作品タイトル不明
秘話5・継がれる願いは遠く⑤
年月は、あっという間に過ぎていった。
アルメル様が魔法灯を開発した。
ヘンリーが連れて来たメイド、シャーリーが結婚し、遠くへ旅立った。
ダグラス様が新しいメイドと言って、突然変異の双子を連れて来た。
ファラン家の皆で協力して、突然変異の身体を隠せるようなものを作った。
アルフレッド様がスレイン様と決闘をし、勝利するという手土産を持ち、魔法学校へと旅立った。
そして、その時がくる。
ヘ(・) ン(・) リ(・) ー(・) が(・) 治(・) 療(・) を(・) 終(・) え(・) 、ファラン家に帰って来たのだ。
知らせは何日も前にダグラス様に届いていたし、気を利かせた門番が早馬を走らせて事前に知らせてくれたため、パラノメールに居ないアルフレッド様を除くファラン家の総出で、ヘンリーを出迎える準備をする。
晴れているのに、なんだか空気がまとわりついてくるようで、じりじりと汗をかかせようとしてくる、そんな、少し嫌な天気だった。
「お母様!」
オース家の使用人に支えられながら馬車から降りて来たヘンリーに、スレイン様とアルメル様が駆け寄る。
その姿を見届けながら、ダグラス様も歩き出したのを確認してから、荷物を受け取るべく、メイド達も行動を開始する。その忙しない時間の中で、数年ぶりのヘンリーの顔を見た。
そして、すぐに目を逸らした。
そっか。そういうことか。
馬車から荷下ろしをしているところに、無邪気なスレイン様とアルメル様の声が聞こえてくる。
「もう大丈夫になったのですか? これからは家に居られるのでしょうか?」
スレイン様の問いに、ヘンリーが答えている。
「ええ、これからはずっと、ここに居るわ」
と。
次に、アルメル様の質問が聞こえてきた。でも、いつ気付いたのか、聡すぎるアルメル様は、慎重な口調でこう尋ねる。
「もう、お体はよろしいのですか? お母様」
その問いに、ヘンリーは一瞬の間を開けて、こう言った。
「もう、治療は要らないって」
と。
使用人に支えられながらじゃないと歩くこともままならない状態では、説得力が無い言葉だった。
でも、もしかしたら、だからこそ、説得力があるのかもしれない。
荷物を運びながら、アルメル様の顔を一瞬見る。そして、すぐに目を逸らす。
本当に聡い子だ。
次に聞こえて来たのは、ダグラス様の落ち着いた、重みのある、けれど優しい声。
「おかえり、ヘンリー」
その言葉に、ヘンリーは、まるで元気だった頃のように、無邪気な声音で返す。
無邪気なのに、どこまでも残酷な言葉を。
「うん。――最後は、ここで過ごす事にしたよ、ダグラス」
手から力が抜けそうだった。少しでも油断したら涙が出てきそうで、必死にこらえる。
ヘンリーがそう決めたのなら、ヘンリーが最後をここで過ごすと決めたなら、その最後の場所を整えるのが、メイドだろう。
私は、嫌な天気のせいで滲む嫌な汗に少しだけイライラしながら、荷物を運んだ。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
治療が必要無くなったというのは、出来る事が無くなり、後は死を待つだけになったから。そういう意味だった。
ヘンリーはベッドから起きれず、主に痛み止めを目的とした治療と家の者達とのおしゃべりだけで数日を過ごす。ほどなくしてアルフレッド様が魔法学校から急遽戻ってきてた。
医者が言うには、もうひと月程度で、ヘンリーは、この夏を越える事は出来ないそうだ。
だけど、治療は穏やかだからか。食は思ったよりも進んでいた。だからハンスは、ヘンリーの好きそうなお菓子を沢山作った。
お菓子を食べながらスレイン様と話をし、アルフレッド様と話をし、ダグラス様と話をし、メイドとも話をした。
でも、滅多にヘンリーの元に訪れない子が、1人居た。
というか、最近まともに姿を見ていない。
今、アルメル様のお付きのメイドはウェインのはずだが、しかし、アルメル様が自分で自分の使用人を雇用したのもあり、ウェインとてアルメル様が今、どこで何をしているかをよく知らないそうだった。
「ヘンリーに顔を見せてあげて欲しいんだけど……」
アルメル様を探した。
アルメル様が直接雇用した、サーシャという突然変異の少女と、シンシアという元傭兵団の男。この2人なら何かを知っているはず。そう思って、2人も探す。
けれど、中々見つからず、夕餉の時間となった。
…………その日の夕餉に、アルメル様は姿を現さなかった。
この状態はダグラス様も心配するだろう、と思い、何か動きがあるかと思えば、何も無い。シンシアから、彼は無事ですとの言伝が都度入っているらしい。
無事?
