作品タイトル不明
秘話6・継がれる願いは遠く⑥
私が現実を呑み込めなくても、構わず時間は進み、状況は動く。アルメル様のお付きのメイド兼護衛であるサーシャとシンシアが生きたネズミを捕まえてきて、アルメル様がそれを実験体に使う。実験によって死んでしまったネズミ達は木箱に入れられ、どこかへと運ばれた。
アルメル様は、ネズミを入れている大きくて広い箱の中で、トラップに引っ掛かったネズミを捕まえ、何かを摂取させ、別の木箱に入れる。その木箱には、何かの植物の名前と、何かの数字が書かれている。
見ると、倉庫中の箱がそんな様子だった。中には、バツ印が書かれている箱も沢山ある。
その状態を見て、少し前にアルメル様が言った言葉の意味を理解する。
「……動物、実験」
そのままの意味だ。ネズミに少量の『何か』を摂取させ、死なない水準を見極めているのだ。
意味が解らなかったことの意味を理解し、途端に背筋が凍る。
止めなければ、と、すぐに思った。こんな残酷な事をしてはいけない。だから止めなければ、と。
でも、アルメル様に伸ばした手は、絶望に満ち、でも覚悟を決めたような目を見て、止まる。
『ここに、お母様を助ける手段が、残っているかもしれないんだ』
そう、アルメル様は言っていた。
なら、この残酷な行為を胸に仕舞って、忘れてしまえば、ヘンリーが助かるかもしれない?
だってアルメル様は、色んな凄いものを作っていて、今だって社会を変える物を作っている最中だったはずだ。そんな天才……神童が頑張っているのだ。なら、もしかしたら、もしかしたら本当に、私の幼馴染は、 こ(・) の(・) 子(・) の(・) た(・) め(・) な(・) ら(・) 地(・) 元(・) を(・) 離(・) れ(・) て(・) も(・) 良(・) い(・) と思わせてくれた大切な人は、助かるかもしれない。
ヘンリーと出会った頃を思い出す。日曜学校で領主様と同じ部屋になると知った時は、正直「うへぇ」となった。私の実家は地元では大きな商会だったし、大きな顔を出来ると思ったのだ。
なのに、ヘンリーが一緒だと知って、まずひとつ。で、商会なんかよりずっと地元に愛されてるレストランの息子なんかも実は同じだったりして、さらに「うへぇ」だった。せっかく商会の娘として偉そうに振舞ってやろうと思っていたのに、その企みは、運命によって阻まれる。
そんな「うへぇ」な態度だった私や、料理以外に興味を示さなかったハンスを、ヘンリーは何故か、気に入った。ちやほやする周りの取り巻きよりも、何故か私達に興味を示した。……そして、付きまとった。
ある時、殆ど口喧嘩みたいになった。
「いい加減にしてよオース! 私に構わないで!」
と、幼い頃の私が怒鳴ったのだ。
華々しいちやほやされる日曜学校生活はヘンリーとハンスのせいで三番手となり、すっかり脇役だった私は不貞腐れていた。
私は本当に怒っていた。キレていた。
そのせいで、家族も私を問題視するようになるほどに、荒くれていた。
でも、
「でも、オフマンが辛そうに見えたから」
と、フレイヤが言ったのだ。それが、その善意と言えなくも無い得体の知れない何かが、酷く不愉快だった。
「私とあなたは仲良くないの! 私はあなたが嫌い。だから私はあなたの敵! だから私に構わないで。解る? お人よしの領主様の娘には、そんな簡単な事も難しい?」
全力で嫌味を込めて善良で煽った。嫌いなのだから、適切な距離を保ちましょうという、せめてもの、なけなしのプライドだった。殆ど負け犬の遠吠えだ。
日曜学校でちやほやされると思ってたら、私より人気になるやつが2人も居て、その状況があまりにも 家(・) 庭(・) 環(・) 境(・) に(・) 似(・) す(・) ぎ(・) て(・) い(・) た(・) から、心の底から嫌だった。
だというのに、嫌なのは私なのに、嫌味なのも私なのに、ヘンリーは、私のために、こう、ブチ切れた。
「敵の事は心配しちゃダメって、誰が決めたルールかなぁ!?」
と。
可愛らしくも綺麗な金髪と金目、白い肌。お人形のような美しい造形のそれが、冗談みたいに、なんかこう、小動物の威嚇みたいな、可愛らしいブチ切れをかましてきたのだ。
でも、
「まずね!? この世には色んな考え方の人が居るの! 敵対してるから敵対でーす。って、バカすぎ! ちょっと反対側の意見を持つ人の話も聞いて、どうしようねって悩んで、集団って成り立つんだよ!? あー、それなのに、あー、敵だから、敵! こんなの、私の敵はあれだね、私がなーんもしなくても勝手に自滅してくれそう!」
「はぁあああああ? ああ、人心掌握が得意なオース家だもんね、そりゃ、煽り方も心得てるかぁ。性格悪い家系だね」
売り言葉に買い言葉、的なノリで私も煽ると、ヘンリーは急にテンションを変えて、こう言う。
「――そうなんだよ」
と。人差し指で私の事を示し、どこか感銘を受けたように呟く。
「いや、パパは良い人だと思うんだけどね、ママがね、使用人イビリとかしちゃってる系でさ。私の事は甘やかしてくれるけど、いやあんた、使用人イジメてるの私にも見えてますよーっていうのがあるから、多分血筋的には性格悪いところあると思う」
え、人心掌握で貴族の位を保っているとまで言われてるオース家の今の奥様、そんななの?
