作品タイトル不明
23話・そして、当章のラストスパートが始まったので
善は急げ。その日の夜にはシンシアにも話を付け、翌日にはドズゥを連れてオヌシ達の拠点へ向かう。そのついでに、いくつかの差し入れも持参した。野盗活動をしない約束を彼らが果たす以上、飢えさせるわけにはいかないのだ。
本当は酒のひとつでもくれてやろうかと考えたが、シンシア、ドズゥ両者により却下。
シンシア曰く「酒は筋肉量を落とすんで、鍛えてる最中はちょっと……。出来上がっちまえば戻すのもラクなんで、良いんすけどね」との事。逆にドズゥは「褒美をくれてやるつもりがあるなら試練を乗り越えた後じゃろうて。そういう酒が一番美味い」との事。
このドズゥという男、証拠が無いのでまだ完全には鵜呑みにしないが、シンシアの負担過剰を気に掛けたり、ボーナスの適正なタイミングを解っていたりと、元騎士団長という自称に説得力がある。そうでなかったとしても、有能なのは間違いない。
そんな頼れる新教官を、本当に適性か計る必要がある。
目的の洞窟の前に到着し、シンシア、サーシャ、俺とドズゥがそれぞれ荷物を持つ。10人ちょっと分の食糧とトレーニング用の道具があるため、結構な荷物量だ。
「おーい、居るかー」
中に居るであろうオヌシ達に声を掛けるや否や、慌ただしく1人の男が出てくる。オヌシだ。
「おいおいコラカスてめぇこのっ……」
俺に向かって一目散に向かってくるかと思いきや、俺達の荷物を見て止まる。
「……なんだその荷物」
言われたので、本当ならドヤ顔で答えたいところだが、先日の衝突もある。流石に空気を読み、普通に答える。
「食料だ。狩ってくれた魔獣の素材分と、先払い分かな」
その言葉に、オヌシは言いたかったであろう文句を引っ込め、ついでに、何故かサーシャのほうを一瞬だけ見て、不快そうな表情を浮かべた。
今のサーシャは外套とサングラスを着用し、髪も目も見えないから、見た目が気に食わないとかは無いだろう。それでも、オヌシ達を1人で制圧した人間でもある。敵対心でもあるのだろうか。
「おい、いつまでグダグダやってんだテメェら、さっさと出て来い。んで、雑用だ」
ぞろぞろと怠そうに洞窟から出てくるオヌシの部下達に、オヌシは荷物の運び込みをやれと命令する。
当のオヌシはと言うと、サーシャから荷物を受け取っていた。
「おもっ……」と一瞬体勢を崩しかけて、驚くオヌシ。だが維持だろう、平気そうな顔をすぐに作って、後ろの部下に渡す。
「さっさと中に運べ。モタモタすんなカス。何やるかは解ってんだろうな。……ボケ! 検品だ! 何がいくつあったか後で俺に教えろ。全員の1日分の分け前を決める。……つまみ食いした奴は全員から蹴り1発だ。んで獣に横取りされねぇようにしっかり保管。さっさとやれ!」
「へい!!」
そのような流れで全員を中へ引っ込めるオヌシ。そして、部下が全員洞窟内へ入ったのを確認した上で、振り向きざまに、鬼のような形相で俺へ詰め寄って来た。
「おいこらボケカスアホかてめぇは!!」
え、なに? ラップバトル? 現代日本もびっくりのBPMで送る高速リズムカル悪口だった。
シンシアが間に入ろうとしたので、右手でそれを制する。
シンシアが止めに入れなかったので、オヌシの手は俺に伸び、胸倉を掴まれた。
弱い弱いとネタにされようと腐っても野盗。力はある。俺のカカトが浮いて、喉が圧迫される。土魔法で足元を補強する事も出来るが、あえてしない。
「どうした、先日の事がやっぱり気に入らないというなら、改めて話し合いを」
「んな前の事は知らねぇ! 昨日の事だ! てめぇは 自(・) 分(・) が(・) 何(・) し(・) た(・) の(・) か(・) 解(・) っ(・) て(・) ん(・) の(・) か(・) !!」
「昨日?」
何したも何も、何もしていない。ドズゥとの対談と、ミリアムの成果物の確認。そして、ドズゥが機能した場合のシンシア及びサーシャの再配置についての検討をクリスティーナとして、そのついでにちょっとクリスティーナといちゃいちゃしていただけだ。オヌシ達に関係がある事は何も無かった。
「いいかよく聞けアホんだら」
そう言って、オヌシは俺の顔と自分の顔を近付け、俺にだけ聞こえるよう囁いた。
「――女をここに寄越すんじゃねぇ。俺達がどういう集団か、まさかもう忘れたんじゃねぇだろうな、ボケ」
「…………なるほど」
オヌシ達は、自分達のためならば犯罪行為に手を染めて来た連中だ。そんな男10人ちょっとの集まりに女を寄越すというのは、普通に考えたら危険行為だ。
だが、
「君達が彼女に勝てるとは思えないけれど」
そう答えながら、念のため、シンシアとサーシャに下がるよう、ハンドサインで合図を出す。念のため、サーシャに聞かれないようにしたいからだ。
「強ぇ奴に勝てなきゃ弱ぇ奴に八つ当たりする。それが俺達ゴミ溜めの生き方なんだわ。あのガキに欲情してもあのガキに勝てねぇなら他の奴で発散しようとするわな。一番近ぇのはテメェの村だ」
「そうなったら、残念ながら契約不成立で、そいつを処罰させてもらうよ」
「だから困るんだろうがよ平和ボケが。いいか、バカを相手に、バカな事をやらせない。これがどれだけ難しいか、優秀な人間しか近くに居ないお貴族さまには解らねぇだろ」
