作品タイトル不明
323 王都進出 6
あの日、挨拶に来た野良巫女エディスから町を出ると聞いた領主は、これからどこへ行くのかということをさり気なく尋ねた。
そして深くは考えずに『王都へ向かうつもりです』と答えた エディス(カオル) 。
領主は、カオルが辞去するやいなや、馬も乗り手も次々と替えて全力で飛ばす、カネに糸目を付けない特急便の準備を命じると共に、大急ぎで手紙を書き始めた。
……宛名は、国王陛下である。
ルールだとか儀礼だとか非礼だとか言っている場合ではない。
下手をすれば、大陸が海に沈む。
それはもう、必死で書いた。
書き損じたからといって、書き直す時間はない。
棒線で修正し、そのまま書き続けた。
それは、とても国王陛下に出せるようなものではなかった。
……しかし、体裁を気にして間に合わず、国を、大陸を滅ぼすことを思えば、自分が恥を晒すことなど、どうでもいい。
そう思い、必死で書き続けた。
そして、国王陛下への手紙と、次々と交代する乗り手に読ませるための指示書を書き、最初の乗り手に自分でそれらを手渡して色々と説明し、その出発を確認した後、……ベッドに倒れ込んだ。
疲労感と、この大陸は自分が守った、という深い満足感に包まれて……。
* *
「なっ! ななななな!!」
その手紙を読んだ国王が、思わず声を漏らした。
それは、とある地方領主からの緊急連絡であった。
……しかも、『親展』である。
国王宛の手紙であっても、普通は事務方が開封して中身を確認、分別して処理をする。
別に、全てを国王自身が開封するというわけではない。
中には国王が読む価値のないものがあるし、形式上は国王宛ではあるものの実際には官僚達が処理すべきものが大半だからである。
しかし、『親展』というのは、宛先人本人が開封すべし、という意味である。
普通、国王にそんなものを出すのは、個人的な友人か遠方で暮らす家族くらいであろう。
その他の差出人からであれば、親展の文字を無視して事務方が開封してもおかしくはない。
……というか、普通、そうするであろう。
しかし、差出人が領主であること、特急便であることから、何かを感じた担当者がそれを直接宰相に届け、国王へと手渡されたのであった。
「お、お前も読め!」
「は、はぁ……」
その手紙を国王から手渡され、読み始めた宰相。
そして……。
「なあっ!!」
思わず上げた、叫び声。
「大臣達を集めろ! 緊急召集だ!」
「はっ!!」
* *
「……というわけだ。何か質問はあるか?」
とある地方領主から送られてきた手紙……報告書について説明した後、この国の首脳陣を見渡す国王。
「……あの、その報告の信憑性は……」
大臣のひとりが、そう質問した。
「うむ、勿論、それが重要なところだ。
……皆は、『御使い記』を読んでおるな?」
こくりと頷く、召集者達。
『御使い記』
それは、侯爵家以上の者が家督を継いで家長となった時と、大臣や軍司令官等の国の重職に就いた時に読まされる、神話……のように思える、一冊の調査記録書であった。
女神セレスティーヌに関しての書物や記録書は、たくさんある。
それこそ、幼児用の絵本から学術書、聖書に至るまで、数限りなく……。
その内の、ここ70年少々の間に書かれたものの中には、『聖女カオル』、『御使いカオル』、そしてごく一部のものには『女神カオル』という名が出てくる。
それは、70年と少し前に現れたという、聖人の名である。
ただの巫女ではなく、女神セレスティーヌの友人であり、その加護を賜り多くの奇跡を起こしたと伝えられる。
そしてその死に際して、怒り狂いこの大陸を海に沈めようとした女神セレスティーヌを往復ビンタで黙らせて阻止したという、大陸の守護者、絶対英雄、エインヘリヤルの鬼神フラン。
今でも、子供の躾に『駄々をこねていると、鬼神フランが往復ビンタをしに来るよ!』と言えば、泣く子も黙るという。
そして多くの記録や伝承の中で、その信憑性において他の書物とは一線を画する、各国の指導者層にのみ伝えられるという特一級機密文書、『御使い記』。
その中の一節、『カオル様語録・女神編』。
『セレスは別に人間の守護神ってわけじゃないよ。人間の姿をしているのは、人間相手に話すため。犬や猫と話す時には、それに合わせた姿にするよ、多分』
『セレスの仕事は、世界全体の調和を守り、歪みを早期に排除すること。余程気に入った者を除き、人間なんかいくら死のうが気にしないよ。まぁ、人間が庭のアリンコに対して抱く程度の感情はあるかも。大量に死にそうなら、気紛れで忠告してくれるときもあるかもね』
『ムカついたからというだけで、国を滅ぼしたことがあるって言ってた』
『私には長生きして欲しいみたい。だから、私に手出ししちゃ駄目だよ。国が滅ぶよ?』
そして事実、御使いカオル様が入滅された時には、国どころか大陸ごと滅びるところであった。
もし、あのエインヘリヤル、鬼神フランの往復ビンタがなければ……。
「おおお、讃えよフラン、大陸の守護者! 絶対英雄、鬼神フラン! 魔の手から人々を守り給え!」
「「「「「「フラン、オー、フラン! フラン、オー、フラン!!」」」」」」
国王の突然の祈りの言葉に、他の者達もその思考過程を推察したのか、祈りの言葉を唱和した。
「その『御使い記』に書かれている内容。そして、『カオル様は御使いではなく、女神セレスティーヌの友人の、他の世界を管理している女神である』と主張する、女神カオル真教。
多くの派生宗派のひとつに過ぎんが、その母体が御使いカオル様に育てられた孤児達だからな。カオル様を御使いではなく女神に祭り上げたいという気持ちは分かるし、その部分を差し引けば、あそこが出したカオル様関連の書物の正確さは信用できる。
そして、それら全てを検討した結果、あまりにも類似点が多すぎる。
つまり……」
そして国王は、カッと眼を見開いて叫んだ。
「エディスという少女は、数十年振りに現れた、女神セレスティーヌの御寵愛を賜る 愛(いと) し子であり、新たなる御使い様である!!
但し、御使い様は皆に騒がれるのはお好きではないらしく、御自分ではお立場をお隠しになられている……つもりであらせられるとのこと。
なので当然ながら、我らもその御意思を尊重し、……御使い様の存在は知らぬこととする。
……但し。
但し、御使い様が御不快になられたり、我が国をお見限りになって他国へと出て行かれることは、決してあってはならぬ。良いな!!」
「「「「「「おおおおお! エディス、オー、エディス! エディス、オー、エディス!!」」」」」」
斯くして、『自分達はまさか御使い様であるなどとは思ってもいない、ただの野良巫女の少女』が王都に来た場合の準備が着々と整えられたのであった……。