作品タイトル不明
227 やばい組織②
プランX。ボスの命令を全うせよ。
秘密主義の組織の構成員に考える頭などいらない。思考は幹部が行い指示を出す。構成員に許されたのはそれを忠実に実行することだ。
ガフのような幹部に限りなく近い上位のメンバーでもそれは変わらない。
疑問を抱くことは許される。それを確認することも許される。ただし――幹部の機嫌を損なわない限りは。
かつて盗賊王と呼ばれ怖れられたガフは計画の立案と指揮に優れる。だからこそ、七本の地位につけた。
『九尾の影狐』の構成員はどこにでも紛れ込んでいる。狐にとって違法秘密結社や犯罪組織は必ずしも協力関係にあるわけではない。
粛々と準備を進める。人材も資材も豊富な狐に抵抗できる組織などほとんどないが、何分時間がなかった。
街全体がピリピリしている。武帝祭への出場者も、そしてそれを狙う数々の組織も。一度警戒されればボスからの指令を全うできないだろう。
そして、達成するべきはボスからの指令だけではない。ガフ達にはもともとすべきだった大規模な作戦――プランAも控えている。
ガフの近くでボスから受け取ったリストを再確認していた仲間達が呻く。
「しかし……中には協力関係にある組織もあるが……本来ならば我々のプランで使うはずだった組織もいる」
「やむをえまい」
「計画の変更が必要だ。大規模な変更になる。これではプランAの成功が危うい」
仲間の苦渋の表情も納得だった。
ガフ達が今回実施するはずだった作戦は緻密な計算の上成り立っている。
狐は巨大組織だが使える人員は無限ではない、外部の非合法組織を手足のように操るのが狐のやり方だ。
今回使うはずの組織についても事前に報告はあげていた。ボスがそれを知らないわけがない……が、ボスはこうしてそれらの組織を迅速に潰せと言っている。
「……こういう時には徹底した秘密主義も困るな」
仲間の言葉に、ガフも小さく肩を竦めて見せた。
狐がここまで巨大な組織になったのは徹底した秘密主義故である。
誰もボスの居所は知らず、情報のやり取りにも綿密な符号や手続きが必要とされる。仮に構成員が捕らえられたとしても、そこから組織の中枢に手が及ぶことはない。
だが、それは逆に想定外の事態が発生した際に迅速に確認を取る手段がないことを意味している。
一番危惧されるのは成りすましだ。狐の構成員――しかも、ガフのような上級構成員に正体を探られない幹部になりすますなど考えづらい話だが、可能性はゼロではない。
だが、そのために符号がある。そしていざという時のために狐神の巫女がいるのだ。
近くに楚々と佇む若い狐神の巫女にちらりと視線を向ける。巫女はガフの視線の意味を感じ取ったのか、眉を顰め断言した。
「白狐様を疑うのですか。間違いありません」
「……疑うのが仕事でな」
「我々は神に仕え献身の褒美として特別な目を頂いた。見誤る事は絶対にありません。そもそも白狐様でなければ、どうして外であのような仮面を被りましょう?」
落ち着いた声。その通りである。狐の面は常用する類のものではない。ガフ達とて会合の時や任務の時くらいしか被らないし、それも決して義務ではない。
ガフ達の前でボスが出した言葉はかなり変わっていたが、ボスというのは得てして超然としているものだ。
そもそも、組織は仮面の判定に狐神の巫女の目を使うとしている。巫女は組織にとっても神聖不可侵の存在で、その目はあらゆる偽装を看破し、信仰する神の遺物である仮面を見誤るなど絶対にありえない――――とされているのだ。
ガフは神など信じていないが、巫女を軽んじた事が知られれば七本の地位にある盗賊王でも破滅は免れ得ない。
どのみち計画に変更はない。すぐには確認できないが、プランA決行の前に定期連絡の予定が入っている。その際に探りを入れればいいのだ。
シンプルに考える。組織は潰していい。手間が少し増えてしまうだけだ。
今避けねばならないのはボスから下されたプランXの失敗だけだ。
精神を集中させ作戦を精査するガフの元に、ボスの近くに待機させていた部下の一人が駆け込んでくる。
漆黒の狐面を被った男――特殊な斥候職、『忍』の技能を修めた極めて優秀な男である。
認識阻害の力を持つ宝具を身に纏ったその男はボスの御用聞きに最適だった。優秀な斥候を情報収集に使えなくなるのは痛いが、それはガフの他の部下でもできるので、ボスの機嫌の方が重要だ。
男はガフの前に来ると、感情を感じさせない冷たい声で言った。
「ガフ・シェンフェルダー。ボスがお呼びだ」
§
影のように動く。盗賊王、ガフ・シェンフェルダーは隠密行動の達人だ。
かつては『盗み』を生業とした大規模な盗賊団を率いていた。
銀行も破ったし美術館にも侵入した。宝物殿に侵入し、ただの一度も幻影と戦わずに最奥に出現した宝具を掠め取ったことだってある。その力を見込まれ組織に入った後も盗みの任務で組織に貢献してきた。もちろん戦闘能力も低くはないが、マナ・マテリアルによる成長の指向性も完全にそちらよりだ。
