作品タイトル不明
233 本物のボス
ガフさんは終始放心したような表情だった。そのまま、僕の命令にただ頷き、部屋を出ていく。
どうやら余程……レアな仮面が欲しかったようだな。
ルークとリィズ、それに、クラヒもそれに続く。残ったのは護衛代わりのルシアと僕だけだ。
ソラはまるで現実逃避しているかのように一心不乱にフライパンを動かしていたが、油揚げが揚がると、ようやく火を止めて近づいてきた。
よく見ると、顔が青ざめている。
「な、何を、考えているんですか!? あの神聖な仮面を、継承する、と!?」
「だって別にいらないし……」
「ッ……まさ、か……私を、裏切るつもりですか!? ここまで、やっておいて、私を、裏切るつもりですか!?」
……そんな事言われても困る。僕は別にソラに何かを強制したりしていないし、面倒事を引き起こすような仮面など僕には不要だ。
あれは僕にとっては所詮、思い出の品である。価値のわかる人が持っていた方がいい。
渡したことによる、本物の白狐様との確執? ……そんなの、知らないな。
そもそも状況がこんがらがってしまった理由は狐面愛好会(仮)の制度にある。
偶然同じ仮面を持っていた事を罪のように言われても困る。そして、正直に謝ろうという僕の提案をはねのけたのはソラだ。
腕を組み、不機嫌そうな(いつもの)表情でソラを見ていたルシアが、小さくため息をつく。
「リーダー、今度は何をやらかしたんですか?」
「まだ何も……」
「これから!? これから、何をするつもりですか!? 白狐様!! 貴方は、神なのです! 神! ああああああああああああああ!」
「なんかティーみたいな事言っていますが……」
頭を抱えまるで子どものように騒ぐソラを見ても、ルシアは顔色一つ変えなかった。ずっとトラブルのど真ん中にいたので完全に慣れきっている。
恐らく胆力だけならば《嘆きの亡霊》はハンターの中でもトップクラスだろう。
自慢じゃないが、僕はいつの間にか良くわからない状況にいることにかけては他の追随を許さない。そして、大体僕の近くにいるルシア達も僕の次くらいにそういう状況に慣れているのである。
ソラがびしっと僕を指差した。
「決めました! 白狐様がそう仰るのならば、私は、他の巫女達を味方につけますッ!」
「う、うんうん、そうだね?」
「こうなれば、全員、道連れですッ! 逃しませんッ! 仮面の継承なんかで、逃しはしません! 誰がなんと言おうと、貴方は本物です! 私はちゃんと、教えの通りにやったのですッ! ならば、悪いのは――この世界ッ!」
「宗教って怖いな……」
自分が悪いってことはわかっているはずなのに、誤魔化し方がクレイジーだ。
てか、巫女って本当に巫女なのか? 僕の知る巫女とはぜんぜん違うんだけど……大丈夫か?
悪いのは君だよ。そして悪くないのは僕。どうすればこう穏便な感じに状況を収められるだろうか?
「見ていてください、白狐様! このソラ・ゾーロが、貴方の派閥を増やしてみせます! 貴方の命令で、皆で油揚げをあげますッ!」
ソラが涙目で駆け出す。その無防備な背中に、ルシアが人差し指をびしっと突きつけ、言った。
「『蛙になれ』!」
§
どうにもならなくなったので、僕は仲間たちを招集した。
僕は何もできないが心強い仲間がいる。武帝祭の直前で忙しいところ申し訳ないが、黙っていたほうが問題になる可能性が高い。
ルークとリィズは犯罪者狩りにいってしまったので集まったのはアンセム、ルシア、シトリー、僕の四人だけだ。
だが、十分である。僕はソファに両手を組んで腰を下ろすと、ハードボイルドな笑みを浮かべた。
「第三十八回、嘆霊会議。ルークとリィズは欠席。今日は、今陥っている状況を打破する方法を相談したくて集まって貰った」
「……うむ」
アンセムのうむが心強い。テーブルの上に大きな瓶を置く。
中に入っているのは薄水色のソラガエルだ。ぺたぺたと瓶の内側を叩きケロケロ鳴いている。可哀想に……。
だが、あれ以上状況を混乱させられるわけにはいかないのだ。ルシアがいきなり魔法をぶっ放した事には驚いたが、結果オーライだ。
謝罪の意を込め小さく咳払いをする。
