軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

235 解決策

追手の二人は、宿の一階に併設された談話スペースで、一般人みたいな顔をして待っていた。

だが、ガークさんは顔が恐ろしいし、何でも燃やしてしまう婆さんの方は婆さんの方で覇者のオーラを纏っているので、威圧感が凄まじい。

大商人や貴族が纏う空気と優秀なハンターが纏う空気はまた異なる。ぽっかりと二人の周りにスペースが空いているのはそのせいだろう。

僕の姿を見るや否や、ただでさえ悪いガークさんの目つきが犯罪者のそれに変わる。

燃やす婆さんの表情にはそこまで大きな変化はなかったが、僕はこの婆さんが気分で周囲を燃やす放火魔である事を知っていた。

死ななければ何をやってもいいし、殺してしまっても何も残らなければいいと思っている節がある。

僕のバカンス中に魔術結社とどんぱちやって街をぶっ壊したはずなのにこうして大手を振って外を歩いている辺り、ただの犯罪組織よりもずっとたちが悪い。

周囲には普段なら絶対に近寄らない空間が形成されていたが、ルシアが手を引っ張るのでどうしようもない。

なんだか胃と頭と心臓が痛い。身体が重い。ゲロ吐きそうだ。

シトリーが椅子を引いてくれたので、腰を下ろす。そして、僕は思わず深いため息をついて言った。

「ガークさん…………もしや暇なの?」

「あぁ!? 開口一番にそれか!?」

「僕は暇じゃないんだけどな……」

「リーダー、真面目にやってください」

完全に諦観している僕を、ルシアが窘めてくる。僕には味方がいないのか……近くに立つシトリーに視線を向けるが、シトリーはにっこり笑ってみせた。

違うよ。笑って欲しいんじゃないんだよ。

普段ならば奇異の視線が集中するような場面だが、さすが皆危機回避能力に長けているのか、誰もこちらを見ていない。

そそくさと何組かのお客さんが逃げていく。

優雅な動作でティーカップを傾けた《深淵火滅》が嗄れた声で言った。

「私らだって、武帝祭の邪魔をしようなんてつもりはないさ。血湧き肉躍る祭りだ、私も昔は存分に力を競ったもんだ」

「存じております、ローゼマリーさん。なんでも……客席を燃やして以降、出場禁止になったとか」

この婆さん、リミッターがないのか……本当に、うちのリィズやルークの方がまだマシだよ。

満面の笑みで出されたシトリーの皮肉に婆さんがじろりと視線を向けるが、すぐに気を取り直したように僕を見る。

ただ視線を向けられているだけなのに睨まれている気分だ。眼力が凄まじい。

「《千変万化》、あんたが詳細な打ち合わせをする前に出ていったのが悪いんだ。が……まぁ、いい……あんたが意図していたかは知らないが、もともとクリートには来るつもりだった」

許してくれるのはいいんだけど、なんで君等の打ち合わせって拒否権ないん? 有名税が……高すぎる。

ちらりと左右を固めるシトリーとジト目のルシアを見る。

僕は少しだけ落ち着きを取り戻した。

冷静に考えよう。今回は前回よりマシだ。

いきなり《魔杖》のクランハウスに拉致られた前回と違い、今回はシトリーとルシアがいる。

シトリーはパーティのブレインだし、ルシアは僕のバリアだ。流れ弾まで完全にカバーする鉄壁の盾である。何より、《深淵火滅》の婆さんは同じ魔導師相手には少しだけ甘い。

どうせ逃げても追いかけてくるのだ。二人がいるうちにここでばしっと決着をつけてやろうではないか。

僕はハードボイルドに言った。

「で、何だっけ? 狐の話だっけ?」

「馬鹿、こんな所で名前を出すんじゃない。どこに耳があるかわからん。とりあえず場所を変えるぞ、探協支部の会議室を借りてある」

面倒だな……そもそも、狐って何?

この期に及んで、僕は肝心なところがあまりよくわかっていなかった。聞こう聞こうと思っていたのだが、嫌な事だったので後回しになっていたのだ。

やばくて皇帝暗殺を狙うくらい頭おかしい組織な事くらいは知っているが、基本的に秘密結社ってのは僕には手が負えないので危険性についての実感がわかない。

というか、同好会があったり宝物殿にいたり、最近、狐って流行ってんの? 何個組織あるんだよ。もっとわかりやすくしてよ。

勝手に探して燃やせばいいじゃん。僕に何をやれというのだろうか。

ああ、わかってるよ。嫌だと言っても助けてくれって言うんだろ?

