作品タイトル不明
206 事業拡大
「……商品の増産、ですか?」
夕食後の、みんなで紅茶を飲みながらの団らんの時間に私がその話題を切り出すと、ミーネが少し考えた後、自分の意見を言ってくれた。
「正直言いまして、現状でこれ以上の増産は難しいです。頑張れば2割くらい増やせるかもしれませんが、かなりの無理をすることに……」
そう言って、ちらりとアラルの方に視線を向けたミーネ。
おそらく、自分だけのことであれば『あと2割増やせます』と言ったのだろうけど、まだ6歳のアラルにその負担をかけさせることはできないと考えたのであろう。そしてミーネの性格から考えると、今の言葉を口にするのは 忸怩(じくじ) たる思いだっただろう。
でも、アラルのことを優先して、 敢(あ) えて増産に否定的な言葉を返した。自分としては、恩のある私達のために、無理をしてでも期待に応えたいと思っていただろうに……。
うん、それでいい。それでいいんだ。
「分かってる。ミーネとアラルが、勤務時間内にできるであろう最大の成果を上げてくれていることは。だから、大幅な増産が無理なのは分かってる。もし増産が可能なら、それはふたりが今は全力でやっていない、ってことだからね。
そうじゃないってことくらい知ってるよ。私も馬鹿じゃないんだからさ」
私がそう言うと、何だか瞳をうるうるさせているミーネ。
いや、あなた達には、『女神の眼』の連中でお馴染みの、あの『狂信者の眼』はして欲しくないよ。家族のような仲良しではあっても、上下関係としては、ただの雇用主と従業員、ってだけで充分だ。そこに、崇拝だとか献身だとかは 要(い) らないよ!
だから……。
「増員を考えてるの。……但し、募集したら絶対に変なのが来るから、採用はスカウト方式、つまりこっちから声を掛けて、ってのを考えてるの。
でも、私達はこの街に知り合いがいるわけじゃないし、誰が信用できるかも、相手がどこかの『紐付き』かどうかも分からない。
さて、そこで質問。私達は、誰をスカウトすればいいと思う?」
私の質問に、ミーネは即答した。
「孤児!!」
「大正解~!」
そう、金持ちや権力者の紐付きである孤児なんか存在しないし、彼らの望みは『腹一杯食べたい』、『暖かいところで眠りたい』、……そして、『生き延びたい』。ただ、それだけだ。
そして、その3つを与えてくれるなら。
おそらく、決して裏切ることはないだろう。あの、『女神の眼』の子供達のように……。
「でも、この街の孤児院は潰れちゃって、今はこうなってるし、その時にいた孤児達全員のまともな行き先を用意してくれたくらいだから、この街の領主さんは孤児院に入れていない孤児達を放置したりはしていないのでは?」
うん、レイコが言う通り、この街は孤児には異常に肩入れしてるみたいなんだよねぇ。ミーネとアラルにもみんな優しくしてくれているみたいだし、ミーネの話によると、孤児院時代も結構良くしてくれていたとか……。
だから、昔からこの街には河原で暮らすホームレスの子供とか、決まったねぐらすらない、文字通りの『浮浪児』に相当する者達とかも存在せず、ここにあった私設の孤児院と、住み込みで働ける年齢になった者を受け入れてくれる仕事場、そしてごくたまに現れる『年少者を養子として欲しがる、子供を亡くした、あるいは子供に恵まれなかった夫婦』とかで、言い方が悪いかもしれないけれど、『需要と供給のバランスが取れていた』らしいのだ。
勿論、全ての街がそう上手くいっているわけじゃない。
普通の街では、まともな働き口は、 伝手(つて) やコネがある者が優先されるし、信用度の問題とかもあり、孤児にはまともな働き口はなかなか得られない。
何かあった時に、孤児だと『親兄弟に弁償させる』ということができない、というのもある。店の金を持ち逃げでもされたら大変だ、ということなのだろう。
でも、実際には、普通の者よりも孤児院出身者の方が犯罪を犯す確率は遥かに低いらしい。
何せ、『自分の力で腹一杯食べられて、暖かいベッドで寝られる生活』を手に入れたというのに、それを捨てようなどと考える者は滅多にいない上、普通の者達が音を上げるような状況でも、笑いながら『あの頃に較べれば、天国だ』などと呟くらしいのだから……。
そして、そういう連中が真面目に必死で働く一番の理由は、勿論、アレだ。
