軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

237 嘆きの悪霊④

「ますたぁ、ルシアお姉さま……! 応援に来ました!」

「おう、クライ。どうだ、できは?」

「ああ、よく来てくれた。もちろん、ばっちりだよ!」

ずらずらと《始まりの足跡》のシンボルをつけたメンバー――ティノやスヴェン達が入ってくる。僕はそれをハードボイルドな笑顔で迎え入れた。

武帝祭の開催式が近いので応援に来てくれたのだろう。全員で応援に来たわけでもないだろうが、大所帯だ。

広々とした宿のロビーが埋まっていた。もっとも、この時期、強面のハンター達が集まるのは決して珍しい事ではない。

僕達が泊まっている宿はハイグレードなものだが、凄腕のハンターにも手の届かないものというわけでもない。すぐに好奇の視線は外れる。

いつも通り白い制服姿のエヴァもしっかり混ざっていた。どうやら、ハンター達に護衛されてばっちり安全に辿り着いたらしい。

強面のハンター達に囲まれているとまるで自分まで強くなったかのような錯覚を抱く。スヴェンがにやりとワイルドな笑みを浮かべ、聞いてくる。

「どうだ? クリートの雰囲気には慣れたか? 心配いらねえとは思うが、ゼブルディア出身者はアウェイだからな……」

「心配いらないよ。リィズやルークがそんなの気にすると思う? ウォーミングアップしてるよ」

「いや……お前はどうなんだよ」

呆れたようなスヴェンの表情。

いや、僕ももちろん、バッチリだよ。ずっと宿の中でぐーたらしていたのだから、アウェイとかあるわけがない。

僕が答える前に、ティノが断言した。

「スヴェン。マスターがプレッシャーに負けるわけがない」

ティノの顔を見るのも久しぶりだった。

きょろきょろと広々としたロビーを再確認し、僕と隣に護衛代わりについているルシアを見る。

「ますたぁ、私は――ますたぁに賭けるために、貯金を全額下ろして来ました!」

そう言えば賭け事も行われるんだったかな?

個人競技だが、武帝祭に出る程の強者になるとわざと負ける者などまずいないので、ぎりぎり成り立っているらしい。

僕はティノのジョークに思わず笑った。

「あはははは、ありがとう。僕も今回は少し、頑張っちゃおうかなあ!」

まぁ、出場しない僕に賭けるなどできるはずもないのだが。

「はい、頑張ってください! 勉強させていただきますッ!」

ティノがきらきらとした眼で見上げてくる。善き哉善き哉、リィズ達を見て勉強したまえ。

久しぶりに会う友人に機嫌よく頷いていると、エヴァが間に入ってきた。

いつもどおり、スリムな眼鏡の中から怜悧な瞳がじっと僕を見上げている。

「マスター、灯火さんと会いました。何か仕事を依頼したようですね」

「んー、ああ。ただの商売だよ。大したことないんだけど、ルークとリィズも、大会参加前に準備運動したいって言ってたからね」

「準備運動、ですか」

僕は腕を組み、知ったかぶりをした。

「この時期のクリートの風物詩みたいなもんだろ? まぁ、いつもよりちょっとうまくいってるみたいだけど――」

狐面愛好会は随分優秀だったらしいな。ここ何日も、新聞で灯火の名前を見ない日はない。

度々旅先で魔物や賊に襲われる僕からすれば、悪人が減ってラッキー、名が売れて灯火もラッキー。

今回の僕はいつも以上に冴え渡っている。

「武闘大会の前だってのに、元気だな。ルシアは行かないのか?」

「私は、リーダーのお世話があるので」

ルシアが責めるような視線を向けてくるが、護衛をつけなければろくにくつろげないので仕方がない。

そもそも君、特にこれまで文句言ってなかったよね?

