作品タイトル不明
241 新人商人 2
そして、なぜかギルドマスター直々に色々な説明をしてくれたことに、親切なギルドだなあ、と思い、商工ギルドに対して好感を抱く恭子。
商工ギルドに関する説明と、特別サービスであり他言無用、としてお勧めの不動産業者を教えてくれた時点で、ギルドマスターは残りの説明を副ギルドマスターに任せ、自分は席を外した。
そして階段を下り、ギルド職員と居合わせた商人達に対して宣言した。
「商工ギルド特例措置、第2条第3項の2を適用する!」
それを聞いた者達は、ギルドマスターの仰々しい態度での宣言にも拘わらず、あまり驚いたようには見えなかった。各々の顔に浮かぶのは、『まぁ、そうだよな~』という、納得の表情。
恭子が来た時にいた商人達は、勿論、誰ひとり帰ることなく居残っていたので、今ここにいるのは殆どが事情を知っている者ばかりだったためである。こんな話の結果を見届けずに帰るような商人など、いるはずがなかった。
特例措置というのは、『商工ギルド及びその加盟者に対して多大な被害を与える可能性がある場合において、他の規則に優先して適用される事項』であり、その中の『第2条第3項の2』というのは、アレである。
高貴な身分のお方や有力者の子女が身分を隠してやってきた場合において、特別扱いをするが、オマエら文句を言うなよ。そして、余計な手出しをするんじゃないぞ、というやつ……。
この宣言がなされた相手にちょっかいを出した場合、何が起こってもギルドは一切サポートしない。
……それどころか、敵に回る。
商売人にとって、それは致命傷である。
勿論、この情報はここに居合わせていなかった加盟者達にも、直ちに知らせが回ることになっている。
なので、翌日になってもこのことを知らない商工ギルド関係者は、使い走りの丁稚か半端仕事をもらう孤児達くらいのものである。
「本人には、絶対に 気取(けど) られるなよ!」
自分が特例措置の対象となったこと、つまり有力者の娘であることを知られたと悟られることなく、良い商人達に囲まれて楽しくお店屋さんごっこができるようにしてやれ、という指示を出して、ギルドマスターは急いで駆け去った。
……勿論、副ギルドマスターが足止めしている間に、少女に勧めた不動産屋に先回りして説明と仕込みをするためである。そのために、規則を曲げてまでわざわざ特定の不動産屋を勧めたのである。
不動産屋が少女を軽くあしらったり、カモと見て粗悪物件を売りつけたりしたら、大変なことになるかもしれない。その確率があまり高くはなくとも、危険の芽は摘んでおかねばならない。
それが一流の商人であり、商工ギルドの責任者の責務でもあった。
そしてギルドマスターと副ギルドマスターの健闘により、この街の商業界は 未曾有(みぞう) の危機を何とか切り抜けることができたのであった。対象者が、自分達が考えているよりも遥かに危険な爆弾であることに気付くことなく。
……とりあえず、今のところは。
* *
「色々と、ありがとうございました!」
にこにこと笑顔で副ギルドマスターにお礼を言って、商工ギルドを後にする恭子。
勿論、次に向かうのは紹介してもらった不動産屋である。
物件を押さえ、開店日の目処が立ってから、再び商工ギルドに行き届けを出す。
営業許可が問題なく下りることは先程の説明の時に確認してあるので、何の心配もなく準備を進めることができる。
開店前に人を雇うことになるであろうが、それは店が決まってから考える予定であった。
(ギルドマスターさんも副ギルドマスターさんも、いい人だったなぁ。こんな素人の小娘に、組織のトップがわざわざ時間を割いて直接相手をしてくれるなんて……。
うん、いい街、いいギルドだ。頑張るぞ~!)