『もし自分が信用を失うようなことをしでかせば、孤児達全ての信用と評判が地に落ち、後輩達を雇ってくれる職場が激減する』
お世話になった孤児院の人達に失望され、そして慕ってくれていた後輩達に怨まれ、蔑まれる。
……孤児院出身者にとって、これ以上の恐怖はないだろう。
だから、孤児達は割と信用できるのだ。こちらが彼らを裏切らない限り。
「じゃあ、他の街に孤児を探しに行くの?」
「いや、他の領地から勝手に人を連れてくるのはマズいでしょ。いくら孤児とはいっても領民だし、そこそこの年齢になれば労働力として、そして有事の際には戦力として使われる、領地の財産なんだから……」
レイコの案は、却下だ。
他の領地から勝手に人間を移動させるのもアレだけど、それ以前に、私の手はそんなに長くない。
たまたま出会った人達を少し手助けしたり、大した手間じゃなければ 気紛(きまぐ) れで『なんちゃって女神様』ごっこで幸運のお 裾分(すそわ) けをしたりするけれど、そんな、知らない街の知らない子供達のために遠出したりはしない。
この国の全ての孤児達、そして全ての国の全ての孤児達に手を伸ばすことはできないんだ。ならば、最初から、無理をしたり中途半端なことをしたりはしない方がいい。
「じゃあ、どうするのよ? ここの孤児院が閉鎖になった時にいた孤児達は、みんなそれなりの居場所を世話されて、今はそれぞれ普通に暮らしているんでしょ? その子達を連れ戻すわけにはいかないでしょ?」
当たり前だ。そんなことをすれば、今、子供達がいるところの人達に迷惑がかかるし、受け入れを斡旋してくれた領主様や尽力してくれた様々な人達の面子を潰すことになる。そして『 リトルシルバー(うち) 』の評判も落ちるだろう。
「だから、連れ戻す。『ここに連れてきても問題ない者』を、『引き抜いても問題ないところ』からね」
「あ……」
うん、これだけヒントを与えてあげれば、レイコには一発で分かるだろう。
『連れ戻す』
それは、『以前、ここにいた者』ってことだ。
そして、突然連れ戻しても、本人も今の職場の人も全く困らないか、もしくは『困っても構わない連中』ってことだ。
つまり……。
「ミーネ、孤児院の院長が代わったのは、ミーネが売られる半年前って言ってたよね。そして、売られてから1年くらいで逃げ出して、ここに辿り着くのにしばらくかかって……。
で、ここを引き継いだ悪党が捕まったのが、半年近く前。
つまり、大体1年前後の間、ミーネと同じような目に遭った、つまり『売られた』子がいたわけよね?」
「え……」
ミーネの口から漏れた声は、『それに気付いていなかったがための、驚きの声』ではなかった。
それは、『本当に、本当に助けてもらえるのか?』という、半ば信じられない、けれど 微(かす) かに見えた希望の光を信じ、縋り付きたいという、心の声。
気付いていなかったわけではないだろう。
気付いていながらも、自分にはどうしようもなく、そして私達に言ったところで、ただ私達の心を重くするだけ。……だから、何も言わなかったのだろう。
本当は言いたかったであろう、心の叫び。
『私と同じ目に遭った仲間達を、助けて!!』
オーケイ、オーケイ。
連れ戻しても問題がない人員。
困るのは悪党だけで、自業自得。気にする必要は全くない。
領主様は、多分味方をしてくれるだろう。
そして、助けられた子供達は、決して裏切ることなく、よく働いてくれるだろう。
子供を助け、悪党を潰す。
うん、たまには『女神様』や『御使い様』をやるのもいいだろう。
……匿名の、パートタイムで。
フルタイムの、正社員としての『女神様』や『御使い様』は、ちょっとしんどい。
でも、パートかアルバイトくらいなら構わない。
昔、『女神の眼』のみんなと出会った時に決めたのだから。
自由に生きたい、と。自分の好きなように。
そして、ポーション能力による恩恵を、ほんの少し人々に与えようと。
……但し、悪党は除く。
別に、ミーネのためってわけじゃない。
私とミーネ、そして売られた子供達の利害関係が一致した。ただ、それだけだ。
そして、私は領主様に、『リトルシルバー』のことを『孤児の自立のために支援事業を行う組織である』と説明している。免税を願い出た嘆願書類において。
その活動を、じっくりと見ていただこう。
「よし、『リトルシルバー』、人材確保作戦、開始!!」