作品タイトル不明
256 思わぬ敵 2
「ムーノさん、悔しくはないの?」
「え? いえまあ、そりゃ……」
当たり前だ。
長年ここの支店を任されて、今回『当たり』の案件を引き当てて大手柄、このままだとそのうち王都の本店に戻って出世したり、最終的には大番頭とか 暖簾(のれん) 分けとかも夢じゃなかったかもしれない。
それが、上の方の勝手な思惑で、全てがパーになるのだから。
これが、新支店長を迎えてその右腕として、とか、交代で王都の本店勤務に、とかなら、まだ分かる。
でも、側近を王都から連れてくるということは、完全に全ての手柄を掻っ攫う、ってことだろう。
……そして、元支店長をヒラの従業員に?
ないわー。
「そこまで 虚仮(コケ) にされて、我慢するの? ムーノさんの経歴なら、他の大店で雇ってもらえるんじゃないの? 転職とか考えないの?」
そう言って、少し 突(つつ) いてみたところ……。
「まあ、本当ならばそれも可能ではあるのですが、そのためには条件が付くのですよ。おそらくクリアできない条件が……」
「え? どんな条件?」
「レリナス商会が私の悪評を流したり、再就職先に色々と吹き込んだり、『アイツを雇うなら取引をやめる』とかの妨害をしたりしなければ、ということです」
「あ~……」
国土は広くても、業界は狭い。
大店にそれをやられちゃ、いくら優秀な者でもどうにもならないか。
……普通なら。
うん、『普通なら』、ね。
「で、ムーノさんはどっちの派閥だったの? 長男派、次男派……。
まあ、この状況では、次男派はないか……」
「私は、上の方の権力争いには興味がなく、ただ店の利益とお客様の満足度のみを考えておりましたので……。まあ、言うならば『中立派』とでも申しますか……。
勿論、そういう派閥があるわけではなく、単にどちらにも過度に加担しない浮遊層、とでも申しますか……」
「あ~、踏み潰しても対立派閥が庇ったり文句を言ってきたりしない、最適の踏み台かぁ……」
敵より中立派の方が、食い物にするには便利だよねえ。
「で、その交代要員の連中は、いつ来るの?」
「明後日です。連絡の手紙はわざとギリギリに着くように出されたらしく、つい先程受け取ったばかりなのですが……」
ムーノさんが何もできないうちに、さっさと交代しようってわけか。
こりゃ、引き継ぎが終わればポイ捨てされそうだな、ムーノさん……。
ま、一応は リトルシルバー(うち) の取引相手にして、お友達だ。子供達に焼き菓子をくれたこともある。それならば……。
「いい話があるんだけど、ひとくち乗らない?」
「え?」
「明日の 昼食(ランチ) に、『ビッグゴールド』のみんなをうちに集めてくれない?」
「えええ?」
うん、『ビッグゴールド』というのは、領主さん、商人の皆さん、そしてうちを含めた、裏の取引グループの組織名だ。
私達と、これから育つ子供達との組織である『リトルシルバー』に対応する、もう既に育ち終えているお金の亡者の集団だから、『ビッグゴールド』。
……私に、ネーミングセンスを期待するな!
