作品タイトル不明
269 商会バトル 8
「大丈夫そうだね。じゃあ、あとは任せた!」
「 了解(ラジャー) !」
うん、あとはレイコに任せて、私は引き上げ。
隠れての監視も、何かあった場合の対処も、ポーション使いの私より、魔法が使えるレイコの方がそつなくこなせるからね。
そして私には、これから明日のための仕込みがあるし。
よし、離脱!
* *
「カオル様、お客様です。 顔を腫らした人達(・・・・・・・・) が、4人……」
昼前に、イリーが、そんなことを言ってきた……。
いや、今日の来客対応の当番なのだから、ちゃんと自分の仕事をこなしているだけなんだけどね。
イリーは例の4人組には襲われていないけれど、そんな簡単なヒントがあれば、それがミーネとリュシーを襲った連中だということは丸分かりだっただろう。
さすがに、うちを訪問するのに、 覆面(マスク) を着けてくるわけには行かないか……。
でも、襲われた子供達が『犯人の顔をボコボコにした』と報告しているであろうことは当然分かっているのに、腫れ上がった顔で4人揃ってやってきたということは、隠す気もない、ってことだよね。
そして、その状況で何の用件で来たのか、というと……。
うん、アレしかないよねぇ……。
少し 間(ま) を空けてから来客を食堂へ案内するように指示して、紅茶を飲みながら私と話をしていた 護衛役(・・・) と共に急いで食堂へと向かった。
ここには応接室なんかないので、食事の時以外は子供達が立ち入らず、余計なモノも置いていなくて常に整理整頓と掃除が行き届いている食堂を来客の対応に使うのである。
相手や場合によっては、客の方を先に部屋へ入れて、私達があとから行くという形を取ることもあるが、今回は私達が先に部屋に入り、来客を迎えるという形にする。
私達が食堂で位置についてからすぐに、イリーに案内されて連中がやって来た。
こっちは、席に着いた私と、その後ろに立っている護衛役の男性がひとり。
昨夜のうちに、ちゃんと護衛役の手配をしておいたのだ。
あまり友好的ではない成人男性4人に対して、か弱い女性がひとり、というのは心細いからね。
……いや、世間一般では。
レイコは徹夜でレイア番をやっている。
レイアは多分、睡眠は必要としないだろう。
なので、相手のことを気遣う必要なく一方的に質問を続けられる絶好の機会とばかり、一晩中あの3人を質問責めにしているに違いない。
……まあ、向こうは3人いるので、適宜交代して仮眠くらい取れているだろう。
子供達は、安全のためと、情操教育に悪影響を及ぼさないよう、最初に紅茶と茶菓子を運んだあとは、下がらせている。
なので、今ここにいるのは向こうが4人、こっちが私と護衛役の、合計6人のみ。
……しかし、この連中は、いつも4人一緒だなぁ。
手分けして用件を同時併行で進める、という概念はないのだろうか……。
まあ、支店が閉鎖作業中では、居場所がないのかな。作業を手伝う気なんかないだろうし。
とりあえず、椅子に座るよう 促(うなが) して……。
「……で、本日はアポもなく突然に、どのような御用件でしょうか?」
向こうが話し始めないので、私がよそ行きの笑顔で、にっこりと微笑みつつそう水を向けてやると……。
……どうしてドン引きで椅子を後ろにずらすんだよ! 顔を引き攣らせて……。
「あ、あああ、ああ。今日は、うちとの取引契約を結んでいただこうと思いましてな……」
「え? レリナス商会はここの支店を 畳(たた) むと聞いていますが? なのに、何の取引契約を?」
うん、想定の範囲内だ。
「私共が求めております契約内容は、このようなものでして……」
そして差し出された契約書を読んでみると……。
「ふあっ!」
あ、いかん、変な声出た。
いや。
いやいや。
いやいやいやいやいや!!
日本お笑い劇場。
もう、乾いた笑いしか出て来ない。
それくらい、ふざけたというか舐めきったというか、そういう内容だった。
王都本店との契約、という形なんだけど、輸送費やら盗賊に襲われた時の損害とかはうちの負担、売買する商品の種類や量は向こうが自由に決めて指定できる、用意できなければ違約金、契約破棄の権利は向こうだけが持つ、って……、舐めてんの?
……いや、舐めてるんだろうけど……。
まあ、確かに、こんな契約を纏めることができれば、そりゃ大手柄だわなぁ……。
もし纏めることができれば、だけどね。
「却下!」
それしか、言うべき言葉がなかった。
いや、もっとまともな提案であっても、受けるつもりなんか欠片もなかったよ、勿論。
……それにしても、この内容は酷かった。
「あの~、今の取引先からレリナス商会に乗り換えて、うちにとって何のメリットが?
この契約書の通りだと、うちの利益が激減するか、赤字になるんですけど……。
それに、今の取引相手、ここの領主さんが出資されている商店ですよ?
支店を潰してここからいなくなる皆さんは構わないかもしれませんけど、ここでずっと商売を続ける私達は、領主様に喧嘩を売るわけにはいかないですよね?
本当に、これでうちが了承して契約すると思ってます? 正気ですか?」
そう、ローディリッヒから渡されたのは、相手の頭を心配してあげるレベルの、とてもまともな商人が提案するとは思えない契約内容であった。
「……ところで、宿に泊まっている親戚のお嬢さん、どこへ行っておられるのでしょうね?」
キタ~!
計画通り……。
「え? レイアのことですか? そりゃ、宿にいるか、街をうろついているか、街から出てどこかへ行っているかだと思いますけど。……それが何か?」
「え?」
「……」
「「…………」」
「「「「………………」」」」
困ってる困ってる……。
それとなく行方不明のレイアのことを口にして、心配している振りをしながらレイアの身柄を押さえていることを示唆して、契約書にサインさせる。
その予定が、相手がレイアがいなくなったことを知らないのでは、示唆のしようがない。
そもそも、誰もレイアがいなくなったことを問題視していないのに、自分達がそのことを言い出せば、『どうしてそんなことを知ってるんだよ!』という話になる。
レイアの不在を、それとなく自分達の仕業だと匂わせて、しかし断言はせず、不安を煽るだけで犯罪行為の存在は認めない。そういうやり方のはずだったのだろう。
……でも、あくまでもそれは、レイアがいなくなったことで騒ぎが起こり、ローディリッヒ達がそれを耳にした、という前提があって、初めて成り立つ方法なのである。
「「「「………………」」」」
……困った。向こう側もだけど、私も困っている。
話が全然進まない……というか、始まらない。
開き直って、暴力で脅して契約書にサインさせようにも、こっちには護衛が付いている。
いくらひとりであっても、帯剣している戦闘のプロに、非武装の腹が出た商人4人が勝てるとも思えない。
抜剣して数振りされれば、4つの死体の出来上がりだ。
もし重傷で済んだとしても、押し込み強盗扱いで、死罪は免れまい。
それにここは私達の店であり、連中にとってはアウェイだ。ここにいる護衛はひとりだけど、合図ひとつで何人もが隣の部屋から駆け付けてもおかしくはない。
また、 あのふたりのような(・・・・・・・・・) 子供達(・・・) が、襲い掛かってくるかもしれない。
何人もの子供達が、手にナイフや包丁を握り締めて……。
うん、とても実力行使に出られるような勇気はあるまい。
その場面を想像したら。
……怖すぎる。