作品タイトル不明
252 懇親会 1
「本日は、ようこそお越しくださいました……」
「うむ」
私の挨拶に、領主様が頷いた。
ここ、『リトルシルバー』の食堂でテーブルを囲むのは、8人の男女。
うん、元孤児院に、応接室とかはない。なので、大きなテーブルとたくさんの椅子があり、あまり雑然としていなくて綺麗に保たれている部屋、ということで、他に選択肢がなかったのだ。
集まっているのは、私、レイコ、うちの裏の仕事で取り引きがある3軒の中規模商家の商店主さん達、今回初顔合わせとなる王都に本店がある大店の支店長さん、そして領主様とその 家令(ランド・スチュワード) の、計8人。
家令というのは最上位の使用人で、領地の実質的な管理を任される者、……つまり領主様の右腕だ。
日本では 執事(バトラー) がその役目をしていると思われがちだけど、執事は家令に次ぐ地位になる。まあ、翻訳時にランド・スチュワードが『執事』と訳される場合もあるから、色々あるけどね。
そして領主様と家令さんの後ろに立っている3人の護衛の兵士は、員数外として数には入れていない。
あと、この部屋のドアの外側にふたり、玄関前の馬車のところにひとり、兵士が立っている。
ま、小娘ふたりと身元が確かな地元の商人が4人、そして孤児が5人程度であれば、護衛はそれだけで充分だと考えたのだろう。
事実、その通りだし。
……私とレイコが本気にならなければ、ね。
商人達はともかく、領主様をここへ呼び付けるなんて不敬だと思われないか心配だったけれど、私達が主催する懇親会であり他の者達も招くというのに、領主様のところでやるわけにはいかないだろう。
なので恐る恐る招待状を届けたのだけど、予想通り、出席する旨の返事が届いた。
ま、多分そうだろうとは思っていたけどね。
割といい人っぽかったし、平民にも親切だし、……干物やジャーキー、漬け物等を作っている場所を見せてあげる、って書いておいたからね、招待状に。
以前、うちの加工食品に食い付いていたからね、比喩的にも、物理的にも……。
そして領主様からの出席の返事が来てから、商人さん達に招待状を出したというわけだ。
……まあ、来るよねえ。
大量の香辛料を卸してあげてる私からの招待だし、うちの内部を見ることができる 機会(チャンス) だし、そもそも領主様が出席する少人数での懇親会に招待されて、欠席するような商人はいないだろう。
なので当然、今回初めてお声掛けした大店の支店長さんも、喜んで参加表明してくれたわけだ。
いくら大店とはいえ、支店長に過ぎない者が領主様と長時間歓談できる機会など、そうそうあるもんじゃない。多分、今回のことでかなり恩が売れたはずだ。これも、今後のために役立つことだろう。
「では、今回お集まりいただきました理由である、主題の御説明や御歓談は食事をしながらゆっくりと、ということで、まずはお食事の準備から始めさせていただきます」
自己紹介とかは省略。
このメンバーで、互いに知らない者がいるはずがない。
そしてお話の前に食事と飲み物を提供しないと、説明に説得力を持たせられない。
……そう、飲食物の提供、イコール商品の見本展示、試食会、というわけだ。
ちりりん!
私がハンドベルを鳴らすと、子供達がグラスやお皿、カトラリー等を持ってやってきた。
年少のアラルは、もし転んだり落としたりしても被害が少ない、カトラリーを入れた小さなバスケット担当。予備もちゃんと用意してあるからね。
いや、最初はアラルは外そうとしたんだけど、盛大にゴネられたのだ。
まあ、気持ちは分かる。自分だけ仲間外れ、役立たず扱いというのは、幼い子供にとってはキツいだろう。
なので、やむなくアラルにも仕事を割り振ったのだ。
そして、食器類を並べ終えてから、料理を出す。
最初から料理をテーブルに並べておかなかったのは、勿論、順番に出すことによってひとつひとつの料理を強調し印象付けるためだ。プレゼンテーションを工夫するのは、商売の基本だからね。
そして、コース料理のように、全体の構成を考えて順番を決めたりはしていない。
売り込みのための、インパクト重視。
このあたりでは、豪華な料理としてのコース料理……前の料理を食べ終えたら、次の料理が運ばれてくるというスタイル……は定着していない。貴族や金持ちが食べる豪華な料理は、最初からテーブルいっぱいに山盛りで並べられている。
……勿論、食後の紅茶とか、冬季に出される砕き氷にシロップをかけたやつとかは、最後に出されるが……。
そういうわけで、今回は波状攻撃。
でも、まぁ、最初はスープから。
スープは途中で出すのは面倒だからね。
そういうわけで、お皿とグラス、飲み物とカトラリーが置かれた後に運ばれた最初の料理は、コンソメスープ。
このあたりでは、日本のように『 出汁(だし) を取る』という習慣がないんだよねえ……。
いや、そりゃ、王宮料理だとか王都の超一流店なら、ちゃんと出汁を取っているかもしれないけどね。
……でも、出汁を取るのは面倒だからねえ。特に、西洋風のは……。
フランス料理で味の基本となる出汁であるブイヨンやフォン、コンソメ等は、たくさんの肉や野菜と長時間の煮込みや加工処理が必要だから、費用も手間もかかる。そりゃ、家庭料理や町の安食堂ではやってられないよねえ。
日本のように、削り節や煮干し、昆布とかからサッと取る出汁だと早いんだけどねぇ……。
あ、出汁を取る調理そのものは早くても、鰹節を作るのには膨大な手間と時間が掛かっているんだけどね、勿論。
とにかく、このあたりのスープは『その場で色々入れて、煮込んだヤツ』であり、ミネストローネとか豚汁とか、そういうヤツのことだ。
なので、このコンソメスープは……。
スプーンで掬い、ひとくち飲んだ瞬間、ほうっ、というような声が幻聴されそうな表情で目を 瞑(つむ) る来客達。
うむうむ。これは 現地(このせかい) 産の牛を使ってチートもインチキもなしで私が自分で作ったものだ。
どうだ!!
……ただ、これは調理法によるというだけで、別にうちが売るものとは関係ないんだよねえ。
つまり、今回売り込みたい商品とは無関係。
い~んだよ、私の自己満足用だから! 食事に、スープを出さないわけにはいかないでしょうが!
そういうわけで、次からが本番。
みんながスープを飲み終わったのを確認してから出した私の合図で、次の料理が運ばれてきた。
今度は、出したものが全て食べられるのを待つことなく、少し食べられた時点ですぐに次の料理が運ばれてくる。
出された料理を全て食べる『お食事会』ではなく、色々な料理を少しずつ味わってもらうための『試食会』なので、当たり前だ。
そして料理が次々と運ばれ、テーブルを埋めていく。
テーブルの中央には、お酒の瓶も並べられる。ワイン、ブランデー、ウイスキー、ビール、日本酒、ラム酒、その他諸々……。
料理は勿論、『 リトルシルバー(うち) 』で作った干物やジャーキーを始め、香辛料をたっぷりと使った料理、揚げ物等、和・洋・中・伊・仏、その他諸々てんこ盛り。
……勿論、ウナギのゼリー寄せとかの英国料理は入っていない。
主に、うちで売っているもの、及びこれから売る予定の香辛料やら調味料やら食材やらを使いまくったものである。試食会を兼ねた、胃袋を掴んでの取込工作である。
私とレイコは、領主様が新しい料理を口にされる度に、その料理について説明した。
私は前世では高い料理はあまり食べたことがなかったから、主に安いものの説明を担当。高いやつの説明はレイコに任せた。
……クソ!