作品タイトル不明
225 学習
武帝祭の開催を前に沸き立つ街。クリートに存在する狐の拠点の一つ。
深い地下の一室で、七尾、ガフ・シェンフェルダーは受け取ったリストを確認して唸り声をあげた。
「………………これは、大規模な戦いになるな」
『狐』は質、規模ともに桁外れに大きな組織だ。幾つもの下部組織を抱え、影響力は各国の上層部にまで至るが、徹底した秘密主義と情報統制によりその範囲を正確に理解している者はほとんどいない。
七尾という上級メンバーであるガフは幾つもの作戦をこなす中、組織の持つ力をある程度把握しているが、それでも全てを知っているとはとても言えない。
ボスから齎されたリストに載っていた名前は規模の大きな組織から少人数で活動する者まで、多岐にわたっていた。
驚くべきことに、リストの中には狐の下部組織と呼べる団体まで含まれている。
不自然な話だった。リストに載っているのは一般的に『悪』に分類される犯罪組織や秘密結社ばかりだ。彼らは狐の競合でもあり、作戦次第では潰す事もあるが、必ずしも敵対関係にあるわけではない。
狐が戦うのはいつもならばトレジャーハンターや騎士団、商会や貴族など、表社会で大きな影響力を持つ者である。
今回のガフが任命された作戦もその例に漏れない。新たなリストに載っていた名前は最初の作戦目的にはなかった名前ばかりだ。
「片手間で潰せる数じゃねえ。ボスは……街を火の海にする事をお望みか」
ただでさえ武帝祭では例年、あちこちで血なまぐさい抗争が起きる。この時期にクリートに入ってくる組織は皆、警戒している。
最初の作戦と合わせると、正しきも悪しきも全てを滅ぼす事になる。
ガフが今回連れてきた手下は精鋭ばかりだが、あくまでそれは最初に出された作戦を達成するためのものだ。
これまで忠実に組織の命令に従い七尾までのし上がってきた。今回の作戦を成功すれば更に上も見える。
「詮索は我々の仕事ではない。が…………手に余るな」
だが、命令は絶対だ。いくら不自然でも、問いただす事などできない。
目的を知らされていないのならばそれはガフが知る必要がないということ。
規模にもよるが組織を幾つか滅ぼすのは問題ないだろう。全員殺せばいいだけだ。
だが、その間に、必ず他の組織が違和感に気づく。鋭い者ならば狐が組織を潰しまわっている事まで察するだろう。警戒が上がれば潰すのにかかる時間も増える。とても武帝祭中に間に合わせる事はできない。
ボスからリストを受けとってきた、隠密として高い能力を誇る仲間が言う。
「恐らく、この命令は我々に出されるはずのものではなかった。だが、ボスは期待しておられる」
そんな事はわかっている……。
いくら狐が秘密組織でも、命令系統がないわけではない。恐らく、ガフ達がリストを受け取ってこなければ、命令は正式なルートを経て他の実行部隊に下っていただろう。
だからこそ、チャンスなのだ。組織は常に使えるメンバーを求めている。
しばらく眉を顰め計画を考えていたが、ガフの使える手駒ではとても足りなかった。
電撃作戦で潰さなければ警戒されるが、短時間で全て滅ぼすには人が足りない。
「……戦力が足らん。が……そうだな…………俺たちは狐だ。数が足りなければ、やりようはある」
これまで幾つもの困難な任務をこなしてきた。この程度で音を上げていたら七尾にはなれない。
リスクは高いが組織のシンボルを持つボス直々の命令だ。やるだけの価値はある。ガフは深い笑みを浮かべると、部下に新たな命令を出した。
§ § §
「強い奴を探しに行くぞ―!」
「おー!」
ルークとリィズのテンションが上がりに上がっていた。狐面愛好会の方々の活躍を信じているわけではないが、喧嘩っ早い二人だけで外に出すわけにはいかない。
パーティ皆で仲良く、街に繰り出す。まだ武帝祭開催まではしばらくあるが、クリートの街は沸きに沸いていた。
通常時のこの街がどれくらい賑わっているのか知らないが、露店も沢山出ていて凄い人通りだ。
武装している者も少なからず存在しているが、彼ら全員が出場者という事はないだろう。武人にとって武帝祭への出場は名誉だ。僕のように仲間の応援のためだけに訪れている者もいるはずだ。強者がいる所に強者が集まるとはまさにこの事。
シトリーが僕の顔を見上げ、にこりと微笑む。
「今日はあの狐の面、つけないんですか?」
「まあね」
僕は手の平で自分の頬を撫でてみせた。
