軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

234 例のあれ②

剣と闘争の町、クリート。武帝祭を目前にして沸き立つその町の一室に今、十人を超える男達が集まっていた。

笑みを浮かべる者。しかめっ面を見せる者。苛立ちを隠さぬ者。年齢も格好も様々だが、唯一共通点を挙げるならば、その身に纏った雰囲気になるだろう。

人食いの獣が纏うような物々しい雰囲気。常に他者を信じず、他者を喰らい生きてきた者特有の警戒心は、戦に携わらない一般人が見ても一目でわかる類のものだ。

事実、その部屋に集められた者達は人食いの獣だった。

武帝祭は戦士が集う祭りだ。そして、集うのは決して善人だけではない。

マナ・マテリアルを吸収した賊をとらえるには相応の実力者が必要だ。この時代、名高い戦士の多くは賞金稼ぎとしての面を持っている。そして、それらに恨みを持つ者もまた多い。

自らの欲望から国の転覆を画策する秘密結社。国を渡る商隊をメインで襲う盗賊団に、暗殺を専門に請け負うレッドハンター。

個人的な恨みがなかったとしても、名高い戦士を殺せば箔がつく。あるいは金で報復を請け負う者もいる。

この時期、大会の外で出場者に死者が出るのは一種の風物詩とさえ言えた。

といっても、本来そういった者達が一箇所に集まる事などありえない。

彼らアンダーグラウンドで活躍する者達は、当然の話だが、味方同士ではない。

時に利益を奪い合い殺し合う事だってある。武帝祭の間は暗黙的な休戦協定が結ばれていたが、それだってバレなければ構わないと考える者がほとんどだ。

長く国やハンター達の手を逃れる事ができたのには理由がある。ましてや、この時期、クリートは襲撃者を警戒している。

そんな中、本来警戒心が強い彼らがこうして顔を揃える事になったのは、コンタクトを取ってきた相手があまりにも巨大だったためだった。

その組織の名を知らぬ者はなく、しかしその実態を知る者もまた、存在しない。

影に潜み長きに亘りあらゆる国や組織と敵対し、それらを常に上回ってきた秘密結社。

構成員もその正確な規模や影響力も、リーダーすらも不明。だが、一国を揺るがすような大事件や戦争の裏には常にその組織の手が入っているとされる、闇の帝王。

『九尾の影狐』

そして、同じ分野で生きる男達は、その手が評判よりもずっと広範囲に及んでいる事を知っていた。

『狐』は巨大組織だ。各国を敵にして尚その尻尾を掴ませない恐るべき相手。その構成員には表の世界で影響力を持つ者も多々存在する事だろう。

その力はもはや一国に等しい。事実、その組織の起源はかつて滅びた国だったという噂もある。

故に、たとえ組織は違っても、その呼び出しを無下に断る事はできなかった。

下っ端を代理で派遣するなどできるわけもない。

闇の中で生きる以上、より強い闇の影響を逃れる事はできない。

ひりつくような緊張感の中、男のうちの一人が耐えかねたように声を出す。

「しかし、『狐』が呼び出しするなんて、何があった? あんたら、何か聞かされているか?」

「しらん。幾つも異なる組織を集めたんだ。相応の理由があるんだろ」

「警告か、あるいは仕事でもあるのか。会談の目的すら出さないとは、あの『狐』らしい、偏執的なまでの用心深さだが――」

互いに顔色を窺いながら、牽制する。今回の招集はこれまでの狐の手口を考えると、かなり異質だった。

メンバーの中にはこれまで組織として狐と取引のある者もいたが、普段のやり取りは手紙か、対面したとしても一対一が基本だ。

『狐』は足跡が残るのを嫌う。警告や普通の仕事ならば一対一でいい。

外部のメンバーをここまで一箇所に集めたということは、大きな理由があるはずだ。

アンダーグラウンドではメンツを重んじる。いくら相手が強大でも、それを潰され黙っているなどありえない。

だが、狐がそれを知らないはずがない。

そこで、奥に深く腰を下ろしていた老齢の男――とある組織の幹部が重々しく口を開いた。

「《千変万化》絡みか」

「!!」

「ここにいる者ならば、既に知っているだろう。あの男が『狐』の目論見を潰した、という話はな」

つい先日、砂の国トアイザントで行われた会談。

ゼブルディア皇帝の護衛としてレベル8ハンターが選ばれたのは記憶に新しい。

そして、表立って広まった情報ではないが、発生した皇帝を狙った襲撃を《千変万化》が防いだという話は少し耳聡い者ならば知っている事だ。

その襲撃者が『狐』であるという事も。

神出鬼没で、高レベルハンタークラスの構成員を何人も抱える狐の襲撃を凌ぐなど、考えづらい事だ。

ゼブルディア帝国の騎士団は腕利きが揃っているというが、それだけで狐の魔の手から逃れられるわけがない。詳しい状況こそ伝わって来ていないが、その撃退に《千変万化》の活躍が存在していた事は想像に難くない。