だが、そこを指摘するのは大人げないだろう。

「宿で襲撃を受けるかもしれないし……」

「……襲撃をしかけられるような事してるからだろ」

スヴェンが微妙な表情で言う。酷い風評被害だ。ティノを見ると、ティノはさっと視線を逸した。

「いや、違うね。断言するね、僕は何もやってないね。何もやっていなくても発生するのが襲撃だ」

「…………はぁぁ」

ルシアが深々とため息をつく。

ルシアは僕が人畜無害である事を知っているはずだから、きっとただいるだけで不幸な目に遭う僕への諦観のため息だろう。

だが、今回ばかりは大丈夫だ。スヴェン達もいるし、周りは完全に固めている。

砂漠に捨てたはずの妹狐がやってきてしまったが、彼女は油揚げに夢中だ。

そこで、僕は空気を変える事にした。とっておきのネタを披露する。

笑みを浮かべ、内緒話でもするように言った。

「そうだ、スヴェン。実はこの街に――僕の本物がいるんだよ」

「……はぁ?」

「いやぁ、世界には三人自分にそっくりな人がいるって言うじゃん? もう会った瞬間、ファンになっちゃったよ。しかもさ、仲間までそっくりなんだ」

「!? 兄さん!? 私は! あんな事! 言いませんッ!」

ルシアが顔を真っ赤にして否定してくるが、まあ名前はそっくりだったじゃん?

二つ名はまだないって言ってたし、そこを考慮すると――。

「きっとあれは、過去のルシアだな」

ルシアは早熟で僕になついていた時期はごく短時間だったし、あそこまで酷くはなかったが、確かにあんな時代もあったような……気がする?

あれ? なかったかな?

僕はぎゅっと拳を握り何かを堪えるように震えているルシアを見て、目を瞬かせた。

「リィズもそっくりだって言ってたよ?」

「に、い、さ、ん? 次に、言ったら、蛙に、しますよ?」

まずい。蛙にされる。

「ともかく、スヴェンも是非会ってくるといい。僕から聞いたって言ったら、快くサインをくれるよ、きっと! ついでに他のメンバーも見てきて欲しいな」

「…………ますたぁ……なんでそんなに大喜びなんですか……」

ティノが呆れ顔で言うが、そりゃ……ティノだってそっくりさんと出会ったら思わず笑ってしまうに決まってる。

§ § §

これはどうしたことか。

自称《先見》のクール・サイコーは予想外の展開に戸惑いを隠せなかった。

隣では自称《絶景》のズリィも同じように困惑している。

「ぎゃははははははは、確かに、これは、間違いなく本物だ!」

「スヴェン、そんなに笑っちゃ、失礼よ」

《千変万化》のクライ・アンドリヒ。

その男は、若年でレベル8に至った天才ハンターという側面の他に、一大クラン《始まりの足跡》のマスターとしての顔を持っている。

そして、急にやってきたその集団は、その《始まりの足跡》のメンバーだった。

クール・サイコーはパーティのブレインである。

《 嘆きの悪霊(ストレンジ・フリーク) 》結成の際に、《嘆きの亡霊》についての情報はしっかりと調査してある。

先頭に立った長身の男。黒金色の装備で揃えたハンターはかの二つ名持ち、《嵐撃》のスヴェン・アンガーに他ならない。

トレジャーハンターにとって名とは誇りである。

そっくりな二つ名を自称する行為は限りなくグレーに近く、相手が短気なハンターだったら殺されてもおかしくはない。

だが、この反応はどうだろうか?

