作品タイトル不明
322 王都進出 5
「な、ななな……」
私を呼び出したグループのリーダー役の人が、信じられない、というような顔で、ぷるぷると震えてる。
いや、私も同じ思いだよ!
どうして宰相なんて偉い人が、いくら聖職者である巫女だからといっても、ただの平民の小娘にこんな態度はおかしいだろう!
そりゃ、私が『ほんのちょっぴりの加護付き』だって噂は聞いているかもしれない。
でも、ちゃんと確認もせずに、いきなりコレか?
まだ、噂を信じずに舐めた態度を取ってくれた、この6人の行動の方が理解できるよ!
「では、どうぞこちらへ……。
あ、皆は指示があるまでここで待機しているように。
お前達は、ここで 皆の護衛(・・・・) をするように」
「「はっ!」」
え?
ここ、王宮の中だよね?
どうしてここで待っているだけの貴族に護衛が必要?
分からん……。
まぁ、何か理由があるのだろう。庶民には分からない理由が……。
* *
宰相とカオルが去った後の部屋に残った、6人の貴族とふたりの兵士。
貴族達は顔色が悪く、そう暑いわけでもないのに汗びっしょりであった。
「「「「「「…………」」」」」」
喋りたい。
これはいったい、どういうことなのか。
自分達は、何をしてしまったのか。
宰相があの平民の小娘の案内を終えた後、自分達に何を話すつもりなのか。
そしてその前に、皆で相談し、口裏合わせをしなければならない。
そう考えはするが、しかし、それを阻止するための、このふたりの兵士なのであろう。
護衛などと白々しいことを言った宰相であるが、ここで、いったい何から護るというのか。
口裏合わせの相談をしようにも、この兵士から宰相へと話が筒抜けになるのは間違いない。
なので、肝心なことは何も話せないが、聞かれても支障のない話は構わないであろう。
そう考え、皆は慎重に言葉を選んで喋り始めた。
「……いったい、どういうことだ? 宰相はなぜ平民の小娘にあんなに 下手(したて) に出るのだ?」
「我々が、いったい何をしたというのだ? 少し名が売れてきた平民の野良巫女を王宮に招いてやり、 出資者(スポンサー) となって世話をしてやろうとしただけだぞ。別に手を出そうとか 不埒(ふらち) なことを考えていたわけではない。
そもそも、手を出すならひとりでやるわい。それも、もっと魅力的な女を……。
何が悲しゅーて、あんな貧相な体つきの平民の小娘をお前達と共有せねばならんのだ!」
仲間のひとりが口にした言葉に、うんうんと頷く他の5人。
これは非常に説得力がある話であるし、宰相に伝わっても問題ない。
見張り役の兵士達も納得する話であろうし、事実、この貴族達は12~13歳くらいに見える 少女(カオル) にそう酷いことをするつもりはなかったのである。
女神の加護をほんの少し賜ったという触れ込みの小娘を少し脅して、少し優しくして、自分達の言うことを聞くようにする。
……勿論、本当は女神の加護などないことは承知しているが、本人がそう主張しており、民衆がそれを信じているのであれば、敢えてそれを否定する必要はない。
もし後で嘘が露見しても、敬虔な信者である自分達も小娘が言うことを信じていただけだと言えば、何の責任を問われることもない。
いや、小娘自身も嘘を吐いているという自覚はなく、本当にそう信じているのであろう。
女神セレスティーヌの加護があるなどという嘘を吐けば、いつ女神本人が現れて神罰を与えられるか分かったものではない。…… あの(・・) 、割と無慈悲な女神セレスティーヌに……。
あんな小娘に、そんな危険を冒すだけの勇気があるとはとても思えない。
とにかく、うまく小娘を言いくるめ、その後神殿と繋ぎを取り、聖女に認定されるよう手を回す。
そして小娘をうまく利用して神殿とのコネと民衆への影響力を手に入れる。
……あとは、そこそこ稼がせてもらう。
小娘も、聖女様になれていい目を見ることができる。
自分達も、小娘も、神殿も、民衆も、皆が幸せになれる。割を食う者は誰もいない。
『みんなで幸せになろうね』計画。
何恥じることのない、正しき行いである。
……そのはずである。
なのに、なぜこんなことに?
