作品タイトル不明
293 貴族からの接触 2
あの後、急いで作られた契約書を商人さんに確認してもらい、不備がないことを保証してくれたので、5人組のハンターと護衛契約を結んだ。
依頼料、銀貨1枚。日本円にして、1000円くらいだ。
正直言って、タダ同然。形ばかりの金額だけど、正式な契約にするためには無料というわけにはいかないから、一応依頼料が発生するという形にしてあるだけであって、実際にはハンター達のご厚意だ。
ありがたや……。
だけど、ここで大きな問題が発生する。
……私を拉致しようとした、4人の兵士達だ。
今はハンター側が圧倒的な優勢だからおとなしくしているけれど、反対方向へと進む商隊と別れれば、兵力差は5対4。しかも、私の足が遅いから、兵士側は先回りしての待ち伏せや奇襲ができる。
こっちはいつ襲われるか分からないため常に気を張っていなければならず、疲労が激しくなる。
それに対して、向こうはゆっくり休み、自分達に有利な時、有利な場所で奇襲できる。みんなが寝静まった深夜とか……。
しかし、かといって、まだ何もしていない兵士達を捕らえたり殺したりするわけにもいかないだろう。
うむむ、どうすれば……。
「では、あそこで馬車の向きを変えましょう」
え?
「少しお待ちください。すぐに方向転換しますので……」
えええええええ!
「そ、それって……」
「はい、勿論一緒に街へ戻りますよ。この連中がおかしな真似をしないように……」
「…………」
商人にとって、時間は、命とお金と積荷の次に大事なもののはず。
それを、見知らぬ少女のために費やすか……。
こりゃ、商売の方で、いつかお返ししなきゃなぁ……。
ありゃ?
兵士4人組の顔色が悪いぞ。
いや、ハンターと商隊の護衛達に囲まれた時点で焦った様子ではあったけれど、まだここまで顔色が悪くはなっていなかった。
なのに、商人さんの今の言葉で急に挙動不審になったということは……。
「ああっ! てめーら、後で襲おうと考えてやがったなああっ!!」
「「「「「「…………」」」」」」
私の言葉に、あからさまに動揺する兵士達と、無言で冷たい視線を兵士達に向けるハンターと商人さん。
……うん、獲物を発見したのに手ぶらで帰りました、じゃ、ただでは済まないよねぇ、雇い主さんからの処罰……。
この後、私が街で事後手続きのためにギルドに顔を出したり、買い物をしたり、宿に泊まったりすれば、私が今、ここにいたということは簡単に調べが付く。
ならば、このあたりの担当であるこの連中が私を捕捉したということは、容易に推察できるだろう。
それに、ギルドでの事後手続きで事情を説明するし、孤児院からも私が現れたということの情報が流れるだろうし。
いや、私が孤児院に施しをしたということは、別に秘密にしなきゃならないようなことじゃないからね。
それどころか、善行として広く知らしめてその行動を讃え、後に続く者が出るように宣伝するのが、孤児院としての正しい行動だ。
事実、そのおかげで、エディスの名が結構知られ始めているのだから。
そして、さすがにいくら何でも、口塞ぎのために孤児院の子供達と運営の大人達全員を惨殺する、ということはできまい。もしそんなことをすれば、ここの領地の警備兵だけでなく、王都からも調査団が来るくらいの大事件だ。
……そしてそうなれば、この連中の縛り首だけで済むわけもなく、雇い主は一族郎党根絶やしとかになりそうだ。
つまり、私をふん 縛(じば) ってでも連れ帰るしかない、ってことだ。
私を怒らせたことで叱責はされても、今選べる選択肢の中では、一番被害が少ないだろうからね、それが。怒らせた責任を全てこの連中に押し付けて、雇い主にはそんなつもりはなかった、丁重にお連れするよう命令していた、と言い張れば、関係を修復できる可能性はあるのだから……。
そしてその次が、『連れて戻る途中で、なぜか急に逃げ出そうとして、崖から転落』とかいうやつだ。
まあ、それならば、現場を誰にも見られなければ、他の目撃証言と矛盾することはないだろう。
……なぜ私が逃げようとしたかは謎だけど、それは自分達にも分からない、偽聖女であることが露見して処罰されるのを恐れたのでは、とでも説明するしかないだろう。
それならば、たっぷりと叱られるだろうけれど、致命的とまでは行かないかもしれない。
でも、まぁ、無事連れていった方がいいのは間違いない。
だから、商隊が充分離れ、私とハンター5人組だけになってから、隙を見て奇襲し、私を掻っ攫おうとでも考えていたのだろう。
ハンターはみんな男性だから、お花摘みとかで私がひとりで少し離れるとかいう場面もあり得るし……。
最低でも、私達を皆殺しにして、盗賊の仕業に見せかけるとかいう手もある。
この連中が、そこまでやる悪党ならば、だけどね。
しかし、そういう目論見も 潰(つい) えたわけだ。まさかの、何の関係もない商人が、儲けがないどころかかなりの損失を承知で来た方向へと引き返す、という行動を取ることによって……。
