作品タイトル不明
297 町 3
翌日の朝、ハンター達の受注ラッシュが終わり、ようやく喧噪が収まったハンターギルド支部の1階、受付窓口で……。
「……護衛依頼、ですか?」
「はい。他の町への移動ではなく、この町に滞在している間の護衛です」
「…………」
受付嬢が 怪訝(けげん) そうな顔をするのも、無理はない。
護衛依頼が珍しいというわけではないが、それは、主に商隊が他の町へ移動するときに依頼するものである。町から出ないのに護衛を依頼する者は、滅多にいなかった。
勿論、貴族とか金持ちとかは町の中でも護衛を付けるが、それはお抱えの家臣や騎士、兵士達とか、 常雇(じょうやと) いの専属護衛とかであり、指名依頼であればともかく、受注者を指名しない一般依頼で信用度が低い 一見(いちげん) のハンターを雇うということは、まずない。
しかも、未成年の子供が、親や付き添いの大人が依頼するのではなく自分で依頼するなどということは……。
おまけに、その子供が巫女服を身に着けているとなれば、ますます謎が深まる。
未成年の巫女は、神殿に所属しているはず。
それが、このような単独行動で、自分で護衛を雇うなどということがあるとは思えない。
カオル(エディス) は、今は昨日の領主邸訪問の時とは違い、ごく普通の巫女服……神殿配下の巫女達とは少し違うデザインではあるが、明らかに巫女だと分かるもの……を着ている。
国や宗派の違いによって神職者の衣服が若干異なるのはごく普通のことなので、そこは問題とはならない。
なので カオル(エディス) は、ごく普通の、平民の巫女だと思われているはずである。
そのため、単独で他の町へと移動するため護衛を雇うならばともかく、平民の子供の巫女……おそらくは、まだ見習い……が町の中で護衛を雇うなどというのは、この受付嬢の常識から外れたことなのであった。
なので、少し戸惑い、言葉を途切らせた受付嬢であるが……。
がつっ!
「ぎゃっ! し、失礼いたしました、ご、護衛依頼でございますね……」
隣の窓口を担当している先輩受付嬢に 脛(すね) を蹴られ、慌てて言葉を続けた。
……そう。ハンターギルドの受付嬢たる者、どんな依頼であっても動揺することなく、笑顔で平然と処理をしなければならないのである。
常に沈着冷静、豊富な知識と優れた判断力により、ハンター達から、そして依頼主達からの絶対の信頼を得る。それが、女性達の憧れのエリート職、ギルドの受付嬢なのである。
その信頼を揺るがすような無様な真似をした後輩には、強い指導が必要なのであった。
「はい。人数は3人から5人くらいまで。強さは、普通の兵士4~5人に勝てるくらい。3人か4人ならひとり以上、5人ならふたり以上の女性を含むこと、というのが条件です。
期間は、とりあえず10日間。延長する場合は、双方が合意するならそのまま継続契約。合意がなければ、その場で契約満了。改めてここに次の護衛を募集に来ます。
予定より早く私の用件が終わった場合は護衛契約を打ち切りますが、10日分の護衛料は全額支払います」
「……ううん……」
悪い条件ではないはず、と考えていたカオルは、受付嬢が少し考え込んでいるのを見て、疑問に思った。
「あの、何か問題でも?」
「あ、いえ、依頼内容には問題ありません。ただ、女性が含まれていること、という縛りがあると、依頼を受けられるパーティが限られますから……。
いえ、事情は分かりますよ、勿論。女の子にとってゴツくてむさい男性ばかりだと怖いですし、 沐浴(もくよく) やお花摘み、同室での睡眠等、女性の護衛がいてくれると助かりますからね……」
本当は、護衛が男ばかりだと護衛自身に襲われるという可能性があるため、女性ひとりを密着護衛する場合は女性を含むパーティを選んでその危険を小さくするというのは周知のことであるが、さすがにギルド職員からそれを口にするのは 憚(はばか) られるようであった。
しかし、そういう依頼は、町の外へ出る場合のもの、つまり仮想敵は魔物や盗賊である。
普通のハンターが3~4人いれば、はぐれのオークや数匹のゴブリン、コボルトくらいは追い払えるし、盗賊などという、兵士にもハンターにもなれなかった、そして日々の鍛錬をすることすらないクズなど、たとえ倍の人数であっても一蹴できる。
しかし、仮想敵が兵士となると、そうはいかない。