そして、此度の武帝祭には、ゼブルディア皇帝の推薦であの《千変万化》が出場すると言う。

それらを加味すると、結論は一つだった。

「報復か」

一人のあげたその言葉に、他の面々が息を呑む。

狐は歯向かったものを許さない。たとえ相手があのアーク・ロダンを越えたレベル8だろうが、手を止めるわけがない。どこまでも徹底的故に、その組織は怖れられてきた。

ゼブルディア皇帝を守り切り狐に土をつけた《千変万化》を、皇帝の推薦で出場するこの武帝祭で潰す。これほど効果的な報復はないだろう。

如何なる手法で狐の襲撃をしのいだのかは想像すらつかないが、《千変万化》はもう一巻の終わりだ。

どれほどの化物でも人間である以上、警戒には限界がある。その男が組織した《 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 》は強大なクランだが、狐とは組織の規模が違い過ぎる。

再び沈黙が室内を満たす。

誰も、それ以上は何も言わなかった。だが、その目は昏く輝いている。

一人は戦争の気配に己の血が疼いている事を感じ、一人は狐の組織に助力し《千変万化》を倒す事で如何なるメリットが生じるのか一瞬で計算する。

はたまた、かつて仲間をやられた報復をする機会に恐怖と興奮を抱く者もいる。

《狐》が戦争を起こすのならば、参加については是非もない。歯向かうその尽くを完膚無きまでに潰してきた《千変万化》は裏の世界で生きる全ての者にとっての天敵だ。

捨て駒にされる可能性もあるが、そんなものどこにでも転がっている。うまく立ち回ればいいだけだ。

と、その時、部屋にたった一つしか存在しない扉が開いた。

篭もった熱気が大きく開かれた扉から逃げる。

中に入ってきたのは、深紅の狐面をつけた細身の男だった。思わずその立ち居振る舞いに息を呑む。

余計な装飾などはない着流しのような服装に、腰に帯びた一本の剣。

顔は面に隠されているが後頭部から伸びた燃え上がるような深紅の髪を後ろで縛り、威圧感などを与える格好ではないが、その身から静かに立ち上るマナ・マテリアルの気配はこれまで裏の世界で生きてきた男達が息を呑むほど、濃い。

