作品タイトル不明
305 迎 撃 8
「……そういうわけで、昔、御使い様が持っておられたという、見た目より遥かに多くのものが入れられる『 天(あま) のポシェット』がうちの先祖の手に渡ったらしいのです……」
「「「「「…………」」」」」
何とか、納得させた。
みんな、納得していない、というような顔をしているけれど、一応『納得した』ということになった。
世の中、『 力業(ちからわざ) 』というものが必要な時もあるのだ。うむ。
ちなみに、今の時代では、『カオル・ナガセ』は御使い、もしくは聖女だったということになっている。
地球では、聖女は人間であり、御使いは人間ではなく天使を指す場合が多い。
しかしこの世界では、御使いは『女神が天界から遣わされた者』という、天使を指す場合と、女神が寵愛を与え神託を告げた人間を指す場合がある。
だから、宗派や書物によってバラバラで、御使い様だと書かれていたり、聖女、あるいは大聖女と書かれていたりするが、共に『カオル・ナガセは人間であった』ということだ。
その中で唯一、『カオル様は御使い様や聖女とかではなく、他の世界から来られた、セレスティーヌ様と同格の女神である』と主張しているのが、アレだ。
エミール達、『女神の眼』のメンバーが立ち上げた、『女神カオル真教』。
……まあ、信者数が少ない、弱小宗派だけどね。
ただ、その『数少ない信者』が、王族だったり、貴族だったり、海軍の上から下まで全部だったり、有力商家だったり、海軍以外の民間船乗りや造船技師の大半だったりするため、なかなか宗派が途絶えそうにはないらしいのだ……。
あと、アリゴ帝国では、国を滅ぼしかけた悪魔だと言う者達と、侵略軍の被害を最少に抑えた上、戦後の慈悲に満ちた復興援助から救国の女神扱いする者達とに、大きく二分されたらしい。
まあ、いくら西方の島のことを教えたり造船に協力したりしてあげたところで、あの戦いで父親や夫、そして息子を殺された者達にとっては、そりゃ、そんなヤツを崇める気持ちにはならないだろう。
とにかく、『女神カオル真教』の信者なんかいそうにないこの辺りの国では、『カオル』という名の、死後に聖女に列せられた少女は、女神セレスティーヌの寵愛を受けていただけの普通の人間であり、その責務を果たし殉教して、女神の御許に行ったことになっているのだ。
……そう。だから、この時代に聖女カオルが再臨するなどということは、この世界の者達にとっては想像の 埒外(らちがい) というわけだ。
そして、残された書物の多くに書かれている、『聖女カオル様は、時々何もない空間から食べ物を取りだしてお食べになっていた』という記述。
……うん、その言い伝えからも、 私(カオル) が魔法のバッグ、『 天(あま) のポシェット』を女神から与えられていて、昇天する時にはそれを地上に残していった、ということには、何の矛盾もない。
そしてそれを、最後の務めを果たすべくブランコット王国へと出発する際に、巫女のひとりに託したのである!
それが、その巫女の家系に代々伝えられた。
……うむ、完璧の母!!
「勿論、このことは他言無用です。
天(あま) のポシェットは、巫女の素質がある者が、きちんと譲渡の儀式をして受け取らないとその能力を発揮せず、ただの中古のポシェットに過ぎなくなります。
つまり、盗んだり奪ったりしても、何の意味もないのです。
でも、それを知らない者にはとんでもないお宝に見えるでしょうし、知っている者は、私とセットで、とか考えるかもしれませんからね」
私の言葉に、こくこくと頷く『灼熱の戦乙女』の面々。
……うん、ポシェットのことを知った悪党なら誰でも考え付くことだから、説得力は充分だ。
これで、私は『女神の御寵愛をほんのちょっぴり受けただけで、実家に伝わる御神器を持っているだけの、どこにでもいる普通の少女』だ。
下手に私が女神の加護を受けているなんて思われて、護衛任務で油断されちゃ、大変だからね。
私は、心臓をひと突きとか、スティレットで延髄を刺されたり、首を飛ばされたりすれば、即死だ。敵味方がはっきり分かれている戦場とかであればともかく、 町中(まちなか) ですれ違いざまにとか、雑踏での奇襲とかには、ほぼ無力だ。
だから、『灼熱の戦乙女』のみんなには、私はただの無力な少女だという認識でいてもらわなきゃならない。
