軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

★書籍3巻発売記念★学園時代番外編 不思議なお土産 ※シライヤ視点

「もっと泊まってくださっていいのに……」

馬車に乗り込もうとした俺に残念そうに言うシンシア。

俺がルドラン子爵家に二週間も滞在したあとの台詞だ。

愛しい人にこんなに求めて貰えて素直に嬉しく思う。ちなみにお義父さんとお義母さんにも引き止められた。

家族に愛されるってこんな感じなんだな……。

「さすがに一度帰るよ。屋敷を空けすぎても心配だ。それにそろそろ領地から書類が届く頃だから」

「そうですか……。お仕事なら仕方ありませんね。ではせめてこれを」

そう言ってシンシアが手渡してきたのは、木彫りの不思議なデザインの人形。シンシアの部屋で見たことがある。

確か二つあった人形の背の高い方だ。

「これは……シンシアの部屋に飾ってあった人形か?」

「そうです。実はいわくつきの人形なんですよ。両親と旅行をしたさいに土産として買ってきたのですが、なんでも伴侶の人形を分け合って持つと夢の中でも会うことができるとか。土産屋の店主によると効果は一度きりらしいのでいつ使おうかと悩んでいたのですが、今こそと思いまして」

「そんなに貴重なものを……。ありがとう大切にするよ」

「ふふ。こういうものは売り込むためのはったりである場合が多いのです。期待しすぎてはがっかりするかもしれませんが、信じるのも楽しいですよね」

そう続けたシンシアは俺の身体をゆっくりと抱きしめてくれた。

「夢の中でもシライヤに会えたら嬉しい……」

「俺だって……」

シンシアの身体を抱きしめ返す。

腕に感じるその身体は細くてか弱そうなのに、彼女は囚われた俺を救い出すほどに強い女性だ。その勇ましさも愛しい。

「会えたら会おう。夢の中で」

「はい、シライヤ。会いに行きます。必ず」

返事にも勇ましさの片鱗を感じて、思わず頬が緩む。

俺の愛しい女性は……強い人だ。

■■■

屋敷へ帰るとちょうど領地からの書類が届いていた。

書斎へこもると早速仕事に取りかかる。

急ぐ必要はないし、余裕を持って仕上げられるのだがそれでも早く仕上げることを目標に打ちこんだ。

早く終わればそれだけ多くシンシアと会えるのだと思うと、どうしても気持ちが急いてしまうのだ。

そのせいだろうか、インク瓶を誤って落としてしまい絨毯にシミを作ってしまった。

「お疲れでしょう。そろそろお休みになられてはいかがですか?」

同じ室内で書類の整理をしたり、紅茶を淹れたりと俺のサポートをしていた執事が言う。

「こんな時間だったか。すまないな、君も疲れただろう」

「旦那様ほどではありませんよ。湯浴みの準備ができている頃合いですから、お身体を休めてください」

「そうするよ。絨毯は買い換えてくれ」

「かしこまりました」

彼らの勤務時間内に気付けて良かった。そう思うとインク瓶を落としてしまったのも幸運だったのかもしれない。

そういえば、かつての俺の部屋だった屋根裏の床には今もインクのシミが残っている。あれは俺がインクを頭から被ったのが原因だった。

今日のようなミスで落としたのではなく、わざとインクを被ったのだったな……。

そんなことを考えながら湯浴みに行く。暖かい湯の張られたバスタブに身体を沈めると、使用人にいつものように髪を洗って貰う。

昔は自分で洗っていたな。

屋敷の風呂場を使うと家族に酷く責められたから夜中になって皆が寝静まったころに自分で湯を沸かして風呂場を使った。

今は楽なものだ。

「君は洗うのが本当に上手いな……」

「ありがとうございます。いつも通り髪は念入りに洗いますよ」

「あぁ、そうしてくれ。シンシアが愛してくれる大切な髪だから……」

自分の髪を大切に思うなんて昔の俺では想像もできないだろうな。

湯浴みを終わらせてベッドに行くとサイドテーブルにシンシアから貰ったあの土産の人形が置かれている。寝室に置いてくれるよう執事に頼んでおいたからだ。

「会えるといいな……」

夢の中でもシンシアに会えるなんて、それこそ夢のようだ。

人形を持ってベッドに潜り込み頭の近くに置いた。

「おやすみ、シンシア」

声をかけてまぶたを閉じると、疲れからなのかすぐに眠りの世界へと落ちた。

■■■

「ルドラン子爵家が爵位を継ぐ一人娘の見合い相手を探しているそうだ。そこでお前の肖像画を送ることにした」

――突然父の書斎に呼ばれたと思うと、そう告げられる。

「肖像画……」

最初に俺が気にしたのは、自分の肖像画を描いて貰えるということ。俺以外の家族は全員自分の肖像画を持っているし家族で集まった肖像画もあるが、俺だけはいつもいない者のように描かれることはなかった。

