作品タイトル不明
205 レイアの立ち位置
「……じゃあ、よろしくお願いします!」
宿の人に、レイアのことをよく頼んでおいた。
そう、レイアと口裏合わせをして、レイアは私達の監視を頼まれて国元からやってきた貴族家の娘、ということになったのだ。
うちの実家と懇意である貴族家の娘が、私達が自由気ままにやっているのを 羨(うらや) んで、そういう名目で両家を言いくるめて追ってきたけど、本当は自分も物見遊山の冒険旅行がしたかっただけの我が儘お嬢様、ってことにして。
……どうして10歳未満に見えるレイアが12歳前後に見られる私と14~15歳くらいに見られるレイコのお目付役に派遣されるのか、という問題はあるが、深くは考えない。宿の人も、貴族が考えることは分からないなぁ、と思う程度で流してくれるだろう。
まぁ、貴族の子供は幼い頃から色々と教育されるらしいから、中にはおしゃまな子や大人びた子、天才児、やけにしっかりした子なんかもいるから、そういうものだと思ってもらおう。
そして、一見ひとりに見えるものの、常に隠れ護衛が見張っており、下手に手出しすると問答無用、何の手加減もなく斬り殺される、という噂を広めておくことにした。
いや、そうでもしないと、大変なことになっちゃうからね。主に、この街とか、この国とか、この大陸とかが……。
いくらレイアが『下等生物に対しては、セレスよりずっと寛大で心優しい』とはいっても。そしてレイア本人には何の危険もないとはいっても。
さすがに、自分に対して悪意全開で攻撃してきた者には容赦しないだろう。容赦をする理由なんか、欠片もないのだから。
人間も、自分を刺した蚊は、何の躊躇も罪悪感もなしに叩き潰すよね。かなり優しい人でも。
そして、周囲に殺虫スプレーを噴霧しても、何の不思議もない。
他の蚊は、何もしていなくとも……。
まぁ、子猫がてしてしと繰り出す猫パンチくらいなら、笑って見逃してくれるかもしれないけどさ……。
また、そう予告しておけば、レイアに絡んだ連中の首が急に『ポロリもあるよ!』とかになったとしても、『ああ、鋼線使いの隠れ護衛の仕業か……』とかで納得してもらえ……
「もらえないわよ!」
もらえるに違いない!
レイコの突っ込みは、スルー。
あ、さすがに8歳前後にしか見えない、金持ちそうな身なりのレイアがひとりで泊まるには、安宿どころか、普通の宿屋でも危険過ぎる。なので、レイアが最初から泊まっているこの街で一番の……設備も従業員もサービスも安全性も、そして勿論料金も……宿屋にそのまま泊まり続け、但し当然のことながら部屋のランクは下げて、懐に優しい価格帯に収めることにしたのである。
宿の人には、私達が考えたレイアの設定と、国元から持ってきた資金を僅か数日で使い果たしたおっちょこちょいだということを説明して、以後も私が宿の料金を直接支払い、レイアには一週間ごとに私からお小遣いを少しずつ渡す、ということを伝えておいた。
普通であれば高級宿の従業員が客のプライベートなことを喋ることはないが、この件に関してのみは、レイアの安全のため、ということで『 箝口令(かんこうれい) 』ならぬ、『広報令』を敷いてもらった。……宿の人は、嫌そうな顔をしていたけどね。
ま、客のことをぺらぺら喋る宿、とか思われるのは嫌か。無理矢理頼み込んだけど。
大丈夫、この宿に泊まるような人はみんな『デキる人達』だから、レイアのその噂だけが耳に入れば、それは『少女の安全のため、宿が泥を被ったな』とすぐに理解して、更に宿の評価が高まるに違いない! ……多分。
そして、これによりレイアを襲っても僅かなお金しか持っていないということが広まり、隠れ護衛の件と合わせて、ますますレイアに手出ししようとする者が減るはずであった。
事実、この5日間で派手にお金を使いまくったことは大勢に知られているであろうし、この後、レイアは私が支給するお小遣いでそこそこの……貴族の娘としては、かなり質素な……生活をすることになるのだから、疑う者はいないだろう。
そして、セレスがたまに私の様子を見ることを知っているであろうレイアは、あまり私に接触することなく、休暇を楽しんでくれるだろう。その様子を見て、自分自身はそういう行動を楽しめるようなレベルではない『もっと上位のレイア』達が、幼い妹が馬鹿をやってるのを見てほっこりとした気分を味わう姉のように、ほんの少し楽しんでくれれば……。
全宇宙の、そして全次元世界のために尽力してくれているのだから、それくらいはいいだろう。
* *
「……とか考えているのでしょうね、あの下等生物が……。
でも、まぁ、確かにあまりあの少女に近付くとセレスにバレるでしょうし、あのお方には、『あの少女の様子を、面白おかしくお話しする』のであって、私があの少女に手出しして好き勝手に扱っている状況をお聞かせするのではありませんからね。そんなことをすれば、きっとお叱りを受けてしまいますわよね……」
宿の自室で、ぽりぽりとお菓子を食べながら、そんなことを言っているレイア。
そういう種族特性なのか、セレスと同じく、独り言が多いようである。
そしてどうやら、カオル達は大した被害を 被(こうむ) らずに済みそうであった。
「……でも、お小遣いはもう少し多くするべきではないかしら。この身体は、まだまだ食べることができますし、食事もお菓子も、なかなか面白い体験ですわ。
……そして、美味しいものほど価格が高いというのは、どういうわけですの? 嫌がらせか何かですの!