「まずは現状を説明しよう。僕は今、良くわからない狐大好きっ子集団に何故かリーダーと間違われて付きまとわれていて、困っている。なんとか誤解を解きたいんだけど、何なりと命令をとか言われたから、うっかり命令してしまった。後、ついでにこのソラは誤解が解けると怒られるらしくて、誤解を解きたくないらしい。どうしたらいい?」
「けろけろッ!」
「???? なぜ、そんな状況に?」
頭の回転の早いシトリーが眼を瞬かせ混乱している。なぜそんな状況に? それは…………わからない。
僕が何をやった? ただ狐の仮面を被って街を歩いていただけだ。
シトリーはしばらく腕を組んでいたが、小さく手を合わせた。
「うーん…………手っ取り早く解決するなら、全員殺すか、お金で解決するのはどうでしょう?」
直球できたか……全員殺すか、お金で解決、か……。
まぁ、殺しは論外としても――。
「悪くないな」
こちらに悪意があったわけではない。ソラがミスをごまかそうとした事についても、所詮は子どもがやったことだ。
誠意ある対応をすれば許してくれるだろう。問題は僕の借金が増える事だけだ。
「けろッ!?」
「でしょう? ちょっとこの時期は手が空かないですし、さくっと解決しちゃいましょう!」
「けろけろッ! けろーッ!」
ソラが何かいいたげだったので、ひっくり返して瓶から出す。手の平に乗るようなサイズになっても、ソラの眼はぐるぐる回っていた。
床に下ろし、ルシアに戻して貰う。
小さな蛙が人のサイズになるのは何度見ても不思議だ。
ソラは死にそうだった。呼吸も荒く、まるでこの世の終わりを見たかのような表情だ。どちらかというと肉体面よりも精神面での衝撃が大きかったのだろう。
「はぁ、はぁ、し、死ぬかと、思いました……」
「ごめん、ごめん。でも……逃げようとするから」
「ど、どこの世界に、逃げた者をカエルに変える人が――」
しばらく絨毯の上で息をついていたが、すぐに立ち上がると胸を張った。
「そ、それよりも、殺すなんて、言語道断、ですッ! 貴方達は、私達を甘く見ていますッ! 何人いると思っているんですか!」
「いや、殺すなんて考えてないけど」
てか……人数の問題みたいにいっているけど、数が少なかったらありなのか?
神に仕えるとか言っていたのに、随分とたくましい。コロコロ手の平を返している。
「お金でなんて、解決できるわけがありませんッ! 我々は、秘密結社なのですよ! 神聖なのですッ!」
「……じゃー、どうすればいいのさ」
なんかもう面倒になってきたな。
僕の疑問に、ソラは大仰に頷き、両腕を開いた。
「私達が生き残るすべはたった一つ。知らなかったことにする事です。大丈夫、仮面は本物なのです! 巫女たる私の保証で白狐様は本物になります」
それは……場当たり的な対応では?
シトリーもアンセムも呆れている。
「他にも、大勢巻き込むのです! 迂闊に罰せないくらい、大勢巻き込むのです! 見ていてください、一大派閥を築いて見せますッ! 十尾の油揚げです!」
「……クライさん、狐大好きっ子集団ってどういう集団なんですか?」
「うむ……」
アンセムが重々しく頷く。
それは……わからない。だが、ソラの姿を見ているとどうして秘密結社になってしまったのかわかる気がする。入れ込みすぎであった。
そしてこのままでは僕は一大派閥の長になってしまう。
「そうだ、仮面はソラに譲るよ。貴重品でしょ? 一大派閥の長にはソラがなるといい」
「!? いりません!!!」
もうババ抜きのババみたいになってる。その辺に捨てようかな……。
「逃しません。逃しませんよ、白狐様! いくら秘密結社だからといって、露見するのは時間の問題です! これから本物のボスが来るかもしれないのです! いえ、来るに決まっています! なんとかしてください!」
ソラはもう必死だった。どうやらその秘密結社、随分とルールが厳しいらしいな。
その懇願するような声に、僕はぽんと手を叩き、笑みを浮かべた。
「わかった。なんとかしよう」
「!?」
「まったく、早く言ってよ。ボスが来るんだろ? 僕が直接話すよ」
「!??」
なんだ、これで解決じゃん。僕は謝罪の達人である。普通の人ならば躊躇う土下座だって辞さない。
いくらルールが厳しいといっても、僕は外部の人間だ。言い方に気をつけ誠心誠意土下座すればソラを無罪にまで持っていけるだろう。
