軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話・踏みたかったのは韻だけなので

派手な演説と打って変わって、実際に始まったのは木剣での素振りだった。

素振りが始まるもんだから「素振り1000本!」とでも言うかと思えば、全員同時に、丁寧に、「横振り! 振り下ろし! 逆の横振り!」というドズゥの合図と共に、ただ振るだけ。しかも、どう見ても全力では無い人間に対しても、それ自体は怒らない。

しかし、怒鳴らないわけではない。明確に怒鳴るルールがあった。

「そこ! 肘が上がり過ぎだとさっきも言ったじゃろう! 自分の肘の高さも操れんやつがその先の剣を操れるわけがなろう! ほら、横振り! おいそこ! 何度言えば顎を引く!? ヌシのその背丈で顎が上がるのは、視覚を狭めて危険なだけじゃと言うたな! 解らないのは理屈か、言葉か!? 次同じ指摘をさせたら身体で覚えさせる。死に物狂いで顎を下げろ!」

二度以上同じ事を言わせたら、昭和のパワハラもびっくりなパワハラを仕掛けてくるのである、このジジイ。

1回目は普通に教えるのだ。2回目は叱責、3回目はパワハラ、4回目は、

「……そのへっぴり腰を、直す気が無いのか?」

オヌシの部下の1人。その前に立ち、威圧する。

正直多分、俺もドズゥの事を、事実よりも低く見積もっていたのだと思う。その威圧感たるや、あのジャンの親とは思えない厳つさだった。いやまぁ、ジャンにとって俺は雇い主の子供なわけだから、ジャンが俺に優しいのは、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが……。

「自分の意思で腰を操れんほど腰が弱いと見た。ほれ、腕立て30回じゃ」

「……?」

30回? ちょっとダイエットをしている男性がワンセットでやる回数程度な気がする(俺水準)。意外とラクな体罰だな、と思っていたら、

「アルメル、こやつの背中に乗れ。腰付近な」

「えっ」

しっかりと鬼畜であった。

「こやつの腕立てが終わるまで皆休憩じゃ。指摘をされた者はその復習を忘れるようにのう」

その指示に、俺は思わず眉をひくつかせる。罰ゲームを見せ物にして「ああはなるまい」と覚悟を決めさせる手法か。このおじいちゃん、しっかりガチめに古のパワハラじいちゃんだ。

「さぁやれやれ!」「がんばれよー」「無理だろあれで腕立てなんて」

好き勝手に笑いながら見物するオヌシの部下達。そこに、見かねたオヌシが割って入る。

「いきなりそのガキ乗せて30は、そいつじゃ無理だ。永遠に終わらねぇから10回にしろ」

その提案に、ドズゥは少し考える。

「騎士団じゃこれくらいがスタートだったんじゃがのう」

「テメェには俺達が騎士団に見えてんのか? だとしたら教会行って精神に効くお薬でも処方して貰え。まともに訓練なんざ受けた事がねぇ野蛮人連中相手に、騎士団のトレーニングっつうなら過剰だ。下方修正しろ」

おお、と、思わず関心する。口調はともかく、言っている内容、その交渉は悪くない。こいつ、磨けば光る。

ドズゥも、悪くない、みたいな、表情を一瞬だけ見せたが、すぐに鬼畜教官の顔に戻った。

「なら、20回分をヌシが肩代わりじゃな」

総数30回は譲らない、と、ドズゥは告げる。

「…………くそぼけが……」

「なんじゃ、出来んのか?」

「舐めんな耄碌ジジィ! おいガルド、そのガキ乗せて15回はやってみせろ! 俺が15回肩代わりしてやる!」

「なんじゃ、息巻いた割に結局5回分減らすんか」

「舐めんなっつってんだよ、ボケカスハゲ。……おいシンシア、俺の重りはテメェだ。乗れ」

え、いや、シンシアは無理でしょ。と俺が思ったら、ドズゥも同じ感想だったらしい、「正気か!?」という顔をしていた。

…………なお、ガルドと呼ばれた男も、オヌシも、どちらも15回どころか5回も達成できなかった。

訓練は午前中のみで終わった。

ハードな内容だったので1日じゃなくて良かった、と安堵していた所に、オヌシが言う。

「はぁ、はぁ……騎士団の連中、ガチでこんな、頭のイカれた訓練を、毎回してんのか……?」

その悪態に、ドズゥは答える。

「仕事もあるから訓練は半日以内で終わらすのが騎士団じゃぞ」

「……イカれてんだろ……」

絶望するオヌシ。いや、あなた、あの後も部下の罰ゲームの殆どに自分も参加して、今も立ってるのすごいよ? オヌシの自己犠牲のおかげか、部下達も全員、訓練を最後までやり遂げている。今まで野生的な生活を送っていたからかもしれないが、体力は問題無くあるようだ。

