軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話・それが彼の名前なようで

「なにを……バカな事言ってやがる……出来るわけねぇだろ、そんな事」

オヌシが言う。

「どうして出来ないと思うんだ?」

俺が問う。

「…………」

オヌシは何かを答えようとして、しかし、口を覆って黙った。

なんとなく察しはつく。きっとこう答えようとしたのだ。「前例が無い」と。俺がさっき言ったばかりの理屈が口から出そうになったから、急に何も言えなくなる。

そうだ。雇用者側がスラム出身を雇う前例は殆どない。対してスラム出身が普通に雇用される道はというと――前例はある。

「そもそも、そんな事して、テメェになんのメリットがあんだ。金も立場もあるテメェなら、スラム出身なんてリスク高いやつを雇わなくても、人は集まるだろうが」

「そうかな。リスクが高いとは、俺は思わない」

何故なら、俺は前例を知っているから。

以前、ファラン家にも1人、スラム出身のメイドが居た。あれは確か、スラム出身で、孤児として教会に拾われ、教育を受ける機会を与えられたパターン。

そして、今俺の手元にも、シンシアという部下が居る。スラム出身で、家名どころか名前も無かったが、スリ等の技術を見込まれて傭兵団に拾われたパターン。

どちらも、誰かが手を差し伸べている。

その上で、スラム出身の雇用は正解であったと、俺は思う。

俺自身は手を差し伸べていない。シャーリーは教会が救済し、ファラン家に雇われ、幼少期の俺のお付きのメイドとなり、魔法灯の開発を共に成し遂げた。シンシアはディーゼル傭兵団が救済し、お父様を経由して、俺の右腕となった。

そうだ、その通りだ、と、自分で状況を整理しながら思う。

これで、俺が何もしないのは、そんなのは嘘だろう。誰かが救済したスラム出身にここまで助けられておいて、俺自身がスラム出身に何もしないなど、断じてあってはならない事だ。

他の雇用者が、雇った事が無い出身の人間を雇う事をリスクだと感じる。それは当然だ。だが俺は、少なくとも俺は、そのリスクを乗り越えられる。

多分、探せばその前例は他にもあると思う。今は表に立っていないだけ。

でも、表に立っていないから、その輪は広がらない。その輪を広げるためには、影響力のある人間が、影響力のある事で、スラム出身を活躍させる必要がある。

だから――

ふと、俺は、説得を続けるより先に、少しだけシンシアを見た。これだけ熱くシンシアの事を考えたせいで、なんとなく姿を確認したくなったのだ。

すると、突然俺に視線を向けられたシンシアが「え、なになに?」みたいな感じで動揺している。そのシンシアを見て、サーシャも一緒に首を傾げ、クリスティーナは何かに気付いたのか気付かずか、楽しげに、声を抑えて笑っていた。その光景を見て、俺の口元もにやける。

俺としたことが。らしくない。少し熱くなりすぎていた。熱くなりすぎて、本当に1番大切な事を忘れていた。1番俺にとって大切なメリットが、こいつらにはあるのだ。

それを伝えないのは、真摯じゃなかろう。

「スラム出身で野盗も経由して、生活は野宿。なら体力は一般人以上なんじゃないか? 俺が欲しい労働力にぴったしじゃないか」

「……あ?」「え」「あら」「ほっ!?」

いくつかの声が聞こえた。多分、反応していたのは、オヌシ、シンシア、クリスティーナ、村長だろう。

「あと常識も知らない。これも素晴らしい。ちょっと過剰に働いてもらう事になったとしても気付かない! 理想の労働力じゃないか!?」

喜々として言いながらシンシアのほうを見ると、シンシアは首を横に振りながら

「その考え方に同意を求められても俺の立場上答えられないっす!」

と、話から逃げた。

なのでクリスティーナのほうに視線を変えると、

「シンシアの時点で人使いが荒いのに、それ以上に働かせる気なのかしら?」

と、軽く引かれていた。

念のため村長のほうにも視線を向けると、

「いやぁ、まぁ、アルメル様がそうすると言うなら……」

目を逸らされた。

え、あれ? なんで?