今回の任務にガフが抜擢されたのは『大地の鍵』の奪取が肝要だったからだ。
もしも仲間たちが捕まってもガフがそれを持って逃げられる。それだけのポテンシャルが、ある。
狐神の巫女を連れてボスの下に赴く。案内されて辿り着いたのは貴族など重要人物が宿泊する高級宿の裏手だった。
大通りには面していないが、人の目もある。そんな場所に、ボスは悠然と立っていた。
秘密組織にあるまじき堂々とした立ち振舞。無数の視線を気にせずに腕を組むその姿はまさしく超越者にふさわしかった。
ガフではとてもそんな事はできない。する気にもなれない。
白狐の面を被ったボスは感心したように言う。
「本当に呼べば来るんだね。勤勉だ」
「お褒めいただき、光栄です。ボス」
ボスの――上位者の命令は全てに優先される。ガフ相手では泰然としていた狐神の巫女もどこか緊張しているように見える。
だが、ガフが気になっているのはボスの後ろにいる女だった。
赤褐色の特徴的な鎧。腰に帯びた一振りの刀。その身からほとばしるマナ・マテリアルはガフのそれに匹敵し、しかしその成長志向がガフとは異なり戦闘に寄っている事がわかる。
強い。ハンターならば間違いなく二つ名持ちの実力だ。
その顔に被られた深紅の狐の面。その目元に開いた眼下から炎のような輝く瞳が覗いていた。
「ボス……その者は?」
「ああ、君たちが持っていった例のあれを手伝ってもらおうと思ってね。手が足りてないだろ? それで、呼んだんだ。このつねこはこう見えて凄腕なんだ。沢山部下もいる」
つね……こ? こう見えても何も、どう見ても只者じゃないんだが……。
戸惑うガフの目の前で、鎧の女は一歩前に出ると、静かな声で言った。
「つねこだ! ボスの命令により参戦するが、我々への命令権を貴殿は持たない。あくまでただの協力者として扱って欲しい」
その声は口調に反して凄まじい気迫にあふれている。
これは……噂に聞く、ボス直属の実行部隊か……と、ガフは小さく唸り、そこで気づいた。
こいつら……もしや、あの《灯火騎士団》か?
《灯火騎士団》。
赤褐色の装備で統一された多人数パーティだ。強力な魔物や賞金首を追い各地を巡る生粋の戦闘集団である。
リーダーは剣士であり、一騎当千の侍、金剛院 灯火。これまで幾つも狐の末端組織を潰した正真正銘の仇敵だ。
そして――今回のプランAで始末するはずだったメンバーの一人である。
狐の面は被っているが、事前の調査で手に入れた外見の特徴とも一致している。
「………………」
「あれ? 気に入らなかった?」
思わず表に出さずに絶句するガフに、ボスがのんきな声をかけてくる。
《灯火騎士団》は金で動く傭兵だが、損得を弁えている。たとえ千金を積まれたとして犯罪組織に与したりはしない。そちらの方が効率的で安全だと、知っているのだ。
だが、こうしてつねこを名乗ったおかしな女は腕を組み、狐の仮面を被っている。
「…………いえ、とんでもない。配慮に感謝します」
もはや何がなんだかわからない。狐に化かされた気分で何とか声をあげるガフに、ボスは何故か嬉しそうにぱんと手を打った。
§ § §
狐面愛好会の人が灯火を連れて消える。僕は肩の荷が降りた気分で大きく伸びをした。
「いやぁ、良かった良かった……」
全ての心配事が一気に消える完璧な策である。全ては灯火に貢いでいるシトリーちゃんのおかげであった。
後でお礼を言っておこう。
これで犯罪組織とやらも幾らかは潰せるだろう。犯罪組織というのは大小問わず雨後の筍のようにぽこぽこ発生するので根絶は無理だろうが、やらないよりはマシだ。
軽く身体をほぐす僕に、狐面愛好会についてきた勧誘の女の子が厳かな口調で持ち上げてくる。
「白狐様。見事な策です」
「……何で残ってるの?」
「御身の……側に仕える事以上の任はありません」
なんとも真面目なことだ。狐面愛好会……一体どんな組織なのだろうか? なんか堅苦しそうだな。
だが、困る。こんな子を連れ込んだらシトリー達になんと言われるか……。
一体どういう立ち位置なのだろうか、唯一狐面をつけていないので表情も見えるのだが、女の子は幾分か緊張しているように見えた。
うーむ……。
「えっと……」
「…………狐神の巫女が一人、ソラ・ゾーロです。ソラとお呼びください」
ソラを名乗った巫女が若干力が抜けたような顔で言う。
狐神の巫女……聞いたことがないが、もしかしたらその界隈では有名な人物なのかもしれない。
少しだけ恥ずかしいが、ここらでちゃんと確認しておくべきだろう。
僕は小さく咳払いをすると、恥を忍んでずっと聞きたかったことを聞いた。
「ソラ、ずっと気になっていたんだけど……この仮面ってそんなに珍しいの?」
「……………………へ?」