作品タイトル不明
260 思わぬ敵 6
「よし、他のルートを開拓するぞ!」
苦境に陥り、困り果てていたレリナス商会ターヴォラス支店長のローディリッヒが、突然そんなことを言い出した。
「……他のルート、ですか?」
そして取り巻きのひとりが、怪訝そうな顔でそう聞き返した。
この街は、港町であり海産物が豊富であること、そして最近領主経由で出回り始めた高価で珍しい商品……おそらく、船によって遠国から運ばれていると思われる……の他は、どこにでもある商品しかない、普通の街である。
なので、地元や周辺の領地で消費される分の売買で普通に稼ぐ他には、そのふたつ、海産物と遠国からの輸入品を王都に運ぶことで大きな利益を得ることが、王都の本店、つまり商会主であるドレインの狙いであった。
普通の品……小麦とか穀物、野菜、肉類……は、輸送に時間と経費が掛かる上、生鮮品は傷む。
なので、それらはなるべく消費地である王都の近くで入手すべきものであり、このような地方都市で大量に買い付けるようなものではなかった。
なのに、その海産物も輸入商品も、その流通ルートに全く食い込めない。
それどころか、地元で消費する一般商品ですら、殆ど参入できない。自分が赴任する以前は、ごく普通に取り扱っていた品々なのに……。
全て、ムーノ達が悪い!
当然のことながらそう考え、何度もムーノ達が立ち上げたターヴォラス商会……ほぼ全てがレリナス商会の支店から盗み取った従業員と顧客による、商売人としての、そして長年世話になった大恩ある雇い主に対する信義に反する大悪党達の店……に怒鳴り込んだが、軽くあしらわれた。
不法行為だと商業ギルドに訴え、警備隊にも通報したが、共に門前払いを喰らった。
そういう状況で、追い込まれ焦っていたローディリッヒが、起死回生の策を思い付いたかのようにそう言い出したのであるから、取り巻き達はやや期待はしているものの、そのような美味い話があるものかと、少し懐疑的になるのも無理はない。
しかしこのままだと、自分達は『順調だった支店を一瞬で壊滅状態にして大損害を与えた、無能者達』ということになり、ローディリッヒの次期商会主の目がなくなる。
そうなると、今までローディリッヒに取り入っていた努力が全て無になるどころか、ローディリッヒの取り巻き達は自分の敵だと認識しているであろう長男のラサルが跡継ぎに決定した瞬間、自分達の居場所はなくなる。
ここは、僅かな可能性にも 縋(すが) りたいところであった。
「そうだ。王都にいる時、とあるルートで入手した情報のひとつだ。
ある町で、小さな新興の商店が色々と珍しい商品を扱っているらしい。店主がまだ若い女性らしく、世間知らずの甘ちゃんだとか……。
町の奴らは少女の後ろ盾……、親が怖くて腫れ物のように扱っているらしいが、そんなもの、俺達には関係ない。
うまく取り入って商品をうちが卸値で独占し、以後もうちが全ての商品を買い取れるよう契約できれば……。
何、向こうにも利益は出るし、仕入れた商品が全て売れるわけだから、互いに損のない取引だ。
向こうは、仕入れ量を増やせば更に儲かるわけだしな!」
ローディリッヒは、自信たっぷりにそう言うが……。
「その町には、王都の店は進出していないのでしょうか?」
取り巻きのひとりが、そう尋ねた。
そう、この街、ターヴォラスに王都の大店が支店を置いているのがレリナス商会ひとつだけであるのと同じように、地方の都市には複数の大店が支店を置くことは滅多にない。
それは、市場規模が小さいところに複数の店が支店を置けば共倒れになるということを回避するための、王都に本店を持つ大店同士の暗黙の了解事項であった。
そのため、別に正式な取り決めや条約があるわけではないが、そういう『一都市一支店』の町においては、他の大店が事前の挨拶や納得できる事情もなしに『市場を荒らす』という行為は、大きな問題となる可能性があった。
「……ホークス商会の支店があるそうだが、問題ない。別にうちの支店を作るとか、大々的に乗り込んで商売を始めるとかいうわけじゃないんだ。
ただ、ひとつの店から商品を仕入れるだけで、売るのは王都だ。そこの支店に迷惑を掛けるわけじゃない」
「「「…………」」」
若干、心配ではある。
しかし、それに反対できるような状況ではなく、同意するしかない取り巻き達であった……。
* *
「……レリナス商会?」
アポ無しで突然店に来た男達の、挨拶に続く事情説明に、首を傾げる 恭子(サラエット) 。
「はい。私は王都に本店を持つ大商会、レリナス商会の跡取りである、ローディリッヒと申します。
