作品タイトル不明
370 来た来た…… 4
手首が繋がったチンピラは、どこかへ行った。
まぁ、多分私が勧めた通りに、雇い主からお金を毟りに行ったのだろう。
大恩人である御使い様からの 御提案(・・・) なんだ、従わないはずがないよね。
あの様子じゃあ、 集金(・・) を終えて街を出る前に、挨拶にでも来そうだな。
ま、完全に改心しているようなら、そのまま生温かく送り出そう。
ポロリもあるよ、と脅しはしたけれど、実際には、手首は完全にくっついて、完治している。
そんな、『悪事を働くと腐り落ちる』なんていう 曖昧(あいまい) な効果は、さすがに無理だろう。
いや、機能としては可能であっても、ある行為がアウトかセーフかの判定が、難し過ぎる。
特に、それを判断するのがセレスである場合には……。
お店にいた他のお客さん達には、さっきの件は内緒にするようお願いしておいた。
……ちゃんと秘密を守ってもらえるか?
いや、まあ、『女神の奇跡』を見せられた直後に、私から直接、『内緒にしてね』ってお願いされたんだ。
女神を裏切った場合、 ポロリもあるよ(・・・・・・・) 、と言われたチンピラの、そのくっつけてもらったばかりの右手に、チラリと視線を向けた私に……。
まあ、手首をポロリと落とせるなら、頭部もポロリと落とせるよねぇ、普通に考えて。
……うん。多分、約束は守ってくれるんじゃないかと思うよ?
兵士、船乗りとかの、『自分の命が、運によって大きく左右される職業の者達』は、信心深い。
そして商人もまた、日々の堅実な稼ぎはともかく、大儲けや大損とかの際には『運』という要素が大きく絡む。
……うん、そりゃ、信心深くなるよねぇ……。
そしてオマケに、この世界の神様は、 あの(・・) 、女神セレスティーヌだぞ。逆らうヤツは、まず、いないね。
そういうわけで、あのチンピラも居合わせたお客さん達も、あちこちで喋って回るようなことは、絶対にないだろう。
……そりゃ、王様に問い詰められたりすれば、喋らざるを得ないかもしれないよ?
でも、その前に『御使い様から口止めされており……』とでも言えば、慌てて質問を取り下げてくれるんじゃないかと思うんだよね。
セレスの関係者に睨まれるというのは、この世界じゃ自殺行為だからねぇ。
セレスやその眷属が何もしなくても、『アイツは女神に敵対した』という噂が流れただけで、社会的には死んだも同然だ。
そんな 火の付いた火薬樽(あぶないモノ) に近付こうとする者は、誰もいないだろう。
神罰を与えるときの、セレスの 大雑把(ノーコン) 振りは有名だから、近くにいると巻き添えを食う確率、決して低くはない……というか、かなり高いのだ。
事実、伝えられている過去の逸話には、その手の話はたくさんある。
神話や伝説とかではなく、多くの証人、多くの目撃者がいる、 実話(・・) として……。
それに、そもそも当初からの計画が、100パーセント完全に秘密を守るのではなく、『情報の拡散が防げる上層部の一部の者達には、自由巫女エディスの上位強化版、御使い様バージョンである「ハイパー・エディス」の存在をリークする』というものなんだ。
……だから、こういう形での、『真偽不明の、眉唾物の噂話』として、その下地となる噂がごく一部の指導者層や大富豪の間に知られるのは、アレだ、『計画通り……』というヤツだ。
「よし、丸く収まった! 完璧の母!!」
「「……どこがじゃい!!」」
……レイコと恭ちゃんに、怒られた……。
『叱る』……『教育的指導』の方……じゃなくて、『怒る』の方ね。
「情報のリークというものは、リークする相手、その内容、意図的に漏らすタイミングとシチュエーション、その他諸々を精査して慎重にやるものよ!
あんな、行き当たりばったりでやるもんじゃないわよっ!
あれじゃあ、 意図的な漏洩(リーク) じゃなくて、ただの秘密漏洩よ!!」
レイコの非難の言葉に、両腕を組んで、うんうんと 頷(うなず) いている恭ちゃん。
「いや、だってアレは、ファルセットが手首を斬り落としたから、そのフォローのために……」
「別に、悪党の片手がなくなっても、本人以外は誰も困らないでしょ。
心正しき者が理不尽な目に遭ったというわけじゃなくて、自業自得、因果応報の結果なんだし」
そして、再びコクコクと頷いている、恭ちゃん。
「……でも、まぁ、……それが『 香(カオル) 』、私達の親友なんだけどね……」
そう言って、肩を 竦(すく) めるレイコと、笑う恭ちゃん。
……何だよ、ソレ!
