軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

★書籍4巻発売記念★結婚後番外編 国の行く末は……

とある日、シライヤと私はアデルバード殿下の外交の付き添いで友好国の一つである『ファウンティニア王国』に来ていた。

こういう場合普通は王太子妃であるエステリーゼ様がアデルバード殿下とご一緒するものだが、エステリーゼ様はめでたいことにご懐妊されており安静にするためにしばらく公務を休んでおられるのだ。

その代わりというわけではないがファウンティニアの王太子妃はシライヤに会いたがっているらしく、丁度良い機会だということでシライヤとその妻である私も招待されたのだ。

ファウンティニア城へ向かう馬車の中でアデルバード殿下が対面に座る私とシライヤに向けて口を開く。

「ファウンティニアの水道技術はエルゼリアよりもはるか上を行く。いずれこの技術を我が国に迎え入れるため、此度の外交にてこちらの王族と信頼関係をより強固に築きたい。我が国の行く末に係わることだ。二人とも抜かるなよ」

厳しい声で言われ、緊張に肩がすくむ。

「アデルバード殿下がそのようにピリつくなんて珍しいですね。気難しいお方なのですか?」

「王太子妃はさほどでもない。しかし王太子の方は私を敵視している」

「既に絶望的な状況じゃないですか。よく〝抜かるなよ〟なんて言えましたね」

思わずツッコミを入れてしまったが小さく息をついて仕切り直し、質問を続けた。

「では私達の目的は、こちらの王太子殿下との仲を改善することでしょうか?」

「あの様子では関係を改善することは不可能だろう。墓場まで私への敵意を持ち込むだろうさ。故に王太子は諦め、王太子妃とその娘である姫の方に狙いを定める。あの男は妻と娘にことさら弱いからな。二人を取り込めれば十分だ」

「それで、王太子妃殿下が会いたがっているシライヤを同行させたのですね。……ですが」

隣に座るシライヤの手に自分の手を重ねながら、ハッキリと言葉を続ける。

「まさかとは思いますが、念のためにお伝えしておきます。この国にいる間、シライヤを王太子妃殿下に差し出すような形になるのならば妻として容認できません。たとえ国の不利益になろうとも、彼を連れて帰らせていただきます」

シライヤの手が私の手を掴み直した。

彼へ視線を向ければ、ほんのりと頬を赤くして私に熱のこもった視線を向けてくれている。

「シンシア……、護ろうとしてくれてありがとう。俺もその時はシンシアと帰ると約束する。貴女以外の女性に触れられることは俺としても許容できない」

お互いの愛を確認して頷き合うと、アデルバード殿下がさらに続けた。

「案ずるな。彼女は王太子妃として理性ある女性だ。節操の無い振る舞いはしない。ーーだが」

一度言葉を句切ったアデルバード殿下は馬車の窓から遠くを眺める。

「やっかいな相手ではある……か……」

気難しいこともなく理性ある女性なのに、やっかいではある?

どういう意味だろうか……?

◆◆◆

ファウンティニア城に到着すると、王族の皆様は温かく迎え入れてくれた。

馬車の中でのアデルバード殿下のようにピリピリとした空気を想像していた私は拍子抜けしてしまったが、アデルバード殿下がファウンティニアの王太子であるオーギュスティン殿下と握手を交わす時に確かに敵意のような視線が向けられているのに気づく。

愛想笑いは無く、むっすりと唇を引き結び、不機嫌なことを隠すそぶりすら無い。

しかもその態度はシライヤにまで向けられたのだ。私には薄く微笑む対応だったので、本来の彼の社交はこちらの顔だと思うのだが……。

そしてファウンティニアの王太子妃であるイゾルデ殿下はというと、私の宿泊に不便が無いよう同性としてあれこれと気を遣ってくださる非常にお優しい方だった。

シライヤに会いたかったのは事実のようだが、学生の身で公爵の地位を得たことを純粋に称賛してくださり、学園で常に成績トップをキープする程の学習法を愛娘のために聞いておきたかったようだ。

