作品タイトル不明
秘話4・継がれる願いは遠く④
教会とファラン家、それと、ジーマン商会というファラン家と最も深い関係にある商会の3者が協力し、徹底的に、不要不急な人との接触を禁じた。
教会が、祈りは家で行うよう呼びかけた。また、買い物などの用事における行動の仕方を徹底的に指南した。
ジーマン商会が、出入りを最低限に出来、市場が拡散するように小売店などを増やした。
ファラン家は、騎士団によって、市民に圧力をかけた。また、近隣の村人以外が街へ入る事を完全に遮断した。
それらの行いが功を奏したのか、パラノメールにおけるその流行病は、終わりに向かっていった。
ヘンリーも、ひと月ほどで、病気が快復に向かっていった。
しかし、神様の悪意か、それとも試練なのだろうか。病気は快復に向かい、咳は少なく、弱くなっていったはずが、ヘンリーの体調は治らなかった。
食事は喉を通らず、水も満足に飲めず、時折激痛にうめき声をあげた。まともに動ける状態では無かった。
パラノメールに居る医者ではどうしようも無かった。
だから、シスタクレスという、医療の研究をしている街で、ヘンリーを療養させる、という事になったのだった。
本当なら、私とハンスは、ヘンリーと一緒に行くべきだったと思う。
でも、そうはしなかった。ならなかった。
ヘンリーが病気で苦しんでいる最中に決意した私達よりも先に、ヘンリーがこう、釘を刺してきたのだ。
『子供達をお願い』
そこからの日々は、あっという間だった。
伝染病の脅威が少しずつ過去の物になっていくと同時に、育っていく子供達を育てるという激務が訪れる。
私がやるべきこと。子供達の世話、特にお付きのメイドとして任されたスレイン様の教育と管理と…………。
そう、教育と…………管理と…………。
管理と…………。
「…………要る? あの子に、教育……」
10歳にも満たないのに毎日勤勉に修行、修行、修行。
規則正しく、礼儀正しい。誰に言われるでもなく、勉強も修行も全部やる。
あまりにも私が要らな過ぎて、物陰でハンスに愚痴った。
「……いや、ちょっとやばいぞ、ファラン家。今まであいつが居たから朗らかな家だなぁって勘違いしてたけど、ここやべぇ。教会がやってるっつう神の禊のための禁欲期間? を常にやってる感じだ」
「え、ハンス、教会のその修行を受けた事あるの?」
「あるわけねぇだろ、妄想の例え話だよ話の腰折るなよ」
「どの辺が教会の修行なの?」
「ああ」ハンスは生真面目に深刻そうな顔で、人差し指を立てる。「ヘンリーがこの家を出て以来、一度もお菓子を作ってねぇ。誰一人、要求してこねぇ」
「…………!?!?」
声にならない声が出た。
お菓子を、食べない? 要求して、こない? 子供が3人居る貴族が、お菓子を、嗜まない?
「それって、遠慮してるだけ、とかじゃなくて?」
念のため確認すると、ハンスはゴブリンに捕まった敗残冒険者みたいな表情で、こう説明する。
「提案しても誰も求めないんだ。それぞな、こう答えるんだ」
曰く。
スレイン様『報酬は、何かを成したらって、お父様が言ってました!(11歳)』
アルフレッド様『作りたいなら、貰うけど、そうじゃないなら、休んでていいよ?(8歳)』
アルメル様『この身体に甘さが強い食べ物はまだ早いと思います(3歳児)』
ダグラス様『それよりも保存が効く非常食だ。先の流行病が一度で終わるとは限らんのだぞ』
説明を終え、ハンスは一言。
「やばくねぇか、この家」
「なにそれ、魔獣より怖いんだけど」
スレイン様の生真面目過ぎる答えも、アルフレッド様の8歳らしからぬ気遣いも、ダグラス様の冷徹な判断もそうだけど、アルメル様はいったいなんなんだ。子供達全員天才っぽいけど、その中でもアルメル様だけなんか、世界が違うというか。
「こんな産まれた瞬間から真面目です、みたいな子供達なんて、普通に育つの当たり前じゃねないか? 俺達、要るか?」
ハンスがそう愚痴をこぼす。同意したい気持ちもあったが、しかし、私にも思う所はあった。
「あのね、ハンス、怖い話なんだけどさ……」
と、私は話し始める。
例えば、朝餉を抜き、昼餉を抜き、夕餉の時間になっても永遠に訓練を続け、日が沈んだ空を見て一言『あれ、朝の稽古をしていたはずなんだけど……』と呟いたスレイン様。
例えば、玩具より魔法の本を喜びながら、天性の気遣いで、メイドのみならず屋敷に来る女性関係者を虜にしていったアルフレッド様。
例えば、知らない間に言葉を覚えて知らない間に読み書きを覚えていたが、誰が教えたのか? 誰かに教えられた痕跡がひとつも無いまま言語を習得したアルメル様。
例えば、『その方向性ならば問題ない。将来有意義になりうると判断した個性は我侭を許容しろ。不明点と不満があれば俺に言え。子供達の教育にあたり、一切合切を無礼講とする。全て申せ』と断言したダグラス様。
説明を終え、私は一言、
「やばくない? この家」
「子供の繁栄に成功してなきゃ突然変異を疑うわ」
「それ」
子供を成せない代わりにすごい力を得るという噂の、突然変異。ほんとに、そうだと言われても全く不思議じゃない。まぁ、突然変異は髪や目の色が変な色してるという話を聞いた事があるので、ただ綺麗な金髪をしているだけのファラン家には、縁遠い話だろう。