「……その通りだ。良い意見だ。検討しよう」
「検討じゃねぇ、確定しろ。二度とこの場に女を寄越すな」
「不可能だ。残念ながら俺が持つ戦力は多くない。シンシア1人では君達の安全を保障出来ない。だが、シンシア以外だと戦闘が可能なのはサーシャとクリスティーナと俺のみ。俺には開発があるからそちらに回れない。君達の安全を確保するためには、サーシャが必要だ」
「村の自警団の連中は」
「君達への理解が無い。君達は村を襲っているんだよ? なんの実績や説得材料も無いまま同行させてみろ。彼らは君達を攻撃するだろう。そうなった際、シンシアの優先順位は村人だ。君達の危険は増す」
「……そもそも、俺達みたいなクズの安全を保障する必要が無ねぇだろボケ」
「必要があるからそうしている。君達の力は、今後必ず必要になる」
まずもってセルト村の戦力増強と狩りの効率化。これらを担える戦力を10人も同時に確保できる事は大きい。
しかも、このやり取りでまた再確認した。オヌシは優秀だ。
いや、優秀になるはずだった人間というべきか。
少なくとも、リスクヘッジを計れる人間である事が理解出来た。
オヌシは今まで、部下達が暴走しないようにコントロールしていたのだろう。
そしてそれは、優しさとかでは無い。計算だ。
襲った村の人間を不用意に殺さない。必要以上に奪わない。こうする事で防げる危険がある。
例えば、近隣の村々が金を出し合い、討伐依頼を冒険者ギルドに発注する事で、上位の冒険者、あるいは冒険者の軍隊が、自分達を討伐するために動き出すリスク。
例えば、領地の危機と判断した貴族が私兵を動かし、軍をもって討伐に動き出すリスク。この近隣ならば動くのは間違いなくパラノメールの騎士団。ジャンやスレイン兄さまがオヌシ達を始末する事になる。
オヌシはそれが解っているのだ。だから、村が大金をはたいてまで討伐依頼をするような危険な存在では無いと判断する程度の窃盗に済ませてきた。
このバランス感覚。素晴らしい。
いや、本当ならば勿論、悪い事などしないに越した事は無い。それが一番素晴らしい。
だが、悪い事をしなければ生きていけないという環境で、そこにブレーキをかけられる自制心。その素晴らしいはずのものの価値を、本当の意味では、俺は知らない。前世をもってしても隣人になった記憶が無い。
この自制心と地頭の良さを持ったオヌシが、しっかりとした教育と鍛錬を組める環境に身を置いたらどうなれるのか。これもまた非常に興味深い。
「サーシャを寄越すな、と言いたいなら、良いだろう。条件を満たしてくれたら、その要望に応える。必ず」
「条件だぁ? 足元見るんじゃねぇぞボケ」
「簡単さ」俺は言う。「――強くなれ。サーシャのサポートが不要な程度には」
「あ?」
その会話の流れで、察してくれた人間が1人、1歩、前に出る。
この場には、俺と、俺の胸倉を掴むオヌシ。そして、少し離れた所にシンシアとサーシャ。
洞窟内でなんらかの作業をしているはずのオヌシの部下達。
それらの中心に、木製の大剣を左手のみでかつぐ、隻腕隻眼の老人が進む。
そして、
「全員、集合!!!!」
森中に響いたんじゃないかという圧のある声で、ドズゥは命じた。
爆発音だとでも思ったのか、周囲の鳥が飛び立った。心無しか、葉の無い寂しい木の枝が揺れた。
言葉が理解出来れば、行かねばと思わせ、理解出来ぬなら、何事だ? と確かめざるを得ない、誰しもを刮目させる、圧倒的な、たった一言。
「え」「なんだなんだ」「なにごとだ」「だれだよ今の」
洞窟の中に居たオヌシの部下達が、わらわらと飛び出してくる。オヌシが呼びかけた時よりも迅速だったのではないだろうか。
そして集まった面々に向かい、ドズゥは、声量は抑え、しかし、威圧感はそのままに、だというのに圧倒的な存在感を放つ 笑(・) み(・) を以て、言う。
「――酒は好きか? ヌシらよ」
その唐突な問いに、オヌシの部下達は戸惑う。戸惑いつつも、
「たりめぇよ」「そりゃ、なぁ」「呑めるならたらふくいけるぜっ」
様々な応えが返ってくる。
ドズゥは続ける。
「――美味い食い物は好きか? ヌシらよ」
その言葉に、返事をするだけで良いと理解したオヌシの部下達は、好き勝手に答え始めた。
「肉! 魔獣のじゃねぇ肉が食いてぇ!」「果物の贅沢感、たまんねぇよなぁ!」「肉! 肉!」「肉! 肉!」
その応え達に、ドズゥは満足げに、まずは大爆笑。
「がっはっはっはっはっは!! そうじゃろう、そうじゃろう! 欲しい物は、欲しいよなぁ!」
「欲しい!」「食いたい!」
まるでライブ会場のように盛り上がる洞窟の入り口。ただ1人、オヌシだけが「……ボケどもが」とぼやいていた。
そして、そうやって盛り上がる部隊を、ドズゥは、木刀をマイクスタンドのように地面に突き刺して、こう言う。
「全て手に入れる力をやる。初めまして、野盗諸君。ワシが、パラノメール騎士団の元団長、ドズゥ・ハッシュバル。そして今日から、ヌシらの教官になる者じゃ。――着いてこれた者だけが強者となり、酒も美味い飯も食い放題! 着いて来ないなんて臆病者が、こんな場所に居るなんて、そんなわけなかろう??」