事実、ポーションと恭ちゃんからの借り物の装備を除けば、本当にそうなのだから。
近距離での奇襲には、反射的に武器を抜いて対処してくれる近接戦闘のプロか、もしくはその前に怪しい奴を識別して防護態勢に入ってくれる者が必要だ。
そのために、『灼熱の戦乙女』を雇ったのだからね。
あ、勿論、 集(たか) ってくるチンピラや悪徳商人に対する『虫 除(よ) け』の役目もあるけれど……。
実力はどうあれ、『護衛がいる』という事実だけで、雑魚に絡まれる確率は大幅に低下する。
何せ、護衛対象に危険が及ぶと判断したならば、護衛は何の躊躇もなく武器を振るい、敵を排除するだろうからね。
そんなつもりじゃなかった、ちょっとからかうだけのつもりだった、なんて言っても、通るはずがない。
首を飛ばされようが手首を斬り落とされようが、『少女を襲った強盗が、護衛に返り討ちにされた』というだけのことであり、それは相手が貴族であろうが有力商人であろうが、関係ない。
襲ってきたのが貴族や金持ちだったので、抵抗せずに依頼主を差し出しました、なんてことがあれば、ハンターギルドに護衛依頼を出す者なんか、誰もいなくなるだろうからね。
そういう場合にはハンターギルドが全力でバックアップしてくれるし、本気になったハンターギルドには、貴族や王族でさえも手出しを躊躇うらしいのだ。
……つまり、そういう場合に切られるのは、調子に乗って正規の依頼でハンターが護衛している対象に手出しした、馬鹿な木っ端貴族の方、ってわけだ。
うむ、安心して迎撃を任せられるな。
* *
「……どうする?」
食事を終え、自分達の部屋…… エディス(カオル) の部屋の隣……で相談する、『灼熱の戦乙女』。
本当は、護衛対象と同室にするべきであるが、そこまですると息が詰まるからと、 エディス(カオル) が部屋は別にすると言って 退(ひ) かなかったのである。
まあ、防音性能が低い壁は隣室で大きな音がしたり大声を上げたりすれば丸聞こえであるし、いざという時には廊下経由でドアから突入するのに、数秒しか掛からないので、大きな問題はない。
敵は エディス(カオル) を殺したりはせずに捕らえようとするであろうし、ドアと窓には 閂(かんぬき) をかけた上で、内側に花瓶か壺でも置いておけば、声や物音を立てる暇もなく、ということはあり得ないであろう。
ならば、隣室であっても エディス(カオル) の拉致を防ぐことは 容易(たやす) い。
何せ、ここは2階であり、出口はドアと小さな窓しかないのである。そんな場所で、手足を振り回して必死で暴れ、抵抗する少女を連れて5人の護衛を振り切って逃げられる者など、そうそういるはずがない。
まあ、賊側が10人以上いれば何とかなるかもしれないが、そんな大人数で大騒ぎをして、野次馬や警備兵が駆けつけて来ないはずがない。
……なので、『灼熱の戦乙女』も、 エディス(カオル) の要望を呑んだのであった。
「依頼人の秘密を守るのは、ハンターとしての絶対の義務だ。それに……、御使い様を裏切れば、どんな神罰が下るか、分かったもんじゃない!」
「「「「だよね~!」」」」
「……まぁ、元々そんな気は全くないが。何しろ、私達は女神セレスティーヌの敬虔なるしもべだからな、うん!」
「「「「そうそう!!」」」」
リーダーであるイシュリスの言葉に、皆が不自然な、棒読みのような声で賛同した。
御使い様を天上から見守っておられる女神様が、盗聴……その偉大なるお力で、全てをお見通し……されている可能性がある。
そう考え、顔をやや上向き気味にして、 殊更(ことさら) に大きな声でそう話す、『灼熱の戦乙女』の面々であった。
「……深く考える必要はない。
私達はただ、依頼主である、 ごく普通の(・・・・・) 、 ただの一般人である(・・・・・・・・・) エディス様をお守りし、仇なす敵を成敗すれば良いだけのことだ。
……但し、今回は襲撃者を捕らえて犯罪奴隷としての売却益の半額を、ということは念頭に置かないこととする。
いくら余裕があろうと決して油断することなく、エディス様の安全を第一とし、エディス様の敵には、女神に代わって我らが神罰を代行する。たとえ、どんなことがあろうとも……。
……いいな?」
「「「「おおっ!!」」」」
狂信者、……そして 狂戦士(バーサーカー) の誕生であった。