だから、自分の肖像画を描いて貰えるということはやっと家族の一員として認めて貰えたのかもしれないと期待したのだ。

「絵描きは明日来る。話はそれだけだ」

「は、はいっ。失礼いたしますっ」

父の逆鱗に触れぬよう慌てて書斎を出た。廊下に出た俺が次に思ったのは――。

「見合いって、将来家族になってくれるかもしれない人と会うってこと? それって凄い……」

ルドラン子爵家の一人娘に気に入って貰えたら、俺に新しい家族ができるのだろうか。

その家族は俺を……、愛してくれるだろうか……。

「愛してくれるほどじゃなくても、呼んだら振り向いてくれるとか、朝起きたら『おはよう』って言ってくれるとか……」

自分が抱いた期待が贅沢なものに思えて誰かに言い訳でもするようにそう言ったが、それすらも贅沢な願いに思えて居心地の悪い思いをした。

それでも胸の奥底ではワクワクとする心がじんわりと全身を支配しようと動く。

「綺麗にしないと」

絵描きに少しでも綺麗に描いて貰えるように、その夜は念入りに身体を洗った。

■■■

しかし、姿絵と婚約の打診書を送ってほんの一日でそれは送り返された。

兄達はそれを知ると嬉々として廊下を歩く俺に声をかける。

「子爵家なんて下位の貴族なら公爵家と繋がりを持ちたいって思うはずだけどなぁ~。やっぱりお前じゃだめか~」

「お前の老人みたいな髪色が気持ち悪いって言ってたらしいぞ。ブルック公爵の名前を使っても、その見た目じゃなぁ」

俺の髪色が原因……? そんな、それではどうすることも……。

心臓が潰されたような思いがして、一刻も早くその場を逃げ出したくて、走って屋根裏に逃げ込んだ。

兄達が入ってこれないように机や屋根裏の荷物を扉の前に積み上げる。

「こんな髪……、こんな髪があるから……っ」

家族の誰とも似ていない銀色の髪。

産みの母親が同じ色だったとは聞いているが、俺の記憶にはない人物の話だ。

この髪色が独りぼっちの象徴のように思えて、俺は勢いのままに机の上にあったインク瓶を取り中身を自分の頭に振りかけた。

「こんな色嫌だ……っ! 嫌だ……っ、もう一人は……嫌だ……」

息を引きつらせながら泣きじゃくっていると、突然頭を撫でる感触に気づいて驚いて顔を上げる。

そこには赤い髪の小さな女の子。

「私は好き。キラキラして綺麗な色だもの」

「ど、どうして、ここに。どうやって入って……」

そこまで言って、ここが屋根裏部屋ではないことに気がついた。

学園の校舎裏。

赤い髪の女の子はいつの間にか凜とした美しい女の人になっていて……。

「綺麗ですよ。とても。わたくしはブルック公爵令息様の銀髪を好ましく感じます」

俺もいつの間にか手足が伸びていて、子どものころの焦るような気持ちは消えていた。

代わりにあった静かな悲しみは、彼女の笑顔を見ていると全てが溶け出していくようで……。

「……ありがとう、シンシア。会いに来てくれたんだな」

「会いに行きます。どこまでも。必ず私が行くから、どうか安心して待っていて」

シンシアは言いながら俺の身体を強く抱きしめる。

その温もりに悲しみは全て消えた。

「愛しいシライヤ。すぐに会いに行きます」

もう来てくれているじゃないか。そう言おうとした時、朝日の光で目が覚めた。

■■■

「おはようございます、旦那様。良い天気ですよ」

「おはよう……」

寝室のカーテンを開けている執事と視線が合う。

いつの間に眠っていたのだろうと上半身を起こすとあの土産の人形がシーツの上を転がった。

「夢を見た気がするのに、忘れてしまったな……」

「ありますよね、そういうこと。おや? 馬車が入ってきたようです。あれはルドラン子爵家の馬車に見えますが……」

「こんな早朝に……?」

シンシアだろうか? 使いの者という可能性もあるが。

とにかく早く身支度をと思ってベッドから降りる。

着替えのために薄着の上を脱いだところで外から騒がしい声が聞こえた。

「お待ちください! 旦那様の許可をいただかなければ!」

「待てない! 早く行かないと、シライヤが泣いているの!」

シンシアの声だ。

驚いて扉の方を見ると同時に開け放たれ、赤い髪の愛しい人が蒼白な顔で駆け込んできた。

「シライヤ!」

「シンシア!? ま、まだ着替えちゅ――」

言い終わる前に強く身体を抱きしめられる。

「シライヤの全てが好き。だから泣かないで。綺麗な銀髪を染めたりなんてしなくてもいい。そのままの貴方が大好き」

「シンシア? 何を……。いや、そうか……」

なぜだか納得した気持ちになった。

「会いに来てくれたんだな……」

「シライヤがいるところならどこにでも……」

嬉しくなってそのままシンシアの身体を抱きしめた。

俺はもう孤独じゃないんだ。

上半身裸であることに気づいて俺が盛大に恥ずかしがるのはあと数秒先の話だ。