作品タイトル不明
383 あれ? 2
クリスタルガラス製品や陶磁器、服飾品等に関して、王宮はその存在と素晴らしさは認識していたが、ただそれだけであった。
王都の大店が極秘の輸入ルートを手に入れたらしく独占販売しており、その最初の仕入れ分の一部を献上された。
素晴らしい品であり、皆に自慢できたことに、国王は久し振りに深い満足感に浸っていた。
ここしばらく、頭と胃が痛むことばかり続いていたのである。これは女神様からの御褒美、慰労のための贈り物かと、その美しいグラスに 湛(たた) えられた上等なワインを口にしながら、見事な造りのガラス細工を眺める。
……ひとときの幸せ。
人生は、こういう時間を楽しむためにあるのだとでも考えているのか、幸せそうな表情の国王であった……。
* *
王宮から、 主(おも) な上級貴族と大店の商会主には密かに指示が出されていた。
『トレーダー商店、及びそこに間借りしている自由巫女、そしてその護衛には、絶対に手出しするな』と……。
しかし、トレーダー商店やその関係者達とは何の関係もない、高価で珍しい商品を仕入れている大店と、その商品を納入している地方商人。
これらに関しては、王宮側は全くのノーマークであった。
稀少な献上品を貰ったということには国王が大喜びしていたが、あくまでもそれは『国王の歓心を得るための貢ぎ物』であり、よくあることである。
国王に商会の名を覚えてもらい、好感を抱いてもらえれば大成功、という作戦なので、国王としては、その狙い通りに商会名を好意的に覚えてやれば充分な礼になると考え、何らかの行動に出ることはない。
……普通であれば。
今回は、王宮の担当部署の者に『この商会が来たら、そのまま儂に取り次ぐように』と指示したり、高位貴族に見せびらかしたりしたので、献上者の意図を遥かに超えた成果となっている。
そしてそのため、その商品のことは、瞬く間に貴族や商人達の間に広まった。
自国だけではなく、新たな御使い様のことを知らない、他国の貴族や商人達の間にも……。
大店、カルド商会に商品を納入している者の正体など、その気になれば簡単に調べが付く。
カオル達もそれは分かっているが、ダルセンのオーリス商会は表向きトレーダー商店とは大した関わりはなく、トレーダー商店も少しは扱っている普通の商品の一部をオーリス商会から仕入れている、という程度の関係だと思われるのは別に構わないと考えているらしかった。
わざわざそう触れて廻るわけではないが、もし目を付けられても、その程度であれば問題ない、ということである。
ダルセンの商隊は王都に入る前に荷を積んでいるし、門を通過したあとはそのまま真っ直ぐカルド商会へと向かっているので、商品の仕入れに関しては、王都の商店は関わっていないと思わせられる。
なので、そのあたりはうまく誤魔化せるはずだと判断しているのであろう。
変に『全く接触がない』などと装うより、普通の品を少し取引する、というほうが、却って疑われないという判断であろう。
それに、もしオーリス商会の拠点の町が調べられた場合、ダルセンと自由巫女エディスの関係を知られる可能性がある。
それならば、最初から少し交流があるということにした方が自然であろう。
なので、カオル達、『トレーダー商店』の関係者一同は、あまり心配していなかった。
あとは、あまりこの世界の文明の進歩を乱さないように、応用の利かない単発物、このままでもいずれ開発されるであろうもの、歴史の中に 紛(まぎ) れてしまうであろうもの、そして先に繋がることなく消費されて消えてしまうものとかで、貴族や有力者達を味方に付けるのみ。
……全ては、何かあった時に『リトルシルバー』を護るために始めたことである。
『リトルシルバー』が目立って、貴族や金持ち達にちょっかいを出された時に、子供達を護れるようにと。
だから、偉い人達には、困った時に味方になってくれるだけでいい。
別に、大金を稼ぎたいと考えているわけではない。
お金儲けは、子供達が能力を身に付けて自分で稼げるようにしてやるだけで、充分。
カオル達は、そういう方針なのである。
飢えた者に、一時的に大量の魚を与えるだけでは、駄目。
釣り道具の作り方と、釣りのやり方を教えてやり、ずっと必要な量の魚が独力で確保し続けられるようにしてやらなければ、何の意味もない。
そしてそれは、お金に関しても同じである。
* *
「……私は、商人です。馬車馬じゃありません! 商人としての楽しみを奪わないでください!」
遂に、3度目の商品納入の際に、ダルセンがキレた。
キレたとは言っても、別に暴れたり大声で怒鳴ったりしたわけではない。
しかし、遥かに格上の大店の商会主に対してのこの言葉は、充分に『キレた』と思われるものであった。
「…………」
周囲の者達が黙り込み、蒼い顔で、固唾を呑んで見守る中、商会主のエイヴィスは、なぜかダルセンの言葉に怒る様子がない。
そして数秒間黙り込んだ後……。
バツが悪そうな顔になって、ひと言、ポツリと呟いた。
「……すまん……」
仰天する、周囲の従業員達。
王都で一二を争う大店の商会主が、地方の田舎町の商店主如きに謝罪したのである。
それも、大きな過失があったわけでもないのに、多くの従業員達の前で……。
これには、キレて文句を言ったダルセン自身も驚き、焦った。
「あ、いや、その……」
焦るダルセンに、軽く右手を挙げて、その言葉を遮る商会主。
「いや、いい。分かっておる。相手の言いなりになって、自分は何の判断もさせてもらえないなら、いくら利益があろうが、それはつまらんよなぁ。
……それじゃあ、商売をやっている意味がない。
つまらん仕事で10枚の金貨を稼ぐより、自分の全力で駆け引きして5枚の金貨を稼ぐ方が、ずっと楽しいよなぁ……。
しかし、それも店が大きくなって養わねばならぬ従業員が増えると、そうも言ってはおられぬようになるのだ……。
だが、オーリス商会は、まだ若い商会だ。そんなことを考えるのは、ずっと先でいいだろう。
今は、商人として一番楽しい時期だよなぁ。
チャンスを掴んで、王都に乗り込んで、大勝負に出る。
今、楽しまなくて、何が商人だ、ってとこだよなぁ……」
若い頃を思い出したのか、言葉が少し砕けてきた、王都の大店カルド商会の商会主、エイヴィス。
……話が分かりすぎであった。
「私も、年甲斐もなく、少し性急になっておりました。実に、申し訳ない……」
落ち着いたのか、言葉遣いも元に戻った様子。
何があろうと、常に沈着冷静。
……さすが、大店の商会主である。
性急に事を進めようとしてダルセンに無茶を強いたことを謝罪し、そして落ち着いた様子である今こそ、あの件を伝えるべき。
そう考えた、ダルセン。
そう、あの件を……。
「実は、ガラス製品も陶磁器も服飾品も、今回で納入は終了となります……」
「ふざけるなあぁっ! ちゃんと謝っただろうがああああァ〜〜ッッ!!」
激昂して立ち上がり、テーブルをドン、と叩く商会主。
紅茶のカップは落ちて割れるわ、茶菓子は散らばるわ……。
沈着冷静の、 欠片(カケラ) もなかった。