマホを正常に使えているようだが、いつになったら幻だと気づくのだろうか?