作品タイトル不明
242 新人商人 3
「では、2階建てで、1階は店舗と小さな物置部屋、2階部分は居住区としてお使いになりたい、と?」
「はい。取り扱う商品は、あまり大量というわけではありませんから。小麦の袋を何百も、というような貯蔵はしませんので、大きな蔵が必要とかいうことはありません。在庫は店の一部や、2階の部屋の一部に置ける程度ですから。
ですから2階は、小さな部屋が3つあれば充分です」
自分の部屋と、カオルとレイコが来た時に、ふたりで一部屋。残りの一部屋は、倉庫代わり。
カオルとレイコが来ることは滅多にないだろうし、もし来たとしても、寝る時以外は3人一緒だろうから、一人一部屋にする必要はないだろう。
そして、部外者を2階に通すつもりはない。
なので2階には3部屋あれば充分であるが、1階に売り場や小さな物置、トイレと調理場、そして浴室等を設置するとなると、それなりの面積になる。そうなると当然、2階もそれに応じた広さになるため、実際には4部屋以上になりそうであった。
さすがに、この世界の文明レベルでは水回りは1階にせざるを得ないだろう。……対外的に。
一応は商店なので、客が使わせてくれと言ってくることもあるだろうから。
それに、レイコなら魔法で、カオルならポーション作製能力で何とかするかもしれないが、恭子にはそこまで便利な能力はない。
それに、もし水やお湯が何とかなるとしても、排水だとか、床の強度だとか、湿気だとか、他人の目だとか、色々と問題がある。
とにかく、普通が一番、というわけである。
(……あ。トイレやお風呂、母艦の工場で作らせるとか、艦内のを1基取り外して持ってくる、って方法があるか! 艦内のは、排水管とかは必要なくて、原子分解とか何かだったはず……)
造りだした船の使い方が分かる恭子は、勿論、艦内設備についての知識も持っている。
そして恭子の希望条件を聞き、うむむ、と唸る営業主任のベンス。
おそらく、倉庫付きのもっと大きな物件を想定していたのであろう。なので、当初考えていた物件を候補から外し、頭の中で他の物件を高速でサーチしているようであった。
「あ、それと、表通りに面していたり、人通りが多かったり、街の中心部にあるのとかはパスでお願いします。私、騒がしいのとか、苦手なんですよ。
神殿の側とか、時報の鐘が3時間置きに鳴るなんて拷問ですよ! 神官達は、全ての人が朝1の鐘で起きて夜2の鐘で寝る、とでも思っているんですかねえ。世の中には、夜勤の人とか、早く寝て日の出前に起きる人、遅く寝て昼前に起きる人とか、色々いるというのに……」
「は、はあ……」
ベンスとしては、ただ、条件は最初に纏めて言って欲しかった、と思うだけであった。
そして……。
「条件に該当する間取りの物件が5件ありますが、うち2件は後から言われました立地条件やその他の理由で対象から外します。
そして残り3件のうちで、最も適したものを御紹介致します。……これです」
書類も何も見ず、しばらく考えただけでそう提案するベンス。
どうやら、この店が扱っている全ての物件を覚えているようであった。さすが、営業主任だけのことはある。
そして、1つの物件についての書類を恭子に差し出したのであるが……。
「いえ、どの物件が私の希望に最も適したものであるかは、私が判断します。
とりあえず、この街の地図と、その5件の説明書類を見せてください」
そう、恭子は、自分の城を決めるのに、全てを初対面の業者に丸投げするほどの馬鹿でも、勇者でもなかった。
「う~む……」
街の地図と物件の説明書類を交互に見ながら、考え込む恭子。
一応、全て間取りとしては最初に言った条件を満たしているが……。
「これは、あまりにも街の中心部から離れすぎていて、スラムが近い。ボツ!