「ご機嫌麗しゅう、エルゼリアの王太子殿下、公爵と公爵夫人」

そう言って練習したてのカーテシーを見せてくれたのはまだ五歳になったばかりのユスティナ姫。

その姿は天使のように愛らしく、そろそろシライヤとの子どもを考える私にとって非常に胸を打つ存在だった。

大人達にカーテシーを褒められて、素直に笑うユスティナ姫はますます愛らしい。家族からの愛情を一身に受けているのがよく分かる。

基本的には穏やかなファウンティニアの王族の皆様と交流を深め数日経ったある日オーギュスティン殿下から乗馬に行こうと誘われた。

「いよいよ何か仕掛けるつもりだろう。大事を取って我々はエルゼリアの馬で行くぞ」

アデルバード殿下の指示でエルゼリアから連れられた馬に鞍がつけられるのを眺めながらシライヤが驚いた声をあげる。

「ファウンティニア王太子殿下は、馬に危害を加えるようなことをなさるのですか?」

「いや、そこまで分別のつかぬ男ではないが……、たまに子どものようなくだらない悪戯をする。私を辱めることを目的としてな」

「……辱められたことがあるのですか?」

「まさか……」

不敵に笑ったアデルバード殿下は「全戦全勝だ」と続けた。

なんとなくオーギュスティン殿下が意地になるのが分かる気がしながら、よく整えられているエルゼリアの馬を撫でる。

王族が乗馬をするために調教されている特別な馬だ。毛並みは艶やかで手入れがよく行き届いているのが分かる。特に尻尾は乱れ一つ無く、長く真っ直ぐで美しい。

そして何より人懐こい。初めての私にも素直に撫でさせてくれる優しい白馬。

「この子のお名前はなんですか?」

「プレリュードだ。気性が穏やかで扱い易い。君はその馬に乗るといい」

「ではそうさせていただきます。よろしくね、プレリュード」

私の言葉に応えるように、プレリュードの長く白い尻尾が陽光を淡く反射させながら優雅に揺れた。

◆◆◆

目的地である湖に到着するまで何事も無く乗馬を楽しんだ私達はお付きの者達が湖畔に用意したテーブルでお茶を飲んで一休みすることにした。

オーギュスティン殿下が何か仕掛けるなんて考えすぎだったのではと思うくらいに平和な一時を楽しんでいると、ユスティナ姫がアデルバード殿下に突然あるお願いごとをしてきた。

「エルゼリアの王太子殿下はヴァイオリンがお得意だと聞きましたの。私はダンスを習っているところなのですが、殿下の演奏で踊らせていただけませんか?」

「それは光栄なことだな。教養程度に習得しただけだが、私の演奏で良いならばいくらでもお付き合いしよう。ファウンティニア城に帰り次第すぐにヴァイオリンの手配を……」

アデルバード殿下がそこまで答えた時、オーギュスティン殿下が「それならここに」と従者にヴァイオリンを用意させた。

準備が良いものだ……。これは確実に、何か仕掛けている。

おそらくヴァイオリン演奏を頼むように仕向けたのもオーギュスティン殿下なのだろう。

ユスティナ姫の方は純粋に瞳を輝かせているし、幼い女の子なのだからグルということはないだろうが。

「遠慮することはない、ご自慢の演奏を聞かせてくれ。噂と違い不出来だったとしても笑ったりなどしないから安心すると良い、アデルバード殿下」

わざとらしく焚きつけるように言うのだからもはや確定だろう。

とはいえこの状況で断ることはできず、アデルバード殿下は席から立ち上がりヴァイオリンを受け取った。

「ご厚意に感謝する、オーギュスティン殿下」

まずは調弦から。酷い音程に変えられているのかと思ったがそういうことはなく、わずかにペグをひねるだけで準備を終えたようだった。

「楽譜が無いので弾ける曲は限られる。姫がご存じだと良いが」

アデルバード殿下が弾き始めたのはエルゼリアでは有名な曲だった。少し聞くとユスティナ姫も「知っておりますわ!」と嬉しそうに笑い、イゾルデ殿下を相手役に可愛らしく踊り始めた。