ガークさんと婆さんではサポーターが足りていないだろうし、アンセムを貸してあげよう。すぐに返してね。

とてもこの二人相手に口に出すことはできないので黙ったまま心の中で議論を交わしていると、そこでシトリーが口を挟んできた。

「ああ、その話ですか。ガークさん、その件ならばすでに仕込みは済んでいます」

なん……だと!?

「む……シトリーに話したのか?」

「…………話していないけど、以心伝心だから」

僕は思いっきりシトリーにすり寄った。

頼りになる我がパーティのブレインは目をキラキラさせて僕を見ている。

なんかわからないけど、いつの間にかシトリーが仕込みを済ませていたらしい。さすがシトリー、いつもありがとう!

…………本当に大丈夫?

シトリーがにんまりと自信たっぷりの笑顔を作る。

「本物の一流とは始まる前に終わっているのです」

「くくく……言うじゃないか小娘」

不安げな僕とは裏腹に、シトリーが可愛い顔で婆さんを挑発する。

確かに、始まる前に終わっていることにかけて、僕の右に出るものはいないだろう。駄目な意味で、だけど。

視線と視線がぶつかり合う。ルシアも黙ったままじっと立っている。

そうそう。何もわからない時は黙っているに限る。

ガークさんが引きつったような笑みで低い声を出す。

「何をした、クライ。詳しく話せ」

「何もしていないよ、僕は、ね」

やったのはシトリーだ。しかし、いつ仕込みをしたのだろうか。どうして話してもいない事を察せるのだろうか。彼女の洞察力には脱帽だ。

この街に来てから忙しそうだったのは仕込みをやっていたからなのかな? 油揚げの仕込みで忙しかったはずなのに、シトリーは凄いなあ。

シトリーは凄い。シトリーは本当に凄いよ。

「すでに全てはクライさんの手の平の上です」

……僕、手の平くるっくる返すけど、本当に大丈夫?

まさか、適当な事言ってない? 後で適当でしたって言われても困るよ?

そんな不安が一瞬脳裏を過るが、僕はシトリーを信頼しているのだ。

「うんうん、そうだね」

「そして、クライさんは私に組織をプレゼントしてくれると!」

ガークさんと婆さんが一斉に僕を見る。

なんかいつにもましてシトリーがやばいテンションになってるな。彼女は知的だが同時にジョークが大好きなのでどこまでが本気だか全くわからない。

僕、そんな事言ったっけ? 全く記憶にないし、どうやったらその組織とやらをプレゼントできるのか想像もつかないんだけど。

楽しそうなシトリーから目を逸し、僕は日和った。

「……まぁ、冗談は置いておいて…………もうこっちがやれることはやったよ(シトリーが)。もう僕にできることはないし、そっちはそっちで好きにしたら」

シトリーの力それすなわち僕の力。

いつも通り、胸を張って適当対応でお茶を濁そうとする僕に、ガークさんが眉を歪め身を乗り出した。

「クライ。という事は…………奴らが兵器を手に入れ、この街でしでかそうとしている事もしっかり理解しているんだろうな?」

まったく、しつこいって……僕から言える事はもう何もないよ。

「うんうん、そうだね………………ん?」

なんか今聞き捨てならない言葉を聞いたような……。

目を瞬かせた時には、ガークさんは大きく舌打ちをして体勢を戻していた。

「ったく、クライ、てめえどっから情報手に入れてんだ? こっちは何年も使っても全く手に入らず、最近ようやく情報の欠片が入ったってのに……」

「え!? ………………エヴァ……?」

ごめん、エヴァ……口が勝手に……だが、問いただされても厄介だ。ほんとごめん。

「あぁ? いくらてめえんとこの情報網が優秀だからって、俺達が何年もかけてようやく掴んだ情報がそう簡単に手に入るわけが――」

と、ガークさんがそこまでいいかけたところで、ふとポケットの中でスマホが震えた。

慌てて取り出し確認する。

この宝具の扱いにも慣れてきた。毎日欠かさずチャージさせられているルシアがむっとしている。

話の途中でスマホをいじりだした僕を、ガークさんが眉を引きつらせて見ている。

だが、着信したらすぐに確認するのがルールだ。僕は婆さんやガークさんの視線を感じながら、文章を読みあげた。

「えっと……『油揚げなう?』」

なうってなんだろう……。

添付された写真に写っているのは見覚えのあるキッチンと空っぽの皿だった。

何度目を擦って見直しても明らかにシトリーの用意した部屋だ。

…………あれ? もしや……来ちゃった?

