作品タイトル不明
259 思わぬ敵 5
ムーノ達3人は、頭を下げてドレインからは見えなくなった顔を、にやりと歪めた。
いくら雇い主に忠誠を誓うとはいえ、それは雇い主が『忠誠を捧げるにふさわしい者であれば』の話である。
どうやら、ドレインは次男を支店長として送り込んできたものの、ムーノ達に悪意があったわけではなさそうである。
おそらくドレインは、ムーノを一時的に降格させて次男の下に就かせ、次男が王都本店に戻る時に元の支店長に戻すつもりだったのであろう。
それをあの次男が、真面目なムーノ達に色々と口出しされるのを嫌がり、上層部を自分の取り巻き達で占めてやりたい放題にするためにムーノ達をヒラの従業員にまで格下げし、絶対忠誠を誓わせようとした。……自分達の代わりに働かせ、使い潰すために。
レリナス商会を敵に回せば、この国で商家に就職できる可能性はなくなるし、畑違いの仕事に就こうとしても、いくらでも嫌がらせができる。なので辞めるようなことはあり得ない、と考えて。
そしてドレインは、この件に関しては別にムーノ達に悪意を示したわけではないのだろう。
おそらく、全て次男の独断であったのであろう……。
なので、もしドレインが、救済措置としてムーノ達を本店で再雇用すると言ったならば。
もしドレインが、ムーノ達に退職金や慰労金、謝罪金、それら何らかの名目で金貨の数十枚でも渡していれば。
ムーノ達は、レリナス商会自体やドレインに対しては別に含むところがあるわけではなく、本店に対しては穏便な対処をすることも考えていた。
……しかし、ドレインはムーノ達に何らかの手を差し伸べることなく、お金のかからない、軽い謝罪の言葉を口にしただけであった。
次の働き口を世話するとも言わず、紹介状を書くとも言わず、詫び金も出さず……。
それは、ムーノ達が今までの恩義よりも『裏切られた』という思いの方が大きくなり、レリナス商会とドレインに愛想を尽かし、見限るのに充分な行為であった。
なので、ムーノ達は当初の予定通りに行動した。
これから先のために、『ムーノ達に非はない』ということの証明書を手に入れる。
後で、いくら文句を言われても平気で無視できるように。
レリナス商会からの誹謗中傷により他の商人達から非難された場合、信義を踏みにじったのはどちらかということをはっきりと示せる証明書を手に入れるという、当初からの計画の通りに……。
ムーノ達は、真面目で誠実ではあっても、決して馬鹿でも腰抜けでもなかった。
なので、自分達を裏切ったり、馬鹿にしたり、……そして使い捨ての道具とした者達に尽くすつもりなど欠片もなかったし、腹を立てていないわけでもなかった。
それでも、普通であれば我が身可愛さで、保身のためにおとなしく泣き寝入りしていたであろう。
……しかし、もし力があれば。
地方領主である伯爵家と、その領地の代表的な商家3つ。そして、遠方の国から高価で珍しいものをどんどん取り寄せて安く卸してくれる、遣り手の貴族の少女達。
それらがバックアップしてくれ、珍しい商品と豊富な資金を提供してくれるなら。
……勝てる。
このようなチャンスを目の前にぶら下げられたなら、泣き寝入りする必要はない。
勿論、危険を避けて、どこかの商店に雇ってもらいコツコツと初めからやり直す、という道を選ぶのもいいだろう。特に、妻子持ちで危険は冒せないという者とかは。
しかし、独身であり身軽なムーノ達は、勝負に出ることを選んだ。
一度しかない人生、裏切られて踏みつけられたのに、我慢してお愛想笑いして卑屈に生きていかなきゃならない理由はない。
そしてムーノ達は、ドレインから書付を受け取ると、頭を下げ、お礼を言ってから辞去した。
うむうむ、と満足そうに頷く元雇い主を後にして……。
* *
「予想通りの展開でしたね」
「ああ……。もし誠意を見せてもらえれば、旦那様と長男のラサル様には便宜を図ろうかと思っていたのだが、その必要は無さそうだな」
「はい。恩義には恩義をもって返し、礼には礼をもって返す。返すべきものを与えられず使い捨てにされたならば、何も配慮する必要はないでしょう」
「ああ、私もそう思う」
ふたりの部下も、ムーノと同じ考えのようであった。
これで、ターヴォラス商会と、その王都支店の営業方針は決まった。
あとは、不動産屋で店舗を確保し、商業ギルドに届けを出し、……そして従業員の募集と店の内装を整えるだけである。
……今頃は、既にターヴォラスの本店では商品発送の準備が進められているはずであった。