* *
「ふむ、ここがターヴォラスか……。
港町だから新鮮な魚料理が食えるのだけが取り柄の、つまらん街だな……」
4人連れの、商人らしき男達の一団のうちの、一番若い男が街の大通りを歩きながらそんなことを言っていた。
「いえ、それでもここは、ローディリッヒ様の栄光への階段の一段目ですからね。
さっさと話を纏めて取引を軌道に乗せれば、大手柄を手に王都へ凱旋、正式に後継者の指名を受けることが……」
「ふむ、それもそうか……。僅かな期間であるし、将来自伝を書く時のために、きちんとやらねばならんか」
「はっ、その通りでございます!」
王都から連れてきた側近に見え見えのお 追従(ついしょう) を言われ、御機嫌の若者。
問題の、大店の次男坊である。
決して馬鹿ではないが、自分の言うことに逆らわず、言いなりになる者を側に置くため、取り巻き達は 安全装置(セーフティ) にも 制限装置(リミッター) にもなっていない。逆に、悪い方面に関しては、 増幅器(ブースター) になったり、ブレーキパッドに油を差すことになったりしているようであった。
「まずは、支店に行って着任の宣言といくか。その後、今夜は朝まで飲み明かすとするか!」
「おお、いいですね!」
「では、参りましょう!」
ローディリッヒは、別に無能というわけではない。……この世界の、金持ちのボンボンとしては。
なので、街で飲み食いして酔いの回った状態で支店へ行くようなことはないし、自分に忠誠を誓う配下の者達にはいい目を見させてやったりもする。そして決して、商会の跡継ぎとしてふさわしくない姿……自分の基準での……を人目に晒したりはしないのであった。
* *
「今日からここの最高責任者となる、新支店長のローディリッヒだ」
支店に到着し、店内に入ると同時にそう宣言したローディリッヒ。
誰かに対して、というわけではない。店内にいた者達全員に対して、である。
普通であれば、店員のひとりを呼んで前任者のところへ案内させ、その後従業員を集めて前任者に紹介させるものであろう。
……つまり、正式な引き継ぎの前から既に支店長として振る舞い、前任者のことを無視しているわけである。
客商売で、店先でそんなことをすれば、常識を疑われる。
客も、ただの下層民ばかりだというわけではない。中には他の商店でそこそこの立場の者もいれば、貴族の家で働いている使用人が非番の日に私服姿で来ることもある。
なのに、このような言動を……。
ローディリッヒも、王都の本店では言動に気を付けていた。
本当は心の中では従業員や客を馬鹿にしていても、それをあまり表に出すようなことはなく、表面は取り繕っていた。
しかし、王都を離れ、自分が最高責任者であり、父親の目が届かない場所で。
それも、僅かな期間の箔付けのための腰掛けに過ぎない場所である。
現地で雇われた従業員達はこの支店を離れて王都本店に転勤するようなことはなく、地方勤務の労働者に過ぎない。
そして本店から派遣されている前任者と数名の基幹要員は、ヒラの従業員に落として使い潰し、退職に追い込む。
王都の本店に戻られて、『全ての功績は、新支店長であるローディリッヒ様のもの』という報告に異を唱えられては困るからである。ここでの領主様との取引は、最初から全てが自分の手腕によるもの。そう報告し、父親がその通りに従業員達に発表するのであるから……。
そう思っているローディリッヒが、ここでは気が緩み、ある程度本性を現してしまうのは仕方ないことであろう。
そう、王都では色々と我慢していたので、ここでは少し自由にやりたいと考えても……。
そして、慌てて奥の方に知らせに走る店員と、ローディリッヒ達を奥へと案内する店員。
……これ以上、客がいる店先で店の品格を落とすような発言をされては堪らないので……。
* *
「ようこそお越しくださいました。前任の、ムーノでございます」
「うむ、私がここの支店長になった、ローディリッヒだ。今からお前達は普通の従業員として、私とこの者達の下で働け。命令されたことには全て無条件で従うのだ」
そう言って、ムーノと、その脇に立っている、ムーノの赴任時に王都本店から同行した3人の基幹要員達に自分が連れてきた取り巻き達を手で示すローディリッヒ。
実務的なことは前任者達にやらせ、自分達は上から指示するだけのつもりなのであろう。
しかし……。
「いえ、それは承服致しかねます」
ムーノは、残念そうな顔でローディリッヒにそう告げた。
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からず、ぽかんとするローディリッヒ。
しかし、すぐに我に返り……。
「な、何を言っている! ヒラの従業員となったお前達に、支店長である私に逆らう権利などない!
命令に従わないようであれば、お前達を即刻クビにするぞ!!」
「分かりました」
真っ赤な顔でそう怒鳴るローディリッヒに、ムーノが大きく頷いた。
「ふん、分かったなら、さっさと引き継ぎの説明を……」
馬鹿にしたような顔で、ムーノにそう 促(うなが) したローディリッヒであるが……。
「クビにする、との御命令を受けましたので、ただいまを持ちまして、私はレリナス商会を解雇されたと認識いたしました。
では、失礼いたします……」
「なっ! ま、待て、いったい何を……」
ムーノを引き留めようとするローディリッヒであるが……。
「では、私共も、これにて……」
ムーノの脇にいた3人も、そう言って一礼した。
「え……」
「先程、ローディリッヒ様はクビにする対象を『お前 達(・) 』と言われました。なので当然、私共3名も解雇の対象かと……」
基幹要員である番頭達の言葉に、愕然とするローディリッヒと取り巻き達であった……。