確かにちょこちょこ写真を送ったりはしたが、砂漠から随分距離があるのにどうやって……。

待て待て待て、これ……まずい? あの妹狐は一応幻影なのだ。このままじゃソラが戯れに油揚げにされる可能性もある。

秘密組織とかいってる場合じゃない。

「ごめん、ちょっと急用が入った。すぐに出なくちゃいけない」

といっても、放り出すつもりはない。

今回ばかりはちゃんと話を聞いたほうがいい気がする。

不穏な単語も聞こえたし、シトリーがどのような手を打ったのかも含め、今一度しっかり認識を合わせておきたいところだ。

が、今は人命優先である。

後でまた改めて時間を取ってシトリーも交えて話し合いを――あれ? もしかして、今の僕って……すごくリーダーっぽい?

そんな事を考えたところで、ガークさんが舌打ちをした。

「チッ。くそっ、ああ、わかったよ。好きにやれ。いつもいつも何も言わず好き勝手動きやがって――成果を出すなら何も言わねえが、こっちはこっちでやらせてもらうぞ」

え!? いや…………ちゃんと話し合って足並み揃えた行動を――。

表情に出さずにあたふたしていると、目の前でじゅっと何かが蒸発する音がした。

《深淵火滅》が骨ばった指をこちらに向けていた。

指先が数度明滅。放たれた閃光が眼の前数センチのところで連続で蒸発する。結界指の反応ではないので、ルシアが防御したのだろう。

《深淵火滅》は煙の立ち昇る指先に息を吹きかけると、

「ああ、わかったよ。あんたには借りがある。私だって道理くらいわきまえているよ、今回は花を持たせてやろう、《千変万化》。もともと私は考えるのはあまり得意じゃないしねえ……」

混乱し、何も言えない内に婆さんが立ち上がる。

老齢とは思えないピンと伸びた背筋。身長も僕よりも少しだけ高く、若かりし頃は精霊人と見間違えられる事も多かったと聞く。

そもそも貸しを作った覚えはないのだが、とりあえず挨拶代わりに攻撃するのはやめて頂きたい。ルシアがむっとしたように視線を向けているが、一切悪びれていない。

声は嗄れていたが、潜む熱量は隠しきれていなかった。眼がリィズばりに輝いている。

この人、もういい年齢のはずだけど、いつ引退するの?

《深淵火滅》が化物みたいな深い笑みを浮かべて言う。その声には有無を言わさぬ力が込められていた。

「だが、これは――祭りだ。時が来たら、合図するんだ、《千変万化》。こっちは、老骨に鞭打ってこんな遠方にやってきたんだ。こっちはテルムの報復がある。いいね?」

「あ、はい」

「チッ。おい、クライ。武帝祭の方も力を抜かずしっかりやるんだぞ。うちの支部から優勝者が出たと成ったら、俺も鼻が高い」

さっさと出ていく婆さんに、ガークさんが舌打ちをして追いかける。

まるで嵐のような婆さんだ。何という傍若無人……ガークさんが完全に圧されていた。婆さんはガークさんがハンターになったばかりの頃すでに熟練のハンターだったらしいので、その関係もあるのだろう。