ターヴォラスの特産品を始めとした普通の商品と、リトルシルバーから提供される、遠い異国から運ばれた目玉商品の数々が……。
この3人は、本店に残してきたひとりも含め、ターヴォラス支店に派遣されるまでは王都のレリナス商会本店でバリバリ働いていたのである。なので王都にはその頃のお得意さんや取引相手、懇意にしていた者達が大勢いるし、商業ギルド等にも顔が利く。
そう、今から慣れない仕事を始めるのではなく、やり慣れた、伝手やコネのある仕事を再開するだけであった。
仕入れ先も、売り先も、大店が扱う商品の相場価格も熟知しており、自分が誠実な商人であることを知ってくれている取引相手との商売。
そして、本店から安めの価格で送られてくるターヴォラス産の商品と、リトルシルバー経由の稀少な輸入品。
そしてここには、抱き合わせ販売を禁止する規則などない。
数日後、支店の店舗と従業員の確保の 目処(めど) が立ったのを見届けて、ムーノは後のことはふたりに任せ、ひとりで王都を後にした。
* *
「王都支店は目処が立った、と……。
それじゃあ、3日後くらいに荷を発送しようか。それなら、荷が着く頃には受け入れ態勢も整っているだろうし。
ま、念の為、第一弾は傷まないものにしとこうかな」
戻ってきたムーノさんからの報告を聞いて、そう判断した。
まあ、リトルシルバーからの商品は、元々大半が『傷まないもの』だけどね。
そりゃそうだ。ここで加工した日保ちする食品と、遠い祖国から送られてきた品々なんだから、そんなに 傷みやすい(あしのはやい) ものがあるわけではない。
一番傷みやすいものが、干物とかのうちの、完全にカラカラにはしていないやつだ。
この手のやつは、王都には回さない。
干物は、思ったよりは傷みが早いのだ。冷蔵庫でも、冷凍じゃなければ、2週間くらいしか持たない。なので、真空パックも冷蔵設備もないここでは、危険は冒さない。
ムーノさんが不在の間、レリナス商会ターヴォラス支店の支店長が何度も新興商家『ターヴォラス商会』に押しかけて来たそうだけど、毎回『商会主が不在ですので……』で相手にしていなかったらしい。
……勿論、ムーノさんが事前にそう教育しておいたので……。
新支店長は、自分の着任当日に辞めた従業員の顔なんか知っているはずもなく、その点では揉めることはなかったらしい。うむうむ。
領主様も、まだ会っていないそうだ。
新支店長が一度、邸から出た領主様に突撃しようとしたらしく、 危(あや) うく護衛の者に斬り捨てられるところだったとか……。
それ以来、領主様のところへは行っていないらしい。外出中の領主様や領主邸に近付くと、護衛や警備の者が剣の柄に手を掛けるらしいから。
結局、領主様経由の仕入れも、その他の普通の売買も、今までレリナス商会のターヴォラス支店がやっていたことは全て、ムーノさん達が立ち上げた新興商家であるターヴォラス商会本店がそっくりそのまま引き継いだような形らしい。
そりゃ、取引担当者が全員移籍して、取引条件が以前より良くなったんじゃあねえ。
レリナス商会に残ったのは、使えない者、態度が悪い者、強引な値引きの強要とかで取引先に嫌われている者とかばかりだからね。
家族がいるため冒険を避けて移籍しなかった人達も、さすがにこの状況ではヤバいと思ったのか、ほぼ全員が移籍を願い出てきたらしい。
これで、レリナス商会の支店に残るのは、王都から来た次男とその取り巻き以外では、本当に使えなくてムーノさんが声を掛けなかった連中だけになるらしい。
……その連中からも移籍のお願いが来ているらしいけれど、勿論、それらは全部断っているらしい。受け入れるのは、ムーノさんから移籍を打診された人達だけ。
当たり前だ。
何が悲しゅーて、腐っているのが分かっているミカンを、わざわざ自分のミカン箱の中に入れなアカンねん、ってことだ。
レリナス商会のことは、もういいか。
あとは、ムーノさん達、ターヴォラス商会が普通に機能してくれれば、それでいい。
店同士の確執があったとしても、それは商売上のことだし、ムーノさんの所掌範囲だ。
レリナス商会が非合法手段に出ようとしても、この街で リトルシルバー(わたしたち) とその関係者に手出ししようとするチンピラ達はいないから、人を雇うのもうまく行かないだろうし、他の有力商家や領主様もこっち側なんだから、権力者や商業ギルドに手を回して、とかいうのも不可能だろう。
……うん、先は厳しそうだな、レリナス商会ターヴォラス支店……。