軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

236 神託

探索者協会クリート支部。その協力関係にある宿の一室で、新聞を眺めながらガーク・ヴェルターは眉を顰めた。

「むぅ……事件の発生件数、例年より八割減か…………どんな手を使いやがった」

例年、クリートはこの時期、魔窟と化す。外部から入ってきた腕自慢達は大体が喧嘩っぱやいし、それらを派手に叩きのめして名を一気に高めようとする犯罪組織や、どさくさに紛れて報復しようと考えるものなど含めると、この時期、クリートで発行される新聞は物騒な記事で埋め尽くされる。

自然と腕っぷしの強いハンターを多数擁する探索者協会に発注される依頼も多くなるのだが、今年は明らかに様子が違った。

それら犯罪者集団が起こしたと思わしき事件がほとんど取り上げられていないのだ。

狐が何かしようとしている事を知って身を引いているという事はないだろう。

探索者協会の情報収集能力でもほとんどつかめなかった情報が、犯罪組織の間に広く知られているとは思えない。

くまなく新聞を眺めると、武帝祭参加者が襲撃されたという事件の代わりに、《灯火騎士団》が幾つも著名な犯罪組織を滅ぼした旨の記事が幾つか書かれている事がわかった。

間違いない。《千変万化》が何かをしたのだ。

相手は大なり小なり裏の世界で長く生き延びてきた精鋭である。力はともかくとして、潜む事を特に得意とする者達だ。

《灯火騎士団》は確かに統制の取れた賞金首狩りを得意とするパーティだが、賞金首狩りで一番厄介なのは居場所を突き止める事である。ここまで多様な組織の情報を掴み動いたというのは考えにくい。

そもそも、《灯火騎士団》は《始まりの足跡》所属だ、何らかのやりとりはあったと考える方が自然だ。

クライは大胆不敵だが、余計な事をやりすぎないようにしている節がある。

組織を潰し始めたのはそれが狐の撲滅に繋がるか、あるいは狐を追い詰めた際に万が一助力に入られたらまずいからだろうか?

他の組織と狐は必ずしも味方同士ではないはずだが、《千変万化》は間違いなく共通の敵だ。いざとなったら徒党を成して反撃してくる事も考えられる。

ガークも大規模な組織の殲滅作戦に携わった事があるが、この新聞を確認するに今回の作戦は規模が違うようだ。

唸り声を上げ少し考えるが、全くクライの作戦の全貌が見えてこない。

唯一わかるのは、《千変万化》がとんでもなく肝が据わっているという事だけだ。

何しろ、狐と真正面から戦いを繰り広げつつ、その表情には緊張の欠片もなく、ガークに協力を求める事もなかったのだから。

あぁ、そうだった。確かに、お前は最初からずっとそういうやつだったな。

個のアークに群のクライ。アークは目立つがクライは活躍に対して驚くほど目立たない。

一騎当千のメンバーも集まれば目立ちづらくなる。最初から全てが《千変万化》の手の平の上なのだろう。

《嘆きの亡霊》のシンボルの仮面が笑う盲目の骸骨なのには、そのおどろおどろしいパーティ名には、理由があるらしい。

その骸骨は、嘆き、嘲笑っているのだと言う。

――眼窩もない己よりも何も見えていない、有象無象を。

クライ本人は眼をつけ忘れたとか言っていたが、そんな間抜けがいるわけがない。

飄々といい切った時の光景を思い出し、ガークは笑みを深くした。

擬態にしてもお粗末で、そういうところが煽り力が高いというのだ。おまけにさも本気で言ってるかのような雰囲気を出し、看破されても意見を変えないのだから本当に性質が悪い。

