作品タイトル不明
384 あれ? 3
「あ、あわわわわ……。
い、いえ、そういうわけではありません! 決して、意趣返しとか、そういうことでは……。
ただ、仕入れ元の在庫が尽きたのです、一度にあまりにも大量に仕入れましたもので……。
元々、大量に製造していたわけではありませんので……」
「……むぅ……。確かに、それもそうか……」
ダルセンの説明に納得したのか、再び落ち着きを取り戻したらしき商会主。
あのような品が大量生産できるとも思えないし、もし大量に作られているなら、今までこの国に出回っていないはずがない。
売れば売るだけ儲かるのに、他の安全な販売ルートを持っていないダルセンが、売り惜しみをする理由がない。
値を吊り上げて、などということを考えていないことは、今までの遣り取りから、明らかであった。
少しでも高値で、などというつもりは全くなく、まるで利益ではなく、 商品を販売すること(・・・・・・・・・) そのもの(・・・・) を目的とするかのように……。
それでは、本末転倒である。
商売というものは、儲けること、利益を上げることを目的とするものである。
なのに、『物を売る』ということを目的として利益は二の次、というのでは、本末転倒も甚だしい。
なので商会主のエイヴィスは、『薄利多売』というやり方が好きではなかった。
ただたくさんの商品を売るがために利幅を下げる。
忙しくて大変な割には、利益率が低いため儲けが少なく、従業員達に激務に応じた充分な給金を払ってやれなくなる。
そしてそんなやり方では、商品も、決して粗悪品ではないが、『それなり』というか、『そこそこ』というか、……とにかく、自分が絶対の自信を持って提供できる、最高の商品というわけにはいかない。
なので、相場を大きく下回る価格での販売には、興味がなかった。
良いものを、妥当かつ適正な価格で売る。
別に、安売りを否定するわけではない。
安くて程々のものが買いたいなら、そういう店で買えばいい。
ただ、自分の店、カルド商会は、そういう店ではない。
ただ、それだけのことである。
……しかしダルセンは、間違いなくもっと高値で売れる商品を、あまり値を吊り上げることなく、普通に考えれば『馬鹿』、『商人としては落第』と言われるような取引の仕方をする。
エイヴィスは、そういう商人はあまり好きではない。
安く仕入れられるので、商品に問題がなければ取引をしないわけではないが、そういう者達は番頭に任せ、自分が直接相手をするようなことはない。
だが、ダルセンが持ってくる商品はあまりにも魅力的であり、自分が相手をすることにしたのである。
……そもそも、金貨数十枚の稀少な商品に、『安売り』、『薄利多売』という概念は、あまりにもそぐわない。
あまり安すぎると、良い商品であっても疑念を招き、却って売れなくなる。
高級感が失われ、イメージが悪くなる。
そう説明して、エイヴィスは、売り値をもっと上げるようダルセンを説得したのである。
……値引き交渉ではなく、値上げ交渉。
こんな馬鹿馬鹿しい買い取り商談をしたのは、エイヴィスにとって、人生初のことであった。
別に、最初の提示価格で買い取り、自分の店の利益を大きくして相場価格、適正価格で売れば良いのではないか。
商人であれば、皆がそう考えるであろう。
事実、この店でもそう思う者はいた。
……しかし、エイヴィスは、そうはしない。
なぜか?