普通ハンターが報復とか言う? 僕としては、ルシアがああはならない事を祈るばかりだ。

ガークさんも大概、言いたい放題だったが。

…………話、聞けなかったじゃないか。

スマホに新たに写真が送られてくる。混乱しながら油揚げを作り続けるソラの写真だ。

駄目だ、とりあえず簡単なところから解決しよう。

なんで武帝祭を見に来たばかりなのにこんな事になってるんだよ。

§ § §

白狐様は恐ろしい人だ。そうずっと、教えられてきた。

授業の中で、日々の祈りの中で、あるいは幼少期に歌ってもらった子守唄の中で。

力、知恵、運にカリスマ、用心深さ。そして――神に匹敵する残虐性。

『九尾の影狐』は秘密組織だ。ソラ達神官には特別な権力が与えられているが、決して宗教組織ではない。

今は亡き国の諜報機関を起源とするらしいその組織は代々、ボスの類まれな手腕で大きくなってきた。

多くの優秀な犯罪者や国に不満を持つ優秀な人材を吸収し、技術を研鑽し、各国に根をはり、ひっそりと、しかし確実に成長してきた。

有する力が十分大きくなるその瞬間まで、表の世界の人間は誰一人として狐の存在を認識していなかったというのだから、その徹底っぷりは凄まじい。

狐面はただのシンボルだ。構成員の中で本当に狐神を信仰している者はごく僅かだ。

最初にボスが持ち帰った仮面はソラ達、狐神を奉じる者たちにとって特別な品だった。そして、ボスには皆が集うに足る大義が、御旗が必要だった。

結果として、組織ができあがった。幾年月が過ぎても揺らぐ事のない盤石な組織が。

神から与えられた白狐面こそがボスの証。

組織のボスは世襲制ではない。組織では常に熾烈な競争が行われている。

故に――ボスは組織の中で最も強い。

どのような基準でボスが選定されているのかは一切不明だが、少なくともこれまで弱者がボスになったことはない。

組織の持つ金が、権力が、技術が、ボスを最強にしているのだ。

マナ・マテリアルを吸収した高レベルハンターでも手に負えない、恐るべき存在に。

神官の中でもボスの姿を見たことがある者はごく僅かだ。

ボスの居場所は誰も知らないし、そもそもボスの真偽を確かめる機会などそうはない。

ソラもこれまでその姿を見たことはなかった。ずっとその姿を眼にすることを望んでいた。

だが、その最強を信じていたわけではない。

だから、最初に白狐様を見つけて、その身から力を感じなくてもまったく疑問を持たなかった。

情けない事に翻弄され自らネタバラシされるまで、気づかなかった。

出来る限りの事を、しようと思った。現れた白狐様は偽物だったが、仮面だけは本物なのだ。

ならばそれに仕える事は神官としての正しき務めなのだと、言い聞かせた。

本物を目の前にするその瞬間までは。

本物は格が違った。事前に聞いていた噂以上の存在だった。

一目見て魂の底から理解させられる存在の格差。

常に冷静を保つように訓練を受けていたソラを一瞬で打ち砕く空気はまさしく同じ人間とは思えない。

背丈や声からはソラより年下のように感じられるが、年齢など関係ない。

偽装など、出来るわけがない。言い訳など、出来るわけがない。

一瞬でも状況を誤魔化してしまおうとした自分は馬鹿だった。

その力の前に、ちっぽけなソラなどただ平伏し沙汰を待つ事しかできない。

ボスが感情の籠もっていない声で言う。

「早く、次、作る」

「は、はい…………ボス」

だが、しかし、そして、ソラは今、ボスの命令でひたすら油揚げを作らされていた。

意味がわからなかった。もはやこの気分は混乱なんて言葉では表現しきれない。

ソラは今、偽狐様が用意してくれたキッチンで、真白狐様が求めるままに、偽狐様の命令と同じく油揚げを作り続けていた。

ひたすら手を動かし、油の中に豆腐を投入していく。冷たい視線がじっとソラの動きを観察している。

心臓が爆発しそうなほど鳴っていた。意味はわからないが、手を止めたら――殺される。

偽狐様は今思えばだいぶ甘かった。ソラに命じはしたが強制はしなかったし、威圧感もなかった。だが、本物は違う。

出来上がった油揚げは次から次へと白狐様の口の中に消えていった。白狐様は丁寧に皿を舐めると、ソラを睨みつけてくる。

「こんなんじゃ、世界は取れない。次」

「!?」

言ってる事が偽物と完全に同じだった。狐に化かされたような気分だ。

だが、今回の白狐様は間違いなく本物である。感じる力が違うのだ。

恐る恐る確認する。

「あ、あの……油揚げで、どうやって世界を――」

「…………稲荷寿司弁当? を、作る」

白狐様が偽白狐様が持っていたものと似たような板(偽白狐様はスマホ、と言っていただろうか)を確認して言う。

「!? え!? えええ!? あれ、本当だったんですか!?」

「早く、次。早く作らないとお前を油揚げにする…………可能性を、否定できない」

「!???」

その声には言っている事が本気だと理解させるような凄みがあった。

一体どこからどこまでが真実でどこからどこまでが嘘なのだろうか?

偽狐様は偽物で、でも本物と同じ事を言っていて……? 情報の整理が追いつかない。

結局、誰が悪いんですか?

白狐様がどこからともなくソファを取り出すと、ごろりと寝そべり、白無垢から伸びた白い足をばたばたさせながらスマホをいじり始める。

ソファがふわりと浮き上がり、思わず目を見開く。

魔法のような気配はしなかったが、これがレベル10ハンターに匹敵するというボスの力なのだろうか?