これは、神殿に近すぎ。時報の鐘がうるさそうだからパス。
これは大きすぎ。こっちのは、売り場が少し狭いですね。……で、残ったこの物件を見せてもらえますか?」
「……残ったのは、先程私がお勧めした物件ですね」
「……」
「「…………」」
「「「「………………」」」」
* *
「こちらが、お勧めの物件です」
営業主任のベンスが入り口の鍵を開けて、恭子を中へと案内してくれた。
……そしてなぜか、店主と番頭もついて来ている。こんな、ただの普通の不動産契約のひとつにすぎない仕事に……。
(お店、暇なのかな……)
「ふぅむ、なかなかいい感じですね……」
建物は、レンガ作りの2階建て。以前も商店だったらしく、一般的な家具や食器等はないものの、壁面を使った棚や商品陳列台とかはそのまま残されている。
定期的に掃除がされているのか、荒れた様子はない。
「水は……」
「井戸はないので、丁稚を使って近くの共同井戸から汲ませる必要があります。水を大量に使う業種だと裏庭に井戸がある物件が望ましいですが、サラエット様は物品の売買のみで、製造業は営まれないであろうと思いまして、井戸なしの物件で問題ないかと……」
「あ、はい、水は飲用と普通の生活に使う分だけでいいですけど……」
水をいちいち外から汲んでくる、というのに馴染みがないため、少しとまどう恭子。
恭子は大量の水をアイテムボックスに入れてあるため、実際には水に不自由することはない。井戸水より遥かに安全で美味しい水が、いつでも自由に取り出せるのである。もし在庫が減れば、また山奥の清水を大量に汲んで、殺菌濾過して補充すればいい。母艦で合成している水を補充してもいいし……。
まあ、もし水に当たっても、カオルから貰ったポーションを飲めば問題はないのであるが、やはり精神的には綺麗で安全な水が望ましいので。
(でも、対外的なことがあるから、人を雇って水汲みをさせるか……。必要最低限の、身元が確かで信用できる使用人以外を雇う予定はないから、孤児に日雇い仕事として稼ぎの場を提供するかな)
水汲みは、安全で、身体が鍛えられる仕事である。孤児にとっては、非常にありがたい稼ぎ口となるであろう。
(……孤児なら、大人を雇うより、ずっと安く雇えそうだし……)
恭子は基本的には善人であるが、そうお人好しで甘ちゃんだというわけではなかった。
そして建物を隅々まで確認し……。
「買った!!」
高い買い物を、まるでスーパーの即売品を買うかの如く即決した、恭子であった……。
賃貸ではなく買い取りにしたのは、勿論、店の信用度を上げるためである。
当然のことではあるが、持ち店と賃貸では、商人としての信用度が段違いなのである。
そして、お金には困っていない。カオルがこの世界での『第一シーズン』で貯めた金貨がたくさんあるので……。
まだその大半は換金していないため、『他国の古銭』ではあるが、今の恭子の立場……他国から来た、有力者の娘……ならば、遠くの国の金貨だとか、それが少々古いものだとかいうのは、大した問題ではない。先祖の代から蓄えた、蔵の中で眠っていた金貨だとか、何とでも解釈してくれるだろう。ついでに、いくらか換金してもらうというのもいいかもしれない。
また、もし古い金貨に難色を示された場合には、宝石を換金するか、そのまま宝石で支払うという方法もある。幾分足元を見て買い叩かれるとは思うが、仮にも商工ギルドのギルドマスター達からの紹介である。そう無体な真似をされることはないだろう。
店の価格についてあまり調べることなく言い値で買ったのも、そのあたりを信じてのことである。
それに、お金に困っているわけではないので、騙されたなら、それでいい。
恭子は、そう考えていた。
自分を騙した者には後で充分な報いを受けさせて、たっぷりと後悔させてあげればいい。
そういう基本方針なので、初期段階において多少ムカつくことをされても構わないのである。
恭子を騙したり舐めたことをしでかしてくれた者が、どうなるか。
見せしめになってくれる者がいれば、他の者に対する教育効果が向上する。
(商品はアイテムボックスにたっぷり仕込んであるから、すぐに営業が開始できそうだね)
『リトルシルバー』で製作された品だけでなく、遠方の国で買い込んだもの、カオルが作った薬品や香水、香辛料、ポーション容器シリーズ(壺、花瓶、ガラス瓶、スキットル等)、そして母艦の艦内工場で作られた簡単な工業製品。
それらが、出番を待っていた。
また、新米ハンター、キャンが入手した素材も、そのうち廻ってくる予定である。
ハンターギルドに売却せずに残した分のうち、一部はカオルの慈善活動用に、そして残りは恭子の商売用に……。
勿論、『リトルシルバー』で消費する分は、別枠で取っておく。
(あ、まず、浴槽を設置する場所を決めなくちゃ……)
恭子達3人は、お風呂がなくても、レイコが考案した『汗や老廃物をアイテムボックスに収納する』という方法により清潔さを保つことができるようになった。
……しかし、それとこれとは別である。
やはり、女性にはお風呂は必需品なのであった……。