作品タイトル不明
371 来た来た…… 5
「そして更に、手首を斬り落とされたという者の跡をつけて、近衛……警備兵が接触しましたところ……。
最初のうちは、素直に応じていたそうなのです。官憲に対する、普通の真っ当な王都民が取る態度のように……。
あの商人に雇われて、金のために心正しき少女に掴み掛かろうとした。女神の御心に逆らう、とんでもない悪事に手を染めるところだったと、如何にもな悪党面の男が、それはそれは神妙な態度で……。
で、その時、警備兵が違和感を覚えたそうなのです。
先に事情を聴取した者達が言っていた、『少女に掴み掛かろうとして、 右手を斬り落とされた(・・・・・・・・・・) 男』。
……しかし、ボロ布を巻き付けられたその男の右手は、 手首がないにしては(・・・・・・・・・) 、 明らかに長すぎる(・・・・・・・・) 、と……」
ごくり、と、国王が生唾を飲み込んだ。
「そして、警備兵がその右手に巻いた布を取るようにと言ったところ……。
男の態度が豹変し、女神と御使い様に仇成す神敵か、と叫びながら剣を抜いたそうなのです。
…… 無いはずの(・・・・・) 、 右手で(・・・) ……」
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「……それで、状況を何となく察した警備兵が、慌てて『済まなかった! 我らは勿論、敬虔なる女神のしもべであり、御使い様の味方である! 御協力に感謝する!!』と叫んで、全力でその場から走り去ったとのことです」
「危ねぇ~! 危ねええぇ〜〜!!」
バクバクする心臓のあたりを押さえ、冷や汗を流す国王。
「そ、その警備兵には、報奨金を出せ。金貨5枚だ。
そういう機転が利き、見事な判断力と対応力を持つ者は、優遇せねばならぬ。
そういう者が、世界を救うのだ……」
一瞬、国王らしからぬ言葉遣いとなったものの、判断は誤らない国王。
「商人達が逃げ出した後、明らかに、 何かが起きた(・・・・・・) であろう!
性根の腐りきった悪党が一発で改心するようなヤツが……」
国王は敢えてその 何か(・・) についての明言を避けたが、状況から考えて、それが 何であったか(・・・・・・) ということは、明白であった。
「その者には、もうこちらの手の者を接触させるな! 何、その者は改心したのであろうから、もう女神の御慈悲を裏切って悪事を働くことはあるまい」
そっとしておけば問題がない危険物を、わざわざ槍で 突(つつ) くような真似をする必要はない。
宰相も国王のその言葉には同感であり、こくりと頷いた。
「客として店にたまたま居合わせたという商人達には接触しておらぬのか? 問題の商人が手下達と共に逃げ出した後、店内で何があったのかを知っておるのであろう? ならば……」
国王の言葉に、宰相は大きく 頭(かぶり) を振った、
「その者達に接触した場合、そのことはおそらくすぐに巫女様に伝わります。
当然のことながら、口止めをされており、誰かに接触されて尋問を受けたりすればすぐに報告するように指示されているでしょうし、目の前で奇跡を見せられた商人達が、その命令に逆らうとは思えませんからな。
また、問題を起こした商人に関しましても、下手に我らが手出ししたりはせず、巫女様の裁量にお任せすべきかと。
その方が……」
「「巫女様が、満足されるから!!」」
綺麗に声が揃った、国王と宰相。
長年の付き合いなのである。このあたりの呼吸は、ピッタリである。
「しかし、本当は店の中に常時配下の者を置いておきたいのですが、酒場であればともかく、ああいった店に常に客を張り付けておくわけにはいきませぬ。ですから、近くに仮設の警備兵詰所を設置するのが精一杯でして、それ以上はどうしようもなく……」
「うむ、それは仕方あるまい。
……今回は、何もなかった。
新規開店の店に、ちょっとタチの悪い客が来て、店が雇っている護衛の者に追い払われた。
うむ、よくあることであり、 国王(わたし) や宰相が気に掛けるようなことではないな、うむ!」
「そうでございますな。
……実に、その通りでございますな……」
「は、はは……」
「ははは……」
「「わはははははは! ……はァ……」」
「今日の即応待機閣僚は、外務大臣であったな。奴なら、何かあっても安心か。
どうだ、今日は久し振りに、一杯やらんか?
いや、実は王妃が最近の私の態度を 訝(いぶか) しんでおってな。浮気をしているのではないかと疑っておるようなのだ。
……この歳で、もうそんな元気などないわ!」
王妃だけでなく、側妃を何人も抱えている国王は、現状維持で精一杯である。
ハーレムというものは、作ることより、それを問題なく維持し続けることの方が、遥かに大変なのである。
正妻、側室、愛人とかの立場的なものや、実家の家格による発言力の差とかは仕方ないが、男として女性達に与える愛情には差を付けず、女性同士の関係が険悪にならないように気を配り、うまく機嫌を取り続ける。
決して、側妃や愛人達を奴隷や都合の良い駒、道具のように扱ってはならない。
この歳になると、そういうのがとても大変になり、今更側妃や愛人を増やすなどという無謀なことは考えられない。
……しかし、王妃に嫉妬してもらえるというのは、それはそれで、という思いもないわけではない。
「だから、3人で飲んで、お前は喋っても良い範囲内で仕事の愚痴を溢せ。
私はそれに合わせて喋るから、それで何とか今の状況、『仕事が大変で、心配事が多く、家庭サービスの余裕がない』ということを察してもらえるようアピールするのだ!
……どうだ? 駄目か?」
国王の言葉に、宰相が即答した。
「うちの 妻(やつ) も連れてきていいですかな?」
……どうやら、 何処(いずこ) の家庭も、同じ状況であったようである……。
* *
「何か、ファルセットの機嫌がいいな……」
そう。『ポロリもあるよ』事件から、普段あまり表情の変化がないファルセットが、やけに機嫌がいいのだ。
まあ、理由は分かるよ?
守護騎士らしきことができた上、私が信仰を集めることになったわけだからね。あのチンピラと、居合わせたお客さん達から……。
フランセットも、そうだったよなぁ……。やたらと私が身バレして敬われることを望んでいたし、時には、わざと私の正体を露見させようと企んだりもしていた。
……いや、こっそりやっているつもりだったのだろうけど、全部、バレバレだったよ……。
とにかく、私が女神や御使いらしいことをして、人々から讃えられ信仰されるのが、フランセットの喜びだったわけだ。
そしてファルセットは、そのフランセットの教え子にして、子孫。『エインヘリヤル』の称号を与えられし者だ。
……300人以上いるそうだけどね、『エインヘリヤル』……。
そしてその全員に、何やらそういうのを仕込まれている可能性は高い。
一族の存在意義だとか、悲願だとかいって……。
そして、74年振りに、フランセットに次ぐふたりめとなったわけだ。私のために剣を振り、私が女神としての力を使うよう仕向けた者の……。
ハングとバッドが、女神の馬車を牽くことに関して、シルバー種の真祖であるエドに次ぐ栄誉として大喜びしていたのと同じだ。
そりゃ、喜ぶよなぁ、ファルセット……。