商人としては、失格。
でも、人間としては正しいその行動には、後でその 報(むく) いを与えなきゃね。
* *
そして、呆然と立ち尽くす4人の兵士を後に、私にとっては次の街、商隊にとっては出発してきた街へと向かった。
5人のハンターにとっては、出掛ける途中だったのか戻る途中だったのか、分からない。
護衛と5人のハンター達は歩きなので、私も歩こうとしたところ、馬車に乗るようにと言われた。
遠慮して、私も歩くと言ったところ……。
「歩いて町や村を巡っているのだから、歩けることは分かってる。でも、聖女様の速さに合わせていたら、移動時間が5割増しになっちまうんだよ。遠慮される方が、大迷惑なんだよ」
護衛の人から、本音を聞かされた。
「……理解しました。ごめんなさい……」
うん、そうだよねぇ。これ以上、迷惑は掛けられない。
だから、素直に御者台に座らせてもらった。先頭馬車の、この商隊の指揮官である商人さんが座っているところの隣に……。
あとの2台の御者は、雇われ御者らしい。
そして、進みながら色々と話を聞いたところ、今日は暗くなってきたら街道脇で夜営し、明日の昼過ぎに街に着く、とのこと。途中に村はいくつかあるけれど、村に泊まるメリットがないことから、それらはスルーして夜営するらしい。
ただ、食事は期待しないで欲しい、と言われた。
炊き出しをしていた孤児院は、街外れとはいえ、市街地からそう離れていたわけじゃない。だから、あそこを出てからそう時間が経っていないということは、……次の街までは、丸々距離が残っているということだ。
そして商隊は、余計な荷物になる上に鮮度が落ちる自分達用の食料を、長旅でもないのに無駄に多く積んだりはしない。そんなものを積んだりしなくても、次の街で新鮮なものを仕入れて補充すればいいのだから。
……勿論、車軸が折れたり車輪が壊れたり、そして天候不良で道が 泥濘(ぬかる) んだりしての予定外の日数延長に備えての非常食は積んでいるが、それは保存性と携帯性だけを重視した、固くてクソ不味いやつである。おそらく、夕食はそれになるのだろう。
全部、私のせいだな。
……よし!
* *
「今日は、ここで夜営します」
暗くなり始めると、街道から外れ、街道脇にあるスペース……夜営や休憩、馬車の修理とかのために、所々に作られている待避場所……のひとつに馬車を入れた商人さんが、そう言って馬車を駐めた。
ここで食事をして、その後、草むらに寝転んで眠るのだろう。
荷馬車には、人が寝られるようなスペースはない。そんな空間があれば、その分、商品を積むに決まっている。
勿論、重い物を馬車にぎっちり詰め込むと馬車が動かないし、無理をすれば車軸が折れるし、下の方の商品が潰れてしまう。なので、重さと体積と丈夫さと利益率を考えて、如何に効率的な積荷の選択をするかが、商人の腕の見せ所らしい。
では、食事の準備……保存食だから、準備らしい準備は必要ないらしく、お湯を沸かす程度……が始まる前に……。
「ちょっと、食材を探してきます!」
「あ、おい! ……ちょっと待て、ついていこう」
「馬鹿、女の子がひとりで席を外したがっているんだ、察しろ!」
「あ……」
ハンターのひとりが付き添おうとしたけれど、他のハンターに止められた。
うん、考え過ぎだよ!
どうせここからたいして離れないだろうと思ったのか、そう危険はないと判断したらしく、他のハンター達は軽く手を振っている。
野良巫女である私は、いつもひとりであちこち旅をしていると思われているのだ。街道を外れた場合の危険も、それに対処する方法も身に着けていると思われていて当然だ。
……今現在、私が怪我ひとつなくピンピンしているのが、その何よりの証明だ。
まぁ、こんな待避場所のすぐ近くじゃ、食事に少しでも彩りを加えたいと思った旅人が漁り尽くしているだろうから、食べられる野草の類いとかは何も残ってはいないだろうけどね。
だから、みんなも私が食材を探しに行くというのは口実に過ぎないと思っているわけだ。
いや、実は、本当にそれもあるんだけど……。
だがしかし!
私は、充分な距離を取り、 お花摘み(・・・・) を済ませた後、少し時間を潰して……。
* *
「お、早かったな。どうせ他の者に取り尽くされて、食用になるものなんか何も残っていなかっただろ……う……」
私が手にしている山菜と2匹の角ウサギを見て、ぱっかりと口をあけたまま固まっているハンター。
「ほ、本当に食材を採ってきやがった! しかも、角ウサギまで……」
他のハンターや商人さん、雇われ御者の皆さんも、目が点状態。
……勿論、山菜も角ウサギも、アイテムボックスから出したやつだ。鮮度は抜群!
「お鍋、貸していただけます?」
こくこく、と無言のまま頷く、商人さん。
さすがに、お鍋をアイテムボックスから出すわけにはいかないだろう。
お礼代わりに、鍋料理を振る舞うか……。