状況を呑み込めずにオヌシを見ると、俺のほうを指差しながらドズゥに向けて質問していた。

「おい、これまさか本気で言ってんのか? こいつ狂ってんのか?」

と。

オヌシの視線の先に居る隻眼隻腕の老人、ドズゥは「うむ」とはっきり答えた。

「今年で12歳になったいたいけな少女すら、朝から晩までみっちり働かせておる」

待ってそれは彼女が自主的にやっている事なので俺は悪くないはず。

「人使いの粗さについては狂気の類じゃな。狂ってるのが平常じゃ」

え? なんで援護してくれないの? 仲間なのに! しかもひどい言いぐさ。

まさかの味方からの援護無しという状況に戸惑う。

逃げるようにして、ミリアムのほうに視線を泳がせた。ミリアムならきっと、好きでやったと言って俺を擁護してくれるはずだ。

俺の視線に気付いたミリアムは吐き捨てるように、しかし長々と、早口で言った。

「は? こんな大勢の人が居る場所で私に意見を喋らせようとしてる? 意味解らないんだけど。間違った事言っちゃったらどうするの、ってか間違った事言うでしょ、私だよ? 何考えてるの?」

そうだった、この子、こういう子だった。

最後の砦はサーシャである。

この中で一番長く俺と居るサーシャなら、きっと援護してくれる。そう、俺の記憶では、サーシャはいつだって俺の味方だった。

俺に視線を向けられたサーシャは、当たり前のように言い放った。

「多分、こと労働においては、常識が無いの、アルメルのほう」

と。

そういえばサーシャ、別にいつでも俺の味方って事は無かったわ。

え、まじ? この状況で孤立無援? ちょっとそれはまずいですよ、オヌシの説得をしなきゃいけないのに、失敗してしまうのはまずい。

「いいか、まずな、スラム出身だから、野盗だから体力があるってのは間違いだ。そこのおっさんのしごきにだって、着いて来れるか来れないかは人それぞれだ。決めつけんな、ボケ」

そうか……。いや、そうか? ドズゥの訓練にギリギリであろうと着いて来れてるなら、その時点で体力はあると思うが……。

とはいえ、オヌシの言い分も一理ある。確かに、偏見だったかもしれない。

「なら、その辺りの調整はオヌシに一任したい。俺も、自分の仕事をしながら関係者全員の体調を管理する事は難しい。だから、部下達の体調面、残っている仕事量等をもって、都度、俺と打ち合わせをしてくれ。俺も至らない所は多いが、一緒に上手く回していこう」

「あ? 今まで通りの契約ならそんな調整の相談なんて要らねぇだろうが。手に入れた素材の達成報酬だろうがよ」

「何を言っているんだ、10人以上も居るんだよ? そんな単一の業務だけなんて勿体ないし、偏るだろう。色々やってもらうよ」

「バカか、俺達は野盗稼業や盗みしか知らねぇよ。他の仕事なんて――じゃねぇ! なんでテメェの仲間になる前提で話を進めてやがる! 勝手に決めんな!」

「えー、もういいじゃん、決定って事で。それで、主にやってもらう業務は」

「だから決めんな!」

オヌシが最後の抵抗を見せるが、俺は眉をひそめて尋ねた。

「決めつけてるの、オヌシのほうじゃないか? ほら」俺は、オヌシの後ろ、オヌシの部下達のほうを指差す。「仲間に聞いてみなよ、意見を」

「……あ?」

振り向くオヌシ。

そして、オヌシの部下達は続々と、呟き始めた。

「まぁ……食っていけんなら……」「今よりヒデェ生活には、なんねぇんじゃねぇかな」「前、村襲った時も、手心与えられた、恩もあるし……」

そして、独り言のような呟きだったそれが、少しずつ、俺に向くようになる。

「俺達の仕事って、なんかこう、汚れ仕事、的なやつか?」「服が汚れる作業とか戦闘はしてもらうけど、合法の依頼しか出さないよ」

「もしかして、まさかとは思うんだが……町に入れんのか?」「当たり前だろう? 最初は俺やシンシア、ドズゥの目の届く範疇での活動になると思うが、信頼の獲得と共に自由度を上げるつもりだ」

「なぁ、因みにその報酬って、どうなんだ? 食うに困らないだけ、貰えたりすんのか?」「頑張り次第では、ちょくちょく酒だって呑めるかもしれないぞ?」

いくつかの受け答えを経て、言葉はオヌシに向くようになる。

「なぁアニキ、俺……良いんじゃねぇかと思うんだ」「俺もだ。実は夢だったんだよ、殺されて当然みたいな目を向けられない生活っての……」「お前もかよ、実は俺もそう思ってた」「屋根のある家に住めたりってのも、夢じゃねぇのか?」「まさか、それは流石に」「なぁ、アニキ」