順調な出だしだ。

オーギュスティン殿下はアデルバード殿下が本当にヴァイオリンを弾けるとは思っていなかっただけなのかもしれないと考え始めた時だ、まだ曲の途中だというのにアデルバード殿下の演奏が止まってしまった。

何事かと思い見れば、弓の毛が大量に切れてしまっていた。あんな切れ方をするなんて普通ではない。仕掛けはこれだったか。

「おーやおや、少し演奏しただけでそれだけの毛を切ってしまうなんて、弾き方に問題があるんじゃないのか? いや、恥じることはないよ。君はバイオリニストではないのだから、下手くそでも当然さ!」

オーギュスティン殿下は勝ち誇ったように笑っている。アデルバード殿下を辱めるために子どものような悪戯をするとはこういうことか。

「では演奏は終わりですのね。残念ですわ……」

ユスティナ姫がしょんぼりと落ち込むと、オーギュスティン殿下はすかさず立ち上がり勢いよく続ける。

「では、お父様の歌声で踊るといい!」

「お父様は音痴ですので嫌ですわ」

すげなく提案を却下されたオーギュスティン殿下はその場に崩れ落ちてショックを受けている。一人でお忙しい方だ。

この状況をどう収めるのだろうかとアデルバード殿下に視線を向けると、彼はフッと笑い弓をシライヤへ差し出し「三分だ」と短く零す。

まさか、三分で弓の問題を解決しろ――と?

王太子から差し出されて無視をする訳にもいかず弓を受け取ったシライヤだが、困惑の表情を浮かべている。

しかし私はあることを思いつきシライヤに向けて囁く。

「プレリュードです……っ」

シライヤは私に小さく頷き「少し失礼する」と一言断ってから茶会の席を離れた。

その後を追いかけるようにアデルバード殿下の子飼いの男も駆けていく。彼も協力してくれるのだろう。

崩れ落ちていたオーギュスティン殿下はハッとして立ち上がり声を上げる。

「弓をどうするつもりだ。まさか街まで直しに行ったのではないだろうな? 悠長に帰りを待ってなどやらぬぞ。ユスティナが退屈するだろうが」

「姫に退屈な思いはさせぬさ。改めてお付き合い願おう」

アデルバード殿下は微笑みを崩さず言葉を返し、そのままヴァイオリンを構え直した。

弓もなくどうするつもりなのかと緊張して見守っていると、ヴァイオリンの弦が指で弾かれ軽快な音を鳴らし中断していた音楽を奏で始めた。

「まあ! 可愛らしい音!」

「ヴァイオリンを指で弾くなんて、そんなの……アリかっ!?」

ユスティナ姫は喜び、オーギュスティン殿下は唖然と言葉を詰まらせる。

これは……アリだ。ピチカートというヴァイオリンの正式な奏法の一つ。

水滴が落ちるような愛らしい音に似合わず両手共に絶え間なく激しい指の動きが求められるため、貴族の教養として習得を目指す者は少ない。まさかアデルバード殿下ができるとは思わなかった。

プロのような演奏に思わず聞き惚れているとユスティナ姫の困惑する声が聞こえた。

「先ほどと同じ曲ですのに、なぜか速く聞こえてしまいますわ。どうやって踊りましょう……」

弓で伸びやかに弾く奏法とは違い、指で直接弾き短い音を細かく重ねていくピチカートは確かに忙しない音色に聞こえてしまうかもしれない。ダンスを習い始めたばかりのユスティナ姫には難しいのだろう。

……と、その時アデルバード殿下に目配せされた。間違いなく「解決しろ」と言われている。

できなければこの嫌味大魔神に帰りの馬車の中でどれだけネチネチと詰められることか。

それにだ。純粋にユスティナ姫に今の時間を楽しんで貰いたい気持ちもある。となればやるしかない。

「では、このようなダンスはいかがでしょうか?」

私も席から立ち上がり、ユスティナ姫に並んで踊り始めたのはバロックダンスのガボットステップ。バレエの元祖と呼ばれるこのダンスは一人でも踊りやすく小刻みにピョンピョンと跳ねるために、ピチカートの短い音で奏でられる曲に合わせやすい。

エルゼリアの舞踏会では流行っていないが、ダンスが趣味のお母様がシライヤと私に様々なダンスを教えてくれるので、バロックダンスのレッスンも受けていたのだ。

レッスン以外で踊る機会は無いだろうと思っていたが、こんなところで役立つとは。ありがとうお母様……っ!

