作品タイトル不明
369 来た来た…… 3
「あ……、あ……、手、手が……、俺の手があああぁ〜〜!!」
あまりにも綺麗にスッパリと斬られたからか、体勢が崩れることもなく、一瞬痛みすら感じていなかったらしきチンピラも、ようやく激痛に襲われ、そして自らの右手が失われたという衝撃に、悲鳴を上げた。
そして、 未(いま) だ固まったまま動かない、おっさんと他のチンピラ達。
……まぁ、それも無理はないか。
小娘4人と侮っていたら、まさかの、いきなりの 刃傷(にんじょう) 沙汰(ざた) だ。
ハンターギルドや傭兵ギルドでなら、相手の襟首を掴んだら、それから殴り合いが始まるだろう。
……そこで、いきなり剣を抜いての殺し合いにはならない。
でも、ここはハンターギルドじゃないし、荒くれ者のハンター同士の 喧嘩(けんか) というわけでもない。
少女が経営する、高額商品を扱う店にチンピラ達を連れた男が乗り込んで、チンピラが少女に掴み掛かろうとした。
……立派な強盗だ。
この国の言い方だと、『押し込み盗賊』。
ハンターギルドを介して正規に雇われた護衛が、それを 看過(かんか) するわけがない。
もし私達が『女神』じゃなくて、ファルセットがエインヘリヤルじゃなかったとしてもね。
そしていくら相手が剣を抜いていなくとも、『襲撃者が剣を抜いていないから、少女である自分も、素手で依頼人を護らなければならない』などという馬鹿げた決まりがあるわけがない。
刃物を持って襲い掛かってきた強盗は、銃で撃っても構わない。律儀に、相手の武器に合わせてやる必要なんか 欠片(かけら) もない。それと同じだ。
素手でも、少女の首を攻撃すれば、殺すことも重傷を負わせることもできるし、顔に傷を付けることだって可能だ。
『もしかすると、ただの脅しで、怪我をさせるつもりはないのかも』などという何の根拠もない楽観的な考えで、護衛対象の首に向かって突き出された敵対者の腕に対して何も対処しない護衛など、その存在には何の意味もない。即、ギルドに対して契約の不履行としてクレームを入れ、返金と護衛受注者に対する強い処分を要求することになるだろう。
なので護衛依頼の受注者は、護衛対象である雇い主とその仲間に襲い掛かった者に対しては、己の全力で立ち向かう。たとえ相手が素手であったとしても。
相手が貴族であろうが、金持ちの商人であろうが、それは変わらない。
……それが、護衛依頼を受けるということだ。
人の命が懸かった仕事。そこには、忖度などという言葉が入り込む余地などない。
まあ、とにかくそういうわけで、王都のほぼ中心部において、店内で剣を振ってチンピラの手首を斬り落としたことに関して、ファルセットには何のお 咎(とが) めもないはずだ。
私達の他にも数組の 証人(お客さん) がいるし、その中には商人、つまり商業ギルドの加盟者もいるしね。
それに、稀少な商品を融通できる『トレーダー商店』は、既に一部の金持ちや 好事家(こうずか) 、そしてどうしても手に入れたい稀少物がある者達には、無視できない存在になっているからね。
「あああ! あああああああ!!」
……うるさいなぁ、手首を落とされたチンピラ……。
お仲間さん達は行儀良く、こんなに静かにしてるのに……。
ああっ、いくら左手で強く握っているからといっても、そんなに腕を振り回したら、店内や商品が血で汚れ……ている様子がないなぁ。
あ! レイコの魔法か!
男の周りをシールドで覆って、血やらツバやら涙やらが飛び散らないようにしてくれているみたいだ。
そういうのは全部、シールドで防がれて足元に落ちている。
床はあとで掃除しなきゃならないけれど、レイコの魔法、私のポーション、そして恭ちゃんの清掃機械もあるんだ、シミひとつ残らず、完璧に清掃できるから、問題ない。
……あっ!
酷(ひで) ぇ! 怪我人を放置して、逃げやがった! 他の奴ら、全員……。
いや、いくら何でも、それはないだろう!
せめて、怪我人も連れて行けよ……。
しょうがないなぁ……。
「これ、そこな無法者よ。 己(おの) が行為を反省しておりますか?