不思議なのは、宰相の行動だけである。
あの小娘の無礼な態度は、自分が女神の加護を受けたと思い込んだ、無知で礼儀知らずな跳ねっ返りの小娘の愚かな行動であり、別に理解に苦しむようなことではない。
しかし、宰相のあの態度は、どうにも理解できなかった。
聡明な宰相が平民の小娘の虚言に惑わされるとは思えないし、もしそうであったとしても、神殿のトップと対等にやり合える宰相なのである、いくら女神の加護を受けた者が相手であっても、あそこまでへりくだった態度を取るとは思えなかった。
……いくら考えても、分からない。
しかし、見張りの兵士がいるため、他の者との突っ込んだ本音の話はできない。
そして、後程行われるであろう宰相との話が『良い話』であるとは思えない。
この兵士達は、おそらく自分達が逃げないように見張るためのものであろうから……。
* *
紅茶と 高価(たか) そうな茶菓子を 宛(あて) がわれて、貴賓室とやらで少し待たされていたら、宰相さんがやってきた。……数人の男性達と、お菓子やティーセットを載せたワゴンを押す数人のメイドさん達と一緒に。
休憩のための部屋に案内してくれるのと違うんかいっ!
「お待たせいたしました。こちら、国王陛下と大臣、文官達でございます。是非、エディス様とお顔合わせを、と……」
何じゃ、そりゃあああ!
というか、王様、王冠は被ってないんかい! それじゃあ、分からんわっ!
……まぁ、普段からずっとあんなもの被っていたら、邪魔だし俯くと落ちそうだし、首や肩が凝るよなぁ……。髪にも悪そうだし。
そりゃ、儀式か何かの時しか被らないか。
* *
何を言われるのかとビクビクしていたけれど、王様達とは軽く世間話をした程度。
実家のこととかを聞かれたけれど、『巫女としての活動に、俗世での身分や家族は関係ありません』と言ったら、それ以上はしつこく聞かれなかった。
天涯孤独、ってことにすると、後ろ盾のない平民だと思われて色々と良からぬことを考えられちゃいそうな気がしたから、そこはボカした。
それに、家族がいないとなると、お金に困っていないという今までの設定とも矛盾しちゃうしね。
そして帰り 際(ぎわ) に、『何か、少しでも困ったことがあれば、いつでも相談しに来なさい。門番に名乗れば、すぐに案内の者が行くよう手配しておこう』って言われた。
何コレ! ここの王様、平民の巫女……いや、実家が 太い(・・) って誤解させるようにはしているけれど、それでも、王様がただの野良巫女にしてくれるような配慮じゃないよ!
人格者の、いい王様だ!
こりゃ、おかしな貴族や金持ちに絡まれても、公僕を頼れば何とかなるかも?
……いやいや、油断は禁物か。
いくら組織のトップがいい人であっても、中間や下っ端は悪事に手を染めていたり、賄賂で悪党に便宜を図ったりしているかもしれない。
でも、ま、トップがいい人なら、安全度はかなり増す。
よし、ここがいい国で良かった!
* *
「あまりお怒りではなかったようで、良かったですな……」
国王や宰相を始め、国の重鎮達が集まった会議室で、密かに密談が行われていた。
そして、宰相のその言葉に……。
「うむ。馬鹿貴族共がとんでもないことをしでかしたと知った時には、心臓が止まるかと思ったぞ……。 大事(だいじ) なく済んで、本当に良かった……。
儂(わし) は、女神を怒らせた時に責任を取って斬首刑になるくらいは構わぬが、大陸を滅ぼし海に沈めた大罪人として後世に名を残すのだけは嫌だ……」
国王の言葉に、ここに集まっている者達は皆、うんうんと頷いた。
「……しかし、馬も乗り手も次々と替えての特急便で知らせを送ってくれた領主、我が国を、いや、この大陸を救った、大手柄じゃな。勲章と、何か褒賞を考えておいてくれ。
事情が事情だけに、あまり大っぴらに理由を公表するわけにはいかんが、この功績を無下にするわけにはいくまい。
その町のハンターギルド支部と商業ギルドにも、何らかの褒賞を与えよう。
いや、事件が起こったのがまともな領主、まともなギルド支部がある町で、本当によかった……。
ああ、御使い……、いやいや、敬虔なる女神のしもべである自由巫女の少女を襲ったというその貴族家は潰せ!」
「はっ!」
それ以外の選択肢はなかった。
それと、勝手な事をして大陸の危機を招いた、あの馬鹿貴族達の処罰についても、考える必要がある。
宰相は色々と忙しくなるが、祖国を、そしてこの大陸を守るというこれ以上ないやり甲斐のある仕事を前に、背中に掛かった責任の重圧を感じると共に、心が 滾(たぎ) り、高揚を覚えるのであった……。