初めて見る姿だった。狐の構成員は腕利きばかりだという話は聞いていたが、表の顔は間違いなく名のある剣士だろう。

男は向けられた無数の視線を意に介する事もなく堂々と部屋に入ると、男達をぐるりと見て、何でもない事のように言った。

「おうおう、揃ってるな。理由はよくわからないが……とりあえず死んでくれ」

§ § §

「なんだかわかんねえが、めちゃくちゃ大勢いたんだ! 質はそこそこだが、準備運動には丁度いい! やっぱり人はいい。人間はいいな」

「護衛が大勢、つめててねえ、久しぶりに身体動かしちゃった。灯火ちゃんは囲みの役で消化不良みたいだったけど……」

「こう、わかるか? マナ・マテリアルを吸った肉ってのはなんというか、手応えが全然違う。装備もなかなかいいのつけててな、メリハリがあるんだ!」

「やっぱり悪人って金持ってるよねえ。皆だいたい宝具で武装しててねえ――」

「えっと……うんうん、そうだね」

リィズとルークがまるでじゃれつく犬のような勢いでまくし立ててくる。

どうやら、狐面愛好会(仮)のツアーは大いにルーク達のお気に召したらしい。

ルークとリィズは暴力が大好きだ。そして、幻影を殺すよりも魔物、魔物を殺すよりも人間を相手にすることを好む。

物騒な話だが、戦士でなければわからないこだわりはあるのだろう。

新聞には片隅に小さく、《灯火騎士団》が犯罪組織を幾つも壊滅させたという情報が掲載されていた。

ルークがにやりと野性味溢れる笑みを浮かべてみせる。

「譲ったんだ。俺は人が斬れればいい。問題ないだろ!?」

「う、うんうん、そうだね……」

問題はかなりある気がするが、敢えて言うまい。ルークの性根は完全に人斬りであった。

「見て、クライちゃん! 奴ら、身につけていた分だけでも、こんなに!」

「う、うんうん、凄いね」

リィズが持っていた革の袋をひっくり返し、目の前のテーブルに宝飾品をぶちまける。

ピカピカの金貨に短剣、指輪にブレスレット、拳銃の類まで。指輪には大粒の宝石が輝き、これ一つでいくらするのか予想もつかない。もちろん、偽物ではないだろう。

ちなみに、町の中で賊を捕縛した際は、持っていた所持品は全て国に没収され、後日その一部が報酬として支払われるルールになっている。

戦利品をそのまま持ち帰るのはある程度は暗黙の内に許されているが、ルール違反だ。リィズは完全に性根が盗賊なのであった。

彼らと共に襲撃をしかけたはずの灯火達の苦労が偲ばれる。

リィズが目を輝かせ、後ろから僕の前に腕を伸ばし、何かをつけてくれる。

「クライちゃん、あげる! 見て、この戦利品の――骨でできたネックレス!」

「あ、ありがとう……」

気持ちだけ頂きたい。

リィズは盗賊のくせにあまり戦利品には興味がなく、盗む工程それ自体に興味があるという手のつけられないアレなのであった。

「うおおおおおおおおお、おかわりはまだか! 斬るぞ!」

「ぶっ殺すぞお!」

ルークがノータイムでリィズに斬りかかる。リィズがノータイムでそれを回避する。

どうやら一度送り込んだだけでは体力が有り余っているようだな……。

模擬戦を始めてしまったルーク達に呆れ果てていると、シトリーがティーセットと箱の載ったお盆を持ってきた。

「クライさん、評判のケーキを買ってきました!」

ルーク達が機嫌がいい理由はわかるが、シトリーも最近稀に見る上機嫌っぷりだった。

表情は変わらずいつもの笑顔だが、その目に宿った輝きが違う。幼馴染の僕にはわかる。感情が抑えきれていないのだ。

シトリーはいつも大体冷静なので、こういうのはなかなか珍しい。

「何か良いことがあったの?」

「いえいえ、そんな――お茶を入れますね」

シトリーちゃんがそわそわしながらお茶を入れてくれる。本当に何があったのだろうか?

お盆の上のカップは一つだけだ。

彼女はいつだって気を使ってくれるが、ケーキまで出してくれるのは珍しい。というか、何かあった時にしか出さない切り札にしている節がある。

シトリーなりのシグナルなのだろう。

手早く僕の前にお茶のセットを用意すると、ケーキの箱を開けるのも忘れて、シトリーが背後に回る。

そのまま僕の首元をひんやりとした手で触れる。

「肩を揉みますね」

「…………」

肩を揉まれながらお茶などできないのだが、そのまま身を任せる。シトリーはぎゅうぎゅうと力を入れて数回肩を揉むと、そのまま腕を回し背中から抱きしめてきた。リィズそっくりである。いつものマッサージと違う。

柔らかい感触が首元に押し付けられる。そして、シトリーが耳元で熱に浮かされたような声で言った。

「クライさん……お金貸しましょうか?」

「…………」

沈黙する僕に、シトリーはようやく本題に入った。

「代わりに、あれをください。例の、ア、レ、です。ねえ? 駄目ですか?」

あげられるのならば何でもあげたいところだが……怖いよ。全く身に覚えがないのが怖い。

手ですりすりと身体を触りながら、シトリーが耳の後ろに唇を当てる。恐怖か快感か、背筋がぞくぞくした。

「ねぇ、いつ手に入れたんですか? どうやって手に入れたんですか? 私に、くれますよね?」

「……何の話?」

「例のあれです。ねぇ、絶対、大事に使います。私に、ください」

おねだりがいきすぎている。何か手に入れただろうか? 最近手に入れたもの、最近手に入れたもの…………。

それも、大金持ちのシトリーが欲しがるようなものだ。

「ど、どうしよっかな……」

「出し惜しみですか? 何をすればいいんですか? なんでもします、ねぇ、クライさん。なんでも、です。焦らさないでください。こんこん」

いかん。楽しそうで何よりだが、シトリーが欲しがりそうなものが全く思い浮かばない。

シトリー、はっきり言わないのは悪い癖だよ。それとも何だ? 口に出せないようなものが欲しいのかな?

むき出しになったシトリーの腕を撫でながら必死に心当たりを探していると、タイミングの良いことに、ルシアが入ってきた。

ルシアはべたべたしているシトリーをギロリと睨みつけると、何も言わずに僕を見る。

「……リーダー、ガークさんとローゼマリーさんが来てます。どうします?」

「追い返して」

「そういうわけにもいかないでしょ! シトリー、邪魔! ほら、いきますよ! しっかりして、兄さん!」

杖を振って物理的にシトリーを振り払い、ルシアが僕を無理やり立たせる。

忘れていた。一難去ってまた一難、《戦鬼》と《深淵火滅》のペアとか、地獄かな? 暇なのかな?

追いかけてくるとか、トイレから逃げだした意味がないじゃないか。空気読もうよ。

「嫌だ。会いたくない。面倒臭い。僕忙しい」

「わがまま、言わないでッ! ほら、とっとと歩く! 忙しいって。シトリーと、いちゃいちゃして何が忙しいって?」

どうします? って聞いた意味なくない?

シトリーが手をもじもじしながらついてくる。もらったらしい狐面をかぶって遊んでいたルーク達が何も言わずに後ろに続く。

そして、僕は絞首台に向かう罪人のような気分で化物たちの前に連行されていった。