今は、商会を継ぐための準備期間として、ターヴォラスという街で支店長をやっております。
今回お伺いしましたのは、是非当支店との取引をお願いしたく……」
若い女性だとは聞いていたが、予想していたよりも更に幼く、まだ成人しているとは思えない小娘であった。そして、人の良さそうなふわふわとした印象で、……そしてかなり容姿が整っている。
情報によると店舗は一括購入であり、小娘に惜しげもなくポンと店と開業資金を与えるということは、親はかなりの資産家だということになる。
世間知らずのお嬢様、そして高価なものや珍しい商品の購入ルート。
自分であれば、小娘など簡単に手玉に取れる。
上手(うま) くすれば、取引だけでなく、もっと色々なことができるかも……。
そう考え、心の中でほくそ笑むローディリッヒであるが……。
「あれ? レリナス商会ターヴォラス支店の支店長は、ムーノさんだったはずじゃあ……」
「え?」
「いえ、あそこの支店長さんは、ムーノさんですよね?」
甘く見ていた少女店長の思わぬ指摘に少し驚いたローディリッヒであるが、それはただ単にこの少女が持っている情報が少し古かっただけのことである。
他店の地方都市にある支店の情報まで持っていることには少々驚いたが、ただそれだけのことであった。
「ああ、先日交代したのですよ。私が王都の本店から赴任し、新たに支店長となりました。
是非、うちとの取引を……」
しかし、ローディリッヒの言葉に首を傾げる 恭子(サラエット) 。
「でも、この町での王都に本店を持つ大店との取引は、この町に支店を持っているホークス商会が取り纏めているんじゃあ……。確か、商工ギルドのギルドマスターさんがそう言っていたような気が……」
「いえいえ、別にそういう規則があるわけではありません。全ての大店が全ての町村に支店を置くことはできないため、何となくそうなっているだけでして……。
良い取引先があれば、取引を行うのは商人としてごく普通のことですよ!」
恭子(サラエット) の疑問の言葉に、一瞬、マズい、という顔をしたローディリッヒであるが、小娘くらい簡単に丸め込めると思ったのか、適当な説明をした。
しかし、 恭子(サラエット) は性格はともかく、馬鹿ではなかった。
それに、もし本当に支店長が代わったならば。そしてそこが選りに選って自分の店に接触しようとしたのであれば、カオル達が必ず知らせて来るはずである。
前回の定休日は、商工ギルドの寄り合いやら従業員との親睦お茶会等があったためリトルシルバーには戻っていない。なので少し期間が空いているが、重要なことがあれば、通信機による連絡が来るはずであった。
それが来ていないとなると……。
そしてそもそも、リトルシルバーに戻る 恭子(・・) は、レリナス商会の支店の者と面識がある。
その自分が、『サラエット』として支店の者と会うようなことを、カオルとレイコが看過するはずがなかった。
サラエットやトレーダー商店とリトルシルバー、いや、ターヴォラスの街との関わりすら、知られるわけにはいかない。
いくらポーションと光学的偽装アクセサリーで変装しているとはいえ、ついうっかりとターヴォラス特有のことを口にしてしまったりと、ボロを出す可能性は常に付きまとう……。
などと考えている 恭子(サラエット) であるが、まさかカオルとレイコが、『自分達の目が届かない状態の恭子に、余計なことを教えては駄目だ』などと思っていることは知らなかった。
「すみません、少々お待ちを……。
お茶と茶菓子をお出しして!」
従業員にそう指示すると、恭子は席を外して2階へと上がっていった。
まだ店先で挨拶しただけの状態であり、立ったままであったローディリッヒと連れの男は、従業員に案内されて商談用のテーブル席へと腰掛けた。
そして数分後。
戻ってきた 恭子(サラエット) は、期待に満ちた目のローディリッヒ達に、非情の宣告を行った。
「皆さんの前支店長達に対する不義理と、支店の窮状を確認しました。商人としての義理を欠く人達や、潰れそうな店との取引は致しませんので、どうぞお引き取りを」
「え……」
なぜ、ターヴォラスから離れたこんな町に、そんなに正確な情報が流れているのか。
そして、どうしてこの少女がそれを知っているのか。
愕然としたローディリッヒの頭の中に、そんな疑問が流れていた。
そして恭子は……。
(さっさと潰れてターヴォラスから消えてもらわないと、私が安心してリトルシルバーに戻れないじゃないの!)
と、少し不愉快になっていた……。