アルメル様の姿を見ないまま、数日が経った。
そして、偶然、アルメル様を見つけた。庭にある小川で水をバケツで汲んで、全身に浴びていたのだ。
蒸し暑い中での身体冷まし、というには、あまりにも鬼気迫る様子で、しかし心ここに非ずという様子で、何度も何度も、自分に水を掛ける。服も体ももう関係無い状態だ。
「どこにいらしたのですか? アルメル様」
後ろから声を掛けると、アルメル様が振り返る。その顔に、一瞬、息を呑んだ。
「……ああ、フレイヤ。どうしたの?」
目の下には濃いクマ。痩せた頬。青白い肌。
どう見ても不健康な状態。
それになにより、不思議な匂いがした。
正直……嫌な匂いだ。
私は動揺を抑えて、アルメル様に伝える。
「お母様が会いたがっていると思いますよ? もう少し、顔を見せてあげたほうが、紳士的だと思います」
「ん? ……ああ、そうか…………。そういえば、何日くらい経った……?」
「それは、何から何日ですか?」
そう聞き返すと、しかし、アルメル様は集中を切らしているのか、それとも、他の事に集中し過ぎているのか、
「ああ、いや、こっちの話。大丈夫だよ」
そう答えた。
大丈夫では、無かった。
「何をしているのですか?」
確かめる。
アルメル様はどこかへ向かって歩き出しながら、こう言った。
「――薬をつくる」
子供の口から出るには、不釣り合いな言葉。しかし、魔法灯やサングラス等を作り、他にも細々な生活便利グッズを作って来たアルメル様の事だ。もしかしたら、何か考えがあるかもしれない。
ましてや、魔法灯なんていう世紀の発明をしてしまった天才なのだ。
「まさか……」
そうか。そうだ。アルメル様は天才なのだ。
「可能、なのですか……?」
今、体調が悪そうなのは、ヘンリーを生かそうと、頑張っているから。
なら、もしかしたら、ただ待つだけではなく、頑張るくらいは、手伝うくらいは、出来るのではないか?
私だって本当は、ヘンリーの死を受け入れたくない。
でも、アルメル様は、歩きながら、自分の手を見つめ、首を横に振る。
「わからない」見つめた掌を強く握る。「理屈は知ってる。出来るという事は、知ってるはずなんだ……」
その口調は、私への返答ではなかった。どちらかというと、自分への叱責のように感じた。
服も全身も濡れたまま、アルメル様は庭を歩き、そして、殆ど使われていない、屋敷から一番遠い小さな物置小屋に辿り着く。
丁度、元傭兵のシンシアさんが、木箱を外に待ちだした所だった。
気候のせいか、少し、嫌な空気だった。
シンシアさんはなんともなさそうにアルメル様と顔を合わせて、手に持つ木箱を少しだけ上下に動かして、『運びますよ』とアクションだけで伝える。アルメル様は左手を上げるだけで、それに答える。
合理的なやり取りだ。そこに、温度は無い。
ただ、その後にシンシアさんが、私を見て――鋭い眼光で、睨んだ。
え、どうして、と思いながら身じろぐと、シンシアさんはそのまま、きつく唇を結んだ表情で、小さく首を横に振る。シンシアさんと喋った事は無いけど、その意図が何故か伝わった。
『来るな』
だけど、アルメル様は私が着いてきていても平然と歩き続ける。
意識は当然、着いていく。これ一択だった。
なのに、シンシアさんの、元傭兵の威圧感が、私の足を鈍らせる。……いや、これは言い訳だ。嫌な匂いが強くなった。これは……身体に悪い、と、本能で思ってしまう、鼻の奥を鋭く刺激する匂い。それに、恐怖を覚えてしまった。
なにをしているんだ? アルメル様は、ここで。
途端に、その倉庫がほの暗い何かを纏っているように見えた。日差しは強いはずなのに、辺りが暗く感じた。
それでも勇気を振り絞り、歩を進める。
シンシアさんはその様子を見て、睨む事を諦める。
私は、まるで何かに憑かれたアルメル様に操られるような形で、その倉庫へと足を踏み入れる。
そして、匂いの正体を理解する。
沢山の山菜のような色々と、粉末状の何か。そして、沢山のネズミ。
浅く広い、しかし壁に返しがあるためネズミが上がってこれないように作られた枠。数十匹にも及ぶネズミ。
それだけではなく、その右隣には、嫌な空気を漂わせる木箱。
「…………あるめるさま……、こ、これは……?」
聞きながら、その木箱に少しずつ歩み寄る。いつの間にか私は、アルメル様よりも前に出ていた。
アルメル様は、丁寧に説明してくれた。
「薬っていうのは、毒なんだよ。多くの薬は、沢山摂取すれば、人間も殺せる。でもそれを、人間が死なない程度に、菌をウイルスのみを殺せる程度の量を、摂取する。そうする事で、病気は倒せる」
と。
だから、私は、その木箱へ、さらに近付く。
アルメル様は話を続けるのだ。
何かに憑かれたアルメル様は、こうやって。
「ここにあるのは、毒だ。それを、ネズミが死なない程度に、接種させられる量を計ってる。そこに……そこにこそ、……人間の病気に役立つ薬の情報が、隠れている……隠れているはずなんだ……。何をしているのか、と、さっきフレイヤは聞いたよね」
まるで自分に言い聞かせるような口調で、話を続けるアルメル様。
それと、私の視界に入った、木箱に詰められたネズミの死体という光景。
「――動物実験。ここに、お母様を助ける手段が、残っているかもしれないんだ」