少し怖いが、護衛にアンセムをつければ完璧だ。
一瞬ぽかんとしたソラが、恐る恐る言う。
「相手は、ボスですよ!? ボスは恐ろしいお方と聞きます、さすがの白狐様でも――」
「あはは、大丈夫大丈夫。ソラには迷惑がかからないようにうまくやるよ。心配はいらない」
考えすぎだよ。恐ろしいと言っても殺されるわけでもなかろうに。
小さな問題がどうしようもない大きな問題に見える事もある。そういう時は視点を変えればいいのだ。
僕が対面を恐れるのはガークさんだけだ。
そこで、シトリーが手を叩いた。
「それでは、嘆霊会議はおしまいですね」
「悪かったね、急に集めてしまって。でも、助かったよ」
「いえいえ、クライさんの悩みは私の悩みですから……」
やはり持つべきものは頼りになる友達だな。相談することで自分の中で考えの整理もできる。
そこで、固まっているソラの肩を、シトリーが掴んだ。ソラがビクリと震え、シトリーを見返す。
「それで、ちょっと……確認したい事があるので、ソラさんから話を聞いていいですか?」
§ § §
意味がわからない。全く、意図も状況も何もかもが理解できない。
ソラを騙そうとしたと思えば、手の平を返してボスと話をしようとする。
常に冷静沈着である事を求められる巫女として育てられたソラをここまで振り回すとは、新白狐様は本当に恐ろしい相手だった。
ソラはトレジャーハンターではない。戦闘能力も皆無に等しい。
だから、《千変万化》の持つ力は噂でしか聞いたことがないが、とてもボスに勝てるとは思えなかった。
仲間たちが揃っていたとしても安心できないだろう。
『九尾の影狐』は秘密組織の中でも最大規模だ。そして、ボスもこの手の組織には珍しいことに、相応の力を持っている事で知られている。
どういう話し合いをするつもりなのかは知らないが、組織は情報の流出を一切許さない。
ボスになりすまそうとした《千変万化》を解放するなどありえない。
新白狐様は秘密結社を甘く見ている。
だから、まだ事態が露見していない今のうちに手を打たねばならなかった。
ソラは巫女だ。特別な立ち位置にある神官だ。ボスを見誤った事が知られれば失うだろうが、今ならばまだ権力がある。
新白狐様はソラに心配はいらないと、なんとかすると、言った。
だが、神から授けられた狐面を持つボスに仕え力を尽くす事は巫女の使命である。
やらねばならない。たとえ偽物でも、白狐様が白狐様であることに間違いない。
かつて奉じる神の異質さ故、迫害されていたソラの先祖は、神から授けられた狐面を持つ当時のボスに助けられ行動を共にすることを決めたという。
それ以来、白狐様はソラ達、狐神の巫女の道標だった。
組織には白狐の面を持つ者が何人か存在すると言う。だが、今ここで外部の人間に仮面を持つ者が現れた。
恐らくこれは――歴史の転換期だ。
仕える相手を見誤ってはならない。それがどれほどの恐ろしい結果を引き起こしたとしても、たとえ一族郎党滅ぼされる事になったとしても、それが神の御意志ならば――。
覚悟は決まった。既に手足の震えも、動揺も収まった。
後は巫女の使命を全うするだけだ。
粛々と与えられた隠れ家に帰還する。
――鍵を開け、扉を開けると、中では白い狐面を被った少女が皿をぺろぺろ舐めていた。
「!?」
脳が理解を拒否した。
それは、間違いなく、本物の仮面だった。
心臓が一瞬、確かに止まった。息がつまり、全身が痺れる。
視線が少女の被った仮面から離せない。
仮面は本物だった。白狐様の被っていたものと変わらない、本物の仮面。
だが、感じるプレッシャーは白狐様が放っていたモノとは比べ物にならない。
神――いや、怪物だ。手足が言うことを聞かない。
体躯はソラよりも小さいくらいだが、ソラは初めて格の違いというものを味わっていた。
愚かだった。ソラは、愚かだった。無知だった。
これが――本物のボスだ。
これが、この人外じみた気配こそが白狐様の証だとしたら、見誤ったのは無能という他ない。
本物のボスがこちらを見る。
姿かたちは同じだが、同じ人間とは思えない。そして、指一本動かせないソラに向かって、本物のボスが冷たい声で言った。
「美味しくない。もっと美味しい油揚げをくれないと、攻撃する」