軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229 例のあれ

燃え尽きたような、達観したような表情をしているソラを連れて部屋に戻る。

僕たちが借りたのは多人数用の部屋だ。多人数とは言っても貴族御用達の宿なので、お金のないトレジャーハンターが仕方なく使う多人数共用の雑魚寝するような部屋とは違う。

立派なリビングで本を読んでいたルシアが顔をあげ、こちらを見て目を見開いた。

その視線は僕の後ろのソラに向けられている。

「な、なんですか? その子? リーダー?」

何ですかと聞かれたら……なんと答えていいかわからない。

よくわからないと答えるのが一番のような気もするが、それは余りに無責任だ。まぁ、よくわからないんだけど……。

僕は眉を顰め、対ルシア用に開発した抗議を封殺するハードボイルドな表情を作った。

「まぁ、複雑な事情があってね……僕もちょっと困ってるんだ」

ソラは完全な無表情だった。眼が死んでいる。

どうやらソラは、家に帰りたくないらしい。怒られるのがそんなに嫌なのだろうか……頑なに『白狐様についていくのが私の仕事です』と言い張るので連れて来ざるを得なかった。

確かにソラの相談には乗ってあげたが、いくらなんでも人一人の面倒を見るつもりはなかった。

僕は割といつもよくわからないことに巻き込まれるのだが、同じ匂いを感じる。

どうすればいいの? これ。やっぱり狐面愛好会(仮)の人に謝った方がよくない?

「もうッ! またよくわからない事を……」

「そうだ、ルシア。この宝具のチャージよろしく」

「!? もうッ!」

狐面をかぶるために必須の『 第三の視界(サードビジョン) 』と、暗闇を見通すのに使う『 梟の眼(オウルズ・アイ) 』を放り投げる。

ルシアはうまくキャッチすると、ギロリと僕を睨みつけた。やるとは言っていないがやってくれるので大丈夫。

「おう、厄介事か!? 誰を斬ればいい!?」

「なに? 私の出番? 誰を殴ればいいの?」

「……ないよ。今はないから、大人しくしていようね」

わらわらとリィズとルークが寄ってくる。

どうやら暇を持て余している様子の二人をしっしと追い払う。いつだって戦力追加は大歓迎な灯火に同行を拒否されてしまった問題児達だ。

僕の影に隠れていたソラは目を見開き、しばらく沈黙した後、小さな声で聞いてきた。

「これは……も、もしや……白狐様は《嘆きの亡霊》、ですか?」

「あー、そうだよ。よくわかったね」

僕は名前も顔も余り知られていないが、ルシア達は違う。どうやら狐面同好会(仮)にも知られる知名度のようだ。

ソラがだらだらと汗を流しながらぶつぶつ呟いている。

「…………大丈夫大丈夫大丈夫裏切っていません。私は巫女です、私は正しい。私は正しい。私は正しい。間違えているのは私じゃない。狐神様、どうか私にご加護をください………………そうだ、これは潜入捜査………………ダメ、絶対に誤魔化せない。やはり正しいのは、私ッ!」

その結論、間違えてるよ。やっぱり正直なのが一番だと思う。

大丈夫だよ、喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉もある。大抵の事はなんとかなるのだと、これまでの僕の経験は語っている。

