作品タイトル不明
240 新人商人 1
ちりりん
毎度お馴染みのドアベルの音がして、商人や商工ギルド職員達の視線が一斉に出入り口へと向けられた。
いつものこと。
カモか、敵か、取引相手か、……それとも、無関係な者か。
一瞬の内にそれらを見極め、最良の行動を取る。
まあ、大抵は儲けには繋がらない無関係な者であり、すぐに視線は元に戻されるのであるが。
しかし今回は、皆の視線が今やってきた者に固定された。そして全員の心がシンクロした。
((((((カモだあああああ~~っっ!!))))))
だが、商工ギルドに入ってきた少女にいきなり突撃するわけにはいかない。
少女が何を求めてここへ来たのかを知り、そしてそれが自分が取り扱う商品であった場合には、すぐにその商品を提供すべく接触する。
……そう、この、15~16歳くらいの、派手ではないがセンスの良い高価な衣服を身に纏い、同じく高価なバッグを持ち、高価なアクセサリーを身に着けた、お人好しに見える栗色の髪の可愛い少女に……。
その少女は、すたすたと真っ直ぐ受付窓口へと向かった。
まあ、普通はそうである。ここに来た素人さんは、とりあえず窓口へ行き、用件を告げて自分がどうすればいいのかを尋ねる。
そして、それからが営業職の出番である。
商工ギルドの職員も、たまたま居合わせた各種商店の経営者や従業員達も、その少女が受付嬢に何を求めるかを聞き漏らすことのないよう、全ての神経を耳に集中していた。
静まり返る、商工ギルドの室内。
そして……。
「あの~、商売を始めたいと思うんですけど、まず、何をすればいいんでしょうか……」
ズコ~!!
皆が、盛大にずっこけた。
いや、勿論心の中で、である。表面上は、皆、必死で平静を装っていた。
お客様ではなく、まさかの同業者志望。
どう見ても、お人好しのお嬢様。
とても商売に詳しいとも、そして遣り手だとも思えない。
どこかの商家のお嬢様であれば、番頭か手代が護衛役を兼ねて付き添うのが常識である。
それが、まさかの単独行動。
……意味が分からない。
「あの~、商売を……」
「……あ、は、はいっ!」
固まっていた受付嬢が、慌てて対応を始めた。
いくら予想外の客が来たからといっても、笑顔と平常心を失うなど、受付嬢の名折れ。もしギルドマスターや教育係、 大先輩(おつぼねさま) 達に見られたら、ただでは済まない。なので、先程の数秒間を無かったことにするために、必死で丁寧な接客に努める受付嬢。
「それで、まず、お店が欲しいんですけど……」
「え?」
「いえ、あの、お店が……」
再び固まってしまった受付嬢であるが、今度はすぐに復活した。
「お、お店を 御所望(ごしょもう) であれば、不動産屋へ行かれるべきなのでは……」
「え?」
思いも寄らぬ言葉を聞いたためか、きょとんとした顔をする少女。
「いえ、ですから、ここは『商工ギルド』ですので……。確かに不動産業も商売ですし、商工ギルドのメンバーではありますが、何と言いますか、その、普通野菜を買う時は八百屋へ行かれますよね、商工ギルドではなく……」
「あ~……」
どうやら、その比喩で理解してもらえたようである。
「じゃあ、不動産屋を紹介してもらいたいんですけど……」
「それは致しかねます。当商工ギルドがお客様に特定の店を御紹介するということは、その店に対する便宜供与であり、贔屓ということになります。当ギルドは、全ての加盟店に対して公平、平等に接することが原則ですので……」
「うん、理解して、納得した! じゃあ、出直してきます……」
さすがに、居合わせた商人達の中に、不動産屋はいなかった。
不動産業は、そんなに頻繁にギルドに顔を出したり必死で情報収集に努めたりする必要があまりないので、無理もない。
商人達は、この様子では少女が商売を始めるのはまだまだ先のことだろうと思い、その時にはうまくお金を毟れないものかと考えてはいるが、とりあえず今はまだ何もアプローチする必要はないだろうと考えていた。
勿論、この少女に関する情報には気を付けていようとは思っているが……。
「お待ちください!」