「可愛いダンスですわ! スカートの動きも素敵!」

ユスティナ姫は私を真似ながら動き、小さな身体を可愛らしく跳ねさせている。

「わたくしの動き、合っていまして?」

「とてもお上手です」

「ふふふ! 新しいダンスを覚えられて嬉しいですわ!」

しばらくユスティナ姫とダンスに興じていると、シライヤと子飼いの男が戻ってくる。子飼いの男の手には白く美しい毛を張った弓。

「バカな!? こんな場所でどうやって弓の修理をしたんだ!?」

オーギュスティン殿下は顔色を悪くしながら頭を抱えて驚愕している。その様子なら他に仕掛けはないと思っていいだろうか。

子飼いの男は音もなくアデルバード殿下に近づくと休符のタイミングで弓を差し出す。視線すら向けず自然に受け取った彼はそのまま弓での奏法に切り替えた。

微笑んで見守っていたイゾルデ殿下のところにユスティナ姫をリードし、相手役を変わっていただく。

伸びやかな音で奏でられるヴァイオリンに合わせて、お二人は優雅なダンスを披露してくれた。

私とシライヤは観客に徹して邪魔にならない位置に並び立つ。

「上手くいきましたね、お疲れ様です」

囁いてシライヤをねぎらうと彼も短く囁き返す。

「シンシアのアイディアのおかげだ」

オーギュスティン殿下の方はというと、何事もなかったように演奏を続けるアデルバード殿下を睨んだり、愛娘と愛妻のダンスを褒め称えたりとやはり一人で忙しそうだった。

◆◆◆

楽しいダンスの後は少しの休憩タイムだ。また茶会の席について談笑をするが、アデルバード殿下とオーギュスティン殿下だけは連れだって湖ぞいに向こうの方へ行ってしまった。

ユスティナ姫は運動をして疲れてしまったのか、イゾルデ殿下の膝に抱かれて小さな寝息を立てている。

「とても可愛らしい寝顔ですね」

自然とそう口に出すと、イゾルデ殿下は「ありがとうございます、ブルック公爵夫人」と返してからさらに続けた。

「あの人のイタズラに付き合ってくださったことも感謝しています。それに……ごめんなさいね。まさかあのアデルバード殿下が従者以外の者に助けを求めるなんて思わなくて、お二人にご迷惑をおかけしてしまいましたね」

助けを求める……? あれはどちらかというと〝命令〟や〝指示〟という類いのものでは……。と思わなくもないがいったん話を進めよう。

「あのようなやり取りがよくあるのですか?」

「えぇ、それはもう。初めて顔を合わせた幼い子ども時代から」

「そんなに前から……。王太子同士ですから、少し心配ですね」

いずれ王になる二人だ。彼らの不仲が国の行く末に影響しなければいいが。

「それについてはご心配に及びませんわ。喧嘩ばかりしているように見えて、案外仲の良いところもあるのですよ」

「喧嘩するほど……というものですかね。喧嘩のきっかけのようなものはあるのですか?」

「ありますわ。幼い頃のオーギュスティンはあらゆることに怠け者の子どもで、ぽよんとしたボールのような姿をしていたのですけれど……。まあ、その姿も可愛いくて私は好きでしたが」

