作品タイトル不明
275 トレーダー商店 4
「これより、少女誘拐事件についての取り調べを行う」
警備隊の取調室において、ローディリッヒの取り調べが始まろうとしていた。
取調官の宣言に、頭を下げるローディリッヒ達、7人。ローディリッヒ、腰巾着3人、雇われた誘拐の実行犯3人である。
今回は重要な案件ということで、領主がオブザーバーとして立ち会っている。
被害者が他領か他国の貴族の娘らしき少女であり、犯人がここの領民ではなく王都民であることから、下手をすると大きな問題となる可能性があるのだから、当然のことであろう。
事件における客観的な事実は、警備隊の兵士達を含む大勢の者に目撃されており、ローディリッヒには言い逃れのしようがない。
なのでここは、いかに目撃された事実に矛盾しないストーリーをでっち上げて信用してもらうか、というのがローディリッヒに取り得る手段の全てである。
あのリトルシルバーの小娘が否定し反論するであろうが、それを言い負かし、取調官に自分の言葉を信じさせることさえできれば……。
(……え?)
そして少し落ち着いたローディリッヒが疑問に思い、部屋中を見回すが……。
(……いない? あの小娘達がいない……)
そう、この部屋にいるのは、自分達7人の他には、取調官、自分を捕らえた警備隊の兵士のうちの4人、事件の当事者というか被害者というか、あの、レイアという名の少女、……そして、立ち会っている領主のみであった。
……自分にとって不利な証言をするはずの、あの小娘達がいない。
不思議そうな顔のローディリッヒに、取調官が教えてくれた。
「ああ、リトルシルバーの者達は大事な用があるとかで、街を離れている。取り調べに立ち会うのは、今いる者達だけだ」
「え……」
いない。
あの小娘達が、取り調べに立ち会わない。
リトルシルバーでの遣り取りを知っている者が、自分達以外には誰もいない。
ここにいる者達のうち、自分達以外で事件に直接関わり、僅かでも状況を知っているのが、少し頭が弱いらしいレイアという娘ただひとり。
そしてその娘は、お菓子に釣られて自分からついて来て、一晩中お菓子を食べていただけ。
おまけに、その間話し相手をしてやった連中に懐いて、奴らを擁護する発言をしている。
(……やった! これで、俺の言い分を否定する者はいない! 俺の言うことが真実となる!!)
それからは、トントン拍子に事が運んだ。
取調官の質問に対するローディリッヒの熱弁を妨げる者はいない。
雇われた男達も、ローディリッヒの罪が軽くなれば必然的に自分達の罪も軽くなるため、余計な口は挟まなかった。
……当たり前である。
(……勝った!)
ローディリッヒが、そう確信した時……。
「嘘ですね」
レイアが、ぽつりとそう呟いた。
そして……。
「嘘だな」
領主が、同じくそう呟いた。
「え……」
ふたりからの突然の言葉に、ローディリッヒの熱弁が止まった。
「な、何で……、どうして……」
レイアからの言葉は、まあ、分からないでもない。
当事者であり、自分のことに関して事実とは異なることを言われれば、そう言うかもしれないとは想定していた。
そしてそれは、適当に言いくるめるつもりであった。何せ相手は少し頭の弱い7~8歳の世間知らずの子供なのである。それくらいはどうとでもなる、と……。
しかし、領主からそう断言されることは想定していなかった。
領主はただ部下からの報告を聞いただけであり、そしてこの場にはオブザーバーとして立ち会っている。
……つまりそれは、 取調官(しかいしゃ) から発言を求められるか、明らかに話がおかしくなった時に『鶴の一声』、『神の声』として介入するくらいのはずであった。
そう、言い争いも何の問題もなく、ただ淡々と取り調べが進み、容疑者が弁明している時にそれを遮るような介入の仕方をするようなことはないはずであった。
それも、部下からの報告でしか知らない件に対して……。
「い、いえ、全て本当のことでございます!」
そう領主に主張するローディリッヒであるが……。
「しかし、お前はリトルシルバーに出向いて、明らかにその少女が行方不明になっていることを知っているという前提での話をしたそうではないか。それも、あり得ないような条件を強要する、ほぼ、いや、完全な脅し、脅迫行為によってな……。
私は、そのように聞いておるぞ?」
……来た。
当然ながら、ローディリッヒはその報告が領主の許に届いていると考えていた。
普通であれば、相手側との言った、言わないの水掛け論となり、状況証拠からローディリッヒ達が圧倒的に不利となるはずの、その指摘。
しかし、神の御加護により、あの場にいた者達で今ここにいるのは、自分達4人だけである。
向こう側の者は、ひとりもいない。
ならば、何とでもできる!