部下達と向き合い、俺に向けられたオヌシの背中から、少しずつ力が抜けていく。

そして、少しの間、木々が揺れる音だけの時間が流れる。

「…………あにき……?」

オヌシの顔を見ていたオヌシの部下達が驚いていた。それはもう、がっつり目を見開いて、幽霊でも見たかのような驚き具合だ。背中を向けられている俺には、オヌシがどういう表情をしているのか分からない。

だが、平然とした声色で、しかしこちらを見ぬまま、オヌシは言った。

「ひとつだけ、条件がある。これでもこいつらのカシラやってんだ。危険だと判断したら、反対させろ」

うむうむ、それでこそ管理職だ。教育せずとも管理職適性有り。嬉しい事だ。

「言っただろう、都度調整すると。ひとつだけ条件、なんていうのも硬い事は言うな。利害が一致する限り、お前達の言い分を無碍にする事は絶対に無い。いくつでも言え」

その言葉に、オヌシは答える。

「わかった」

と。

そして、トボトボと、少し力の無い様子で歩き出す。村のほうでは無い。こいつらの拠点、洞窟があるほうに、だ。話し合いが終わったとでも思い、帰ろうとしているのだと思う。

だから、俺は引き留めた。

「どこへ行くんだ? 帰るのはそっちじゃないだろう」

その言葉に、オヌシは背中を向けたままで立ち止まる。そして、部下達がざわつく。

「約束していたじゃないか。お前達を信頼したら、村に入れてやると。今日から、悪さをしない限り、お前達も村の一員だ」

その瞬間の騒がしさたるや、都会であるパラノメールでも滅多に無い騒がしさだった。

歓喜と期待に騒ぐオヌシの部下達、というのもそうだが、村人達に事情説明と説得をするクリスティーナとシンシアというのも、喧噪の一部だ。そりゃそうだ。村の反発は当然ある。死人は村側には無かったとはいえ、村を襲った盗賊なのだから。

だから、俺もそちらの説得に向かう。

「皆、安心して欲しい。こいつらが悪さしない事と、村の役に立つ事は、俺が証明し――」

「待てや!!」

だが、俺の説得を中断させた人間が居た。

「それは、俺のけじめだろうがよ」

そう言って俺と村人の間に入って来たのは、オヌシの背中だった。

村長と向き合ったオヌシは言う。

「村を襲う計画は俺が提案した。生きるために仕方なかったとはいえ、お前達にとっては関係ない話だ。罰なら俺が受ける。許せとも言わねぇ。だが……俺達が役に立つと証明してみせる。チャンスをくれ」

その言葉に、村長が、村人が唖然とする。

しばらく迷い、逡巡した後に、村長が言葉を紡ぐ。

「そうじゃのう。村人に死者も無かったわけじゃし、なにより、アルメル様の望みでもあるようじゃしの。――水に流そう。村へおいで」

その言葉は、優しく、温かかった。まるで、泣いている子供をあやすかのような口調。

ぞろぞろと、村人達が村へ撤収しはじめる。その後ろに、オヌシの部下達が申し訳なさそうについていく。途中で、その場に立ち尽くすオヌシを気に掛けるものも居たが、誰も声を掛けなかった。

最後に、1番後ろになってから歩き出す。オヌシ。全員が村へ向かっている事を確認してから、俺達も歩き出す。一応村の外なので、魔獣が出ても大丈夫なように後ろから見張っているのである。

あ、そうだ。あともうひとつ、大切な事を忘れていた。

「なぁ、オヌシ」

少し先を歩いているオヌシに、俺は尋ねる。

「そろそろ、お前の名前を教えてくれないか」

思えばこれが始まりだった気がする。

ずっとオヌシというのも不便だろう。

オヌシは振り向く事は無いまま、しかし少しだけ考えて、浅い息を、上空の木漏れ日に吐く。

「オヌシで良い。てめぇがそう呼ぶんなら、今からそいつが俺の名前だ」

―――――(トイレは三大欲求にも並ぶので。完)―――――