自分達に死傷者を出さずに、護衛対象を護りながら同数の兵士に勝てるパーティは少ないし、それらの大半はメンバーに女性を含んでいない。
更に、そんなに実力があるパーティは、 町中(まちなか) での平民の少女の護衛依頼を受けたりはしない。その少女が、どこかの国の王女様とかでもない限り……。
そしてカオルは、どう見ても王女には見えなかった。
いくら頑張ったところで、せいぜい、噛ませ犬役の悪役令嬢である。
おまけに、このような条件で護衛を雇うということは、 おそらく襲われる(・・・・・・・・) という確信があるのであろう。
でないと、かなり治安の良い 町中(まちなか) で、平民が高額の護衛を雇うはずがない。
……しかも、普通は襲われることなどまずないはずの巫女が、である。
普通は、盗賊ですら巫女や神官を襲うことはないというのに……。
「条件に合うパーティが少ない上に、この依頼内容だと、受け手が……」
「報酬は、金貨50枚を考えています」
「え?」
固まる、受付嬢。
金貨50枚といえば、日本における500万円くらいの感覚である。
10日間の 町中(まちなか) での護衛で、500万円相当の報酬。
5人パーティならば、ひとりあたり100万円。
3人ならば、167万円相当である。
それが、僅か10日間、もしくはそれ以下の日数で……。
町の中なのであるから、怪我をすればすぐに医師や薬師、神殿とかに駆け込めるし、そもそも、短時間だけ持ち堪えられれば、警備兵なり他のハンターなりに助けを求めることができる。
それに、そもそも 町中(まちなか) で堂々と人を、それも巫女である平民の少女を襲う者がそうそういるとは思えないし、たとえそういうおかしな者がいたとしても、大人数や組織立った者達という確率は低いであろう。そう判断するのが普通である。
ならば、これはとんでもなく美味しい依頼……。
「その依頼、私達が受けますわ!」
「「え?」」
カオルと受付嬢の声がハモった。
そして……。
がつっ!
「ぎゃっ!」
再び隣席の先輩から脛に蹴りが入り、涙目の受付嬢。
「その依頼は、私達、『灼熱の戦乙女』が受けさせて戴きますわ」
依頼ボードに貼り出されるどころか、まだギルドが正式に受注してすらいない依頼。
それを横から掻っ攫うのは、明らかなルール違反である。
しかし、幸か不幸か、今、ここにはカオルが提示した条件に合致したハンターパーティが他にはいなかった。
主に、女性を含む、という部分において……。
もし他にもこの依頼を受注可能なパーティがいたならば、 一悶着(ひともんちゃく) あってもおかしくない状況であった。
上手くすれば、なにもせずに10日間で金貨50枚。
もしこの少女が襲われたとしても、戦い、敵を蹴散らせば済むだけのこと。
町の中か日帰りの散歩程度で、大儲け。
それは、受注可能なパーティならば、飛び付いてもおかしくはなかった。
なぜ平民の巫女が、こんな依頼に金貨50枚も出すのか、ということに疑問さえ抱かなければ。
「で、でも、『灼熱の戦乙女』の皆さんは、対人戦の経験があまり……」
「誰でも、最初は『初めて』ですわ。最初からベテランの経験者、などという方はおられませんわよね? そして私達は、魔物との戦闘においては、充分な実績がありますわよね? 対人戦で数名の兵士を一蹴するレベルのパーティと 遜色(そんしょく) のないくらい……」
確かに、このパーティ、『灼熱の戦乙女』は、オークどころか、複数のオーガやグレイベアを 屠(ほふ) ったことが何度もある。戦闘力で言えば、確かに充分な受注資格があった。
「……う、は、はい、まぁ……。し、しかし……」
がつがつっ!
「ぎゃあ!! ……は、はい、分かりました……。
しかし、それは依頼人と面談し、合格されれば、ということにさせていただきます」
客からは見えないカウンターの下で、脛にかなりのダメージを受けたらしき受付嬢が、目尻に涙を浮かべながら、それでもきりりとした表情でそう断言した。
「それでいいですわ。では、さっさと依頼者さんからの受注処理をして、引き続き私達からの受注申し込み処理をしてくださいまし」
そして、その遣り取りを、ぽかんとした顔で眺めている、カオル。
『灼熱の戦乙女』。
それは、そのパーティ名の通り、女性5人のパーティであった……。