「フレイヤ、なにしてるの?」
ふと、後ろから幼い……いや、幼過ぎる声が、私を呼んだ。
振り返らなくても解る。私は、振り返りながら答えた。勿論、幼馴染の子供といえど、メイドとしての振る舞いを忘れない。
「おや、アルメル様。丁度、本日の夕餉について、シェフと相談していた所です。アルメル様は、何か食べたいものはございますか? 今なら、シェフが特別に、メニューに反映させてくれるかもしれませんよ?」
差し障りなく場を和ませようとすると、しかし、アルメル様は純真無垢な笑顔でこう言う。
「子供に食べ物を選ばせちゃだめだよ。偏っちゃうと思う」
なにこの3歳児。
世間は神童だなんだと騒いでいるが、もうそんな次元じゃない。
「オヤツを作ってくれるかもしれませんよ? ほら、シェフ。アルメル様よ。対面する事はあまり無いでしょ?」
シェフは裏方なので、ご主人様やその親族と対面する機会は多くない。ましては、パーティーを開かないファラン家では、滅多に無いと言えるほどだと思う。だから、こういう機会に紹介しようとすると、先手を打ってきたのは、まさかのアルメル様だった。
「シェフ! いつも美味しいご飯をありがとう!」
なにこの3歳児。
「それより、今、シャーリーから逃げているんだ。シャーリーが追いかけてこれない上で、お父様にも怒られず、かつ、外、って、どこかに無い?」
その質問に、面白いところはあったものの、スレイン様もアルフレッド様もだが、こういう時には素直に従っておいたほうが、見ている側は面白い事をしてくれる。そんな謎の信頼が私の中にあった。
「そうですね」
私は少し考える。シャーリーは口下手だが、決して気弱でも無ければ臆病でも無い。だから、危険だからとか、虫や野生動物程度でシャーリーは怖がらないだろう。元々スラム出身というのも有り、彼女に怖いものは多分無い。幼くして光魔法を扱えて人の言う事を聞けるが故に三男のお付きのメイドとして抜擢された、才能豊かなシャーリーという女の子。
でも、彼女には明確過ぎる弱点がある。
「騎士団の訓練場付近なら、今は賑やかですし、あの子が苦手だと思いますよ?」
人とコミュニケーションを取るのが苦手なので、人を避ける傾向にあるのだ。だから、人が多い場所を、アルメル様に提案する。
アルメル様は少し考える。
「うーん、確かに騎士達が騒がしい訓練場辺りはあの子は苦手そうだが……」
3歳児にあの子呼ばわりされてるの、シャーリーは。いえ、まぁシャーリーも10歳行ってないけど。
アルメル様は言う。
「虫も逃げちゃいそうな環境だから却下。他は無い?」
「……虫?」
いったい何をしているんだ、この人は。
困惑している所に、聞き馴染のある声が遠くから響く。
「あ、ああああああ、ある、あうめるさま! な、ななにして!」
噛み過ぎて何を言っているか分からない、少女の声。
「やば、見つかった。じゃあ、俺は騎士団の訓練場以外の場所に行くから、フレイヤには申し訳ないんだけど、良い感じに処理しておいてほしい!」
そう言いながら、訓練場のほうへと走り出す3歳児。
アルメル様が去ったのと入れ違いで、息を切らした茶髪の少女、可愛らしいそばかすがチャームポイントの、まさに垢抜けない田舎の可愛い子、みたいな少女、シャーリーが、私達の前に来る。
息も絶え絶え。散々走り回り、これ以上は走れないであろう状態で、シャーリーは私達に言った。
「あ、ああああ、あの、あのその、えっと……あ、あるm。あるめる様が、その、どこ、どっち? えっと、す、すみません、いま、頭がうごか、動く? 回らなくて、その、走ってたので、アルメル様、さ、探して……。でも、ちゃn、ちゃんと、その、つかま……連れて? えっと、一緒に、その、い、いい、居なきゃ、なので、えっと、も、戻さなきゃなんです!!」
と。
「なるほどね」
私は言う。
「ごめん、全然わかんない」
状況としては、多分アルメル様を追いかけている最中なんだろうけど、今は、教えないほうが面白そうだと思って、誤魔化した。
「ふえぇぇぇぇぇ……」
とぼとぼと、へとへとと、どちらへともなく走り出すシャーリー。私は、面白そうなので、シャーリーの後に続こうとする。
そこに、さっきまで存在感が薄かったハンスが、咳払いをして私に聞く。
「お前はスレイン様のお付きだろうがよ。アルメル様のほうに着いてって平気なのかよ」
うぐ。ぐうの音も出ない正論だ。
私は言い訳がてら答えた。
「だってあの人、今、集中モードなんだもん。大声出しても、何しても反応しないで、ただ訓練だけ続ける、超スーパー集中モード。居るだけ無意味というか……」
その言葉に、ハンスは苦笑した。
「メイドの仕事ってのも大変だなぁ」
そう、大変なのだ、メイドの仕事は。
多分、同じくらい、でも違う意味で、違う方向性で、料理人というのも大変なのだろうけれど。
それでも1つだけ、断言できる事がある。
私は言った。
「いや、こんなの絶対、ファラン家だけだから」
この家はやっぱり、どこがともなく、どうしようもなく、どこかが、変だと思う私達であった。