それは、ここ、カルド商会が自分の店であり、自分がやりたいようにやるために商会主にまでのし上がったからである。
大儲けするのも大損して破産するのも、全て自分の自由。
やりたいことを、やりたいようにやる。
勿論、従業員やその家族の生活がかかっているため、無茶はできないし、我慢することもあるが。
自分が、まだ背負うものがなく、本当に自由だった駆け出し商人だった頃のことを思い出させる、ダルセン。
……ダルセンは既に中年であり、とても駆け出しには見えないが、それでも、なぜかそう思わせるものがあった。
それは、自分の未来を信じた、輝く瞳なのか。
大店の商会主である自分を前にして、気後れはしているものの、言うべきことははっきりと言い、取引相手としては対等でいようと胸を張る、実年齢にそぐわない、心の若さなのか……。
そして話をしているうちに、すぐにダルセンの考え方に気付いた。
ダルセンが考えているのは、ただの安売りではない。
知名度を一瞬のうちに広める。
そしてブランドを、『持っている者が少ない、稀少なもの』ではなく、『みんなが持っているもの。持っていないと社会的ヒエラルキーで自分達より下層の者だと思われる』という認識を醸成させるものとする。
……恐ろしい。
そんなことになれば、上流階級の者達は皆、その商品を 買わざるを得ない(・・・・・・・・) 。
商人の、お客様に対する立場が、『お買い上げいただく』のではなく、『売ってやる』、『買わせてやる』ということに……。
そう考えた時、自分の前に座っている、この人が 好(よ) さそうな男の姿が、何倍にも大きく感じられたエイヴィスであった。
……しかし実は、ダルセンがそういうやり方を選んだのは、ただカオルがそう指示したからに過ぎなかった。
カオル達は、お金儲けにはあまり興味がない。
自分達が快適に暮らすためのものは、ポーションやその 容器(・・) として出したり、恭子の母艦から調達したりできる。
この世界で売っているもので、カオル達が欲しいものは、あまりない。
そしてそもそも、カオル達はお金には困っていない。
今までの売り物の多くは原価ゼロであるため、利益率が異常に高く、丸儲け状態であったのだ。
それに、かなり高価なものを扱っていたので……。
なので、ダルセン経由での商売は、国の上層部への食い込みを主目的として、あまり儲けは気にしていないのである。
ダルセンはまともな商人なので、商品の値打ちにふさわしい適正価格で売りたいと思っていたのであるが、カオル……エディス様からそう言われ、安い価格で卸されたのでは、それを自分が多くの利益分を上乗せして高額……カオルから見て……で売ることは、敬虔なる信徒として、どうしてもできるわけがなかった。
……結局、ダルセンもまた、商会主のエイヴィスと似たようなものであった。
「それで、次の商品ですが……」
ダルセンは、商人なのである。
なので勿論、ひとつの取引が止まった時には、次の商品を用意している。
そして商会主は、それを聞いてにんまりと笑った。
* *
閉店後、『トレーダー商店』の2階で 寛(くつろ) ぐ、KKRの3人とファルセット。
夕食の準備を始める前の、ティータイムである。
販売のみに携わる店員を2~3人雇う方向で準備を進めているが、今はまだこのメンバーで回している。
専業は恭子のみであり、他の者は本来の仕事……自由巫女、ハンター、護衛、『リトルシルバー』に行って子供達の世話、等……との兼業であるが。
「恭ちゃんも、支店への商品補充とか、色々あるし。店員の確保を急ぐべきだよねぇ。
高額商品を扱うから、さすがにバイトとか孤児院の子供を雇うというわけにはいかないし……。
あ、それとは別に、今度、何か 王都(この街) の孤児達に回せる仕事を始めようかなと考えているのだけど……」
その時鳴り響いたブザーの音に、言葉を途切らせたカオル。
「これは、何の警報だっけ?」
「ええと、確か……」
恭子の質問に、レイコが記憶を呼び起こす。
色々な安全措置を講じているので、一瞬、どの警報か分からなかったのである。
しかし、『リトルシルバー』絡みではないことだけは分かっていることと、ここが襲撃されたわけではないことも当然分かっているので、皆、それ程慌ててはいない。
『リトルシルバー』に関する警報音だけは、皆、全ての種類を完全に記憶している。
警戒装置が作動した時とか、子供達が緊急通報ボタンを押した時とか、高温や煙を感知した時とか、様々な種類の警報音を、全て……。
それは、数秒遅れただけで取り返しがつかないことになる可能性があるからである。
そして、この警報音は……。
「ダルセンさんの馬車に取り付けた、緊急通報装置のブザー!
事故か襲撃か怪我人か病人の発生で、一刻を争う緊急事態のやつ!」
「「えええええっ!!」」