思い出し笑いをするようにクスクスと笑うイゾルデ殿下を見ながら、思わずぽよんとしたオーギュスティン殿下を想像するが、今はスラリと細身の彼だからとても意外だ。

「当時は王太子夫妻であったご両親と一緒に幼いアデルバード殿下がお越しになられた時、歳の近い私達がお相手をさせていただいたのですが、木登りをしたり虫を捕まえたり危険な坂を滑り降りたりとわんぱくな彼が幼い私には逞しく格好良く見えまして、彼を褒めたのです。そうしたら既に婚約関係であったオーギュスティンが嫉妬をしてしまって、それからはことあるごとにアデルバード殿下に挑むようになったのですわ」

「嫉妬からだったのですね……」

アデルバード殿下を辱めたいのは愛しい妻の前で良い格好をさせたくないということだろう。

「わたくしも最初の頃はオーギュスティンを止めようと思ったのですが、アデルバード殿下に対抗意識を燃やした彼は何事にも懸命に取り組むようになって、めざましい変貌をとげたのです。未来で国を背負う彼にはあの勤勉さが必要……」

一度言葉を句切ったイゾルデ殿下は目を細め微笑む。

「その上、アデルバード殿下は我が国の水道技術を欲している。多大な利益を求めるならば、このくらいの辛労には耐えていただかなければ……、ね」

なるほど、目的を知った上で上手く使っているということか。

アデルバード殿下が〝やっかいな相手〟と言った意味が分かる。

納得していると、シライヤが「ではなぜ……」と疑問の声をあげて続けた。

「私まで王太子殿下に睨まれているのでしょうか? 不敬を働いてしまったのであれば謝罪したいのですが」

「あぁ、それは……」

イゾルデ殿下はユスティナ姫を抱き直すと苦笑して答えた。

「ブルック公爵の優秀さを聞いたユスティナが、貴方のような方と結婚したいと言ったので……」

愛娘が結婚したがる相手に嫉妬してしまう父親というやつか。

私の父とは真逆のタイプだ。

「直にユスティナの婚約者を決めなければならなくなりますから、ブルック公爵への嫉妬は一時的なものです。それにオーギュスティンも、自分の嫉妬心で国際情勢を乱すほどに分別がない訳ではありませんから、あのようにイタズラを仕掛けるのはアデルバード殿下にだけですわ。ご安心なさって」

シライヤも苦笑を返して「はい……」と答えた。

結局のところ私達は幼なじみのふざけあいに巻き込まれたということだ。

しかし、幼い頃からそうやってふざけあえる相手がいるというのは少し楽しそうにも思えた。

今もイゾルデ殿下に抱かれて眠るユスティナ姫を見ながら考える。いつか生まれる私達の子と仲良くしてくれるだろうか?

アデルバード殿下とエステリーゼ様の子もきっと私達の子と友人になってくれるだろう。

大人になってもふざけあえるくらいの友人に囲まれた我が子を見るのはきっととても幸せなことだ。

そんな未来を想像すると、胸がワクワクとときめいた。

◆◆◆

(オーギュスティン視点)

妻達がいる茶会の席から離れ話し声が聞こえないところまで湖沿いを歩き、共に来たアデルバードと立ち止まる。

「今回こそお前の無様な姿をイゾルデに見せられると思ったのに」

苛つく気持ちをそのまま口に出すと、隣でアデルバードが嫌味に鼻で笑う。

「よくも敗北に飽きないことだ」

「負けようと思ってやってるんじゃない!」

なんなんだこいつは本当に。昔から口が悪くて乱暴で……。いや、今はそれほどでもないか。こうして二人きりの時にたまに嫌味を言ってくるくらいだ。

「昔のお前の方が面白かったぞ。変わったものだな。まさかお前が援軍まで連れてくるなんて。しかし、四大公爵を従者のように扱っていいのか? 今の時点ならばブルック公爵の方が発言力があるだろう。王太子の再選定を議会に提案されても知らんぞ」

「ブルック公爵夫人が子爵家の生まれであることを知らぬか。王太子の後ろ盾があれば彼女が高位貴族から軽んじられることはない。そしてブルック公爵は愛する妻を護るため私を切り捨てることはない。多少の無礼を受けたとしても彼は生涯をかけて私に忠実だ。それに……」