クランマスターを騙る(もっとも、クラヒは騙っているわけではないが)男を前にして怒るでもなく、手を叩いて喜んでいる。

「本物? 何を言っているんだ? 僕は――紛れもなく本物だよ」

「さすが、お兄ちゃん、格好いいッ! サイコーですッ! 本物より本物ッ!」

クラヒが堂々と言い切る。その姿には確かに本物にしか出せない英雄の風格があった。本物は本物でも、本物の馬鹿だが。

その態度に、クラヒを偽物だと知りつつもクラヒに心酔しているルシャが黄色い声を上げその腕に抱きつく。

スヴェンの隣に立っていた、赤いリボンをした 盗賊(シーフ) の少女がさっと視線を逸した。

「ルシアお姉さま……可哀想……ッ」

「ん? 私に、なんか言ったぁ?」

「言ってないッ!」

本物にも絡んだらしい命知らずのルシャに、盗賊の少女がさっとスヴェンの後ろに隠れた。

クラヒが杖を片手に、悠然と集団を見回す。

「それで、君たちは何者だ? その佇まい――只者じゃない事は自明。隠しても僕の目は誤魔化せない!」

クラヒ・アンドリッヒの弱点を一つ述べるとするのならば、周りを余り見ていない事だろう。

長くソロで戦い続けたクラヒは他のハンターについてほとんど知らないのだ。だから、クール達がすり寄ってきても全く違和感を抱かなかった。

ちなみに、クラヒ・アンドリッヒは本名のようだ。戸籍もしっかり存在していた。

完全に偶然である。クライはクラヒとほとんど同年代だし、名前を真似出来るわけがない。

しかし、本物は一体、何を考えているのだろうか?

クラヒが本物と出会ったと聞いた時、クールはもう潮時だと思った。だが、本物はクラヒを糾弾するどころか、見逃したらしい。

《千変万化》は神算鬼謀を誇ると言う。クラヒの騙りが故意ではないと見抜いたのかもしれないが、しかしそれにしたってこの対応はおかしい。

やはり高レベルハンターに認定されるような実力者は皆、変わり者だという事だろうか?

そんなわけがないと思いつつ、クラヒを見ていると何が真実だかわからなくなってくる。

スヴェン・アンガーは格好をつけたクラヒの言葉に、真面目な顔を作って言った。

「俺達は――あんたの作ったクランのメンバーだ」

「なん…………だって!?」

クラヒが大きく目を見開く。

なんだってじゃないですよ、馬鹿。貴方、クランなんて作ってないでしょう!

確かに才あるトレジャーハンターはすぐに噂になる。評判が独り歩きする事もあるし、勝手に二つ名のような呼び名がついたりファンクラブが出来たり賞金首になったりする事もあるが、作ってもいないクランのマスターになるなんてありえない。

だが、クラヒは自らの手の平を見下ろし、呟いた。

「僕は……いつの間にか、クランを作った?」

「え!? ええ!? お、お兄ちゃん、すごーい!」

ほら、あのルシャまで戸惑ってますよ!

クラヒはこれまで度々本物のクライ・アンドリヒと勘違いされてきた。

行った覚えのない功績で讃えられるのは慣れている。時に探索者協会から勘違いされた事すらあるのだ。

そう。偽物にあるまじき本物の風格と実力が疑問を吹き飛ばしたのである。

自分で自分が本物だと思っているからたちが悪い。

「そうだ、写真だッ! 記念撮影するぞ、マリエッタ、カメラ持ってこいッ!」

「スヴェン、悪ふざけしすぎよ……まったく」

スヴェンの指示で傍らの女魔導師が駆けていく。

どうやら本物は、クール達を単なる悪ふざけかファングループだと思ったらしい。それはそうだ。

クラヒが、作った覚えのないクランのメンバーに囲まれ爽やかに笑っている。大物過ぎる。

そこで、スヴェンがさっとクールの事を見た。その猛禽類を思わせる鋭い目つきに、思わず息を呑む。

「おい、お前、ルークだな? シトリーはどこだ?」

「…………クトリーなら、今外に出てます。彼女は錬金術師ですから」

きっと、今頃、偽物のポーションを口八丁で売りつけている事だろう。

《最低山脈》は最低なのだ。

「アンセムは?」

駄目だ。本物には敵わない。

いや、本物のルークが出てこなかっただけマシだろうか? さすがの先見でもこの展開は読めなかった。

クール・サイコーは尋問される賊の気分で答えた。

「…………現在、募集中です」