軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

★英語翻訳版1巻2巻発売記念★新婚時代番外編 キスをできない理由

「俺はなんて不甲斐ない夫なんだ……っ!」

十二月三十一日の夜。ディナーを終えて部屋に戻る時にシライヤに習慣のキスをしたのだが途端に彼は崩れ落ちてそう叫んだ。

「いったいどうしたんです? シライヤはとっても頼りになる素敵な夫ですよ」

崩れ落ちたままのシライヤの大きな背を撫でながらそう尋ねる。

きっと私のことを考えすぎて、また突拍子もない悩みを膨らませているのだろうと予想しながら。

「結婚してしばらく経つというのに、結婚式のキスを最後に俺からキスできないまま今年が終わってしまう……っ。不甲斐なく、情けない、なんて酷い夫だ……っ」

悔しそうに涙をにじませて言うシライヤに、相変わらずだなあと思いながら口を開く。

「それはですね――」

とある原因を口にしようとした瞬間シライヤが先に声を上げた。

「こんなことではダメだ……っ、シンシアに相応しい夫となるためにも今すぐ変わらなければ!」

バッと服の音がするほど勢いよく上体を起こしたシライヤは私の手を取って真剣な顔で熱い視線を向けてくる。

「シ、シンシア。今度こそ、俺から……っ」

声を震わせながら真っ赤になって、それでも決意を固めたように眉を寄せる彼が一生懸命で可愛らしく、愛しさに自然と口元が緩んでしまう。

「ふふ、頑張ろうとしてくださってありがとう。それではせっかくですし、年越しの瞬間にキスをしませんか?」

「年越しの瞬間に?」

「前世の――いえ、遠い国の文化なのですが、年越しの瞬間に何をしていたかで次の一年が決まるという言い伝えがあるそうで、愛に溢れた一年を求める人達は親しい人とキスをするのだとか。素敵な文化だなと憧れていたんです」

「それは例の『ヤンデレ』という言葉を使う国か?」

「えっ!? そ、そうですね、発祥ではありませんがその国でも『ヤンデレ』という言葉は使われていました。ちゃんと……正しい意味で……」

「そうか、いずれにしてもシンシアから『ヤンデレ』という『愛情深い人』を意味する誇らしい称号を貰った俺としても、憧れの念を抱く文化だ。よし、年越しの瞬間にキスをしよう!」

「えぇ、それでは振り子時計のある広間でいたしましょう。暖炉に火を入れるよう言っておきます。シライヤはそれまでに覚悟を決めてきてくださいね」

「任せてくれっ!」

決意表明をしたシライヤの叫びは大きく、待機していた使用人が驚いて小さく悲鳴をあげた程だった。

◆◆◆

そして数時間後、庭から取ってきた花を飾り付けて華やかに彩った広間で大きな振り子時計の前に用意された長椅子にシライヤと二人で座った。

暖炉とキャンドルの灯りが柔らかく部屋を照らし、テーブルの上にはシャンパンと軽食も用意されている。

ロマンチックな雰囲気はバッチリだ。

「あと五分で年が明けますよ。覚悟はできましたか?」

「で、で、できっ」

「できてなさそうですねぇ」

「く……っ」

ばつが悪そうに顔を背けたシライヤの頬を両手で包み、そっと私の方へ向き直す。

「そんなに緊張しますか? 今は夫婦なのに?」

「そうなんだが……」

私の手に自分の手を重ねたシライヤは熱の籠もった目で視線を向けてくる。

「シンシアは学生の頃から変わらず輝くように素晴らしい人だから。いや、もっと前か。幼い頃、貴女に婚約を打診した時から星のように眩しく、俺なんかには絶対に手が届かない人だと思っていた。一度は諦めたほどなのに、まさか夫婦になれるなんて。今でも幸せすぎて緊張するよ」

「私が早々に婚約者を決めてしまって、シライヤとの顔合わせすらしなかった時のことですね。あの頃に戻れるなら戻りたい。貴方に寂しい子ども時代を過ごさせてしまったことを今でも後悔しているんです……」

「そんなふうに思わないでくれ。確かに、幼い頃にシンシアが隣にいてくれたら、肉親から愛を与えられないことを寂しく思う暇もなく穏やかに生きていたかもしれない」

シライヤの背がかがめられ、キャンドルの灯りを携えた瞳が私に近づく。

「だがもし幸福な子ども時代であったのなら、シンシアが俺を見つけてくれたあの日の感動を得られなかった」

息づかいが分かるほどに、さらに彼との距離が近づいて……。

「閃光のように射し込んだ眩しいまでの幸福を感じるために暗い孤独はあったのだと、辛い日々にも意味はあったのだと、思う」

喘ぐような声は必死で、夫婦になった今もなお私を強く求めてくれているのだと伝わってくる。それなのに、これだけ顔を近づけてもキスができない純情な人。

「シンシア……」

僅かに伏せられた瞼でやっとキスができるのだと悟ったが私の心臓は早鐘を打ち、せり上がる想いで埋め尽くされていく。

「シライヤ……、私……っ、もう我慢できないっ」

衝動的に愛しい彼に抱きつき噛みつくようなキスをした。その瞬間鳴り響く振り子時計の鐘。

あぁ、私はまた――。

十二時の鐘は十二回。何度も唇を重ね直して、全ての鐘が鳴り終わるまで私達は愛を確かめ合った。

やっと視線を交わせる距離まで離れた時、シライヤは恥ずかしそうに頬を染めて言葉を続ける。

「不甲斐ない男で……すまない」

「違うのです。先ほど言い損ねてしまったのですが、シライヤからキスができない理由は私にあります」

「シンシアに?」

「キスをしようとしてくれるシライヤは真っ赤になって一生懸命で可愛くて、食べてしまいたいくらいに愛しいから、私の気持ちが抑えられなくなってしまう。だから貴方がキスをしようと思ってくれた時にはもう」

「そ、そうか」

「いつもシライヤの決意を邪魔してごめんなさい」

「謝る必要なんてない。年越しの瞬間にしていることで一年が決まるなら、今年の一年もシンシアから抑えきれないほどの愛を貰えるということだから」

一度言葉を句切ったシライヤは赤い頬のまま眉を下げて大きく笑う。

「俺はそれが、とてつもなく……嬉しいっ!」

なんて純情で優しくて可愛い人。

「年越しのロマンチックな言い伝えがある国では貴方のような人を『シナモンロール』と呼ぶのですよ」

「『ヤンデレ』ではなく『シナモンロール』? あの甘いパンのことか?」

「えぇ、食べたくなってしまうくらいに愛しい貴方にピッタリの言葉ですね」

――そして、私だけのシナモンロールに甘いキスをした。