軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

秘話1・継がれる願いは遠く①

「ありゃりゃ。やっちゃった」

晴れた日。メイドの仕事で庭の掃除をしていたら、鳥が小動物をイジメているっぽい動きをしていたから、持っていた箒で追い払った時の事。しゃがんで小動物を確認してみると、それはネズミだった。

「ネズミなんか助けたとあっちゃ、ハンスに怒られるなぁ」

倉庫の食べ物を荒らすし、不潔だしで、厨房の天敵であるネズミ。生きていないほうが屋敷のためではあるのだけど、助けてしまった手前、改めてこの手で殺すというのもどうなのか。

でもでも、そもそも怪我をしていて動けない。私が手を下さなくても、放っておけば勝手に死ぬだろう。死んだら埋める、とかくらいすれば、助けた義理も通るだろうか。

はっ! 待って、そんな事したら虫湧かない!? うわぁ最悪。そしたら怒られるのは誰か。まさに今週、庭の掃除当番である、私だ。「大切な男爵家の庭に虫を湧かせたのは誰かしら!?」と、奥様に怒られる事間違い無し。それは嫌だなぁ。

行くも地獄、戻るも地獄。どうしたものかと考えているところに、ふと、後ろから声を掛けられた。

「どたの?」

振り向いた先に居たのは、14歳の美少女。透き通るような金髪、白い肌、宝石の装飾みたいな金色の瞳。日曜学校で一緒になった、私の幼馴染であり、今や私の雇い主の娘、お嬢様である。

「助けちゃいけない命を助けちゃったっぽい」

と私が言うと、

「助けちゃいけない命なんてこの世にひとつも――これは難しいねぇ」

お嬢様もそれを見て、同意した。

「どうやって奥様や厨房にネズミを助けたとバレずに無かった事にするか考え中」

風に揺れる木を眺めて現実逃避しながら言うと、お嬢様も同じ方を見ながら、発言に乗っかる。

「ママやハンス達にバレずに助ける方法かぁ。難しいねぇ」

「え」

「え?」

私が驚くと、お嬢様も驚く。いや、何をすっとぼけてるのあなた。

「無理に決まってるでしょ、助けるなんて。ネズミだよ、ネズミ」

言うと、しかしお嬢様は胸を張る。

「無理かどうかはやってから決める!」

「いやそっちではなく」

私は身振り手振りで、それが無茶な事なのだと伝えようとする。

「まずネズミ、厨房から嫌われてるからね。ハンスは勿論だけど、普通に料理長から怒られるからね。で、奥様もネズミ大嫌いだからね。隠さなきゃいけないでしょ? ね?」

その必死さに、お嬢様は少しだけ驚いた顔をして、

「確かに!」

と、私の言い分を理解してくれた。

と、思ったら、続けてこう言う。

「隠れて助けなきゃいけないね!」

なぁんも解ってなかった。

「ちょっとー、本気?」

料理長に怒られるのは怖いし、奥様に怒られると長いし、ハンスに怒られるのはマズい。それはお嬢様も同じだろうに……。

「本気も本気。辛そうなら助けてあげなきゃ。さぁ、そういうわけでまずは血を止めてあげよう! なんか要らない布無いかな?」

「要らない布なんていう贅沢品があるわけないでしょ? オース家だよ?」

「あ、今オース家の悪口言った?」

「事実ですぅ」

そんなやり取りをしつつも、ふと思い出す。

「旦那様の狩りで使う服、この前メイド長が直してたかも? その時のパッチの残骸なら、まだあるかも……?」

思い出せたからつい呟いてしまったけれど、お嬢様はその情報を元に、屋敷のほうへと歩き出す。

「それだ。じゃあちょっと、メイド長の居る所に突撃しよう!」

「ほんとに……? 怒られるよー?」

そうやって念の為に止めてみると、お嬢様は満面の笑みで振り返り、こう言うのだ。

「――ネズミだって助けるよ。それで怒られるんなら、多分、怒られる事が正しいんだよ」

こうなってしまえば止められない。彼女はずっと、そういう人なのだ。

「もー、仕方ないなぁ」私は立ち上がり、とぼとぼと、彼女に着いていく。

「怒られる時は1人で怒られてよね、 ヘ(・) ン(・) リ(・) ー(・) 」

その呼びかけに、お嬢様は前を向いて歩みを再開しながらも、笑った。

「それはメイド長の機嫌次第じゃない?」

あー、解る。メイド長の機嫌が良ければどうとでもなるし、機嫌が悪ければ一切合切がどうしようも無い。そういうメイド長なのだ、オース家のメイド長は。

「でもさ」そう言いながら、くるんと身体を半身捻り、私と目を合わせ、お嬢さまは笑う「そんな事言いつつも、私を1人で怒られるような状態にはしないよね? フ(・) レ(・) イ(・) ヤ(・) 」

