作品タイトル不明
257 思わぬ敵 3
引き継ぎもなしで支店のトップ4人に辞められては、店がガタガタになる。
それに、領主との顔合わせ、つまり紹介をしてもらわないことには始まらない。
そもそも、実務面はこの者達にやらせるつもりであったのに、辞められてはどうしようもない。
「き、貴様ら、レリナス商会を敵に回して、この国で、商家で働けるとでも思っているのか!」
怒りに満ちた顔でローディリッヒが怒鳴るが、ムーノは涼しい顔で答えた。
「いえ、働き口など、いくらでもありますよ。別に、どうしても商家で働かねばならないわけでもありませんし……」
他の3人も、笑顔でうんうんと頷いている。
「なっ! き、貴様達、今まで雇ってやっていたレリナス商会に対する恩義は感じないのか!!」
ローディリッヒの怒鳴り声に、困ったような顔で肩を竦めるムーノ達。
「いえ、私達に働かせて、その対価として給金を払っていただけですよね、それって……。
ただの雇用契約であって、どちらがどちらに恩義を、とかいう話ではありませんよね。
そして、それでももし幾分かの恩義を感じていたとしても、何の過失もないのに突然ヒラの従業員に落とされて、クビを宣告されて辞める羽目になった時点で、そんなもの消し飛んで、逆に怨みで一杯になっているとは思いませんか? そしてそんな商家は二度と信用しない、二度と関わるまいと考えるのは、そう不思議なことでしょうか?」
「ぐっ……」
直接、『クビだ!』と断言されたわけではない。
しかし、『命令に従わないようであれば、お前達を即刻クビにする』と言われ、『命令されたことには全て無条件で従うのだ』という命令に従えないならば、それは即ち『クビ』ということである。
そして、『命令されたことは全て無条件で従う』などという、犯罪行為も全て含むようなそんな危険な命令に頷けるわけがなかった。
従業員にこのような命令を下したということが他の商家に知られれば、失笑を買うのみならず、『従業員に、どのような汚れ仕事も平気で命じる商家』として危険視されることであろう。
そして、ムーノ達は部屋から退出し、そのまま店から出ていった。
既に私物は昨日の内に運び出しておいたし、『不要な書類』は全て処分済みである。
他の従業員達には、こうなる可能性について事前に説明してあった。
そして、その結果……。
* *
「何っ! 従業員達の内、大半の者が辞めただとっ!」
着任日の夜、ムーノ達に対する罵倒の言葉を吐き散らしながら取り巻き達と暴飲したローディリッヒは、翌日の昼前になってから支店長室に顔を出した途端に受けた報告に、愕然とした。
「は、はい……。昨日の、ローディリッヒ様の『ヒラの従業員には支店長である私に逆らう権利などない』、『命令に従わないようであれば、お前達を即刻クビにするぞ』との発言を聞き、恐れを為したようで……」
勿論、あれはローディリッヒの最初の命令に不服そうな言葉を返したムーノ達に『ガツン』と一発喰らわせて、従順にさせるための言葉であった。
しかし、大声で怒鳴ったため他の従業員達にも聞こえ、……そしてその直後に、人望があった前支店長を始め、首脳陣が全員解雇。
後を取り仕切るのは、商会主の次男である、どうやら従業員など使い捨ての道具としか思っていないらしいクソ男と、その腰巾着達。
自分達の身に対する危機感を覚えた女性従業員達の大半が、即座に辞職。
男性従業員達は、店の将来に危機感を覚え、次々と辞職。
逡巡(しゅんじゅん) とか上司に相談とか退職 願い(・・) の提出とかではなく、その日のうちに書き上げた退職 届け(・・) をローディリッヒ達が飲みに出た直後に提出し、私物を持ち帰ってそのまま、ということであったらしい。