しかし、帰ろうとする少女に声を掛け、引き留める者がいた。
そして、足を止めて振り返る少女。
「何でしょうか?」
今、他の者達を差し置いて少女に話し掛けられる者は、そう多くはない。そして声を掛けたのは、勿論その中のひとりであった。
「ここ、商工ギルドの副ギルドマスター、アーブラットです。少し話したいことがあるのですが、ギルドマスターの部屋へ来ていただけませんか?」
さすが商工ギルド、ハンターギルドとは違い、新人に対しても丁寧な言葉遣いである。
「え? ……まあ、構いませんけど……」
特に問題となるようなことをしたとは思えない。そして、まさかこれだけの目撃者がいるというのに、女性を部屋に連れ込んでどうこう、とも考えづらい。おまけに、副ギルドマスターである自分の部屋ではなく、ギルドマスターの部屋である。
おそらくは何らかの話を持ち掛けられるのであろうと思い、その少女……恭子は、素直に誘いに応じるのであった。
* *
「私です。お客様を御案内しました」
「…………入ってくれ」
副ギルドマスターが2階の一室のドアを叩きそう伝えると、ほんの少し間をおいてから、中から入室を許可する声が聞こえた。当然のことながら、ここがギルドマスターの部屋なのであろう。
事前に事情を知らせることなく、用件も分からぬ客をいきなり最上位者の許へと連れてくるというのは、普通、まともな組織においてはあり得ないであろう。それも、新人がやらかしたのであればともかく、副ギルドマスターともあろう者が、そんなヘマをしでかすとは思えない。
ギルドマスターの返事が少し遅れたのは、おそらくそのあたりに引っ掛かったのであろう。
しかし、副ギルドマスターがそうしたということは、『そうする必要があると考えた』ということであり、部下のその判断を信じることにしたのであろう。
恭子を室内へと 誘(いざな) い、自分も中へ入ると、ドアを閉めてからギルドマスターに向き合う副ギルドマスター。
「こちらの方は、この街で店を持ちたいと希望されております、……あ……」
ここで、何と、まだこの少女の名を聞いていなかったことに気付き、焦る副ギルドマスター。
人を紹介しようとして、その者の名前を知らないなど、商業関係者としてあるまじき失態である。
顔を赤くする副ギルドマスターを、恭子がすぐにフォローした。
「サラエットと申します。御紹介いただきました通り、この街で店を持ちたいと思っているのですが……」
ギルドマスターは、恭子の姿をざっと見ただけで、自己紹介と合わせて全てを察した。更にそれに副ギルドマスターの行動を合わせれば、それくらい察知できなければ商工ギルドのギルドマスターなど務まらない。
そしてギルドマスターは、勿論領主の家族や近隣の貴族の子女、その他の有力者や大きな商家の子供達の顔は全て知っており、この客はそれらのどれにも該当しない。
それに、自分が知っているそれらの家の当主達は、成人したばかりの娘にひとりでこんな真似をさせるような馬鹿ではない。なのでおそらく、他領の有力者の係累に違いない。
自領では顔が知られすぎているから、敢えて他の貴族領で活動させようとか考えた、どこかの貴族か大商家の馬鹿当主の係累に……。
小娘に人も付けずにひとりで一から商売を始めさせるなど、失敗して大損しようが大した問題ではない、娘の良い経験になればそれでいい、と考えるような大金持ちにしかできない暴挙である。
そして、本当にひとりだけのはずがない。
本人は知らないであろうが、陰からそっと見守り、当主に状況を報告する者。
少女に危険が迫った時に、そっと敵の首を狩る隠れ護衛。
この街の商人の中にも、息が掛かった内通者がいる可能性がある。
そして綺麗な顔、ふわふわした雰囲気、華奢な身体に、高価な衣服とアクセサリー。
高価そうな、ではなく、高価な、である。それくらいのことが分からないような商工ギルドのギルドマスターはいない。
「ようこそ我が街にお越しくださいました。当ギルドは、あなたを歓迎いたします!」
そして満面の笑みを浮かべて席を勧める、ギルドマスターであった……。