アデルバードは面白そうに笑って続けた。

「友人なんだ」

「……面倒な男の友人にされるなんて、ブルック公爵が哀れに思えてきたな。戻ったらもう少し優しくしよう」

「あぁ、私の大事な友人に優しくしてやってくれ」

その台詞は自分に言えよ。と、心の中で思いながら湖畔の草原に座ったアデルバードの隣に同じように腰を下ろす。

「それで、どうやったんだ。こんな場所で弓を直すなんて」

「あれを見ろ」

アデルバードが顎で軽く示したのは遠くの方で従者の世話を受けている馬達。

「プレリュードの美しい尾がだいなしだ」

「馬の尻尾を使ったのか!?」

「弓の毛は元より馬の毛だ」

しまった、そうだったのか……。音楽はからきしだから知らなかった。唯一教養として習った楽器はタンバリンだしな。弓とは無縁だ。

「身の回りの世話をさせている子飼いは当然弓の毛の張り直し方も心得ている。だが、王族所有の馬の尾を勝手に切り落とすなど他の従者が許さないだろう。この場でそれが可能なのは政治的な強い力を持つ四大公爵くらいだ。シライヤがすることならば、他の従者には止められない。あるいは従者達が戸惑っている間に事は終わる」

「だから公爵の協力が必要だったのか。ということは今回もお前にとっては簡単な勝負だった訳か。見事な演奏まで披露させてしまって忌々しいな」

「そうでもない。指で弾くピチカートは久々だったから何度も音を外しそうになったし、急ごしらえで直された弓は弾きづらかった。二度とあんな弓では弾きたくない。おかしな癖がつきそうだ」

「そ、そうか! では今回は俺の勝ちということで……」

「私の勝ちだ」

「せめて引き分け……」

「私の勝ちだ」

「……」

面白くない気分になって草の上に寝転がった。

「権力を持った忠実な男まで用意されてはいっそうお前を負かすのが難しくなったな。やはりブルック公爵は警戒するべきか……」

「公爵だけではないぞ。その夫人もなかなかのくせ者だ」

「優しそうに見えるがな」

「君の妻が優しくもやっかいであるのと同じさ」

「あぁー、なるほど。それは恐ろしいなぁー」

納得して相づちを打ったが、アデルバードは「何を呑気に。本当に分かっているのか?」と表情を険しくして続けた。

「これは忠告だ。彼女から香油は絶対に受け取るなよ。この国に持ち込ませるな。一つでも見つけたら辺り一帯を焼き払え」

「な、なんなんだよ……。顔が怖いぞ……」

幼い頃と違って今は殆ど表情を崩さないアデルバードがこれほどに顔色を悪くするなんて……。

そんなやり取りをしてから茶会の席に戻ると、イゾルデとブルック公爵夫人が話を弾ませていた。彼女達はとても気が合うようだ。

「あら、帰ってきたのね。公爵夫人からルドラン子爵領の香油をいただくことになったのよ。なんでもエルゼリアのご婦人達の間で大流行で、夫婦円満の御利益があるとか」

楽しそうにそう言うイゾルデだが、香油とはさっきアデルバードが言っていたあれのことか……?

アデルバードに視線を向ければ、彼は真っ青になってヨロヨロと席に座っているブルック公爵に近づいた。

「お、お前がついていながら、なぜ止めなかった……っ」

声をかけられたブルック公爵は両手で顔面を覆いながらか細く言葉を返す。

「俺にシンシアが止められる訳ないじゃありませんか……っ」

これから起こる大いなる厄災を予感でもしたように、アデルバードとブルック公爵は小刻みにプルプルと震えている。

誰にも負けぬエルゼリアの王太子と、最年少で四大公爵にまで上り詰めたブルック公爵を二人とも怯えさせ震えさせるブルック公爵夫人はいったい、何者なんだ……っ!?

そして香油を国に持ち込ませた時、俺は、この国の行く末は……っ!

いったいどうなってしまうと言うんだーっ!!!

☆HAPPYEND☆