* *
「……ということだそうでございます」
「…………」
警備兵(臨時勤務の近衛兵)が駐在している、警備隊仮設派出所……空き家となっていた、元は小さな小売店舗であったものを強制的に接収したもの……からの臨時報告の内容を簡単に纏めた宰相からの報告に、難しそうな顔で黙り込んだ、国王。
そして……。
「……許容範囲か?」
「許容範囲でございます。
みつ……巫女様も、馬鹿ではないのですから、あんな 商品(モノ) を売れば、ああいう連中が現れるということくらい、御承知のはずです。そのために、腕の立つ護衛を用意されているわけですから……」
「うむ……」
「そして、店に入る者全てを事前に選別することなど、不可能です。
あの通りを歩く者全てのうち、誰があの店に入るのか。誰が普通の客であり、誰が悪意を持つ者なのか。そんなもの、行動に移す前に分かるはずがありません。
見た目で判断するなら、近衛隊長とか財務大臣とかは凶悪犯でございますからな」
「う、うむ……」
酷い言われようの近衛隊長と財務大臣であるが、確かにそのふたりは目付きが悪く、悪党面であった。もし夜道で出会ったなら、女子供は悲鳴を上げて逃げ出してもおかしくはない。
「それに、もしそれが可能であったとしても、巫女様はそんな手出しは望まれますまい」
「だろうな……」
一応、ふたりはカオル達のことをある程度は理解しているようであった。
「そして、商人と共に店から飛び出して逃げたという護衛役の無法者を尾行し、ひとりになった時に接触して聞き出しましたところ、 件(くだん) の商人は別に他国や何らかの勢力が背後に付いているというようなこともなく、ただ中堅の商家から大店へとのし上がるための踏み台として、と考えていただけのようでございますな。
大店には、詳細は伏せて『自由巫女の少女には手出しするな、関わるな。揉め事が起きているのに気付いた時は、偶然を装い、何も知らぬような顔をして介入し、お守りせよ。そしてすぐに王宮に報告せよ』と達しております。ハンターギルドと商業ギルドの上層部と同じように……。
そしてその際には、『ルイン1』の誤報御免の許可を出しております。
しかし、素行の良くない大店や、中小の商店には……」
「そんなことは、教えられぬよなぁ……」
大半の者は危険を冒さない大店と違い、中小の商店主はイチかバチかの勝負に出る者が結構多いため、王宮が特別扱いして密かに保護している少女の存在を知れば、嗅ぎ回ったり接触を図ろうとしたりする者が多数現れるに違いない。
なので、巫女の少女の安全を図るためには事情を知っている者が大勢いれば良いのであるが、それとは逆に、事情を知っている者が少ない程、揉め事が起きる確率は下がる。
両者が相反するため、その兼ね合いというか、さじ加減が非常に難しかった。
……なお、『ルイン1』というのは、ハンターにおける『マルス1』と同じようなものである。
城門においてこれを叫べば、裸に剥かれて身体中を調べられ、暗器や毒物を身に着けていないことを確認の後、手足を拘束されて下穿きひとつで特別な部屋へと運ばれる。
その部屋では、3人の取調官が正面に座り、……衝立の後ろで国王と宰相が報告を直接聞く。
別に、報告に来た者を犯罪者扱いしているわけではない。
一刻一秒を争い、報告が下から上へと時間をかけて、そして伝言ゲームのように内容が大きく変容しながら伝わって行くのを待てるだけの時間的余裕がない場合。
そして、その過程の中の誰かが『これは上への報告の必要はないな』と判断して、そこで報告が止まってしまう場合。
そんなことが絶対に許されない場合に、もし虚偽の報告であった場合には極刑となる覚悟をして、喉が張り裂けんばかりに。そして血を吐かんばかりに全力で叫ぶ、『最短時間で、国王陛下に緊急報告を直接届けるための、手順無視の緊急手段』である。
裸に剥いて調べるのは、勿論、国王や宰相に危険が及ばないための対処である。
いくら身体中を調べた上、拘束しているとはいっても。
そして部屋中に立てられた衝立のうち、どれの後ろに国王と宰相がいるのかが分からなくとも。
安全対策というものには、いくらやっても『完璧』という言葉は存在しないのであった。
そして、今回はそれに、『誤報御免の許可を出している』とのことである。
これは、本来は『もしも虚偽や誤報であったなら、極刑も覚悟すべし』……勿論、悪気のない間違いの場合は、自らの死を賭して国のために尽くそうとしたということで、情状酌量や、逆に褒美を貰えて讃えられる場合もあるらしい……という『ルイン1』の宣言において、『もし間違いであっても、一切のお咎めなし』ということである。
となると、あるのは処罰ではなく、褒美と称讃のみである。
これは、報告の多発……その多くは、誤報か、褒美目当ての大したことのないもの……を招き、それは国王や宰相に害成す者に絶好の 機会(チャンス) を与えることになるであろう。
しかし、おそらく国王と宰相は、 そんな些細なことなど(・・・・・・・・・・) どうでもいい(・・・・・・) 、と考えたのであろう……。