紹介状は書いてもらっていないが、ギルドマスターと副ギルドマスターの紹介だと言えば大丈夫、と言われたので、何の心配もない。
元気に手を前後に大きく振りながら笑顔で歩く、ここでは未成年の子供に見える恭子(外見偽装済み)に、街の人々は思わず微笑むのであった……。
* *
「ここか……」
そして、紹介された不動産屋に到着した恭子は、そのまま躊躇うことなく店の中へと入っていった。
日本で社会人になり歳を取った恭子は、少しは『配慮』だとか『空気を読む』だとかの能力を身に付けていた。しかし今は、15歳になったばかり、中学3年の頃の肉体に引っ張られ、そして 朧(おぼろ) になった就職後の記憶と違いハッキリクッキリ鮮明になった『香と一緒だった頃の、学生時代の記憶』に引きずられ、少々配慮を欠いた……若き日の 過(あやま) ちというか、暗黒歴史というか……その頃のような行動を取ってしまう傾向にあるということを、自覚しているのかどうか……。
「あの、お店が欲しいのですけど……」
「ハイっ、すぐ御紹介いたします、どうぞこちらへ!」
普通は、成人したかどうかという年齢の 一見(いちげん) の小娘がそのような 曖昧(あいまい) な、そして大金が必要であることを口にした場合、軽くあしらわれるか、世の中の仕組みと厳しさというものをじっくりと教えられるかの、どちらかである。
しかし、なぜか入り口のすぐ内側で まるで待ち構えていた(・・・・・・・・・・) かのように待機して(・・・・・・・・・) いた(・・) 、下っ端の店員ではなくかなり上の立場の者らしき年配の男性に案内され、奥へと通される恭子。
(おお、さすがギルドが自信を持って紹介してくれたお店! 相手が若い女性であっても、舐めることなく大事に応対してくれる!)
……勿論、一流店なのでどんな客に対してもきちんと対応する店であることは間違いないが、普通、碌に用件の詳細も確認せずに奥へ通すのは、上得意だけである。
「どうぞ、お座りください。すぐに担当の者を連れてきます。おい、お茶と茶菓子を! こないだ届いた焼き菓子があるだろう、あれをお出ししなさい!」
指示された女性従業員が、慌てて去っていった。
普通、客の前でお出しする菓子の種類を指定されたりすることはない。大体、客のランクに合わせて従業員が自分で判断し、何を出すかを決めるのである。茶葉も、お菓子のランクに合わせて色々な価格のものの中から選択する。
それを、今現在 お茶やお菓子の貯蔵室(スティルルーム) にあるものの中で最高級のものを、わざわざ指定された。
これは、担当従業員の判断に任せることができず、間違いなく最高級のものを出さなければならないということであり、それが意味するものは……。
とにかく、最高級の菓子を用意し、最高級の茶葉を使い、僅かなミスも許されず完璧なお茶を淹れなければならないということだけは、一片の誤解もなく女性従業員に伝わった。
* *
担当の者は、すぐにやってきた。
本当に、まるで予め待機していたかのように、すぐに……。
そして、先程案内してくれた者と、何やら貫禄のある初老の男性も一緒である。その後ろには、4人分のお茶と茶菓子を載せたトレイを持った女性従業員。
(えええ、私ひとりに、お店の人3人で説明してくれるの……)
さすがに、少し引き気味の恭子。
(お客はんは絶対に逃がしまへんで~、ってヤツ?)
恭子は、何だかちょっと怖くなったので、牽制のため呪文を唱えることにした。
「あの、商工ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターの紹介で来たのですけど……」
これで、おかしな物件の 無理強(むりじ) いや、『そして、その店に入ったのを最後に、その少女の姿を見た者は誰もいなかった……』というようなことはないだろうと考えたわけである。
恭子がこの店へ向かったことはあのふたりが知っており、もし何かあれば一番にここが調べられるぞ、という牽制なのであるが、店の者達は動揺した素振りもない。
「はいはい、勿論、伺っております。申し遅れましたが、私、ここの店主のバレイデスと申します。こちらが番頭のトーバート、そして営業主任のベンスでございます。以後、お見知りおきを……。
では早速、お求めの物件の御希望条件とかを……」
(え?)
この店の規模であれば、複数の番頭とか、それらを束ねる大番頭とかは居そうにない。つまり、店のトップと次席、そして実務のエースの勢揃い、というわけである。一見の小娘相手に、これは少しメンバーが豪華すぎる。
しかし、恭子が一番疑問に思ったのはそこではなかった。
(商工ギルドから真っ直ぐここへ来たのに、どうして『勿論、伺っております』なの?)
しかし、恭子はどうでもいい細かいことは気にしない。
細かいことでも、どうでもよくはないことは、すごく気にする 性質(タチ) であるが……。
なので、ただの定型句であるか、自分の言葉に調子よく合わせただけだと思い、そのまま流した。一見の客にも気を使ってくれるいい店だな、さすが、ギルドマスターが紹介してくれた店だけのことはあるな、と感心して……。
そして、商談を始める恭子であった……。