作品タイトル不明
357 王 宮
「 御使(みつか) ……自由巫女様が、『女神の涙』の納品依頼を出したヴォーレル伯爵家と接触されただと!」
宰相からの報告に、驚愕の声を上げた、国王。
「は……。しかし、神罰をお与えになるどころか、重病の娘をお救いになり、しかも、何と伯爵家に捕らえられていた詐欺師共の助命のお口添えをなされたと……。
さすがに無罪放免というわけには行かぬでしょうが、伯爵家による私的制裁で、数日間の拘留の後、百叩き程度で放免されるものと思われます。
ギルドからの正規の依頼を受けて、正しく『本物の女神の涙』を入手して納品したわけですから、結果はどうあれ、ギルドからの処分はないようですな。
……まあ、その手段が詐欺行為であったというのはそれとは別問題ですが、自分達から巫女様に声を掛けたわけではなく、人々に子供の容態を、少々大袈裟に喧伝しただけであり、噂を聞いた巫女様が勝手にやってきて勝手にポーションを置いていっただけ、と言えなくはありませんからなぁ……。
それに、盗みや脅し、暴力行為とかではありませんし、正式なギルド経由の依頼に関することですからな。被害者からの訴えがあればともかく、被害届も出ていないのに警備隊が勝手に動くこともありますまい。
……つまり、この件はこれでお 終(しま) い、というわけですな。
そして、それが意味することは、すなわち……」
「巫女様は、この件に関してはお怒りではなく、皆を最も良き未来へとお導きになった、ということか? ということは……」
「はい。御使い様としてのお務めを見事に果たされ、充分に満足され、御機嫌がよろしいのではないかと……」
「……うむ。うむうむうむうむうむ!
幼き伯爵家の娘が救われたことと言い、喜ばしいことじゃ! 善(よ) き 哉(かな) 、善き哉!!」
宰相の言葉に、手を打って喜びを表す国王であるが……。
「……しかし、ひとつ気になることがございます」
「ん? 何じゃ?」
良き報告に付随する、『気になること』である。大したことではあるまいと、軽くそう答えた国王であるが……。
「巫女様のお住まいの見張り役と、尾行役。その全ての者達が口を揃えて申しますには……、『巫女様は、複数おられるか、もしくはそのお姿をお変えになっている可能性が大である』と……。
ですから、今回の『巫女様の行動』として報告されてきましたことは、正確に申しますと、『巫女様のお住まいから出てきた、おそらく巫女様の別のお姿であろう少女の行動』というわけでございます」
「な、何じゃとおおおおぉ〜〜!!」
……全て、バレているようであった……。
「エインヘリヤルと共にお住まいから出てきたふたりの女性は、巫女殿でも、もうひとりの護衛の女ハンターでもなく、そして怪我や病に苦しむ平民達に御慈悲を……、あの伝説の 万能薬(エリクサー) 、『女神の涙』をお与えくださるという噂の御使い様とも、風貌が全く異なっていたようでございます。
しかし、行われましたことは、御使い様のいつもの行動と全く同じ。
……これはもう、様々な人物に姿をお変えになっているか、もしくは複数の人物が手分けして行動されているかの、いずれかとしか……。
アレでございます、『御使い様とは、ひとりの特定の人物を指す呼び名に 非(あら) ず。御使いの 業(わざ) を使う者、これ皆即ち、御使い様なり!』というヤツでございます……」
その言葉は、あのエミール達が立ち上げた宗派である『女神カオル真教』が出版している『女神カオル様語録』の中の、女神様ドヤ顔発言の章に書かれている言葉のひとつである。
「うむむ……。
しかし、姿を変えて使い分けておられるなら、どうして今回はいつもとは別の姿で御使い様として動かれたのだ?」
至極尤もな国王の疑問に、宰相は少し首を 傾(かし) げながら答えた。
「……ついうっかりと、変身する姿をお間違えになった、とか……?」
その言葉に、ブッ、と吹きだした国王。