「使用人イジメるとか、やばくない?」
私が言うと、ヘンリーは「まじやばい」と激しく同意し、こう耳打ちする。
「パーティーとか開きまくってるオース家で、だよ? 使用人が他の貴族に『いじめられてます』ってチクったらどうなるか、とか、考えてないのかな」
「オース家の母親、バカすぎ」
私の悪態に、ヘンリーは何度も頷き同意を示しつつも、こちらへ切り替えしてきた。
「でしょ? でも、そういうそっちはどうなのよ。大切な次女が不良化してるって……領地の代表商会が子供の状況すら見れてないってやばくない?」
「最悪だよ、ほんとうに金に目がくらんでるっていうの? とりあえず、世継ぎになりうる長男長女は大切にしてるけど、それ以降は興味無し。次女の私には、表面上は『好きに生きろ』とか言ってるけど、何か教えてくれるわけでもない。ぜーんぶこっちに丸投げ。もう親じゃないまである」
「なにそれ! ひどすぎるね!」
「最低なんだよ、こっちの親!」
と、2人で盛り上がっている所に、
「それ、そいつの手口だぞ、オフマン」
と、割って入って来たのは、物陰に隠れて話を聞いていたらしい、ハンスだった。
「喧嘩で本音言わせてからその本音に同意したふりして懐柔。それで成り上がってるのがオース家だ。こっちのレストランには色んな客が来るからな。調べは着くぜ」
との事。
「はぁあああああ、さいっっってぇ」
私がヘンリーに吐き捨てる。
「悪いが、オースの絡み方、ウザいからよ。少なくとも俺達を懐柔すんのは諦めてくれ。あとは、好きにしていいから。……悪いな、オフマン、割り込んで」
そう言いながら私に謝罪するハンス。
そして、
「 2(・) 人(・) が(・) 欲(・) し(・) い(・) からこうしてるんだが!? 懐柔だなんだ、被害妄想で私を計るの、やめてもらえるかなぁ!!」
――ブチ切れるヘンリー。
その熱量に、私とハンスは、負けたのだ。
ヘンリーは続ける。
「美味しい物が大好き! 美味しい物を食べると精神にブーストも掛かるし痛みも和らぐ! だから絶対に腕の良い料理人が近くに欲しい! だからフォイが欲しい!」
ヘンリーは続ける。
「実家での立場、日曜学校での立場、それらを都度分析して、調整して立ち位置を選んでそこへ落ち着ける調整力と観察眼! これは絶対に役立つ使い道があるスキル! だからオフマンが欲しい!」
ヘンリーは続ける。
「懐柔とか言うな! 私は! オフマンとフォイっていう家名とか家督じゃない! フレイヤとハンスっていう、個人が欲しいんだ!!!!」
その言葉だった。
私と、ハンスが、ヘンリーの我侭に付き合ってやるか、みたいなノリで、ヘンリーと一緒に過ごすようになった理由は。
地元を離れてまで、私とハンスは、ヘンリーのため、ファラン家に仕えた、その理由は。
私とヘンリー。そしてハンス。この3人の人生において、ヘンリーは不可欠だった。ヘンリーが居なきゃ、私の今は無かった。
でも、そのヘンリーが、もうすぐで死んでしまう。
それを助けようと、ヘンリーの息子が、非人道的な行いをしていて……。
結論は出なかった。
私がどうしたらいいか。何も解らない。
喧嘩で始まった仲だが、今では私はヘンリーが大好きで、大切で、この人生の大半だった。
だから、だからお願い、ヘンリーを助けて。
そう願い私が、確かに居た。
アルメル様という子供に、強く願い私が居た。
でも、残酷な事はしないで。ヘンリーから授かったその手で、罪を重ねないで。
アルメル様という子供に、しかと願う私が居た。
どの言葉を掛ければ良いのか、解らなかった。
どちらも私の願いであり、どちらも私の願いに反する。
アルメル様の動物実験という行いを、止めるにも手を貸すにも、その理由が、思念が、理屈が、私の中には全く無くて、だから、ただ、ただ、ただ立ち尽くして、そして……。
そして私は、思い出す。
ヘンリーを助けて。そう願う心と一緒に。
こんな非道な事をしないで。そう願う心と一緒に。
『――ネズミだって助けるよ。それで怒られるんなら、多分、怒られる事が正しいんだよ』
そう言った少女の言葉を、思い出す。
「アルメル様!!」
静寂と、鳴き声と、鳴き声と、また鳴き声と、作業音。こればかりだった倉庫に、私の声が強く響き、反響し、私にも届く。そのせいで少し、目眩がした。
私は、それでも、言葉を続ける。張り裂けそうな胸と、その言葉を拒否する心を全身全霊で押さえつけ、遠き過去のその願いを、今、ここで継ぐ。
私は叫んだ。
「このような事は!! いけません!!」
ただ、それだけの言葉を、全身全霊で、叫んだ。