と、そこでノックもせず、ドアが勢いよく開いた。

長身痩躯の蝋燭のようなフォルム。ガークが新米だった頃からほとんど容姿が変わらない《深淵火滅》が、扉を蹴った姿勢のままで一瞬止まり、堂々と中に足を踏み入れる。

ローゼマリー・ピュロポス。既に前線は退いたはずだが、その身に感じるマナ・マテリアルの気配は健在だ。

昔よりは丸くなったとは言え、目の前の魔女は見る人が見れば妖怪と断じるであろう類だった。

《深淵火滅》はずかずかと中に入ってくると、一度鼻を鳴らし、唇の端を持ち上げ笑った。

「支部長、どうやらあの『ヘルゲート』が密会するらしい。燃やしに行くよ」

「……どこからの情報だ?」

ヘルゲートと言えば、この近辺の国では名の知られた組織である。

もちろん、世界中に魔の手が伸びている狐とは比べるべくもないが、少数精鋭で知られた紛れもないA級首だ。

秘密主義である狐が手を組み、尚且、多少の情報を持っているとしたらこのクラスからだろう。

だが、ガークは眉を顰めた。今回ガーク達は少数精鋭である。手勢もガークとローゼマリーを含めても片手で数えられる程度の数しかいない。

あまりにも大勢で入ると警戒される怖れがあったし、そもそも狐と全面戦争するつもりならば帝都支部のハンターを全員集めてもまだ足りないだろう。

ヘルゲートは手強い組織だ。武力も相応に高い上に、奴らは狐と違って秘密主義を徹底していない。

襲撃をかければ交戦は必至。だが、ローゼマリーの表情には気負いは見えない。

「情報屋を燃やしたのさ。昔も教えただろう、ガーク。じっくり焼いて……灰の中に残るものにこそ価値があるんだよ」

情報屋は金を積めばどんな情報でも売ると思われているが、売った結果己の身に危険が降りかかる場合は別だ。

だが、どうやら情報屋はヘルゲートよりも《深淵火滅》の方が恐ろしいと判断したらしい。詰め寄られ青ざめるその姿を幻視し、ガークは深々とため息をついた。

あんたが焼いたら何も残らないだろう。

だが、確かにこのまま黙って待っているのも名折れなのは事実。

同じ心持ちなのか、ローゼマリーが心胆を寒からしめる声で言う。

「あのガキに、私がまだまだイケてるって事を、教えてやろう」

年老いてもハンターとしての気質は全く衰えていないのか。

ガークも同様だが、優秀な若者が出てくると血が滾って仕方がない。

§

どうやら、《深淵火滅》は随分大人しくなったらしい。

全盛期はビルを蝋燭のように燃やしていたのだが、今回の襲撃は忍び寄る火のように静かに行われた。

密会の場所はクリートの端。古びたビルらしかった。

早速その一階をほどほどに焼き、ローゼマリーが敵地に堂々と足を踏み入れる。

酷くきな臭い匂いがした。ビルの壁や天井は高温になっているはずだが、ものの見事に中だけ焼いている。

見張りだったのか、何人もの武装した男たちが地面に転がっていた。生きているようだが、動けはすまい。ローゼマリーが肩を竦めて言う。

「尋問するんだろう? さすがに、弁えているよ」

「……それが、当然なんだ。どこの支部でも、死者を出すと世論がうるさい。たとえ犯罪者でも、な」

「そういうやり口なんだ」

かつて灰にすれば寝言も言えないとかほざいていた人間と同じとは思えない。昔はガークも似たような主義主張をしていたので何も言えないが――ともかく、年月が経つのは早いものだ。

《深淵火滅》と行動を共にするつもりだが、そのやり口はほとんど変わっていなかった。

圧倒的な詠唱速度、圧倒的な魔力、そして圧倒的な破壊力。火の魔術に魅せられその深淵に至ったローゼマリーは火の魔術以外の魔術をほとんど使えない。汎用性に富む事が強みとされる魔導師にとってそのあり方は異端だ。

だが、それは言い換えれば――その一つだけでレベル8まで至ったという事。

ローゼマリー・ピュロポスは魔導師ではない。

彼女は――兵器である。人を焼き、魔物を焼き、幻影を焼き、宝物殿を焼いた。一騎当千とされる者は多いが、彼女ほどその名に相応しい者はいない。

準備する時間はなかった。だが、相手もそれは同じはずだ。

ロビーで詰めていた護衛の数も少なかった。《深淵火滅》が来ると知っていてこの程度の布陣は敷くまい。

反撃すら受けずに倒してしまった事が不服なのか、ローゼマリーは不機嫌そうな表情をしていた。

どうやらガークが暴れる機会はなさそうだ。

慎重に階段を上っていく。《深淵火滅》の弱点を一つ上げるとするのならば、それは間合いだ。

魔導師は基本的に先頭を歩くのには向いていない。如何な高速詠唱でも近距離で接敵すれば屈強な戦士には劣る。だが、どうやらローゼマリーはガークに先に行かせるつもりはないようだ。