もし反省しているなら、女神の慈悲を賜ることができるかもしれませんよ。
駄目で元々、試してみる気はありますか?」
仕方ない。『巫女様モード』で助けてやるか……。
右手がなければ、読み書きもできそうにないチンピラにとって、こういう文明レベルの世界で暮らしていくのはかなり厳しいだろう。
剣も握れないし、肉体労働も難しい。犯罪者の世界でも、居場所はないだろう。
だから、少しくらい助けてやっても、 罰(ばち) は当たらないだろう。
……というか、今の私は、罰を与える側だよねえ。
「はっ、反省してる! 悔い改める! だから、お、お 願(ねげ) ぇだ! 女神様に、女神様に御慈悲を頼んでくれええぇ〜〜!!」
まぁ、こうなるよねぇ。
コイツは、今までにたくさんの人を脅し、犯罪行為を行ってきたのだろうから、別に救済してやる義理はない。
そもそも、それらとは関係なく、商店主の少女に暴力を振るおうとした、今の1回だけでアウトだ。
……でも、まぁ、アレだ。
こういう世界で片手を失うのは、ちょっと可哀想かな、って気がしないでもないんだよなぁ……。
前科があるだろうとは思うけれど、あくまでもそれは私の想像に過ぎないし、私達がコイツから受けた迷惑行為は、今回だけだ。
ま、いいか。今回限りの特別サービスだ。
チンピラは、手首からの出血を抑えるために左手で切り口の少し手前の部分を握っているため、床に落ちている手首はそのままだ。
なので、それを拾ってやった。
……うえ。
何か、手触りといい、生温かさといい、気持ち悪い……。
手だけに、手触り……、って、うるさいわっ!
手首だけのキミと握手、……って、趣味 悪(わり) ぃよ!!
とにかく、我慢して、それを切り口にあててやって……。
「女神よ、憐れなるしもべに、御慈悲を与えたまえ……」
そして、接合面に治癒ポーションを生成。
オマケに、外側に発光物質を!
やっぱり、奇跡には光が伴わないとね。
…… 青い光(チェレンコフ光) とかじゃないよ。
そして、ぱあっと光って、くっついた。
「ああ! あああああああっ! 女神様、女神様ああああぁっっ!!」
まあ、涙を流して女神の慈悲に感謝するのは当たり前か。
自分の人生が救われたわけだからねぇ……。
「あ、御慈悲を賜った女神様を裏切って、その右手を使ってまた悪事を働いたら、腐り落ちるかもしれないよ」
……うん、ポロリもあるよ、ってヤツだ。
「へへぇ~! 必ずや、女神様の御慈悲を裏切ることなく、敬虔なしもべとして正しき人生を歩みます!!」
あ~、何だか、効きすぎてるなぁ……。
「そんなに徹底する必要はないよ。
そりゃ、犯罪行為や人を騙したり傷つけたりするのは駄目だけど、お酒を飲んでくだを巻くとか、女性に対して過度に褒めた言葉を言うとか、人を傷つけない軽い嘘とか、そういうのは楽しい人生を送るためには必要だから、全然構わないからね!」
「おお、何と慈悲深い……」
うん、あんまりガチガチで楽しくない人生は送ってほしくないからね。
さすがに、 他人(ひと) に、つまらない一生を強要するほどの鬼じゃないよ。
「じゃ、とりあえず、雇い主の名前……、は、さっき名乗ってたっけ。
……確か、『マフト商会』だっけ?
じゃあ、今回の目的を教えてもらおうかな?
あ、手をくっつけてもらったこととか、私達に色々と喋ったこととかは内緒にしてね。
後で手首を布で覆って『手首がない振り』をして雇い主のところへ行って、置いて行かれたことに対して文句を付けて、できる限り多くのお金を毟り取るといいよ。
十分なお金を払わないと、新規開店の店を恐喝しようとしたこと、小娘にやり込められて、怪我をした仲間を置き去りにして逃げ出したこととかをあちこちで触れて廻る、とか言って……。
そして、そのお金を軍資金にして、他の町でやり直すというのはどうかな?」
うん、ああいう奴には、恐喝行為の露見よりも、『小娘に負けた上、仲間を見捨てて逃げた』って方がダメージが大きそうだよね。
いくら悪党達でも、小娘に負ける者とか、仲間を見捨てて裏切る者とかは、馬鹿にされたり軽蔑されたりして、まともに相手をしてもらえなくなるだろう。
今後、護衛を雇うにも、なかなか受けてもらえなくなったりね……。
感激に打ち震える、男の目。
あ~、この目、見たことがあるよ。
……うん、『狂信者の目』ってやつだ……。