とにかく、次にお小遣いを貰う時に、ちょっと意見すべきですわね……」
この国の言葉をマスターしているくせに、どうしてこの世界での常識はマスターしていないのか。
しかし、レイア関連の予算は現在の『リトルシルバー』の経理とは別立てで、カオルの昔の財産から支出しているので、大きな影響はない。……まだ、今のところは。
そしてカオルは、レイアは少し滞在して楽しめば、帰還するものと考えている。
……セレス達の時間感覚が人間とはかけ離れたものであることを、人間の中では自分が一番よく理解しているくせに……。
まぁ、そもそものレイアの滞在目的を誤解しているので、その勘違いはそう大したことではなかったが。
* *
「よし、『謎の訪問者』事件は、これにて一件落着! 元の任務に復帰するわよ!」
『元の任務に復帰する』というのは、私が前世でよく使っていた言い回しである。確か、戦争映画で覚えた軍隊用語だったはずだ。おそらく、お兄ちゃんへの付き合いで、テレビかレンタルビデオで一緒に見たのだろう。
「 了解(ラジャー) !」
「ら、らじゃ?」
「らじや!」
レイコは、勿論、前世の時から私の口癖や多用する言い回しを知っている。そしてレイコに続いて、慌てて真似をして返事するミーネとアラル。うむ、かわええのぅ……。
ええと、何だかレイアに掻き回されてバタバタしていたけれど、とにかく『 リトルシルバー(うち) 』の事業としての魚介類加工部門に続いて食肉加工部門も順調な滑り出しとなり、民芸品とかを扱う小物部門も順調。問題点は、需要に供給が追いつかない、ってことだけだ。
だって、主力が9歳の少女ミーネと6歳の少年アラルのふたりだけなんだものね。生産量に限りがあるのは当たり前だ。
いや、私とレイコも働いてるよ?
でも、私達は対外的な活動……売り込みとか、新規開拓とか、その他諸々……をやらなきゃならないし、毎日現場作業で働きたいわけじゃない。
のんびり暮らして、お金儲けは、私達がお金を使うのを怪しまれないだけ稼げればいいんだ。お酒やギャンブルに大金を費やすわけでなし、美味しいものといっても、そのあたりの下級貴族家で出される料理より私やレイコが作った料理の方がずっと美味しい。
……洗練された地球の調理技術だけでなく、調味料を使うからね、ポーションとして出したやつを。
反則? いーんだよ、細けぇこたー!
……まぁ、この世界の素材だけを使う場合は、カネにモノを言わせて最高級の素材を使われたんじゃあ、どうしようもないけど……。
そういうわけで、肉体労働は従業員に任せて、私とレイコは楽な仕事をちょっぴりこなすだけなのだ。
……いや、非難される 謂(い) われはない! 経営者って、そういうものだよね?
それに、これはミーネとアラルの仕事を作ってやり、技術を身に付けさせてやるための慈善事業なのだ。領主様に出した申請書と嘆願書には、別に嘘を書いたわけじゃないのだ、うむ。
……しかし、現状ではミーネとアラルの負担が少し大きくなってるかなぁ。
これを何とかするには……。
そう、ここは当然、新規に従業員を雇うべきところだ。
そして、元孤児院の建物の隣に作業場を増設して、生産量の増加を図るのが、デキる事業主というものだ。
……ただ、それには問題点がある。
うん、うちには秘密が多すぎるし、従業員なんか募集すれば、絶対に変な奴が来る。
だって、金持ちの貴族の お嬢様(こども) が趣味でやっている、カネになりそうな事業だよ。しかも、香辛料の入手ルート付き。これに食い付かないような商売人や悪党はいないね。悪い企みや、雇い主の命令で応募してくる奴が、絶対にいる。
それに、そもそも、大勢の従業員を雇って、その給料を払うために仕事量が増えて、って、本末転倒だ。うちは、みんなで幸せに生活するために働くのであって、危険を 背負(しょ) い込んだり嫌な思いをするのは嫌だ。
……荒稼ぎは、 裏の稼業(こうしんりょう) で稼ぐから、いいよ、そういうのは。
レイアの生活費は、昔の蓄えで賄ってるし……。
くそ、それも無尽蔵というわけじゃないんだ、あまり長居されると、非常用の資金が目減りするぞ。何せ、現在流通しているお金に両替したのは一部だけで、大半は『大量に出すと怪しまれる、今は流通していない昔の金貨』だからなぁ。
うむむ、なにか、いい考えは……。