ローゼマリーが眉を顰める。

「…………静かだね。人数が少なすぎる」

「……よほど大物と密会してるのか?」

密会時の護衛の数は組織の力関係を示している。

詳しく調べた結果、ビルはヘルゲート所有のものらしいが、ここまで護衛がいないという事は、密会相手の方が格上なのかもしれない。

A級組織より格上の組織というのは限られている。ガークは声を一段落とした。

「大当たりか?」

「…………」

静寂に包まれたビル。秘密主義の狐と密会するのにこの上ない環境だ。

鎧を着てくるべきだった。今のガークはハルバードは持っているが、目立つので鎧を着ていない。並のハンターならばともかく、狐の構成員が相手となると――。

と、その時、階段の上から足音が反響してきた。

歩いている足音ではない。駆け足で――その音からかなり焦っている事がわかる。ビルの建材は防音性だが、それでも聞こえるのだから、相当だ。

ローゼマリーが立ち止まる。ハルバードを構え、いつでも飛び出せるように体勢を取る。

それとほぼ同時に、上のフロアの扉が勢いよく開いた。

「はぁ、はぁ、はぁ――」

泡を食ったように扉から出てきたのは複数人の黒服の男だった。

開いた扉から小さな悲鳴のような声が聞こえた。男達が階段を転がり落ちるように下り、ローゼマリーを見て足を階段を踏み外し転がり落ちてくる。

ローゼマリーが一歩下り、代わりにガークが前に出る。滑り転がってくる男を、上の踊り場に蹴り上げた。

強面だ。その身から感じる濃いマナ・マテリアルの気配――ヘルゲートの人間に間違いない。だが、男達は明らかに逃げていた。

熟練ハンターと同等以上の力を持つ男たちが、だ。下からはガーク達、上からは何者かに挟まれ、階段の踊り場で立ち往生する男達。

その時、上から聞き覚えのある声が響いてきた。やや甲高い男の声だ。

「ん? 鬼ごっこは終わりか? もっと逃げろ、死ぬ気で逃げろよ。つまんねえだろ」

「!?」

上から降ってきたのは、狐の面を着けた着流しのような軽装の男だった。腰に帯びるは巨大な鞘。その手に握るは一振りの木刀。

まだ距離が遠いにもかかわらず、その声に怒気が含まれていないにもかかわらず、強い重圧を感じた。扉から軽々と飛び降り、男達の近くに膝を折って着地する。

その瞬間、ガークの動体視力はその剣撃をかろうじて捉えていた。

そよ風のような、渓流のような、自然で柔らかな剣閃。数秒し、立ち上がったところで男達が音もなくその場に倒れ伏す。

自然と一体になり風の流れのように斬る。前代未聞の我流剣術。風流剣。

狐面は呼吸一つ漏らさず、ガークとローゼマリーの方を見た。仮面は顔の前面しか覆っていないので、結った赤髪がはっきり見える。

しばらくの沈黙の後、狐面が言った。

「……おぉ、ラッキー! ちょうどマシなので試し切りしたいと思ってたんだッ!」

「待て、ルーク! 俺だッ!」

慌てて声をあげるガークに、ルークは躊躇いなく飛びかかってきた。

「ガーク? そんなやつ知らねえなぁッ! 俺は全員斬っていいって言われて、ここにいんだよッ!」

壁を、階段の手すりを蹴りつけ、ルークが変幻自在の動きで襲いかかってくる。

日頃《絶影》と模擬戦しているだけあって、剣士とは思えない俊敏な動きだ。恐ろしく速い剣閃もリィズ対策なのだろう。

駄目だ、この距離は《千剣》の間合いだ。ハルバードでは負ける。

だが、一時は稼げた。ガークの後ろから炎が波のように空間に押し寄せる。不機嫌そうなローゼマリーの声が聞こえる。

「ふん……ちょっとお灸を据えてやろうッ!」

「婆ちゃん、良いこと教えてやる。格好いい剣士は――燃えねえッ! 炎も斬るッ!」

それに対して、ルークはそのまま炎に突っ込んだ。ただの炎ならまだしも、レベル8の攻撃魔法相手に凄まじい度胸だ。

さすがの《深淵火滅》の眼も丸くなる。

「こいつッ……躊躇いなくッ!?」

「ああ――木刀がッ!?」

そういえば、ルークはルシアの魔法で魔法耐性もつけているらしい。一パーティで互いに高め合う理想的な関係である。

ルーク本人は燃え尽きなかったが、木刀が一瞬で炭から灰になる。

そして、ルークは炎の中で崩れ落ちた。

「くそおおおおおおおおおッ! 最強の剣士の剣は折れねえッ! 剣をまた駄目にするとは俺はまだまだ未熟だッ! クライ、俺に力をッ!」

「…………チッ。どうやら、先を越されたようだね。目の付け所は間違いなかったが、本当に抜け目のない男だ――」

ルークの慟哭の中、《深淵火滅》は忌々しげな表情で舌打ちをした。

§ § §

「え? もう一度? だから、間違いなく本物だと思ったボスが本物の仮面を被った偽物で、偽物かと思ったらでも本物のボスと友達みたいで、おまけに二人共組織で稲荷寿司弁当を作って全国展開するって意気込んでるんです! 何言ってるかわからない? そんなの、私に聞かないでボスに聞いてくださいッ!」