そして残ったのは、 次の働き口(・・・・・) に対して不安を感じた者、新支店長に取り入って出世を、と企む者、そして商会長の次男坊であるローディリッヒを 誑(たら) し込んで未来の商会主夫人の座を、とか考えている女性とかである。
ローディリッヒが、王都へ戻る時にこんな地方都市の従業員や現地の女性を連れていくことなどあり得ない、ということも知らずに……。
* *
「今頃は、蒼白でしょうねえ……」
「はい、おそらく……」
悪い顔で、 朝食兼昼食(ブランチ) を食べながらそう呟く 私(カオル) と、それに答えるムーノさん。
いつもは一日三食のリトルシルバーだけど、今日は時間の都合で、ブランチである。
あまり早い時間に集まるには、メンバーが豪華すぎたので……。
そう、謎の秘密結社、『ビッグゴールド』の集会である。
参加メンバーは、 私(カオル) 、領主様、領主様のところの家令さん、ムーノさん、3人の商人さん。
食事しながらの議題は、勿論あの次男坊の件。
でも、別にみんな額にシワを寄せて難しそうな顔をしているわけじゃない。なぜならば……。
「計画通り……」
うん、既に作戦は2日前に立案済みであり、今はその進捗状況の確認をしているだけだから。
そして、今のところ問題なく進んでいる。
なので、みんなで楽しく御歓談中、ってわけだ。
「うちへの転職を事前に決めてくれていた者達の他にも、新支店長があまりにもヤバそうだと思って急遽転職を決断した者もいます。最初から声を掛けなかった者以外で残留した者は、殆どいません」
「お荷物や問題児は残して、まともな人材はそっくりいただき。うまく行きましたね……」
そう、ちゃんと次の勤務先が決まっていて、そこの雇用条件が今より良くて、信頼できる元上司の下で働ける。こんな条件が揃っていたから、みんな一斉に辞めたんだよね、レリナス商会の支店を。
そうでないと、家族持ちとか、そうそう今の仕事先を辞められるわけがない。
それでも、できたばかりの新しい商会に移るのが不安だとか、レリナス商会を敵に回すのは怖いだとかで、声を掛けたけれど残留した人もいるけれど、それは仕方ない。
家族持ちは、危険は冒せないからねえ。
レリナス商会を敵に、とかいっても、王都で商売するならばともかく、こんな地方の街だと殆ど関係ないだろうけどね。支店がひとつあるだけだし。
……まあ、私達は今から、 王都へ進出する(・・・・・・・) んだけどね。
勿論、支店の従業員達を引き取ったのは、 リトルシルバー(うち) じゃない。そして、王都へ進出するのも……。
それは、ムーノさんが立ち上げた新興商家、『ターヴォラス商会』によるものだ。
商会名にムーノさんの名を使わずこの街の名を冠したのは、商品の出元を誤解の余地なく示せることと、領主様がバックに付いていることを明示するためだ。
領都の名を冠した商会が、領主様と仲が悪いわけがないよね。
そして、本店は王都ではなく、この街、ターヴォラスに置く。
その方が、王都の他の商会や貴族達からのちょっかいを回避し易いからね。
何か言われても、王都支店の支店長が『それは、ただの雇われ従業員に過ぎない私ではお約束するだけの権限がございませんので』とか、『それは商会主にお話し下さい』とか言えば済む。
仲介を頼まれても、引き延ばしできる。
距離は最大の防壁だよ、うん。
ムーノさんの新興商家『ターヴォラス商会』は、 リトルシルバー(うち) 、領主様、そして3人の商人さん達からの出資で設立された。勿論、ムーノさんも貯金を全て供出している。
つまり、『ターヴォラス商会』を敵に回す者は、その全員を敵に回すということだ。
……特に、領主様を。
領都の名を冠することを許し、領主自らが出資している、領地の発展を願い設立された商会。
その商会に対して攻撃を加えたならば、いくら大店だろうが貴族だろうが、ただでは済むまい。
うん、ま、そういうことだ。