ああ、もう、仕方ない。

こうなった以上は、彼女の暴走は止まらない。補佐以外に出来る事は無い。

しぶしぶと、私は、お嬢様の後に続くのだった。

怒られた。

しかもただ怒られたのではない。私とお嬢様は揃って座らされ、メイド長が召集した事で奥様、料理長までも集結し、3人のトップが私達を叱責するという、この世の地獄だった。

「結局ネズ子ちゃん連れてかれるし!」

開放されて第一声、ヘンリーが言う。

「ネズ子……?」

念のために確認すると、ヘンリーは当たり前のように答えた。

「あのネズミちゃん。あのメイド長めぇ……オース家の実権を握ったら真っ先に『命に優劣つけてごめんなさい係』に配属させてやるわ」

「おもしろ。なにその係」

「『命に優劣つけてごめんなさい』って毎日祈りを捧げる係だよ!」

「オース家にそんな無駄な仕事をさせるほどの経済的余裕はありませーん」

私の言い分に納得したらしく、ヘンリーは少し考えた。

「…………え、じゃあどうしよう」

「普通にその変な係を諦めよ? そんなに頑なに作らないといけないようなものじゃないよ?」

「でもね、フレイヤ、少し考えて? もしもドラゴンに意思があってさ? 『我々ドラゴンの命は尊き故めっちゃ大切だが、お前ら人間は、小さくて滅っ! なので、大切じゃないよね?』って言ってきたらどう思う?」

「そのドラゴンを面白いと思う」

「悔しがってよ!」

とヘンリーは言うが、そんな面白い喋り方をするドラゴンが居たら絶対に仲良くなりたい。面白過ぎる。

と、悪口から変な話に話が逸れていたところに、

「なんだよ、思ったより元気じゃねぇか」

前方の曲がり角から、1人の男が現れる。

私とヘンリーよりは少し年上だが、若い男だ。その男は半身だけを壁から出して、私達の会話に割って入る。

「げ。ハンス……」

と、私が言うと、ハンスが愉快そうに笑う。

「ネズミを助けたから俺にも怒られると思ったか? 既にバンパーさんからも色々言われてるだろうから、俺からは免除してやんぜ」

バンパーさん、と言われ、少し戸惑う。誰だっけ? ああ、部署が違うので確実じゃないけど、多分、料理長がバンパーという名前なのだろう。

私は毅然と抵抗の意思を示す事にした。

「じゃあなに? ハンス、もしかして、私達を揶揄いに来たわけ? ヘンリーだって怒るよ?」

「私は怒らないよ?」

「ヘンリー、嘘でもいいから怒って」

「今月分の嘘はさっきもう使っちゃったから、しばらく嘘は吐けないよ?」

「このお嬢様めんどくさい!!」

ヘンリーの自分ルールだと確か、嘘は一か月に1回までだった気がする。そんなんじゃ年頃の女の子の生活は勿論、社交界だってやっていけないだろうに……。

「それでハンス」ハンスに警戒体勢を取っていた私に代わり、ヘンリーが問う。「怒るでも揶揄うでもないなら、どうしたの?」

その質問に、ハンスは頭を抱えた。

「マジか……お前らん中で俺、そんな立ち位置になってんの……? そんな理不尽な事は言ってねぇのになぁ……」

それは独り言だったので、無視がマナーだ。ハンスが普通に喋り出すまで、待つ。

すると、ふと、ハンスが得意げな面持ちで笑った。

「怒られまくって傷付いてるだろうと思ってなぁ。……新作のジャムを作った。スコーンも焼いてきた。……俺のお菓子作りの成果がてら、慰めの菓子は要らねぇか?」

と。

私達は、声を揃えて、当然、言う。

「「要る!!!!」」

そうして、ハンスが追加で持ってきた紅茶と一緒に、ハンスの新作お菓子を楽しんだ。

これが、ヘンリーがファラン子爵家の次期当主、ダグラス様に嫁入りする前までの、私達の日常。

菓子職人兼料理人の道を目指す、ハンス・フォイ。

商会の次女として産まれ、領地の貴族のメイドになった私、フレイヤ・オフマン。

そして、男爵家の長女として産まれ、いずれ『王国の盾・ファラン家』に嫁入りする事になる、ヘンリー・ルイス・オース。

この3人の、日常だった。