作品タイトル不明
380 商人ダルセンの奮闘 2
「……では、この商品を定期的に納入することが可能だと?」
「は、はい。唯一の仕入れルートを当店が確保しておりますので……」
あれから、商談室に運び込んだガラス製品の全てを慎重に確認した商会主、大番頭、そして馴染みの番頭。
かなり長い間、無表情かつ無言で自分が持ち込んだガラス製品を調べる3人を待つのは、ダルセンにとっては心臓に悪い時間であった。
そしてようやく確認の手を止めた商会主の口から発せられた言葉に、慌てて答えるダルセン。
「今回持ち込まれた商品は、全て当店が買い取りましょう。ガラス製品以外のものも、全てです。
ガラス製品以外のものも買い取る理由は、それらを売るために無駄な時間を費やすことのないようにです。
そんな時間があるなら、さっさとガラス製品の入手に努めていただきたい」
「は、はぁ……、あ、いえ、分かりました!」
御使い様から託されたガラス製品が売れるだろうとは思っていた。
しかし、普通であればこの店で引き取ってもらえるレベルには達していない他の商品も買ってもらえるとは、思ってもいなかった、ダルセン。
そんな 商品(モノ) をこの店で売ると、店の格が落ちる。
なのでおそらく、この店で売るのではなく、格下の他店に回すのであろう。
そんな、面倒であまり儲けにならない手間を掛けてまで、ガラス製品の入手に掛かる時間を少しでも短くしようとする。
それが意味することは……。
「信じられない程の透明度と、この美しい輝き。グラス同士を軽く当てた時の、澄んだ音色と余韻を持つ打音。
……正直言いまして、あなたを問い詰めてこれらの商品の製造元を聞き出したいという誘惑と戦うのに、かなりの精神力を必要としています……」
「ひえっ!」
まあ、それも無理はないであろう。
今、この店はこの国の、いや、他国も含めた貴族や王族に対する強力な 武器(しょうひん) を手に入れたのである。
……そして、以後もその 武器(しょうひん) の供給が続けられる。
下手なところに持ち込めば、出所を吐かせるために拷問を受ける可能性も、ゼロではない。
なのでダルセンは、超大手で遣り手ではあるが商人としての矜持を守ると評判の、この店を選んだのである。
それでも、決して危険がなかったわけではない。
しかしそれは、商人として避けて通るわけにはいかないリスクのひとつであり、それが嫌なら商売を辞めるしかない。
ここは、勝負に出るしかないところであった。
「オーリス商会さん、……これを、おかしなところや、 これを見れば(・・・・・・) おかしくなるところ(・・・・・・・・・) に持ち込んではいけませんよ」
……これである。
商会主は、これらの商品を独占するだとか、他の店に持って行くなとは言わない。
ただ、優しく忠告してくれるだけなのである。
「は、はい、勿論それは承知しております。だから、ここへお持ちした次第でございます」
ダルセンの言葉に、にっこりと微笑み、大きく頷く商会主。
……今度は、目も少し緩んでいる。
どうやら、機嫌が良いようであった。
正直な商売をしていれば、儲け話は向こうからやってくる。
それが信条であるこの店の商会主にとって、おそらくダルセンの言葉はこれ以上ない賛辞だったのであろう。
「この商品の出元は、隠した方がいいですかな? それとも、公開した方が?」
商会主は、あくまでもダルセンの意向を尊重してくれるようである。
公開すれば、ダルセンとオーリス商会の名が知れ渡り、以後の商売に大きく役立つであろう。
他の大店どころか、貴族家から、いや、下手をすると王宮からも直接お声が掛かる可能性すらある。
しかしそれは、この店にとっては望ましくないことのはずである。
そして勿論、ダルセンにとっても大きなデメリットがある。
悪党共が、 誰を狙えばいいか(・・・・・・・・) ということを、そして獲物が自らを護れるだけの力を持っていないということを知る、ということである。
なので、出元は隠してもらい、貴族や王族、金持ち連中に売るのはこの店に任せる、というのが、安全な方法なのである。
名は売らず、商品だけを売って、実利を得る。それが弱小商店の処世術であろう。
……通常であれば。
「……この商品の出元は、『エド』と。買い手の方には、ただ、それだけをお伝えください」
「エド? それが仕入れ先の店名なのですかな?」
商会主の言葉に、首を横に振るダルセン。
「いえ、『エド』というのは、ブランド名です」
「ブランド……名?」
「はい。とある店が展開する商品の、シリーズ名です。
同じコンセプトを持つ商品群、銘柄とかを意味します」
ダルセンの説明に、疑問の表情を浮かべる商会主。
「いや、それは商店の名で良いのでは? 何も、わざわざ別の名を付けなくても……」
「いえ、商品群ごとに名付けるのは、色々と利点があるそうなのです。
……たとえば、ガラス製品といえば『エド』、陶磁器なら『ハング』、服飾品なら『バッド』というように、そのジャンルのものであればあのブランドのものが一番、それ以外は格下、という認識が上流階級の間で広まれば……」
「「「……」」」
商会主、大番頭、そして買い取り査定役の番頭の動きが止まった。
「そして、色々な商品ごとにブランド名を付けるなら、様々な商品を扱う店は店名をブランド名にするわけにはいかない、と……」
「「「…………」」」
「……仕入れ先の店主がそう言っていた、というわけですな?」
3人の中で一番早く復活した商会主が、そう確認してきた。
「はい……」
「ということは、その店は他にも自信のある商品を色々と揃えているということですな? 『ハング』というブランド名で売る予定の陶磁器とか、『バッド』というブランド名で売る予定の服飾品とかを……」
「あ……」
一度に全部出す予定ではなかった。
最初はクリスタルガラス製品だけにして、徐々に品数を増やす予定であったのだ。
なのに……。
「それらの 見本(サンプル) をお持ちください」
「あ、いえ、先方の御都合が……」
「それらの 見本(サンプル) をお持ちください」
「いえ、ですから、私の一存では……」
「そ、れ、ら、の、 見本(サンプル) を、お、持、ち、く、だ、さ、いっ!!」
「ひいいいぃ〜〜!!」
そしてダルセンは予定を切り上げて、大急ぎで持ち帰り用の商品を仕入れ、拠点の町へと向かった。
……その前に、カオル達に予定を前倒しして陶磁器と服飾品を卸して欲しいと、頭を下げて必死にお願いしてから……。
事情を聞いたカオル様は、苦笑しながらそれを了承したので、ダルセンは胸を撫で下ろしたのであった。
そして、ダルセンがすぐに新たな商品を納入するのは明らかにマズい……王都で、即座に仕入れられるということになってしまう……ため、今回はこのまま王都を後にするしか選択肢がなかったので、そのまま帰路に就いたわけである。売るべき商品が全てなくなってしまったので……。
一方、少量のクリスタルガラス製品を手に入れた商会主は、その中で最も優れたものを選び、グラスをワンセットと、異国の建物を 模(かたど) った小さな置物を王宮へ献上した。
そして大喜びの国王がそれを貴族達に十分見せびらかした後、商会主は残りの品をオークションにかけた。
……その日、王都の競売場において、地獄が出現したと伝えられている。
売り手、買い手、主催者、オークショニア。
果たして、誰にとっての『地獄』であったのか……。