ボスが宙に浮かぶソファの上からじろりとソラを見下ろす。

「早く、見てないで、作る」

「あの……ボス、作戦のために、きたのでは?」

ガフからソラに与えられた情報はごく僅かだ。

このクリートで何か大きな作戦があるらしい。そのためにガフ達は事前に宝具をすり替え、この街にやってきた。

今はこの街に吸い寄せられた組織の撲滅に集中しているが、それは彼らに下されたミッションの本分ではない。

もともと、神官たるソラが近くにいたのも、ボスが立ち寄るかもしれないという情報があったからだ。

多忙なボスがやってくるほどなのだ、相当な作戦だ。油を売っているもとい、揚げている時間などないはずだった。

ごく少数のヒントを元に恐る恐る確認するソラに、真狐様は真顔で言う。

「そんなの、どうでもいいから、作る」

「え!? その、実は……偽物の、白狐様が…………」

「……………………油揚げわず」

駄目だ。この人、偽物以上に話を聞いてくれない。

確かに恐ろしいお方だ。どうやってこのお方が組織をここまで成長させたのだろうか。

一体何故油揚げなのか? どうして神官であるソラに作らせるのか? 一体いくつ作ればいいのか?

偽狐様が用意した材料はまだたっぷりあった。もう油が飛んで熱いなんて言っている場合ではない。

もしかして、これは罰なのだろうか?

騙されて油揚げを作らされたソラに、永遠に油揚げを作らせる、そんな罰。

偽狐様と同じような事を言いつけ、ソラを弄ぶ、そんな罰。

あるいは冗談か何かだろうか? 九尾の影狐はそんな冗談をするような組織だったのだろうか?

どうせ処刑するならいっそ一思いにやって欲しい。

もう訳がわからずそんな事を考えたところで、扉が勢いよく開いた。

本物のボスがソファの上からそちらを見る。

入ってきたのはソラがこんな目に遭っている元凶――偽狐様だった。

仮面をかぶっていないのでもはや狐ですらないのだが、思わず声をあげる。

「!! だ、駄目です、偽狐様! 今は、今は本物が――」

何が駄目なのだろうか? そもそも、ソラは組織側の人間だ。

もはやソラの嘘はバレていると考えるべきだろう。ならば、むしろ偽物がここに来るのは好都合のはずだ。

息が詰まる。固唾を呑んで見守るソラの前で、本物と偽物の視線が交わる。

たとえ高名な《千変万化》でも、このボスに勝てるわけがない。吸っているマナ・マテリアルの量が違うのだ。

と、そこでソラは気付いた。

本物と出会っても、偽物の表情に一切驚愕のようなものが浮かんでいない事に。

偽狐様はしばらく沈黙した後、指を突きつけ、叫ぶ。

「こら、何しにきたこの泥棒狐! 僕も言うぞ! 言う時は言うぞ! 兄狐に言いつけるぞ! 砂漠はどうした! ちゃんと祀られろ! 油揚げを作らせるな! ソラが可哀想だろ!」

「!? ????」

え……えぇ……? もしや、知り合い?

偽狐様は偽物で? でも本物と交流があって? え? あれ?

見たところ、敵同士ではないだろう。敵ならば話し合いなどしないはずだ。本物がスマホをぽちぽちといじると、偽物のスマホがぶるぶる震える。

さっきから何をしているのかと思っていたが、どうやら連絡を取っていたらしい。え? え? ん?

「油揚げウィル? ウィルって何? というか、そんなに食べたいなら自分で揚げればいいだろ!?」

「…………!!」

白狐様はぽんと手を打つと、ソファから飛び降りた。ソラを押しのけると材料の箱から豆腐を取り出し、自分で揚げ始める。

よく見るとその臀部から靭やかな尾が伸びていた。先程まではこんなものついていなかったはずだが、いつ現れたのだろうか? ボスは仮面だけではなく尻尾もあるのだろうか?

尻尾がふりふりと揺れている。どっと疲れが押し寄せてくる。

偽狐様は室内に入ると、額を拭い、情けない笑顔で言った。

「よかった、これで一つ解決だ」

「貴方、何なんですか?」

もう嫌だ。何を信じればいいのかわからない。

私はどうしたらいいんですか? 何が解決したんですか? 貴方は、何をしたいんですか?

真剣な顔でフライパンを覗き込む本物の白狐様。とぼけた表情で目を瞬かせる偽物の白狐様。

二人を見ていると、ソラは自分の中にあった何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。