「そんなわけがあるか!」
「そうでございますよねぇ。さすがに、それはないですなぁ……」
この世界の変装など、せいぜいがウィッグやアイシャドウ、口紅と含み綿くらいのものである。
まともな魔法が使えるのは古竜くらいであるし、科学的な方法での変装など、存在するはずもない。
なので、化粧レベルではなく光学的に根本から見た目を変えていれば変装などと思われるはずがないと考えていたカオルであるが、……女神の存在を信じている、いや、 知っている(・・・・・) 者達にとっては、『御使い様の奇跡』であれば姿を変えることなど容易であろう、と考えるのが普通であると、なぜ気付かなかったのか……。
「そして問題なのが、彼女達に同行していたという男性です。
一緒に家から出てきたことと、伯爵邸まで先導していたらしきこと。
更に、以前にも何度か巫女様の家に訪れていたという報告が……。
その身元を調査しましたところ、バルモア王国に本店を構える薬屋がこの街に出した支店の支店長とのことで……」
「なっ! バルモア王国で大きな薬屋と言えば……」
「はっ。『女神カオル真教』の収入源である、『ナガセの子』らが経営する薬屋かと……。
しかも、この街に支店ができたのは、巫女様が王都に来られた直後です」
「むむむ……。それは、明らかに……」
「はい、新しい御使い……巫女様を、自分達の本拠地であるバルモア王国に引き抜こうとしている可能性が濃厚かと……。
前の御使い様が育て、一緒に暮らしていたという『ナガセの子』達です。そのことを前面に出して、本国にいる長老達ならば前の御使い様について詳しく語れると言われれば……」
「巫女様に『行ってみたい』と思わせることが可能か……。
……マズい、マズいぞ!!」
宰相の説明に、焦る国王。
「御使い様の存在は、非常に危険ではあるが、良好な関係を築ければその利点は大きい。
そのお立場から、特定の国を無条件に 贔屓(ひいき) されることはないと思われるが、先代の御使い様は、御自身が滞在されている国に対する理不尽な攻撃はお許しにならなかったし、王族の怪我を治癒なされたりと、御自分の周りの者達に対しては非常に寛大であられたらしい。
……しかし、『敵である』と判断なされた相手に対しては、容赦がなかったと言われておる。
だが、それはまだ良いのだ。前の御使い様は、苛烈なところはあれど、一応は『人間としてのお心』を持っておられたらしいからな。神罰をお与えになるのは、悪人達だけであったという話であるし……。
そう、問題は御使い様ではなく、『 愛(いと) し子が攻撃を受けた』と判断された場合の、女神セレスティーヌ様の行動なのだ……。
そしてセレスティーヌ様が『愛し子への攻撃』と判断される基準が分からぬ。
それが生命の危機を指すのか、重傷を指すのか、 掠(かす) り傷も含まれるのか、……外傷だけではなく、ちょっとした悪口、誹謗中傷とかで そのお心を(・・・・・) 傷つけた場合(・・・・・・) も対象となるのか……。
その危険性を正しく認識しておらぬ者達が下手に手出しすると、その者達だけではなく、この大陸に住むありとあらゆる生命が失われる可能性がある……。
それが他の大陸でしでかされるのであれば問題はないが、この大陸でやらかされるのは絶対に阻止せねばならん!
我が国には無関係の者共による愚行のとばっちりで、国が滅ぼされて堪るか!!
それなら、我が国で囲い、御本人には気付かれないように気持ちよく『御使い様としての活動』を行っていただいた方が、ずっとマシだ!
たとえそのために多額の国費を使うことになろうが、儂らの胃に穴が空き寿命が縮もうが、そんなものは大したことではない!」
「 高貴なる(ノブレス・) 者の義務(オブリージュ) でございますな……」
国王の言葉に、うむうむ、と頷く宰相。
宰相もまた、国王と同じく、自らの義務と職責をよく弁えた、立派な人物のようであった。