持たせられていた共音石を使って狐神の巫女の総本山に連絡をする。連絡を受けた総本山は混乱しているようだが、混乱しているのはソラも同じだった。

こうしている間もボスと偽物のボスは肩を並べて豆腐を揚げている。命が助かったのは儲けものだが、もはや何がなんだかわからない。

「しかし、君、いつからボスになったの?」

「…………美味しくない」

眉を顰める偽狐様に、白狐様が自分の揚げた油揚げの皿をぺろぺろ舐めながら言う。

話が噛み合っていないのは置いておいて、どう見ても二人は敵対関係にあるように見えなかった。頭がおかしくなりそうだ。

共音石の向こうで、かつてソラに神官がなんたるかを教えてくれた先生が落ち着かせるように言う。

『ソラ、落ち着くのだ。白狐様は今、そちらに向かっているはずだ』

「だから、さっき来たんです! さっき来て、私にいきなり油揚げを揚げろって――」

『いくら白狐様の御意志が人智の及ばぬ域にあるからといって、そんな馬鹿な事を言うはずがない。白狐様の目的は――破壊、世界の破壊と再生だ! 組織の目的は発足以来変わっていないッ!』

ソラも、そう思う。思っていた。だが、違うのだ。そうじゃないのだ。

後ろを向き、フライパンを真剣な表情で見つめる白狐様に尋ねる。

「…………白狐様、油揚げと世界の再生、どちらが大事ですか?」

答えは短い一言だった。こちらを見て、冷ややかな声で一言。

「…………は?」

「ヒッ……ほ、ほらッ! やっぱり油揚げの方が大切だって言ってますッ! 先生のせいで白狐様がご機嫌ななめですッ!」

『落ち着け、ソラ。深呼吸しろ。白狐様がそんな態度取るわけなかろうッ!』

「駄目です。これは神託です。白狐様は、稲荷寿司弁当で世界を統一しろとおっしゃってますッ! これは、本気ですッ!」

『落ち着くのだ、ソラ。本物のボスが間もなく訪れるはずだッ! よし、白狐様と代わってくれ。共音石で話せばわかるはずだ!』

「そんな……」

あの恐ろしい白狐様に代われなどとても言えない。というか、偽狐様は偽物のくせに本物と平然と話しているのは一体何なのだろうか?

この偽物と本物の関係は何なのだろうか? これから組織はどうなるのだろうか? 作戦は? そうだ、何か強力なアイテムを使って何かをする作戦だったはずなのだ。

じっと見ていると、偽狐様がソラの視線に気づく。

どうやら、本物よりも偽物の方が親しみやすいらしい。やはりソラはこちらに仕えるしかない。本物はソラには重すぎる。

「どうしたの?」

「…………私の上司が、ボスと話したいと」

「ほー、共音石だ。いいアイテムを持っているね――僕はもっといいスマホを持ってるけどね!」

偽狐様はやたらフレンドリーに共音石を受け取ると――真剣そうにフライパンを覗き込んでいる白狐様の耳を引っ張った。

あまりの暴挙にソラの方が心臓が止まりそうになる。白狐様が偽狐様を睨む。

「…………は?」

瞬間、その身から放たれた殺意に寒気が背筋を走り抜けるが、偽狐様はにこにこしたままだ。

この重圧を感じていないのだろうか? 力では明らかに劣っているのに、本物相手に大物すぎる。

「君の部下から連絡だって」

「…………」

「ほら、フライパン見ててあげるから」

白狐様が明らかに嫌そうな表情で共音石を取る。石から先生の声がした。

『白狐様。お久しぶりです。不肖の弟子が失礼な事をしました。それで、何かおかしな事を言っていたのですが――油揚げで世界を救うとか、なんとか』

ストレートな問いだ。

白狐様はキッチンに腰を掛けると、脚を組んだ。投げ出された白い尻尾が仄かに輝く。

そして、白狐様が小さく喉を鳴らすと、話し始めた。

「久しいな、爺。その通りだ。我々は、油揚げで世界の破壊と再生を行う事にした。これは狐神の御意志である」

「!?」

その口から出てきた声は、先程までの億劫げなそれとは全く違っていた。

静かで、力強く、得体の知れない魅力を持った――青年の声だ。

偽狐様も目を丸くしている。全然フライパンを見ていない。

『!? 白狐様!? しかし、それは……長きに亘る組織の指針とあまりにも――』

「二言はない。さしあたって組織を油揚げ製造に相応しい形に切り替える。反抗する者は粛清だ」

『しかし、それは他の白狐様には――い、いえ。そ、それでは、我々はどう致しましょう!?』

白狐様がふとフライパンを見て、慌ててぴょんとキッチンから飛び降りる。

「油揚げを揚げろ」

『!?』

最後の声だけは、素のままだった。

だが、端っこで聞いていても明らかに慌てふためいていた先生がそれに気づいたかどうか――。

共音石をぽいとソラに投げると、白狐様は箸でフライパンから揚がりすぎた油揚げを悲しそうな顔で取り上げた。

駄目だ。もう組織は終わりだ。先生もこれで本物の白狐様の命令である事が理解できただろう。

ソラに残された道は油揚げを作ることだけだった。