だが、その焦り、共感しなくもない。僕は大声をあげた。

「シトリー、悪いけど、ちょっとこっちきて!」

「はいはい、何かありましたか?」

いるかどうかも知らないで呼んだのだが、どうやら寝室にいたようだ。シトリーが上機嫌に現れる。

僕のレベル8の場当たり力を見せてやるよ。

僕は情けない笑みを浮かべてシトリーに頼んだ。

「ソラに隠れ家あてがってもらっていい? …………ほら、例のあれだよ」

「!! はい、もちろんです! 例のあれですね!」

シトリーが両手を合わせ、目を見開く。

本当にシトリーは頼りになるな。リィズやルークに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

やっぱりシトリーだ。僕は昔からシトリー派だった。ノリもいいし性格の相性もあっている。結婚はしないけど。

「例のあれで、いなり寿司弁当作るからよろしく」

「…………な、なるほど……いなり寿司……?」

「例のあれだよ」

「例のあれですね。例のあれ……わかりました。準備させます。いつまで必要ですか?」

「今すぐ」

「今……すぐ!? 武帝祭がもう目の前ですが――」

シトリーが更に大きく目を見開いた。瞳孔に戸惑いが見える。そもそもこのクリートの街にやってきたのはこれが初めてであった。

ハードボイルドに肩を竦めて言う。

「それはほら……例のあれだよ」

シトリーはしばらく沈黙すると、もっともらしく頷いた。

「…………わかりました。例のあれですね………………ちょっと出てきます。少し戻るまで時間がかかるかもしれないです」

シトリーがぱたぱたと小走りで部屋を出ていく。もう夜だし……明日でもよかったんだが。

ソラが戸惑ったように眼を瞬かせている。胡散臭いものでも見るような眼でやりとりを見ていたルシアが、僕を見て聞いてきた。

「リーダー……例のあれってなんですか?」

「そりゃもう――例のあれって言ったら例のあれさ」

そんな事僕に聞かれたって知らないよ。聞かないのがお約束だ。

これが僕の場当たり的対応力だ。本当の場当たり的対応ってのは……こうやるんだよ。

大きく欠伸をすると、身体が沈むようなふかふかの椅子に腰をおろし、僕は懐からスマホを取り出した。

§ § §

ソラ・ゾーロは状況の遷移についていけていなかった。

意味がわからない。唯一わかることは自分がもうどうしようもない苦境に立たされている事だけだ。

狐神の巫女は組織でも敬われる特別な存在である。だが、それは有能だからではなく、多分に象徴的な側面があった。

狐神の巫女はソラ一人ではない。何か大きなミスをすればひっそりと消されるのも十分ありえる話だ。

組織の頂点である白狐の判定を誤るなどとんでもない話だ。巫女の存在意義に関わってくる。

白狐の仮面は本物だった。本来ならば情状酌量の余地もあるのだが、その相手が『九尾の影狐』の仇敵である《嘆きの亡霊》ともなれば話が違ってくる。

早い話が、ソラは、騙されたのだ。初の任務で緻密で狡猾な策に絡め取られた。

あまつさえ、騙した男はソラに正直に言ったらなどと煽ってきている。

言えるわけがなかった。間違いなく殺される。仮に殺されなかったとしても、幽閉は確実だ。

そして、幽閉の運命が死刑よりマシとは限らない。何をされるかわかったものではない。

きっと巫女の一族もヘマをしたソラを助けてはくれないだろう。

既にソラからは、乗りかかった船を降りる選択肢は失われていた。

ソラはまだ死にたくない。巫女として生まれ育てられてきた、何も悪いことはしていないのに殺されるなどとんでもない。

巫女にあるまじき考えかもしれないが、仮面は間違いなく本物なのだ。ソラは悪くない。

神の仮面を持つ者は奉じる対象である。それは狐神の巫女の根幹だ。

いつしか意味は逆転し、『九尾の影狐』に仕えるようになっていたが、それがそもそも間違いなのだ。

これは、原点回帰である。本来あるべき姿に戻すのがソラの使命だ。ソラは悪くない。

あるべき形に戻す。そう、新たなる白狐様に仕える組織――『十尾の油揚げ』として、その御心に従いいなり寿司の全国展開を行うのだ! ソラは悪くない!

「…………」

もう巫女、やめようかなとソラは思った。

だが、狐神の巫女はやめようと思ってやめられるものではないし、たとえやめたとしても――ソラの言葉が誤りだと気づいたら組織は間違いなく追ってくる。

「クライさん、如何でしょうか? 苦労して揃えましたが――例のあれです」

「よくこんな短期間に用意できたね」

ソラの気持ちも知らず、《千変万化》は憎たらしくなるくらいにとぼけた表情をしていた。

案内されたのは街の中心部から少し外れた所にある小さな建物だった。

もともと喫茶店でもやっていたのか、まず真っ先に目に入るのは場違いに立派なキッチンである。どうやら居住スペースもあるようだ。あの意味のわからない指示を聞いてから用意したものだとすれば、シトリーの段取りの良さは尋常ではない。

とりあえず、隠れ住む事はできるだろうか? 服装を変え髪型を変えれば少しは誤魔化せるだろうか?

だが、組織はクリートで大きな作戦を行う予定だ。ただの巫女であるソラは詳しいことを知らないが、七本が任される作戦は相当大きなもののはずだ。

偽白狐様――いや、真白狐様の策で人員が足りていないと言っていたが、ガフは――あの歴戦の盗賊は、それを込みにしても作戦を遂行してみせるだろう。

下手をすれば巻き込まれる可能性だってある。

「油揚げの用意もしました! いなり寿司弁当、作るんですよね? とても苦労しました! この近辺ではほとんど食されていないので――」

「え? 本当に用意したの?」

「!?」

動かねばならない。既に元の組織に居場所などない。何とか生き延びねば――いや、真の白狐様に仕える事こそソラに課された天命なのだ! ソラは悪くない!!

無理やり自分を元気づけ、拳を握り顔をあげる。決意の声をあげる。

「白狐様、何なりとお命じください。このソラ・ゾーロ、巫女として真の白狐様に粉骨砕身仕えるつもりです。お守りください。御手柔らかにッ!! ちなみに、私は、料理が、できませんッ! やったことないッ!」

油揚げで世界征服は流石に無茶じゃないだろうか? 一体何を考えているのだろうか? ソラを陥れる程の神算鬼謀が意味するところとはなんだろうか!?

目がぐるぐる回るのを感じる。何がなんだかわからない。それでも必死に支えようとするソラに、真白狐様は眉を顰める。

そしてシトリーが困ったような顔で言った。

「クライさん、私が一番嫌いなのは……赤字です」

「……一番好きなのは?」

「それはもちろん…………例のあれです。クライさんはもっと私に例のあれをするべきです」

「ははははは、シトリーは冗談がうまいなあ」

「ふふふふふ……とても苦労しました。これも例のあれのためですよ、クライさん。例の、あ、れ、ですッ!」

本当に大丈夫なのだろうか? 真白狐様は果たしてどこまで考えているのだろうか?

そもそもこの白狐様はこの作戦に本物が現れる可能性がある事を、だからこそソラが即座に馳せ参じることができた事を、理解しているのだろうか?

ソラはしばらく、ふくれっ面のシトリーを笑顔で受け流す白狐様を見ていたが、すぐに考えるのを諦めた。

所詮ただの巫女であるソラにできることは何もないのだ。