顔はできるだけ隠したい。だからできるだけお面も被りたい所なのだが――どうやらあのお面を被っていると狐面愛好会が集まってしまうようだ。
部屋までついてくるのだから、人混みの中で被ったらどれだけの人数が集まって来るかわかったものではない。
今のところ害はないが、僕だって学ぶのだ。中には欲に目がくらみ仮面を奪おうとしてくる者もいるだろう。
危険を回避するために顔を隠すのに、それが原因で危険にさらされちゃ本末転倒だ。
自分の判断力に惚れ惚れするぜ。
ルーク達に守られながら街を歩く。もうチョコドラゴンの露店を見つけてもふらふら近づいたりしないぞ。
耳を澄ませれば小さく噂話も聞こえてきた。
皆が武帝祭と最強に興味津々のようで、まだ出場者は一般公開されていないはずだが、誰が勝つかで盛りあがっている。
中にはゼブルディアで名が知れ渡っているルークやアンセムの名前も出ていて、友達として少しだけこそばゆい。
そして、僕の耳が一つの名前を捉えた。
「《千天万花》……有名人だったみたいだな。これは気合を入れて応援しないと」
シトリー曰く、二つ名は自称らしいが、噂話にもなっているという事は公称になる日も近いだろう。
クラヒ・アンドリッヒがどんな戦法を取るのかとても楽しみだ。
と、機嫌のいい僕の言葉を聞き、リィズが唇を尖らせた。
「えー、私クライちゃんの応援するー!」
「うんうん、そうだね」
嬉しいけど、でも、僕は出場しないからね。
そしてもちろん、言うまでもないが、僕が一番応援しているのはリィズ達である。
さすがに他の出場者もそうそうたるメンバーなはずなので優勝できるかはかなり怪しい気もするが、仮に入賞するなんて事になったら幼馴染としてとても誇らしい。
昔は人混みを歩いているとよく絡まれたのだが、今回は絡んでくる者はいなかった。
リィズがつまらなそうな顔をしているが、大会が終わった後ならともかく、大切な戦いを前に如何にも強そうな連中(特にアンセム)に、喧嘩をふっかけようなんて者はいないだろう。
しばらく練り歩いたところで、ルークが大きく舌打ちする。
「っしゃーねえ、酒場に行くか」
「さんせー!」
リィズが無駄に嬉しそうだ。完全にお酒じゃなくて喧嘩を買いに行くつもりだった。
シトリーもルシアも呆れ顔だ。
まぁ、彼女たちは気分屋だ。お酒を飲んだらすぐに喧嘩する気なんてなくなるだろう。万が一喧嘩を始めようとしたら止めればいい。
ちょうど僕もお腹が空いていたところである。
ルーク達と一緒に適当な酒場に入る。
町中も熱気に包まれていたが、人でいっぱいの酒場はそれに酒精が混じり、いるだけで頭がくらくらした。
薄暗く狭い店内には恐らく同類だろう強面が集い、静かに飲んだくれている。
帝都の酒場よりだいぶ大人しいのは、強者が集いつつあるこの街で喧嘩をふっかけようものなら大変なことになるからだろうか。
「さーて、誰にすっかな」
中に入るや否や、ルークがギラギラと目を輝かせ店内を見渡し始める。
…………どうやら喧嘩を買いに行くどころか、売るつもり満々らしい。窘めようと口を開きかけたところで、ルークの眼が丸くなった。
「ん……あれ? 灯火じゃねえか」
ルークの視線の先。酒場の一画に陣取っていたのは、特徴的な赤褐色の鎧に身を包んだ集団だった。
統一された色の装備を纏うのはハンターではよくある事だ、実際にスヴェン率いる《黒金十字》も黒金の装備で身を固めている。
だが、その集団は――数が違った。
特徴的な色の装備で固めた強面が――明らかに十人以上。そこまで集めるともはやパーティとは呼べない。
傭兵団。戦争屋。宝物殿の探索ではなく、各地を巡り魔物や賞金首を狩る事を生業にする《始まりの足跡》きっての武闘派。
《 灯火騎士団(トーチ・ナイツ) 》
団長の灯火が武帝祭に参加するというのはエヴァから聞いていたが――まさかこんな所で会うとは。
僕も見るのは久しぶりだった。特に全員が揃っているのを見るのは(といっても、何人いるのか知らないのだが)数年ぶりかもしれない。
その時、集団の中央にいた黒髪の女性――団長の灯火の視線がふとこちらに向く。
反応は劇的だった。その手が持っていたグラスを即座にテーブルに叩きつけ立ち上がると、よく通る声を上げる。
「総員、起立!」
異様な光景だった。急な言葉にも拘らず、先程まで和気あいあいとしていたメンバーが一斉に立ち上がる。
その目が一斉にこちらを向く。酒場にいた他のお客さんが何事かとこちらを見る。
「我らが 顧客(マスター) に、敬礼!」