「いえいえ、それは小娘達が商売敵である私共を陥れるために言った虚言です。私共は真っ当な商人ですので、そのような愚かな真似をするはずが……。
それを訴えたであろう小娘達がここにいないのが、その証拠です。
おそらく、嘘がバレて罪に問われるのを恐れて、逃げ出したに違いありません!
なので、その嘘を事実だと証明する者など……」
「証人なら、いるが?」
「え?」
ローディリッヒの言葉を遮ってそう言ったのは、領主自身であった。
「証人ならここにいる、と言っておる」
しかし、ローディリッヒがいくら室内を見回しても、それらしき者は存在しない。
自分と手下である3人の商人、雇った実行犯3人、小娘、取調官、自分達を捕らえた警備隊兵士のうちの4人、……そして領主。
「…………」
意味が分からず、黙り込むローディリッヒ。
そして……。
「分からないのか? 俺だよ、俺!」
「え……」
しげしげと領主の顔を見るローディリッヒ。
そして……。
「あ!」
すうっと顔から血の気が引いて、蒼白になったローディリッヒ。
「あ、あ、あああ……」
そしてローディリッヒに続き、手下の商人達も蒼くなった。
「お、お前……、い、いえ、あ、あなた様は……」
そう。ローディリッヒ達は、思い出していた。
カオルの後ろに立っていたため、ずっとその顔をローディリッヒ達に見せていた、あの 護衛の男(・・・・) の姿を……。
カオルが、ああいう場に何も知らない男を雇って臨席させるわけがない。
なので、説明の手間の省略、証拠の準備の省略、そしてついでに護衛代の節約のために、領主に護衛っぽい恰好をさせて立ち会わせたのであった。
ローディリッヒ達が男4人で押しかけて来るのが分かっていたため、あからさまな恫喝や実力行使に出るのを防ぐため護衛を用意して威圧するのは必要であったため、一石二鳥で、領主を利用したカオルであった。
「取り調べの場における偽証、領主に対する虚偽の陳述。訴えのあった犯罪行為が全て事実であることが確定したな。
有罪! 刑罰は、取調官が決め、申し渡せ」
がっくりと 項垂(うなだ) れるローディリッヒ達を後に、退席する領主。
後は取調官に任せる、とは言ったものの、既に刑罰は事前に指示してあった。
事件の詳細と処罰の依頼を付けて王都の警備隊へ送りつける、というものである。
いくらローディリッヒ達が王都に籍を置いたままであるとはいえ、領内において犯した犯罪である。なのでここで処罰することができるが、ローディリッヒ達が本当にレイアに危害を加えるつもりはなく、無傷で返してやる予定であったことは事実であった。
そしてレイアに対する扱いも丁寧であったため、脅迫による不利な契約の強要という悪質な行為ではあったものの、重罪だとか凶悪犯罪だとかいうほどのものではない。
なので、刑罰はそう極端に重くなるわけではなく、死罪とか終身奴隷とかいうほどのものではない。
ならば、下手にリトルシルバーに怨みを抱いた者を数年後にこの地で野に放つよりは、王都に送還して向こうで処罰してもらった方が、王都にある本店へのダメージがより大きくなる上に、刑を終えた後にわざわざここへ戻って復讐を、とかも考えないであろうという、領主なりの考えであった。
雇われた実行犯については、被害者である少女本人からと、リトルシルバー側からの減刑の嘆願が出ていることから、『犯罪行為だとは知らずに』という言い分は信じてはいないものの、大した問題ではないため、被害者側が望むならばと、百叩きと所領 所払(ところばら) いで済ませてやることにしている。
百叩きは、処罰実施後しばらくは痛みで仰向けでは寝られない程ではあるが、犯罪紋の 入れ墨(タトゥー) を入れられたり、犯罪奴隷にされたり、『腕落とし』……片腕を斬り落とされる……とかに較べれば、執行猶予にも等しい温情措置である。
また、元々隣領の者であるから、所領所払い……この領地からの追放……など、何の影響もない。
いくら大した悪意はなかったとはいえ、仮にも少女誘拐犯である。このような措置は、普通であれば、まずあり得ない。
おそらく3人の実行犯達は、処罰を言い渡された後、感謝に泣き崩れることであろう……。