作品タイトル不明
276 トレーダー商店 5
移動は、恭ちゃんの搭載艇で迎えに来てもらった。夜間に、近くの森まで。
そして現在、恭ちゃんの店がある街へと飛行中。
いや、私のポーションとかレイコの魔法とかで、体力増強&回復しながら突っ走る、って方法もあるよ?
1500メートルを6分で走るという、15~16歳の少女としてはごく普通の速度……但し、陸上部に在籍している者の、一時的な速さ……で走り続ければ、24時間で360キロ。
もし誰かに目撃されても、それはその人の目に触れる数分間だけのことだから、疑念を招くこともあるまい。
……どうして街から遠く離れた街道を、運動着姿の少女ふたりが走っているのか、という問題は別として……。
やらないよ!
何が悲しゅーて、女ふたりで汗だくになって一晩中走らなアカンねん!!
汗だく大盛り……、って、うるさいわっ!
翌日の筋肉痛が怖いわっ!!
はぁはぁはぁ……。
「香、どうしてそんなに息を荒げてるの?」
「……何でもない……」
恭ちゃんに、不思議そうな眼で見られた……。
「ところで恭子、まだ何もしていないでしょうね、その雇った店長とか、ソイツを送り込んだ商家、ふざけた真似をしてくれたギルドマスターとかに……」
「あ、うん。店長は商工ギルドの地下室にいるらしいから手出しできないし、礼子が『何もするな、すぐ行くから待て』って言ってきたから……。
まあ、来てくれるのを待つんじゃなくて、私が迎えに来ることになったけど……」
レイコの確認の言葉に、そう答えた恭ちゃん。
うん、とりあえず、ひと安心だ。
「で、話に出た、ギルドマスターのふざけた返事だけど……、それって、ただの 自棄糞(ヤケクソ) でのギャグなんじゃないの? まさか、商工ギルドのギルドマスターともあろう者が、本気でそんな言い分が通るとは思わないでしょう……。
もう、ギャグにでもしないとやっていられない、って雰囲気じゃなかった?」
「う~ん……。
まあ、ギルドマスターも副ギルドマスターも、いい人ではあったんだよねぇ。
いきなり現れた、何の後ろ盾もない私に親切にしてくれたし……」
うんうん、最初にリトルシルバーに戻ってきた時、そう言って、嬉しそうに話していたよね。
ここはひとつ、そのギルドマスターに助け船を出してあげるか……。
「じゃあ、今回は雇った店長に裏切られて頭に来てる時に無神経なギャグを言って恭ちゃんを怒らせたけど、情状酌量の余地があるということで、勘弁してあげない?」
「う~ん……、まぁ、香がそう言うなら……。
で、店長と、その黒幕は?」
「「そっちは、潰そう!」」
「あ、やっぱり?」
* *
「……で、その黒幕っていうのが……」
「うん、この街の普通のお店……の振りをした、王都に本店がある大店の隠れ支店だって。
この街は、王都に本店を持つ大店の内の、ホークス商会が担当してるの。大店同士の『暗黙の了解事項』としてね。
本当は複数の大店の支店がある方が、競争原理が働いて、この街の人達にとってはいいんだけど……、大店にとっちゃあ、全ての店が全ての街に支店を出して互いに食い合うよりも、協定を結んで、それぞれが独占する街を分け合った方が効率がいいからね」
「「ああ……」」
うん、大店のその気持ちは、よく分かる。
「でも、『隠れ支店』ということは……」
レイコの質問に、こくりと頷く恭ちゃん。
「うん、普通の単独商店の振りをした、他の大店の支店。……勿論、証拠はないけどね。
でも、 この街(地元) で売買する商品は必要最低限で扱うだけで、この街の特産物をたくさん買って王都へ送っているらしくてね、……まっくろくろすけ。
……まあ、大店同士の暗黙の了解というか、正式なものではないふんわりとした協定に過ぎず、別に犯罪とかじゃないし、ただの商売だと言われればそれまでだから、ホークス商会もスルーしてるらしいんだけど……」
「そこが、トレーダー商店に眼を付けた、と……」
「うん。『この街で安く手に入る、王都で高値で売れそうなもの』って条件に、うちの商品がヒットしちゃったらしいんだよね、これが……。
勿論、この街の小さな商店だけでなく、ホークス商会の支店にも売っているから、王都にもホークス商会を通して以前からうちの商品が少量流れているよ。だから、王都の一部では、既に少し注目されてたみたいなんだよね、うちの商品。
だから、もっとうちの商品を手に入れたい。でも、ホークス商会の手前、あまりあからさまに買い占めるわけにもいかない。なので、うちの仕入れルートを押さえるか、商品の製造技術を手に入れるかを狙ったんだろうね」
「「なるほど……」」
あ!
「じゃあ、ローディリッヒ達がトレーダー商店のことを知っていたのも……」
「うん、うちの店の名は、既に王都の一部では知られつつあるからね」
「なるほど……」
だから、 リトルシルバー(うち) の代わりとして、すぐに トレーダー商店(恭ちゃんのところ) に飛び付いたわけか……。
そうこう言っているうちに、恭ちゃんが活動拠点にしている街に到着。
さすがに、搭載艇だと、あっという間だ。
勿論、いくら夜間であり光学迷彩や消音装置が働いているからといって、 街中(まちなか) に降りたりはしない。ちゃんと郊外の 人気(ひとけ) のないところに降りて、そこからは歩き。
搭載艇は、自動操縦で衛星軌道に戻す。
何かあった時に一秒でも早く呼べるよう、母艦には収納せずに待機させておくらしい。
恭ちゃんもまた、私やレイコと同じく、そういう点においては慎重というか、心配性だからなぁ。
「あ、ちょっと待って!」
今、私とレイコは素顔だ。
リトルシルバーの私とレイコも、ハンターのキャンと聖女エディスも、ここの商人サラエットとの関係を知られるのはまだ早い。だから……。
「はい、髪と眼の色を変えるポーション」
レイコに、今創ったポーションの小瓶を渡す。栄養ドリンクタイプのやつ。
勿論、私の分もあり、一気に飲む。
普段の色とも、聖女エディスの色とも違うものに変えるためのやつを……。
そして、左手首に着けたブレスレット……顔の造りを光学的に変更し、ボイスチェンジャー機能も搭載したやつ……のつまみを少し回す。
うん、エディスとは別の顔、別の声に変えたのだ。
勿論、私が創ったこの変身ブレスレットが、エディスの声と姿にしか変えられないわけがない。
アレだ、アレ!
『女神の友人であるこの私が、たったひとつの変身を身に着けるために特訓を必要としたとでも思っていたのか?』ってヤツ!
……いや、やってないけどね、特訓……。
夜間だから人目に付くことはないとは思うけれど、万一に備えたこういう慎重さが、命を守るんだよねぇ……。
とにかく、恭ちゃんはいつもの『商人サラエット』、私とレイコは地味なモブ顔で、夜の街をトレーダー商店へ。
話は、そこでゆっくりと……。