「なぁオヌシ」今はあまり積極的には関わらないようにしようと思っていたのだけれど、その疑問はどうしても、聞かずにはいられなかった。「なんで、部下の罰を全部一緒に受けたんだ?」

「あ? んなもん決まってんだろ、アホか」相変わらずの暴言を接続詞のように使いながら、オヌシは言う。「バカってのはバカだから、一緒に罰を食らう奴が居るって事を身体に覚えさせねぇと絶対にバカな事をすんだよ」

「オヌシさぁ、多分内容だけは良い事言ってる気がするんだけど、言い方なんとかなんない?」

「なんねぇよ、スラム出身だぞ。言葉は罵声で覚えてんだこちとら」

「え、なにそれ、ちょっとラッパーぽくてかっこいい台詞」

「らっぱ……? お貴族サマの娯楽か?」

「いや、まぁそういうわけでは無いんだけど……俺の知っている場所にね、相手と罵り合う事を競技にしたスポーツ? エンタメ? があったんだよ」

「気が狂ってんのか、そいつら。罵りは罵りだろ、アホか」

「アホには出来ない競技だったと思うよ、こう……音楽のリズムに乗って悪口を言うんだ」

「音楽のリズムに乗って悪口!?」

「で、その上で『韻を踏む』って言ってね、母音を合わせて響きが似た言葉を揃える事で、より技巧を込めて相手の悪口を言うんだよ」

「……イカれやがる……」

「はい、その『イカレてやがる』で韻を踏んで!」

「!? …………イカレてやがる……いあええああう……仕掛け……で……ああう……ああう?」

結構本気で考えている。

そこに、部下の1人が楽しそうに言った。

「痛めて犯す!」

おお、初っ端からファックワードだ。結構相性が良い遊びかもしれない。

「あ? いやおまえ、確かに響きは似てるが、同じじゃねぇじゃねぇか、バカがよ」

と悔しそうにオヌシは言うが、現代日本でのラップも『踏めてる!』と相手や視聴者や審査員が判断すれば得点にはなったし、多少は良いのだろう。

「完全に全部で韻を踏むと得点は高いけど、多少踏めなくても、雰囲気だったりある程度踏めてたりでも得点が入ったりする。ようは、周りの観客が、聞いててどちらが楽しかったか、凄かったかを投票で決める勝負。洞窟の中でも出来るんじゃないかな」

「……いあええ……いあええああう……」

ラップバトルのルールを簡単に説明したが、思ったよりも食いつきが良い。これはもしかしたら、オヌシ、ないしその部下達にとっては良い娯楽になるのでは?

訓練と仕事をする以上は楽しみは必要だ。福利厚生というやつだ。棚から牡丹餅ではあるが、このメンバーにはラップバトルという娯楽でも流行らせるか。

「どう考えたって無理だ」オヌシは悔しそうに表情を歪ませながら俺を睨んだ「適当にありもしない遊びを言ってはぐらかしてんじゃねぇだろうな」

その疑問は最もだ。

ふふふ。営業の語彙力を舐めないで頂きたい。

俺は、手拍子で自らリズムを取り、それに合わせて披露してみせた。

「お前ら全員――イカレてやがる(いあええああう)。

俺の正論――聞かせて回る(いあええああう)。

敵の追撃――仕掛けで躱す(いあええああう)。

凄さの印象――見た目で変わる(いあええああう)」

ほら、と、堂々と両手を広げると、オヌシの部下達が「おおおおおお!!」と拍手喝采である。え、なにこれ、き、きもちいい! 俺がハマりそう!

本当は音楽もあると良いのだけれど、しかし、元々ラップバトルに音楽は無く、治安の悪い場でも出来る娯楽として広まったという説も聞いた事がある。口喧嘩では喧嘩にしかならないが、口喧嘩を娯楽にしてしまえれば、不満の多いストレス環境下にあっても、ある程度は緩和出来るだろう。

「くそったれがぁ! いあええ、いあええああ、いあ……くぅうう」

ムキになるオヌシ。部下達も一生懸命言葉を探している。

「じゃあ、ドズゥの特訓も終わったなら、帰ろうか。また」

オヌシ達に別れを告げ、馬車に乗り込み、帰宅する。

シンシアとサーシャもぶつくさと韻を踏む練習をしている。それを微笑ましく見届けながら、しかし、ふと、思う。

ドズゥの煽りをもってしても、今回の俺のラップの流れ云々でも、やはりオヌシは怒るだけで、あれほど……あの夜ほどの強烈な絶望や失意は、無かった。

だからこそ思い知る。俺はあの日、本当に、踏んではいけない地雷を、どこかで踏みぬいてしまっていたらしい。